売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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売名計画

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「………」


忍足さんの申し出は、起死回生の大きな一歩となるだろう。

でも私は、 どうしても売名という言葉に抵抗を感じて仕方がない。


「………折角の申し出なのですが……売名行為っていうのは、ちょっと抵抗が……」

「と言いますと?」


忍足さんからの問いに、これを言葉にしていいのだろうか?と自問しながら、躊躇いがちに言葉を発する。


「なんていうか………やり口汚くないですか?売名なんて、私…」


今まで散々色んな企画をやらされてきた。

汚れ仕事から何から何まで。

お茶の間にみっともない姿も晒してきたけれど、一丁前にプライドだけは持ってた。

なのに、売名行為って………


「みっともなくないですか?」


プライドを溝に捨てるような真似はしたくないし出来ない。

売名行為なんて卑怯者がする行為だと思っている私にとって、忍足さんからの申し出は有り得ない事でしかない。

プライドを溝に捨てるような真似はしたくないし出来ない。

売名行為なんて卑怯者がする行為だと思っている私にとって、忍足さんからの申し出は有り得ない事でしかない。


「非常に申し訳ないんですけど…」


丁重にお断りの姿勢を見せた時、忍足さんの表情が変わる。


「売名行為に抵抗を感じているのは俺も同じです。けれど、他に方法はありますか?この厳しい業界で生き残る方法が」


冷酷さを孕んだ冷笑。

今までとは違うその表情に私は言葉を紡げなくなった。


「森川さんは、ご自分の今の立場を理解していらっしゃいますか?」

「…っ、」


心臓を乱暴に鷲掴まれたそうな錯覚がして、急に鼓動が早くなる。

心なしか、呼吸も苦しい気がする。


「貴女は崖っぷちに立たされているんですよ?それなのに……売名は嫌だなんて甘い事を悠長に言えるんですね」


今の今まで下手に出ていた癖に、急に強気になった忍足さんに私は奥歯を強く噛み締めた。



川瀬さんは忍足さんを救世主と言った。

でも今目の前にいる彼は、救世主ではなく悪魔に見える。


「マネージャーを通じて、森川さんが地方への営業の仕事を頑なに拒否していると耳にしました。今の貴女に仕事を選ぶ権利あるんですか?」

「っ…」


営業の仕事なんて、メディアの仕事がない落ちぶれた人間がやる仕事だと思っている。

わざわざ荷物抱えて新幹線に乗って移動して、ど田舎のスーパーやパチンコ屋に出向いて客の前でネタ見せやトークなんかをする。

田舎のスーパーなんか年寄りしか居ないし、パチンコ屋なんてパチンコに夢中でネタなんか誰も見やしない。

愛想笑い、冷やかしのお子様やヤンキーの弄り、お情け程度の疎らな拍手……どれをとっても屈辱でしかない私は、辛うじて来る営業の仕事を全て断っている。

だって嫌で嫌で仕方がないんだもの。


「業界から干されている状態で贅沢言っていられるなんて凄い神経だと思いますよ」

「っ……」


返す言葉が何もない。


「売名が嫌だと言うなら、いっそ枕営業でもしますか?」

「やっ、そんな……」


枕営業なんて、売名よりも嫌な言葉だ。


「体を汚して仕事を獲ります?局の上層部と愛人契約という手もありますよね。まぁ年齢的に厳しいだろうけど」


初めの頃とは別人のように残酷な言葉を吐く忍足さんは「それとも……」と続ける。


「相方の間宮さんとの格差を埋められないまま、一人寂しく消えますか?」


忍足さんの口から出てくるのは、どれもこれもエグい事ばかり。

確かにこのままでは静かに消えていくだけ。
そして、何年かして『あの人は今…』なんて追跡番組にひょこっと顔出して、こんな奴もいたな…と、懐かしがられるようになって……

そう思ったら目の奥がつんと熱くなる。


「ふ……っ、」


突如溢れ出てきた涙。

泣くつもりなんかなかったのに、次から次へと流れ出てくる。

厳しい現実を突き付けられ、これ以上ないってくらいドン底に叩き付けられた。

泣いても現状が変わる訳ないのに涙は止まらない。


「……っ…うっ、」


お絞りを目元に押し当て、声を圧し殺して泣く私の耳に冷淡な声が届く。


「………いい大人が泣くんですか?」

「ひぅっ、っ……」

「非常に見苦しいですよ」


彼の言う通り、20代後半、三十路に向かって一直線の女の涙は重くて見苦しい。

だからといって、その言い草は酷過ぎる。


「ふっ、っ……」

「……早く泣き止んで下さい。話を進めたいんで」


悔しい。

心の底から悔しくて堪らない。

でも、忍足さんは悪くないし、彼の言う事は尤もだ。

ただ私が心のどこかでいつかきっと……と甘い考えを抱いていただけ。

ただ私がつまらないプライドを掲げて意固地になっているだけ。

いつかまた私にも光は当たる………いつかまた……なんて思っているだけで、何の行動も出来ずに現状に不満を抱えているだけの私が悪い。

こんな風に初対面の人の前で泣いて、より一層惨めさを演出して……

凄く、もの凄く馬鹿みたいだ。

間宮と同じ光輝く場所に立つには、何らかのアクションが必要だ。

実力があっても生き残る事が厳しい世界で、私みたいな何も持たない奴が輝きを放つのは困難を窮める。

今の私に何が出来るのか、何をすべきかを泣きながら自らに必死に問い掛け、答えを探る。


「………」

「森川さん……協力頂けますか?」


一頻り泣いて落ち着きを取り戻し、涙に濡れたお絞りを置いた。


「…………ご協力します」


悩み悩んで出した答えを述べる時、声が震えた。

崖っぷちに立たされている自分。

崖が崩れ落ちるのを待つのも、自ら崖下に飛び降りるのも嫌だ。

それなら、羽根を生やして飛び立つのみ。

たとえ、その羽根が鶏の羽根であっても、飛べると信じて地面を蹴ろうと思う。


「売名同盟締結ですね」


渋々ながらも承諾した私に、忍足さんがホッとしたような笑顔を見せた。
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