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第1章
宰相と朝食を
しおりを挟むヴィラで囚われていた子供たちは、無事保護された。マルドゥーク家が経営する病院で療養ののち、捜索願いが出されていた子供は親の元へ。身よりのない子供は病院が管轄している孤児院へと引き取られた。
保護された子供たちの証言では「黒い髪の綺麗なお兄ちゃん」が助けてくれたと言う。
ヴィラに最初に駆けつけ、衛兵に指示を出したのはライノアだ。
黒い髪、という証言もあってライノアが助けた事になっているが、実際にヴィラにいた賊を全て制圧したのはアルフォルト一人によるものだった。
「ライノアが同じ髪の色で良かったよ」
上段から打ち込んで来るアルフォルトの剣をライノアは軽々と受け止める。剣戟音が、離宮を囲む森に響く。早朝のこの時間は見廻りの衛兵が通らないので、アルフォルトとライノアは剣の稽古を心置き無くできる。
「おかげさまで私は褒賞として連日宰相から事後処理させられてる訳ですね」
皮肉に笑うライノアは、追撃してくるアルフォルトの剣筋を全て躱した。
そのまま、右手に握った剣で下段からアルフォルトの剣を弾く。弧を描いてアルフォルトの背後へと飛んでいった剣が地面へと刺さった。
本来ならここで勝負あり、となるのだが相手はアルフォルトだ。剣では勝てないのを理解しているアルフォルトは、メリアンヌ仕込みの体術で応戦して来る。
喉元に気配を感じライノアが上体を逸らすと、さっきまで自分の顔があった場所にアルフォルトの爪先が見えた。ライノアが剣を地面に突き立てると、すぐにアルフォルトのもう片方の足が蹴り上げて来る。
咄嗟に右腕でいなして間合いを取ると、アルフォルトは半目になった。
「しょうがないだろ。第一王子はあくまでも無能でないといけない。僕が倒しました、なんてとても言えないよ」
無駄のない動きで再び間合いを詰めたアルフォルトは、そのまま軽いジャブを打ち込んでくる。すべてを躱されると、舌打ちをして今度は身を低くしてライノアに掌打しようとし──軌道を読んで、ライノアは打ち込んで来た腕を掴む。肘関節を抑えられバランスを崩したアルフォルトを、ライノアは地面に転がす事はせずに腕の中に抱きとめた。
「え?」
「私の勝ちです」
急に抱きしめられ困惑するアルフォルトの膝をすくい、ライノアは主人を抱きかかえた。
「ちょっと待て!!まだ決着ついてないっ」
腕の中でジタバタ暴れるアルフォルトにライノアは言った。
「あのまま続けても私には勝てませんよ。そもそも剣を手放した時点で貴方の負けですからね」
実際、肩で息をしているのはアルフォルトで、ライノアはというと、呼吸も乱れていなければ汗一つかいていない。
悔しさで眉間に皺を寄せるアルフォルトは、納得出来ないのか「もう一回だけ!」とごねる。
ライノアはアルフォルトを抱えたまま、先程飛ばした剣を回収した。
「病み上がりなのに、無理はさせられません」
「このままだと体力落ちそうなんだけど」
抱えられたままのアルフォルトは不満そうに言う。
「王子は別に体力いりませんよ?」
「そうよ、また熱が上がったらいけないわ」
背後からぬっと現れたメリアンヌに驚いて、アルフォルトは「ひょえっ」と間抜けな悲鳴をあげてライノアにしがみついた。
「······メリアンヌ、アルフォルトを驚かせるのやめて下さい」
ライノアは剣をメリアンヌに預けると、アルフォルトを抱え直した。
「ごめんなさいねぇ。私ってほら、オーラがあるから気配なんて無くても気付くかなって思って」
頬に手を当てて、おほほほ、とメリアンヌは笑った。どうリアクションすべきか返答に迷っているアルフォルトを、面白そうに見つめる。ライノアにいたっては無表情だが、これはいつもの事だ。
「やーねぇ、冗談よ王子。──朝ごはんの準備が出来たから呼びに来たの」
腰に手を当てると、メリアンヌはウィンクした。
離宮の食堂に入ると、宰相がすでに着席していた。
「おはようございます、アルフォルト王子。朝から稽古とは精が出ますね」
銀縁の眼鏡を押し上げ、オズワルドは笑みを浮かべた。糸目なので常に笑っている様に見える。実に胡散臭い男に、アルフォルトの表情は強ばった。
「······おはようオズワルド。え、暇なの?」
着席したアルフォルトは、ライノアから淹れたての紅茶を受け取る。
アルフォルトの隣にライノア、その向かいにメリアンヌと眠そうなレンが座る。オズワルドはアルフォルトと向かいの席だ。
「とりあえず、食べようか」
アルフォルトの希望で、離宮での朝食は身分関係なく皆で食卓を囲む。
勿論それぞれの業務もあるので毎回とはいかないが、アルフォルトはこの時間が大好きだった。
「暇ではないんですよ。寧ろ忙しすぎて睡眠時間がたりませんねぇ」
メリアンヌ特製の熱々の紅茶(宰相専用、猛烈に苦い)を飲みながら、オズワルドはため息を吐いた。
「こんな離れに来ないで寝たらどうですかー?」
低血圧でぼんやりしたままのレンは、モソモソとパンをかじりながらオズワルドを半目で見る。レンはオズワルドが苦手だ。本人曰く「胡散臭い大人は嫌」との事だった。
「アルフォルト様への報告と人目を気にせず食べられる朝食、一気に済ませられるのはとても効率が良いじゃないですか」
「そう言う時の報告、大概碌なものじゃないよね」
アルフォルトは肩を竦めた。テーブルにはサラダやパン、ソーセージなど様々な料理が並び、自分で好きな物を取って食べる。楽しく食卓を囲む城下での食事風景に憧れて取り入れた。
朝食だけは堅苦しい作法など気にせず食べられるのも相まって時々オズワルドが顔を出す。
国の宰相という立場も中々厄介で、オズワルド自身も毒殺を企てられた事が多々あるためか、食事をつい蔑ろにする傾向がある。
ある時、見るからに窶れていたオズワルドを朝食に誘ったら、定期的に来るようになってしまった。
アルフォルトの優しさがアダとなった。失態だったと思わなくもない。
「アルフォルト様の所で朝食を取る話をした所、ベラディオ王が来たがって大変でした」
「父上······ご自身の立場考えて」
離宮のこの砕けた雰囲気で朝食を取る王が想像できなくて、アルフォルトは苦笑いする。メリアンヌにいたっては「心底やめて」と顔に書いてある。無理もない、王に食事を出すと言う事は、万が一があってはいけないのだ。何かあれば侍女の首など一瞬で飛ぶ。宰相に苦いお茶を出すのとは訳が違う。
ソーセージを食べようとしたアルフォルトの前に、ライノアは綺麗に取り分けたサラダを無言で渡して来た。
同じく無言で睨むと、ライノアは視線を逸らしてオズワルドに声をかけた。
「で、アルフォルト様に報告とは?」
「······そうですね、本題に入りましょう」
口元をナプキンで拭うと、オズワルドは少しだけ表情を硬くした。
思わずアルフォルトも居住まいを正す。ついでに取り分けられたサラダをライノアの方に押し返す。
「先日のヴィラの事件ですが、管理人を尋問した所、取引先がわかりました」
王家所有のヴィラで密かに人身売買が行われていた事は表に出ないよう情報統制がなされた。管理体制の見直しも相まって文官が連日激務に追われている。
オズワルドはテーブルの上で手を組むと、言いづらそうに目を伏せた。
「······子供達の売却先はいくつかありましたが、その内の一つが──ディーク伯爵家でした」
オズワルドの言葉に、ドクン、と心臓が激しく脈打つ。
血の気が引く。
寒くもないのに指先が震え、呼吸が浅くなるのがわかる。
「アルフォルト王子、顔色が悪いですよー。大丈夫ですか?」
様子がおかしくなったアルフォルトを心配し、レンがオロオロと狼狽える。
アルフォルトを気遣うように、ライノアの大きな手がアルフォルトの手を握った。
「······大丈夫だよ、ありがとうレン」
ライノアの手を握り直し、アルフォルトは深く息を吐いた。
五年前。アルフォルトが仮面を付けなくては外に出られなくなった原因。トラウマを植え付けた事件を起こし、ライノアに斬り殺された男。
「ディーク伯爵家は現在は息子が跡を継いでおり、社交界には殆ど顔を出しておりません」
アルフォルトは冷たくなった指の先で、ライノアの体温をただ感じていた。
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