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第1章
従者と餌付け
しおりを挟むそっとドアが開く気配がした。
読みかけの本から顔を上げると、ライノアが部屋に入って来た。傍から見たら無表情だが、アルフォルトにはわかる。あの表情は、気まずいと思っている顔だ。
「おかえり、ライノア」
「······ただいま戻りました」
ニッコリ微笑めば、ライノアは視線を微かに逸らした。
(別に怒ってないのに)
アルフォルトに何も言わずに離れた事を気にして居るのだろう。モヤモヤしたのは確かだが、全てを報告する義務はない。これはアルフォルトの考え方の問題だ。
(ライノアが何処にいるかわからないと不安だ、なんて言えないし)
アルフォルトは無言で自分の隣、ソファの空いている所を軽く叩いた。
素直に隣に腰を下ろしたライノアを見つめると、蒼い瞳に見つめ返される。ありはしない耳と尻尾がたれているのが見えて、アルフォルトは苦笑いした。
「怒ってないよ。ちょっと寂しかっただけで」
そっと、指先に触れると、長い指が絡みつくようにアルフォルトの手を握り込む。擽ったくて笑うと、ライノアはようやく表情を緩めた。
「ねぇライノア、口を開けて」
アルフォルトの命令に何の疑問も持たずに口を開ける。ライノアに食べさせたくて、晩御飯で食べた梨のタルトをメリアンヌに言って分けてもらった。
フォークに刺したタルトを、歯並びの良い口に運ぶ。
無言で咀嚼するライノアだが、美味しかったのだろう。少しだけ目を見開いたのに気づき、アルフォルトは微笑んだ。
「美味しいよね。コレ、晩御飯のデザートだったんだ」
フォークで切り分けたタルトを差し出すと、ライノアがフォークを取ろうとするので制止した。
「だーめ。素直に食べさせられてて」
「ルト、言葉がおかしいです」
「細かい事は気にしない!······はい、あーん」
フォークを口元へ運ぶと、ライノアはされるがままにタルトを咀嚼する。
餌付けしているようで、アルフォルトは楽しくなってきた。顔が緩んでいたのか、ライノアは最後の一口を食べ終えると、苦笑いした。
「なんだか餌付けされてる気分なんですが」
「餌付けだなんて。僕がライノアを甘やかしたかっただけなんだけど」
食器をテーブルの端によせたアルフォルトが立ちあがろうとすると、ライノアに手を引かれる。
「うわっ」
そのまま体勢を崩し目を瞑って──しかし、予想していた衝撃はなく、ライノアに抱きとめられて膝の上に座らせられた。
「ライノア!」
「すみません、あまりにも可愛いくてつい」
振り返ると悪びれもせずクスクスと笑うので、ライノアの鼻を摘む。
「可愛いってライノアはいつも言うけどさ、僕男だよ?」
どうせなら「格好良い」の方が嬉しいが、その言葉で真っ先に思い浮かぶのはライノアだった。
背中にライノアの体温を感じる。腹に回された手は緩くアルフォルトの身体を抱きしめる。
「男でも、アルフォルトは可愛いんです」
肩口に顎を載せたライノアが、耳元で囁く。少し擽ったくて、アルフォルトは思わず吐息を零した。
「耳元で喋らないで。擽ったい」
抗議の声を上げると、ライノアが笑う気配がした。と、思ったら逃げない様に頭を片手で抑え込まれる。
「──アルフォルト」
「······っ」
耳に吐息がかかり、肩がビクリと跳ねる。
「相変わらず耳、弱いんですね」
「んッ······」
少しかすれた低い声は決して大きくはないが、鼓膜に直接囁かれたみたいにはっきり聞こえる。
(──なんか、前にもこんな感じの事あった·······?)
どこか既視感を覚え、アルフォルトは思い出そうとするが、霞がかかったようにぼんやりとして思い出せない。
その間にもライノアは耳元で話し続け、アルフォルトは囁かれる度に身体が跳ねる。
「ねぇ、アルフォルト」
「やっ······」
ざわざわと腰に響く声に、 上手く身体に力が入らなくなってきた。アルフォルトは思わず目を瞑り。
「ぃっ······いい加減にしろっ!」
「うっ······」
勢いよく頭を上げる。途端、ゴッという鈍い音と共に後頭部に衝撃が走った。
後頭部の頭突きで手の拘束が緩んだ隙に、ライノアから離れる。後頭部をさすりながらライノアを見ると、従者は額を抑えて唸っていた。
「······相変わらず石頭ですね」
ライノアの言う通り、衝撃はあるものの、実はそんなに痛くなかったりする。
しばらく額を抑えていたライノアは、肩を震わせた。堪えきれなかったのか、急に笑い出したライノアに、頭の打ちどころが悪かったかと心配になる。
「だ、大丈夫?」
「ははっ······頭突きって。······貴方、王子なのに」
「お、お前が揶揄うからだろ!」
なんだか恥ずかしくなって、アルフォルトは顔が赤くなるのがわかった。頬が熱い。手を伸ばしてきたライノアから勢いよく離れると、またライノアは笑いだした。
一頻り笑ったライノアは、頬杖をつくと蒼い瞳を細めた。
「ルトは、本当にネコみたいですね」
「お前が褒めていない事だけはわかった」
ライノアはソファから立ち上がると、警戒心むき出しのアルフォルトの頭を撫でる。
危険はないと安堵し、肩の力を抜いたアルフォルトは、手を引かれてまたソファに座り直す。そのすぐ隣にライノアも座り、肩が触れ合う。
広いソファなのだから、もっとゆったり座れるが、自分たちはこれでいい。身体が一部でも触れ合う距離じゃないと、正直落ち着かない。
「お爺様に頂いた資料なんだけど──」
王子と従者は寄り添って会話を始めた。
「ねえ、メリアンヌさんー」
隣室で紅茶を飲んでいたレンは、メリアンヌに問いかけた。
「アルフォルト王子とライノアさんって恋人ではないんですよねー?」
「まぁ肉体関係はないわね、今の所」
同じく紅茶を飲み、メリアンヌは答えた。
下がって良い、とアルフォルトに言われたので後のことはライノアに任せ、すっかりくつろぎモードになっている。
「肉体関係······あの、自分一応子供なので、そんな明け透けに言ったら情操教育的に良くないのではー?」
「お前に一般的な感性が備わっているとは初耳だわ。それに今更子供ぶられてもねぇ」
何が情操教育よ、とメリアンヌは鼻で笑う。アルフォルトの為なら兵器でも爆薬でも何でも作るのがレンだ。人間嫌いだが必要ならスリでもハニートラップでもなんでもやる。 ──体力がないので戦闘以外は。
「二人の雰囲気があまりにもゲロ甘なのにー、あれで付き合ってないなら世の中の恋人って知人通り越して他人じゃんって思いますー」
早く話すのが苦手で、レンは独特な間伸びした話し方をする。
「もどかしいって思うかもしれないけど、ゆっくり見守ってあげなさいな。二人には二人のペースがあるんだから」
身分や立場を考えると、巨腕を振って応援出来ないのはわかっている。アルフォルトのトラウマもある。それでも、あの二人には幸せになって欲しい、とメリアンヌは思う。
「両片想いみてるのムズムズしますー」
全く同じ意見に苦笑いする。メリアンヌはレンの頭を撫でると、大きな欠伸をした。
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