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第1章
悪意と毒(※嘔吐表現有)
しおりを挟む自室のドアを閉めると、アルフォルトは床に崩れ落ちた。
「まったく、どこに行ってたんですか」
主人の帰還に、押し付けられた事務処理をしていたライノアが呆れた声を出した。
今朝離宮から戻ると、城を抜けていた間に溜まった書類が机に高く積まれていて、書類の山を見たアルフォルトは忽然と部屋から消えていたのだ。
いつもの事なので半ば諦めていたライノアは、返事がないのを不審に思い、書類から顔を上げ──アルフォルトの様子がおかしい事に気づいた。
「アルフォルト!?」
勢いよく立ち上がり、椅子が倒れた事もお構い無しにライノアは慌てて主人に駆け寄る。
「ルト!どうしました!?」
抱き起こすと、アルフォルトはぐったりしていた。声をだせないのか、震える指で喉元を差す。 紐を解いて仮面を外すと顔面蒼白で、滝のように汗を流しているのに身体は恐ろしいほど冷たかった。
異様な程速い脈拍に加え、震える唇。
状況を察したライノアは、アルフォルトを抱えバスルームへ連れていく。邪魔にならないようカツラも外して、冷たい身体をそっと床に下ろした。アルフォルトは自力で座って居るのがやっとのようで、力無く床に手を付きどうにか身体を支えている。
急いで盥と大量の水を用意し、アルフォルトの前に置くと、震える身体を支えた。
「······ぅ、ぉえっ」
どうにか吐き出そうとするアルフォルトだが、身体に力が入らないのか、上手く吐けないでいた。その間にも、アルフォルトの顔色はどんどん悪くなる。元々色白であるが、今は紙の様に白かった。
──毒は、時間との勝負だ。
ライノアは素早く手を洗うと、震えるアルフォルトの身体を背後から抱きしめて喉に手を添えた。
「我慢して下さいね」
空いているもう片方の手でアルフォルトの口を開くと、そのまま喉へ指を突き立てた。
「······ぐっ······ぅ」
喉を傷付けないように奥へと指をすすめると、苦しそうにアルフォルトの顔が歪む。目からは大粒の涙が零れて、ライノアの袖を濡らした。
アルフォルトは縋るように、ライノアの腕を掴む。
「ぅ、っ、ぐ······がはっ······」
喉の奥をかき回す指に、アルフォルトの身体がビクッと大きく跳ね、その後盛大に嘔吐いた。
途端、喉からほぼ原形のままの小さな焼き菓子が吐き出された。
ライノアはすかさずアルフォルトに水を飲ませる。
そして腹部を強く抱え、再び吐き出させた。
何度か繰り返していると、アルフォルトの顔色が少し良くなってきたのがわかり、ライノアは安堵した。
背後から抱き締めた身体も少しずつ体温を取り戻しているのがわかる。
「もう大丈夫······ゆっくり息を吐いて」
背中を擦り、呼吸が落ち着くのを待つ。
荒い呼吸ではあるが、危険な状態を脱した事を確認し、ライノアは声を張り上げた。
「メリアンヌ!着替えと寝台の用意をして下さい!」
「もう準備できてるわ」
二人の背後から、ぬっと侍女が現れた。
気配がまったくない侍女は、手に着替えと大量のタオルを抱えて待機していた。
メリアンヌはぐったりしたアルフォルトをライノアから預かる。アルフォルトの濡れた衣服を脱がせて、手際よく綺麗に身体を拭いていく。
その間にライノアも汚れた衣服を脱ぎ捨て、手を洗うとメリアンヌが用意していた服に袖を通した。
着替えを終えたライノアは、まだぐったりとしたアルフォルトを抱き上げる。
荒い呼吸に上下する薄い胸、薄く開かれた唇はまだ青いが、脈は正常に戻りつつあるようだ。
存在を確かめるように、少しだけ腕に力を込めて、アルフォルトの体温を感じた。
先回りしたメリアンヌが、寝室のドアを開けてくれる。
「······ライノア」
腕の中から、かすれて弱々しい声がライノアを呼ぶ。
「何です?」
「怒ってる······」
「何があったかちゃんと話して貰います。怒るのはそれからです」
アルフォルトはまだ少し震える指で、ライノアの胸にそっと触れた。 ライノアの心臓が、早鐘を打っている。
やり場のない怒りをぶつけるように、ライノアはベッドにアルフォルトを落とした。
「ぅっ」
ドサッと派手な音を立てて、アルフォルトがベッドに沈む。
「ちょっと!乱暴じやない?!」
「もう大丈夫でしょう」
王子のベッドというだけあって、衝撃自体はさほど無い。
落とされたせいで乱れた寝台を直し、メリアンヌが目を三角にしてライノアを睨んだ。
「そういえばメリアンヌ、いつの間に部屋に戻ったんです?」
メリアンヌの文句を無視して、ライノアは振り返った。
確かアルフォルトが倒れ込んだ時は居なかったはずだ。
赤い髪をひとつに束ねた長身の侍女は、頬に手を当てて答えた。
「えっと、ライノアが王子を背後から押さえ付けて、喉に指を咥えこませたあたりから?」
「言い方······」
間違えてはいないが誤解を招く表現に、ライノアは複雑な顔をする。
「ふふっ」
なんだかおかしくて、アルフォルトは堪らず笑いだした。
「笑い事じゃないんですよ!?貴方は死にかけたんですからね」
「······大丈夫だよ。あの程度の毒なら、僕は死なない」
どこか遠くを見つめる眼差しに、ライノアはぐっと何かを堪えるように唇を噛んだ。
アルフォルトは、一通りの毒に耐性がある。
毒で殺されないように、と幼少の頃に慣らされたため、対処法さえ間違わなければそう易易とは死なない。
でもそれは、あくまで毒だと事前にわかった時の話で、知らずに致死量を摂取し放置したら、普通に死ぬ。
「といはいえ丸呑みはまずかったな。消化されないように、と思ったんだけど、身体が痺れて自力で吐き出せなかった」
だいぶ楽になってきたのか、アルフォルトの声は少しづつ落ち着いてきた。
「ちなみに何の毒かわかりました?」
メリアンヌが、テノールの良く通る声で尋ねた。
「トリカブトじゃないかな。舌痺れたし」
「猛毒じゃねーか!」
途端、ドスの効いた声がメリアンヌの口から零れた。コホン、と咳払いをしてメリアンヌは「失礼」と、誤魔化した。
美少女顔の侍女だが、制服のロングワンピースに包まれた身体は軍人のように鍛え抜かれた長身だ。顔と身体が同一人物に見えない。勿論、毒のせいでおかしく見えている訳でもない。
メリアンヌは、アルフォルトの侍女を務める男性だ。性別は男性だが、心はどちらかといえば女性である、と本人が言っていた。
「その状態で平気なフリをして部屋まで歩いて来たとか、呆れるわ······。さっき第二王子の近衛が騒いでて、うちの王子がなんかやらかしたんだろうな~っては思ってましたけど」
「第二王子が口にする物に、また毒が盛られていたのですね?」
不穏な気配を感じ取ったのか、顔を顰めた二人にアルフォルトは頷いた。
「シャルワールを亡きものにしたい誰かが、城の中にいるみたいだね」
アルフォルトはベッドに横になったまま、窓に視線を向ける。
誰も食べないようにわざと紅茶をこぼした。
濡れたお菓子を敢えて食べる程、貴族は飢えていないはずだ。
明確な殺意から一刻も早くシャルワールを遠ざける為にお茶会を台無しにしたのだ。何も知らないローザンヌはきっと今頃怒り狂っている事だろう。
別の意味で身の危険を感じ、戸締りだけはしっかりしようとアルフォルトは思うのだった。
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