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怒涛の中学3年生

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 調査は船と同じく大きく3チームに分かれる。
 通訳も当然、それぞれに必要とされるため俺の休みは無い。
 こればかりは仕方がないので言われるがままについていく。
 これに希望を出し、極地研究の調査ポイントεに同行をさせてもらえるようになった。
 調査ポイントεに参加するのは終わり頃、8月25日に出発となる。
 日帰りの予定だが、その日中に引き返せなくなるケースを想定して重装備となる。
 予定通りにいくことを祈るばかり。


 ◇


 仕事ばかりだと時間が経つのも早い。
 南極生活も慣れてきた8月の下旬。
 予定通り、25日に調査ポイントεへ出発することになる。
 極地観測のメンバーとレオン、俺の12名で出発だ。
 レオンと俺が荷物持ちでエンジン付きのソリを操作して進む。
 隊員はキックボード状の移動ツールを利用していた。
 道中は快晴で極寒ながら景色を楽しめた。


【武、お前の探しものがあったぞ】

【コウテイペンギンじゃねぇかよ!】

【あれが見たかったんだろう】

【見たかったけどさ! 素晴らしい光景なんだけどさ! 探してんのはあれじゃねぇ】

【自然を愛してないのだな】

【お前、あいつらに混じって1か月断食してこい】

【代わりに餌を取りに行ってくれよ】


 彼とは軽口くらい叩ける間柄になっていた。
 先頭を歩く調査隊の後ろを、遅れずについて行く。
 この荷物ソリ、推進力はあるのだが車体を曲げるのに身体を傾けるため体力を要する。
 体力があることからこの荷物持ちに採用されたので、普段の運動も馬鹿にできない。
 帰ってもひとり朝練は継続しよう。

 次に目についたのは険しく切り立った氷河の崖だった。
 俺の知っている南極大陸はなだらかな標高の高い山だ。
 しかしここは氷河の断崖絶壁が屏風模様を成している。
 まるで天然の迷路となっているようだ。
 数年間の南極探索の末、この迷路を抜ける経路が確保されている。
 現在は奥地のポイントεへと到達できるようになっていた。
 近くを通るとその巨大さがよく分かる。
 数百メートルという、普通の山では考えられない規模の断崖が続く。
 見上げる限りの壁は人間がいかに矮小であると教えてくれる。


【こんな隔世の光景があるんだな】

【これが地獄の入り口だとしても疑いはない】


 どこまで本気なのか。レオンの顔つきは険しい。
 最奥地には魔物が出るかもしれないというのだから警戒は当然か。
 俺も気を抜かないようにしよう。

 進んでいるうちに、ギシギシと大地から軋む音が聞こえる。
 不気味なこの音は凍った氷河がまた溶け出す際の歪みだそうだ。
 稀に崖が崩れて地形が変わるという。
 両脇に崖があるところそんな怖えぇこと言うんじゃねぇ!
 背筋がヒヤリとした俺は、さっさと通り過ぎることを祈った。


 ◇


 そうして太陽が天頂に登る頃、目的地のポイントεへと到着した。
 調査隊はボーリング装置だとか大気観測用のバルーンだとかを用意している。

 しばらく隊員同士の会話の通訳をする。
 バルーンの調子が悪いとか、ボーリングがうまくいかないとか、難航しているようだ。
 こんな調子で日帰りができるのかね?

 そういえば魔力溜まりはどのあたりにあるのだろうか。
 観測が始まって静かになった。
 この間、俺もレオンも暇なので周囲を散策することにした。


【武。お前の捜し物はあったのか?】

【ここの魔力溜まりかもしれない。見つかったら教えてくれ】


 レオンは怪訝な顔をした。
 魔力溜まりに用事があるなんて普通はない。
 それに彼は護衛として魔力溜まりを警戒するために来た。
 だから無力な俺が近づくことを良しとはしないだろう。


【・・・わかった。先ずは探そう】


 以前の調査結果からこのポイントの近くにあるはずだ。
 探せばあるだろう。
 研究者たちから少し離れ、俺達は奥まったところを探した。

 ソリを止めた場所から100メートルくらい奥に入り組んだところ。
 氷壁の一部がひび割れ、洞穴のようになっている場所があった。
 ギシギシと例の氷河が蠢く音がして、何やら薄黒いものがそこに漂っていた。
 

【・・・武。あそこには近づくな】

【ん? 何かあるのか?】

【・・・】


 単なる粉塵かと思ったが、よく考えれば氷ばかりの場所に粉塵などない。
 ・・・まさか。


【あそこは不味い。魔力溜まりというだけじゃないぞ】


 レオンはその場所を凝視して警戒している。


【・・・なぁ、レオン】

【なんだ】

【俺が探していたもの、あれだ】

【・・・何だって!?】


 その薄黒いものを見て、俺は確信していた。


【お前はあれが何に見える?】

【白の魔力と・・・厄介な悪意だ】

【厄介な悪意、ね】


 白の魔力とは、恐らく属性のない魔力。
 ラリクエの中で属性をつけない魔法をそう呼んでいた。
 そしてレオンの評した「厄介な悪意」。
 言い得て妙、とはこのことだ。
 やはりAR値が高い人間には、魔力たる何かが色々見えているらしい。


【お前、魔王の霧って知ってるか?】

【霧? 何だそれは?】


 やはりそうか。世界中で隠蔽されているんだな。
 レオンとは高天原でまた会う。
 そして今この後、俺は彼に、俺の身を委ねることになる。
 なら説明くらいしておいても良いと思った。


【魔王の霧ってのは、大惨事のときに人類の9割を死に至らしめたガスだ】

【・・・何? 隕石の粉塵と魔物が原因と習ったぞ】


 うん、俺もそう習った。
 世界政府はどうして隠蔽すんだろね。


【それ嘘。この話は隠蔽されてるんだ。実際は魔王の霧が世界を覆って、人類の9割を殺した】

【まさか・・・】


 俄には信じがたいよね。
 隕石による粉塵説を信じている人にとって寝耳に水の話となるはず。


【あれが旧人類を新人類フューリーに進化させた物質、魔王の霧だ】

【あの悪意が、か!?】

【そうだ。あれを浴びて生き延びた1割の人類が、新人類フューリーだ】


 レオンにはその霧が意思を持って見えるようだ。
 なるほど、魔力は人の精神に感応するという俺の見立ては正しい。
 だってそうじゃなけりゃエクシズムなんて発生しないだろう。
 精神と肉体を強固に融合させる何かなのだろう。

 であれば。
 魔王の霧が人間を死に至らしめるのは、物理的な要因だけではない。
 その悪意も人間の精神を蝕むということだ。死に至るまで。


【お前はあの悪意に触れても、気が重くなるくらいで済むだろう?】

【・・・こちらに流れてくるものだけで、ひどく陰鬱な気分になる】

【新人類は魔力適合がある。だからあの悪意に晒されても身体への影響はない】

【・・・だが長居しようとは思わんぞ】

【死ぬというほどでもないだろう。何せ、親の世代で全身に浴びてるからな】


 俺が何を言わんとしているのか。
 レオンは掴みきれないようで、俺の言葉を待っている。


【実はな・・・俺は旧人類なんだ】

【は?】


 レオンがぽかんと俺の顔を見た。
 俺は薄笑いを浮かべてその顔を見る。


【俺の魔力適合、AR値はゼロだ】

【!?】


 彼は何を言っているのか理解できていないだろう。
 俺が言葉を重ねるのは、俺自身への確認と覚悟のためだ。


【ゼロ、だと? 新人類フューリーではないのか?】

【そうだ。旧人類と同等だ】

【・・・お前は何を言っているんだ?】


 理解が追いつかないだろう。
 問題は彼に理解してもらうことではない。
 俺が何をしようとして、どうなるかを見届けてもらうことだ。


【要するに、だ。旧人類があれに触れると死ぬ】

【何!?】


 事実。
 今現在、俺の呼吸器は焼けるように痛む。
 流れてくる薄い霧に触れるだけでこのザマだ。


【魔王の霧を浴び・・・死にきれなかった1割の者が魔力適合を得て新人類フューリーとなる】

【・・・】

【今からそれを実証しようじゃないか】


 俺は一歩、そこへ足を踏み出した。


【待て、1割だと!?】

【ガハッ・・・ああ、1割だ。9割は死ぬ】


 既に口内で出血しているのか、血の味がした。
 なるほど身体を冒している。


【止まれ! 武!】

【いいや止まらんね。俺はこのためにここに来た】

【死ぬためか!?】


 レオンが大声をあげた。
 俺はその顔をちらりと見て口角を上げる。


【いいや、生きるためだ。お前を含めた人類のためにな】

【おい!】


 また一歩、そこに近づく。
 顔が焼けているのか、ゴーグルの周りが痛む。
 見据えていた噴出する悪意が大きく歪んだ。
 まるで俺を迎え入れるかのように踊っている。


【お前に見届けて欲しいんだ】

【俺は友が死ぬところなど見ないぞ!!】


 レオンが俺の前に飛び出る。
 道を塞ぐように立ちはだかった。
 だが俺はその大柄な身体を押しのける。


【武!】


 俺が口から血を流しているのに気付いたのだろう。
 レオンが動揺している。
 顔の表面の皮膚が侵食され、何やら煙のようなものが立っている気がする。


【おい武!!】


 口から垂れる血液は冷風に晒されすぐに固まる。
 だが悪意は体内に侵入してくる。
 徐々に視界が悪くなる。平衡感覚がおかしくなり、聴覚も無くなってくる。
 ああ・・・あれだ。2年前の夏に、飯塚先輩にもらったアレと同じだ。


【ーーーー!!】

【レオン、後のことは頼むぞ】


 もう正しく音が聞こえない。
 くぐもった静寂の中にいるようだ。

 不思議と怖くはなかった。
 だって、このまま何もせずに帰ったらきっと魔王が世界を滅ぼす。
 そうしたら香さんや、九条さんや、レオンや、出会った人たちは皆、死んでしまう。
 それに比べたら、可能性が低くても助かるために進むのなんて何でも無いことだ。
 痛みなんてあってないようなものだった。

 もうそれっぽく動くだけの口で、彼に俺の意思を伝える。


【これが、俺の攻略法生き様だ!!】


 感覚が無くなる前に。
 俺は駆けた。
 意識を手放す前に、その行き先を見失わないように。
 その、人間を滅ぼさんとする悪意に、俺は自身を委ねた。
 氷の洞穴の入り口に足が踏み入ったところまで、何とか視界は確保できていた。

 そして。
 思ったよりも早く意識が手放されたのか・・・。
 そんなに痛みを感じることはなかった。
 ただ、もしこのまま消えてしまうと約束が守れないな、ということが心残りだった。



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