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ハチャメチャの中学2年生

041

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 俺は何とか寮に帰って来た。
 ぜぇぜぇいってる身体を部屋で落ち着かせる。
 まさかのふたりからの追求。
 ・・・どうすんだよ、これ。
 誤魔化せた・・・よね?
 ・・・でも捨て置いて来た俺に、今できることはない。
 考えても無駄なので考えないようにしよう。
 うん、今日は何もなかった!

 部屋で動揺した気持ちを落ち着かせてると18時30分。
 おおう、食事もう始まってるじゃん。
 遅れたのに九条さんが来なかったのが気になるが、ともかく食べに行こう。

 食堂に行くと先に九条さんが食べていた。
 会釈だけして席に座り、自分の分を食べ始める。
 九条さんは食べ終わるとさっと立ち上がってすぐに出ていった。
 いつもは互いに食べ終わるまで雑談して待ってるんだけど。
 俺が遅かったからかな・・・。
 カードで予告されてるからこの後、部屋に来るんだよな。
 ただ渡すだけで終わってくれりゃ良いんだけど・・・前例ふたりがいるから不安しかねぇ。
 バレンタインって不安を抱える日だっけ?


 ◇


 食後、3分。
 食休みだ、とベッドに身体を預けたところでノックが鳴ってしまった。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 いつも通り座布団を出して座ってもらう。
 九条さんは落ち着いた表情で俺に向き合った。


「あの、まずこちらを」

「あ、はい」


 お偉いさんへ贈答品を丁寧に差し出す構図で、九条さんはものを出してきた。
 ラッピングされたそれは、市販のものよりも手の込んだ装飾になっていた。


「これは・・・手作り?」

「はい。本命、です」


 そこ、強調しなくてよろしい。


「寮じゃ作れないよね? どこで作ったの?」

「先輩にお願いして、先輩の家の台所を使わせてもらいました」


 む・・・そこまで頑張ったのか。
 ああでも、女子って集まって作ったりするんだっけ。
 橘先輩のところで作ったってことは、橘先輩も作ったんだろうな。
 去年、本命で手作りを貰ったし。


「そっか。ありがたく頂戴するよ」

「はい」


 丁寧な包装だ。
 市販のものと比べても手が込んでいる。
 つまりはそれだけ頑張ったんだろう。
 そう考えるだけで、このチョコレートの価値がプライスレスであることを感じる。
 ああ・・・本当に。
 しがらみがなければ手放しで感動するところなのに!
 穏やかな笑みを浮かべる九条さんの顔が眩しい。
 ・・・この間、この罪悪感を訴えて、それも許容されたんだけどさ。
 やっぱりスルーはできないよ。


「あの」

「・・・うん?」

「私は、武さんのことをお慕いしています」

「・・・うん、ありがとう」


 真剣な表情。
 銀色の睫毛に、想いを詰めた銀色の瞳。
 真っ直ぐに射抜くその視線は、俺を釘付けにした。
 心臓がどきりと跳ねた。
 俺はいつも、無意識にその視線に射抜かれないようにしていた気がする。
 正面から彼女の想いを受け止めてしまえば逃れられなくなってしまいそうだから。
 だけど・・・。
 俺は正面から受け止めてしまった。
 上等な絵画でさえ表現できないであろう、宝石のようなその深みに捉えられた。


「武さんは、わたしのことを・・・どう想っていますか?」

「・・・」


 言葉に窮する。
 答えは持ち合わせている。
 それが彼女の求める答えだということも知っている。
 そのまま口に出してしまえば・・・。
 俺に、その先が無くなってしまう。
 いや、そうなるという可能性だけじゃないか。
 もしかしたら問題がないかもしれない。


「俺は・・・」


 俺は・・・どうして頑張っているのか。
 リアルに無事に戻るため。
 この世界で死なないため。
 そのために必要だから。
 だから人の気持を弄んでまで。
 自分の気持を抑え込んでまで。
 ・・・。
 それで、ようやく。
 道筋が少しずつ見えてきたんじゃないか。
 

「・・・」

「教えて、くださいませんか?」


 最初に、友達として守ってやる、と言った。
 嫌いじゃない、とも言った。
 けれども、決定的な言葉は伝えてない。
 普段の行動で伝わっていると思う、その言葉は伝えていない。
 それが俺と彼女を隔てる、最後の距離だと考えているからだ。
 今はまだ・・・その隙間を詰めることはできない。
 その覚悟は、まだ、俺にはない。


「・・・ごめん・・・今はまだ・・・」


 絞り出すように。
 俺は窮している想いだけを吐露した。
 彼女は俺を捉えていた瞳を1度、瞼に収めた。
 すると、ふわりと破顔した。


「・・・その言葉だけで、今は十分です・・・」


 九条さんはすっと俺の隣に座った。
 ベッドがぐっと軋み、互いの身体が、互いの方向に傾いた。
 肩が触れ、薄い部屋着の上からでも温かさを感じる。


「・・・」

「・・・」


 優しい沈黙が続いた。
 このまま時間が止まってしまっても良いくらいだ。
 今日の曖昧な態度さえ許容してくれた彼女。
 ただ隣に座るだけなのに、その受け入れてくれたという事実だけで心が温かい。
 すっと、膝に置いた俺の手に、九条さんの手が重ねられた。
 また心臓が跳ねた。
 ぬくもりが直に伝わる。
 緊張で早くなった鼓動もきっと、伝わっている。
 ちらりと横目で彼女の顔を見た。
 目が合った。
 微笑を浮かべていた。
 そのまま、どのくらいの間か。
 その止まってしまった時間を、ふたりで噛み締めていた。
 ・・・。

 ふと。
 机の上のノートが目に入った。
 およそ2年間、必死に書き綴った攻略ノート。
 その中に「九条 さくら」の攻略情報もある。
 今、隣りにいる彼女は・・・ゲーム上の攻略対象なのか。
 こうして現実のものとして俺の隣りにいるのに。
 俺に心を預けているのに。

 彼女は攻略ノートに書かれている、定められた行動だけをするキャラじゃない。
 ゲームのキャラではなくひとりの人間として、俺が取り扱ったから。
 だから彼女はこうして隣りにいる。
 既に攻略ノートの「九条 さくら」ルートは破綻していると思う。
 それは悪いことなのだろうか。
 俺がこの現実ゲームをゲームとして取り扱わなかった時からこうなる運命だった。
 そう・・・どこかで腹をくくる必要があるんじゃないのか。


「九条さん」

「はい」

「俺は・・・」


 ラリクエのクリアまで、きっと俺はこれまで以上に試行錯誤する。
 方法論の攻略情報が俺の支えだった。
 そこから外れた彼女は、クリアのために俺の支えになれないのだろうか。
 少なくとも・・・今の俺の、精神的な支えになってくれている。
 その支えがあれば、より困難になったとしても突き進める気がした。


「俺は、九条さんのことを・・・」


 だから、言おうと思った。
 まさにそのとき。


「やっほー!! アイラブ武君! ハッピーバレンタイン!!」

「うわぉ!!」

「きゃっ!?」


 勢いよく部屋の戸が開かれ、意気揚々と飛び込んできたのは橘先輩。
 俺は飛び上がり、九条さんは反動でベッドから滑り落ちてしまった。


「私の気持ちをお届け・・・って、さくらがどうしているの!?」

「・・・」

「・・・」


 上気した笑顔が段々と冷えていく橘先輩。
 呆気に取られる俺。
 呆然と橘先輩を見上げる九条さん。
 止まった時間を理解しようとする3人。
 ・・・ディスティニーランドで似たような光景を見た気がした。


「・・・先輩・・・」

「あれぇ? もしかして、良い雰囲気だった?」


 ゆらり、と九条さんが俯いたまま立ち上がった。
 長い髪に隠されて顔が見えない。
 あれだ、ほら。ホラー映画でVHSを再生するとテレビ画面から出てくる○子。
 ・・・。
 こ、怖えぇぇぇ!!


「んふふ、だったら滑り込みセーフ! やっぱり私、冴えてる~!」

「先輩!!」


 したり顔の橘先輩を咎めようとする九条さん。


「あっれ~? 抜け駆けしないって話は?」

「・・・!?」


 詰め寄る九条さんにジト目を向ける橘先輩。
 え、なに? そんな協定あんの?


「そ、それは・・・自分から手を出さなきゃって!」

「ふーん? 私としては、そう仕向けるのもNGだと思うんだけどね」

「・・・」


 ・・・相変わらずだ、橘先輩。
 さっきの甘い空気なんて一瞬で霧散してしまった。


「ま、そう言うならそういうことにしとく」


 何やら複雑な表情を浮かべ、たじろぐ九条さん。
 ふぅと溜息をつくと、俺に向き直った橘先輩は、再び笑顔になる。


「武君。これ、私の気持ち! 受け取ってくれる?」

「・・・うん、ありがとう」


 最後の最後で、1番まともに受け取った気がする。
 ・・・? 市販品?
 あれ、九条さんと作ったんじゃ?


「ほら、もう21時じゃない。さくらは自分の部屋に帰る! 武君は私を家まで送ってく!」

「「え?」」


 ◇


 強引に解散となった俺達。
 九条さんはすごすごと自室に帰って行った。
 おばちゃんに送っていくので遅くなると伝えると「中に入りたいなら日が変わるまでに帰って来な」と言われる。
 橘先輩の家、そんな遠くねぇよ。
 つか、含みのある言い方すんな!

 夜道は寒い。
 ポケットに手を突っ込んだ俺は、手袋を持ってくれば良かったと後悔する。
 橘先輩も手を擦り合わせて寒そうに歩いていた。
 いつものポニーテールがゆらゆらと揺れる。
 何でもない揺れが蝋燭の炎を見ているようで、俺は少し安心した。


「んー? 武君、疲れてるね?」

「え? 分かるの?」

「いつも見てるから」


 さらりと恥ずかしい台詞を口にする橘先輩。
 ナチュラル発言なんだろうけど俺は気恥ずかしくなってしまった。


「ふふ、これで照れてくれるんだ、可愛い」

「・・・ちょっと恥ずかしい」

「うん。いつもの強がってるのも素敵だけど、素直になってくれてるのも素敵! 愛しいなぁ!」


 気疲れからか、本音発言をしてしまった俺。
 そんな俺の様子に優しげな視線を送る橘先輩。


「・・・そんな恥ずかしい台詞、よく出てくんな」

「だって、さくらも自分の言いたいこと、言ったんでしょ? 私も少しくらいは言わせて」

「・・・」


 もう一度、彼女の顔を見た。
 目が合うとにこりと笑ってくれた。
 俺も気が緩んだのか、自然と笑みが溢れた。


「あ、良かった! 笑ってくれた!」

「え?」

「だって、ずっと困った表情してるんだもん」


 ・・・そうか?
 いや、そうかも。
 少なくとも今日は受け入れ難い出来事しかなかった。


「あのね。卒業して高校に通ってから、武君に会う機会が減ったじゃない?」

「うん」

「PE受け取ってくれたからお話は沢山できた。パスタの会で顔も見れてた」

「うん」


 そう。
 橘先輩が卒業してから1年。
 落ち着き無くハチャメチャな感じで過ごしていた。
 ずっと荒れた海に浮かぶ船を操船していたような感覚だった。


「でもね。こうしてふたりで顔を合わせると思うんだ。ああ、ナマ武君だって!」

「ナマって・・・」

「えー? ナマ、大事だよ! ホログラムなんか虚像だよ? ああ、手を伸ばして届くことの愛おしさよ・・・」


 そうして俺の首に両腕を絡ませようとする橘先輩。
 タイミングを合わせ、彼女の肩を掴んで距離を維持する。


「あ~ん! いけずぅ!」

「抜け駆けしないんじゃねぇのかよ・・・」


 両腕を胸の前で折り曲げてギャルよろしく身体ごと振ってキャピキャピし、不満の意を表す橘先輩。
 露骨過ぎて一周まわり、俺は吹き出してしまった。


「ぷっ・・・くくく!」

「ふふ、私の手にかかればこの通り!」

「何がだよ」

「気遣いなんて要らないのってこと!」


 はたと、俺は立ち止まった。
 橘先輩はまた、優しげな視線を向けてくれた。
 じんわりと、胸の奥が温まった。

 それからしばらくは無言だった。
 橘先輩も何か言ったりボディタッチをすることもなく。
 心地良い気分のまま、気付けば橘先輩の家に到着していた。
 

「あのさ。日が変わるまでなら時間あるよね」

「いちおう、は」

「寒いしさ、お茶飲んで温まってから帰りなよ」


 ・・・。
 なんだろう、送り狼の逆パターン?
 でもそんな、裏をかかれる予感はしない。
 胸の温かさに後押しされ、俺は頷いた。



 
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