サンキゼロの涙

たね ありけ

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第六章 水の巫女

第七十三話 赤の理解者

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 水の都キョウの冒険者ギルドは二つ。山のギルドは北側、水のギルドは南側。水のギルドはその位置から南側の仕事を請け負う事が多い。南には花咲山とその先に広がる山地。ゆえに地理に詳しい者が所属に多い。更に「水」の称号を掲げているとおり、この街に張り巡らされている堀、つまり水運に関する依頼もよく請け負っていた。迷路のような堀はもとより水の流れや障害物までも把握している者は、冒険者でも多くなく重宝されるのだ。

 しかし水のギルドに所属していても陸上の仕事を中心に請け負っていた者はそうでもない。赤いフードの女冒険者が依頼板の前でうんうんと唸っていた。

「どうしよう・・・組んでくれる人、いるかな」

 彼女が悩んでいるのはその依頼内容だ。期限が短いわりにとても曖昧で、そのまま受け取るなら範囲が広すぎる探索なのだ。運河は水面下に魚などの魔獣がいることもあり探し物一つでも危険を伴う。魔獣はともかく水路に明るくないとそもそも現場に辿り着けない。魔獣に対して彼女だけで対処できるかというとそうでもなく、戦力という意味でも相方が必要だった。

 その彼女の評価ランクはD。それが二か月の間の実績であり、先日ようやく掴み取った冒険者としての成長の証だ。継続して依頼を受け少しでも力をつける。あの事件で心に決めたことだから。

「おうい、オルタンス嬢。何を難しい顔しておる」
「ブレーズ? 久しぶり!」
「そんなにうんうん唸っておっては気になってならん。どうした」

 地底族ドワーフ独特のずんぐりとした身体がオルタンスの横に並んだ。

「実は・・これなんだけど」
「『急募! 水路、下水道で探し物をしています。詳細は依頼主まで』? 期限も短い、やけに曖昧だのう」
「この間、評価ランクDに上がったの。報酬も良いし受けてみたいと思って」
「うーむ・・おい、マスター。この依頼主は厄介そうな奴か?」
「いえ、貴族絡みとか面倒な感じではないですよ。その内容のとおりです」

 カウンターで忙しそうに書類に目を落としていたマスターがブレーズに目を向ける。依頼主保護の鑑定から、依頼主の詳細は依頼を受けないと開示されない。ただ、それでは理不尽な依頼や悪意のある依頼などが防げないため、依頼主や依頼内容はマスターが分別をつける。その時の感触を確認したわけだ。

 だから掲示板に貼ってある依頼はそれなりに真っ当なもののはずなのだが、内容を話したがらない人もいる。例えばオルタンスの見ていた探し物などは、人に言いにくい物の場合は伏せられるのが常だ。その辺りを加味してこの依頼は評価ランクDとされているのだろうが・・。

「場所を特定せずに水の都キョウの水路に下水道。期限の割に広すぎるわよね」
「然り。訳ありかもしれんな。ふむ、数日は手が空いてる。オルタンス嬢の成長も気になるしな、仕事ぶりを見るのも悪くない。ワシがおれば何とかなるだろう」
「本当!? ありがとうブレーズ! そうと決まれば」

 よし来たと言わんばかりにオルタンスは掲示板から紙を取るとマスターのところへ持ち込んだ。二人のやり取りを聞いていたマスターは、分かりましたと手続きをして、依頼主の連絡先を記したメモを渡してきた。

「よろしくお願いしますね。帽子を被った、鶯色の上着を召したお嬢さんです」
「小鼠の欠伸亭? ブレーズ、知ってる?」
「酒呑みには有名どころだな、ワシもよく行く。どれ、案内しよう」
「ええ、酒場なんだ・・・」

 下戸の彼女は酒の匂いが苦手だった。その場に居るだけで皮膚の中に入り込んでくるようなねっとりしたあの香りが駄目なのだ。

「酒は苦手か。はっはっは、なんだ、まだまだお子様だのう」
「わたしまだ成長途中なんだから! 背だって胸だってこれから大人になるの!」

 出口の戸に手をかけながら齢十七の彼女は頬を膨らませて抗議した。まだまだ能力も身体も発育するものだと信じて疑わなかったから。




 初めての冒険者ギルドで、初めての依頼を出す。作法も相場も解らなかったが、ギルドマスターと呼ぶには若い穏やかな男に何とか手解きをしてもらい、その手続きを終え、受託者を待ちながら一息ついていた。美味しいと評判の酒場で遅い昼食を食べ終え、店員が食器を下げるといよいよ手持ち無沙汰になってくる。昼下がりの酒場は客足も疎らで、広い店の端に独りで座っていると気付かれないままになってしまいそうだ。

 さすがに直ぐに誰か来るわけでもなく、昨夜から寝ずに過ごしていたこともあって、人心地ついたところで睡魔に襲われる。店員さんも居るしちょっとくらいなら良いかな、と油断もあったかもしれない。財布などを懐の奥に抱えるように机に突っ伏して意識を手放した。

・・
・・・・

 暗い石室の中に方陣がぼんやりと浮かぶ。ローブで身を包んだ何者かが光る小石のようなものをその中央に置き、何かぶつぶつと唱える。すると方陣の輝きが強まり視界を白く染める。地面が揺れ動き、石室から続く廊下からぞろぞろと化物が溢れ出てくる。

・・
・・・・

----!!
--!?
ーーーー!!

 誰かが叫ぶ。悲鳴らしき声があちこちで挙がる。人々が逃げ惑う。地中から化物が這い出て来る。それらに掴みかかられ、噛みつかれ、切り裂かれ、食いちぎられ、踏み潰される。それはもう一方的な殺戮だ。力のない者たちが化物に蹂躙される。十や二十ではない、数百、数千といった規模の化物が地面から湧き出てくる。勇敢な弾正台の兵士や冒険者たちが立ち向かう。一対一では優勢だとしても、数の暴力に為す術もなく波に飲まれていく。やがてその波は街全体を覆い尽くしていく。

・・・・
・・

「ひっ!!」

 小さな悲鳴が現実の自分の声であることで、それがまた夢だったことに安堵を覚える。どのくらい寝ていたのか。漏れた声が周囲に気付かれていないのを確認し、改めて周囲を見渡すと寝入りの時よりも人が増えていた。それなりに時間が経ったのだろう、夕餉に食事と酒を楽しむ者たちもいる。もう暗くなってしまったかもしれない。

 変わらぬ寝覚めの悪い夢に、冷えるというのに気持ちの悪い汗を覚え不快感に襲われる。しかし眠ったがゆえに頭は冴えたし身体から幾分か疲れは取れていた。

 ふと、酒場に入ってきた二人組に目がついた。赤いフードが目立つ若い女と、ターバンを巻いた浅黒い肌をしたずんぐりとした体躯の男だ。きっと地底族ドワーフという種族だろう。武器を携帯しバックパックといった装備から、冒険者であろうことは察せられた。その二人組みはこちらに目が合うと真っ直ぐに向かって来た。冒険者だ、きっとあの依頼を受けたのかもしれない。

「あなたがユメミさん?」
「・・・はい、そうです。依頼を受けてくれた方ですか?」
「ええ、私はオルタンス。水のギルドの評価ランクD冒険者よ」
「ワシは『土竜』ブレーズ。評価ランクAだが、今回はこのオルタンス嬢の付き添いだ」
「オルタンスさんにブレーズさん。よろしくお願いします。どうぞお掛けになってください」

 二人が腰掛けると依頼主であるユメミは疲れた表情をしながら話し始めた。

「では説明しますね・・・実は探しものというのは方陣なのです」
「方陣? 魔術を使うときのか?」
「はい。詳細は分かりませんが、良くないモノを呼び出す方陣なのです。呼び出されたモノは地上に這い出て人々を襲うのです」
「・・・まるで見てきたかのような言い草だのう。ユメミさんだったか、どういうことだ?」
「はい・・・実は、お二人には馬鹿馬鹿しいお話かもしれませんが・・・」

 俯いて言い淀む姿にオルタンスとブレーズは目を合わせる。

「依頼は依頼よ? 荒唐無稽の話であっても依頼されたならやるわ」
「・・・はい、ありがとうございます」

 その言葉に表情が和らぐとユメミは顔を上げて話し始めた。

「わたくしには先に起こる事を夢に見ることがあるのです。しばらく前から、先程お話した方陣が使用されて大惨事になる光景を何度も見るのです。これほど繰り返し見るということは、ほぼ間違いなく起こることだと思っています」
「あなたや周囲の人に声をかけて逃げてしまうわけには?」
「あまりに範囲が広すぎるのです。おそらく水の都キョウ全域に・・・」

 二人は息を飲む。それが真実ならば、このような個人で発する依頼で済むような話ではない。

「だが実際に未来の話なぞ信ずる者もなく、弾正台やギルドを動かすこともできん、と」
「そうなのです・・・」
「大丈夫! 私は信じるわ。だってあなた、こうして出来ることをやろうとしてるでしょ? 頑張ってる人は嘘は言わないもの!」

 その前向きな気持ちは、絶望に何度も苛まれていたユメミの心を軽くする。

「ありがとう、ございます・・・」

 俯き少し目を潤ませた彼女の手を取り、オルタンスは顔を覗き込んだ。

「ほら、私たちに任せて。冒険者なんだから」

 何度か顔を縦に振る依頼主を勇気付けるオルタンスにブレーズは目を細めた。

 あの嬢ちゃんがここまで成長するとは。実力だけでなく人としての気遣いや立ち振る舞いも以前のそれと違う。確かにもう一端の冒険者なのだ。なるほど、評価ランクDも頷ける。マスターも見る目がある。そんなことで少し感慨に耽りながら、ブレーズは依頼内容の確認に耳を傾けていった。
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