サンキゼロの涙

たね ありけ

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第二章 流しの冒険者

第二十七話 二人の訓練2

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 訓練を始めて二週間。基礎訓練を経て、二人は本格的な武器の取り扱いを教わっていた。様々な姿勢からの構え方から始まり、相手との距離の取り方、命中させる方法。人間を相手にするとき、魔獣等を相手にするとき。威嚇や踏み込み。習得項目には枚挙に暇がない。日々、限界まで身体に叩き込み、部屋に帰ってからは復習と語学に勤しんだ。これらの自ら求める修練は、与えられるものよりも早く彼らの血肉となっていった。




 その日、ジェロムは教官のフリューゲと再度の手合わせをすることになっていた。訓練所の一角で、教官と生徒は二週間ぶりに向き合う。

「基礎訓練を終え、貴様の体幹もマシになった。剣術の何たるかを体得するならば、応じて動くのが一番である」

 教官の主義はともかく、ジェロムは漲っていた。単調な積み上げよりも、場数をこなして経験を積む方が性に合っていたからだ。

「剣を落とすか降参するまでだ。手段は問わん。では始めよう」

 フリューゲが抜刀し、その長剣の切っ先を下段に構える。標準的な構えなら中段で何処へでも動かせるようにする、そう習った筈だ。つまりフリューゲは標準的でない動きをするということだ。

 中段に構えたジェロムは様子を伺った。しかし教官は微動だにせず、此方を待っていた。打ってこいということか。一之太刀は先制の一撃。先手を取れるならより有利になる。ならば迷うことは無い。

「はっ!」

 横一文字に描いた切っ先はフリューゲの胸部へと叩きつけられる。それを避ける動き、即ち後退や屈みを斬りつけられるよう、踏み込んだ逆袈裟斬りを一之太刀とする。後ろへ飛び退いたフリューゲを追って、鋼の剣が斬り上げられる。

ガアン!

 ジェロムの両手に強烈な衝撃が走った。斬り上げる筈の剣筋は足元で止まっていた。フリューゲがその剣筋に合わせて、同じ軌跡で長剣を重ねたからだ。教官と目が合った。

 近過ぎる。思わず飛び退くジェロムに、教官は動かない。一之太刀を阻まれたなら、更に剣を重ねれば良い。いつかは当たる、そう判断したジェロムは、再び上段に振りかぶり踏み込んだ袈裟斬りを仕掛けた。今度は受けねば躱せない一撃だ。

「いくぜ」
「フンッ」

キン!

 フリューゲが予想通り薙払いで受ける。その反動を利用し、半回転して薙払いへ切り替え、一之太刀とする。

「でぇっ!」

 再び横一文字がフリューゲに届くかというところで、再び強烈な感触がジェロムの両手へ伝わった。

ガアン!

 受け止められた。いや、正確には叩き潰された。鋼の剣に長剣が正面から、同じ角度で、同じ軌跡でぶつかり合ったのだ。その衝撃でジェロムの剣は手を離れていた。

「あ!」

 気付けばフリューゲの剣先がジェロムの顔の前にあった。降参を宣言するまでもなく負けである。

「へへ、やっぱりはおっさん強いな」
「貴様の剣筋は面白い。二段目が本筋だからな。だがその動きを読まれた時はこのように威力負けする」
「バレバレってことか」
「今のは『無間の位』。相手の剣とこちらの剣を正面からぶつけ合う技法。実戦ならば相手の武器を止め、その隙に斬りつけるものだ。もっとも、剣を持った人間にしか通用せんがな」

 なるほど、一之太刀は相手の空隙を縫って当てる技。無間の位は相手の剣撃を潰して隙を作り当てる技。身を以て理解したジェロムは、その技の意義を噛みしめた。そして面白いと思った。寒空の冷たい空気が、彼の頬を叩いて駆け抜けていった。




 三週が経つ頃には、ディアナの弓の腕は50ミル程度の距離を射抜けるくらいに上達していた。その向上心と技量の伸びに、クロエは目を見張った。一般に半年はかかる技能を一月もしないうちに身に付けてしまったのだから。もっとも、前提条件として的が止まっていて正射姿勢である必要があったが。

 彼女は真剣だった。自分の命運を家族ジェロムに預けてばかりではいけない。自分も守る側になれなければ、ただの足手纏いになってしまう。そんなのは嫌。この街までの道程で嫌というほど感じたことだ。だから、強くなりたい。

 そんな想いをクロエも感じ取っていた。言葉を始めとしてハンデを負っているのは分かっていたし、それを良しとしないことも。それ故に、冒険者を志すこの少女を応援したくなったのだ。

「よし、正射はもう十分だろ。そろそろ次をやるぜ。動く相手を狙う方法だ」
「うん、お願いシマス」
「正射の姿勢と条件が一致すれば、結果として当たるのはもう理解したろ。狙う必要はねぇからな。だが実際の的は動いてる。だから、その動きに合わせんだ」
「軌跡を合わせればイイ?」
「そうだ、基本は距離感だ。矢の軌道がどうなるか分かんだろ。距離とタイミングを正射に合わせんだ」

 また少し流暢になった受け答えに、彼女の可能性を見る。人並みのものではない努力に、より実践的な訓練で応える必要があると考える。

「今日はあたしが的を投げるから、そいつに当てようか。明日からはもっと実践的にやろうぜ」

 言いながら、クロエは木の板を回転させ高く放り投げた。青空を背景にくるくると回るそれをディアナが見上げる。パキン。それは矢に貫かれ半分に割れた。僅か三秒の間に、クロエが射抜いたのだ。

「へへ、こんくらいは目指して欲しいね」
「・・凄い!」

 ディアナの目標とする師の腕は、この辺りでは右に出る者はいない。ディアナはその高みに辿り着くまでの道の長さを確かに垣間見た。




 そしてひと月が経つ頃、ノヘの街はすっかり雪化粧をしていた。外套を纏いながらの訓練は動きにくかったが、人間相手ならば五分の条件だし、魔獣を始めとした獣も寒い時にはあまり動かないので、この格好で訓練をする意義は十分にある、とはフリューゲの言である。装備を身に付けることにも慣れ、一介の冒険者然とする気分も醸成されていった頃に、期限としていたひと月が到来した。

「それで、しばらくはノヘで稼ぐんだって?」
「路銀の確保と経験を兼ねて、ね」
「そうか。あたしはたぶん、春頃まで街にいなきゃならねぇから、何かあったら相談に来いよ」
「クロエ、ありがとう。お陰で私、弓、少し使えるよう、なった」
「はは、ディアナ。お前の努力の結果だぜ、自信持てよ。弓に関してはそれなりになってるはずだぜ」
「うん、頑張るね」

 三人は訓練の後、北大通りを歩いていた。薄暗い夕暮れの中、夜の到来を烏がカァカァと告げている。

「さて、それじゃ気を付けてな。女神の加護があらんことを」

 左手を胸に、加護の祝辞を添える。冒険者の無事を祈る挨拶だ。昨日とは違うその別れに、ディアナは一抹の寂しさを感じた。

「クロエも元気で。また逢いに行く」
「おう、土産話でも持ってきてくれよ」
「ありがとう!」

 和やかなやり取りの後、赤毛の先輩は手を振りながら路地の奥へと消えていった。

「・・・終わったね」

 このひと月で、ディアナはかなり流暢に喋るようになっていた。意味が分かる状況で言葉を覚えたために、相当に早く習熟していた。

「これでスタートラインだよ。俺も教官にそんなことを言われたんだ。だから、改めて青の欅のスタートだ」
「うん、そうね。明日からもう一度、頑張ろう」

 二人は頷きあい、歩いていく。教会へと向かう道は、薄暗いながらもほんのりと街明かりに照らされていた。昼間に降った新雪の上で、二人の足音がきしきしと響き、しんとした街に新たな足音を刻んでいた。
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