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終章 攻略! 虹色の魔王
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■■玄鉄 結弦’s View■■
「えっとね。魔力溜まりの調査はアレクサンドラさんの指示でやったことなんだ」
「アレクサンドラの? 恵、いつの間にそんな話になっていたの?」
「お姉ちゃんに関わることだったから、アレクサンドラさんは私にしか言わなかったみたい」
姉を騙してしまったようで恵先輩は申し訳なさそうな雰囲気だった。
「そっか。私が話を聞いていれば行くことを止めるかもしれなかったから・・・」
「うん、たぶんそう。私も出雲まで行ったところでお姉ちゃんが先に行ったっていう情報を知って、後を追っていたの」
「それであそこで発見してくれたのか」
「うん。あの、玄鉄君。お姉ちゃんのあの怪我・・・玄鉄君といろいろあったんだよね?」
「あ、ああ・・・」
そう言われるとぎくりと焦ってしまう。
事情はともあれ澪先輩を斬ってしまったのだから。
考えてみると責められこそすれ、感謝される話ではない。
その言い方は斬創を見て俺の仕業だということくらいわかっているのだろう。
「良いの、何があったかまでは知らなくても。ありがとう、お姉ちゃんを助けてくれたんだよね? お姉ちゃんがこうして前みたいに笑ってくれるようになったことがとても嬉しいの」
ふっと優しく微笑む恵先輩。
その顔を見て澪先輩も頷いて笑みを浮かべていた。
それを見て焦っていた気持ちが収まっていく。
澪先輩も許してくれているし、恵先輩も気にしていない様子。
ふたりが納得しているならオレの罪悪感で蒸し返すことじゃないと思った。
「あ、それでね。アレクサンドラさんから言われていたのは『動乱が始まったら日本の魔力溜まりを調査して封鎖する』ことだったの」
「動乱って?」
「うん。お姉ちゃんたちはずっと出雲だったから知らないかもしれないけれど、今、世界中で大混乱が起きてるの」
「え?」
「魔物が大挙して人間側の領域へ押し寄せて来てるんだ」
「ええ!?」
恵先輩の話では、突如として均衡を保っていた世界戦線が一気に動いたそうだ。
魔物の量も質も急に変わり各地の戦線が押し下げられた。
世界中一斉の、魔物の大侵攻。
それはかつての大惨事を思わせる、世界中を震撼させる出来事だった。
「どの国も世界政府へ助けを求めたけれど、世界政府も世界戦線を支えるので手一杯なの」
「・・・・・・」
「世界戦線だけでなくて、魔力溜まりからも魔物が湧き出てて、それが混乱に拍車をかけてるわ」
「なんだって!?」
未曽有の大災害。
そんな言葉が頭を過ぎった。
ほんとうにそうならいったい、どうすれば良いのか。
皆目見当もつかなかった。
「そ、それで! 日本はどうなってるんだ!?」
「うん、まず安心して。日本は戦線を維持できてるんだ」
その言葉に少しだけ落ち着けた。
「日本は世界戦線の最前線だから駐留軍が手厚かったの。だから防衛線は破られなかったんだ」
「そっか、良かった」
「それに加えて不幸中の幸い、日本は出雲の魔力溜まりを封鎖することができたから」
「え? あそこを?」
「私も恵から聞いて驚いた。・・・結弦、貴方が何かしたの?」
澪先輩が真剣な表情で問うてくる。
何か、と言われても。
オレは必死になって澪先輩を連れ出しただけだ。
「そもそも私があそこに行ったのは出雲の魔力溜まりを調査するためだったんだよ」
「それ、魔物が出て来てるかどうかってこと?」
「うん。だから龍脈が露出している出雲と恐山が調査対象だったの」
「ん? そういえば日本で魔力溜まりはほかにもあっただろう? 阿蘇山とか御嶽山とか富士山麓とか。出雲の奥地のような辺境に、最初に調査に来たのはどうしてだ?」
「魔物が出現する魔力溜まり、つまり龍脈が露出している個所は私が事前に把握していた。日本にある露出した龍脈は出雲と恐山だけで間違いない」
この場にいるのは澪先輩と恵先輩。
澪先輩のほうが小柄なので傍目には彼女のほうが妹に見えてしまう不思議。
「お姉ちゃんから話を聞いていたから出雲を最初の調査対象にしたんだ」
「なるほど」
「それなのに出雲の魔力溜まりからは魔物が生み出されていなかったのね。ううん、正しくは黒の魔力の流れが切断されていたの」
気付けば澪先輩は緑茶を啜りながらゆったりとしていた。
オレもそれに倣って飲み物に口をつけた。
芳醇な香りが鼻孔を満たし、妙な緊張感を解してくれた。
「でもオレは魔力流れの切断なんて・・・ああ、もしかして」
「何かしたのね?」
「あそこから出ようとしたときに魔物が絶え間なく出て来るものだから、穴を塞ごうと思ったんだ」
オレは自分のしたことを思い出していく。
そう、あの穴を塞ぐためにしたことは・・・。
「龍脈がある穴の周りを切り取って広げて、そこに切り崩した壁を倒して塞いだんだ。そのときに魔力の流れにも触れたと思う」
よくよく考えればそんな乱暴な方法で穴が完全に塞げるわけがない。
水が通る隙間があれば魔力が通る隙間もあるだろうに。
あのときは澪先輩のことで頭がいっぱいでそんな細かいことを気にしていなかった。
「うん、確かに穴を塞いだものを現場で確認したよ」
「たぶんそれね」
「私たちが調査した結果、龍脈は完全に塞がれてはいなかったの。漏れ出ていることが確認できたわ」
「それなら魔物の発生も塞げてなかったんじゃ・・・?」
「でも黒い魔力の流れは途切れていたよ。純粋な龍脈だけが確認できたんだ」
「え?」
「結弦。貴方が黒の魔力の流れを断ち切ったということ」
「断ち切ったって・・・」
オレは穴の周囲に刀を刺して斬っただけだ。
そのときに黒の魔力に刀が触れていたかもしれない。
でもそれだけで水のような魔力の流れを切断できるものなのか。
俄かには信じられなかった。
「事実として出雲周辺からの魔物の出現は確認されていないの」
「あれで!?」
「その銀嶺、いえ、聖剣で黒の魔力を絶ったということね」
「それが銀嶺の力なのか・・・」
「え!? せせせ、聖剣!? え、お、お姉ちゃん、聖剣って!?」
「結弦の刀のことよ。銀嶺は聖剣なの」
驚く恵先輩に事も無げに言う澪先輩。
表情が戻ったとはいえ、このさらっとした澄まし顔は元来のものらしい。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! じゃあ、じゃあ、その刀で龍脈からの魔物の出現を止めることができるの!?」
「そうなるわね」
「ええええええ!!」
大声で驚いている恵先輩。
よほどの衝撃だったのだろう。
「だって、だって! どの国も魔力溜まりごとバリゲードで封鎖するしかない状況なんだよ!」
「恵、落ち着きなさい。その奇跡の手段がここにある。僥倖だと思えば良いじゃない」
「え、ええ、ええ、そう、そうだね、うん、そうだね、うん、うん」
澄ました澪先輩に動揺が終わらない恵先輩。
対照的なふたりなのにどこか雰囲気が似ているところが少し可笑しくなってしまった。
「ああもう! 玄鉄君まで! そんなに可笑しいの!?」
「ご、ごめん。あまりに慌ててるもんだから」
「もう! そういうところ、京極君みたいだよぅ!」
ぷんぷんと頬を膨らませている恵先輩。
その仕草が事態を深刻に捉えすぎないようにさせてくれていた。
「結弦。もうわかっていると思うけれど」
「うん、恐山へ行くんだろ? オレにしかできないことなら行くさ」
澪先輩はオレを見つめながらふっと笑みを浮かべた。
じっとオレの瞳を覗き込んで、穏やかに。
オレのことを信頼してくれている表情だった。
日本人らしいくりくりとした褐色の瞳が綺麗だった。
それに思わずどきりとした。
ああ、この人。
こんなに可愛らしかったんだ。
小柄で子供っぽいという先入観があった。
こうして表情が加わると印象がまるで違う。
向日葵みたいな微笑みが周囲を明るくしてくれる、そんな笑顔だった。
「まま、待って、待ってよぅ! それなら私も行くから!」
「そう、それじゃ準備をお願いね、恵。早ければ早いほど良い、出発は明日ね」
「ええ!? ちょ、ちょっと! 電車はほとんど動いてないんだよ!? 高速バスだって・・・」
「そのくらい手配できるでしょう? こういうときに力を使わないでいつ使うの」
「もう! 自分がしないからって! そうは言っても限界があるんだからね!」
「結弦が持てる力を発揮してくれているの。貴女も持てる力を発揮すべきだわ」
常識的な恵先輩の発言に無茶を言いつける澪先輩。
でもきっと、この状況では澪先輩の無茶が今は必要なんだ。
そうしないと魔物が溢れ出てしまうから。
そう考えると常識って何だろうと思ってしまう。
「む~~!! これで成功すれば恐山に展開してる高天原の学園生は呼び戻せるけど! もう、ほんとうに性急なんだから!」
不満そうな恵先輩。
でも彼女の表情にも、澪先輩のように明るい未来を見ているような空気を感じることができたのだった。
◇
■■橘 香's view■■
世界政府極東方面新東京司令部第一旅団運用科。
この長ったらしい名称が私のインターン先の名称。
でも仮採用のはずがすっかり運用を任されるような事態になっていた。
「東北州防衛線はどれも維持できているのか?」
「はい。補給線も問題なく機能しています。先日の盛岡付近での掃討戦の補充も完了しました」
「よろしい、引き続き戦線維持のための手配をしてくれたまえ。・・・すまないな、橘伍長」
「いえ、お気になさらず。しかし相変わらず慣れません、いきなり伍長とは」
「平時ではなくなってしまったからな、有能な者には相応の権限で働いてもらう必要があるのさ」
そう言って芦田曹長が退室する。
自動ドアが機敏にぎゅっと動いてぷしゅうと閉まる音は、何度聞いても急かされるようで慣れない。
「ああ、終わった終わった! ほら、終了の鐘だ。交代しようよ」
「まだ鐘も鳴ってませんし3番の方も来てません」
「もー! 今日は早く帰って『クライオン』で遊ぶ予定なのに!」
定時間際。
上官が退室したのを見計らって隣で立ち上がって帰宅する気が満々なのは黒磯軍曹、私の直属の上司。
優秀な女性なんだけど企業勤めよろしく定時ですぱっと仕事を切り上げてしまう人。
趣味のゲームをしたいがため退庁の準備に余念がない。
世界中で異変が起こっているというのに呑気なものだった。
「連続で8時間以上なんて働けない! ああもう、どこで3番の面子は道草を食ってるの!」
この上司が怒っているのは次の交代の人たちが来ないこと。
軍属のため4交代24時間営業の部門なのに、交代要員が来なければ帰宅ができない。
本来はもう30分前には来ているはずなのに今日に限って遅い。
自宅での趣味時間を侵略されて黒磯曹長はご立腹なのだ。
怒っている理由が平和じゃないはずなのに平和だな、と思ったところで。
急にビービーと警報音が鳴った。
急を要する補給の要求があるときに鳴る音だ。
黒磯軍曹と1秒だけ真顔で目を合わせると、ふたり並んで端末に向かう。
「どこからの要請?」
「第3大隊からです。一六三五の遭遇戦で負傷者多数、魔力傷薬が大幅に不足しているとのこと」
「ええ、もう!? 最寄りの倉庫は仙台だよね。そんなに在庫あったかな・・・」
魔力傷薬は貴重だ。
人工的に作成できるものではない。
唯一の入手手段がアトランティス大陸からの産出となっている。
かの迷宮へ潜入した人は必ずと言っていいほど魔力傷薬を拾って来るという。
どこでどうやって生成されているのかは謎だが、世界中で利用できる程度に入手できるのだ。
そして日本におけるその仕入れの先は高天原学園。
毎年数回の遠征で千に近い数を持ち帰って来るからだ。
その在庫が日本中に供給されているという仕組みだ。
「第4大隊に余裕があったはずです。ですが全体の在庫は多くありません」
「やれやれ、また学園に融通をお願いしないとダメか。聖堂のシスターは不在だって言うし。どうしてこう都合の悪いことばかり起こるのかな~」
そもそも魔力傷薬は緊急用の薬だ。
一般医療で間に合うなら使う必要はない。
貴重なのに使うということは、戦いがそれだけ激化していたことを物語る。
黒磯軍曹はそう悪態を吐くと、思いついたように私をみてにやりとした。
この人が普段からだらしがないのは無駄なことをしたくないから。
効率を重視した結果、思いついた手段がその悪巧みのような表情だということだ。
「伍長。そういえば貴官は学園に顔が利くと言っていたわね」
「たまたま縁があって・・・一部の人にだけ、ですよ」
「あの学園長に私が頭を下げるより、ツテから行くほうが成果も大きいと思うんだ」
上司の発言はよほど誤っていない限り決定事項だ。
彼女が自分で行きたくない理由を挙げているようにも思えるけれど。
「ほらほら、小官が居残って3番が来るまで待機をしてるから」
「行きたくないからという言葉が透けて見えますが、合理的なところもありますので承知しました」
「ああー、伍長が可愛くない! 美人なのにそんなにつっけんどんにしなくても良いじゃない!」
「子供っぽい上司を持てばそうもなりますよ」
組織によくある有無を言わさぬ圧力だった。
こうして私は赴くことになる。
今は会いたくない人が多いあの学園へ。
「えっとね。魔力溜まりの調査はアレクサンドラさんの指示でやったことなんだ」
「アレクサンドラの? 恵、いつの間にそんな話になっていたの?」
「お姉ちゃんに関わることだったから、アレクサンドラさんは私にしか言わなかったみたい」
姉を騙してしまったようで恵先輩は申し訳なさそうな雰囲気だった。
「そっか。私が話を聞いていれば行くことを止めるかもしれなかったから・・・」
「うん、たぶんそう。私も出雲まで行ったところでお姉ちゃんが先に行ったっていう情報を知って、後を追っていたの」
「それであそこで発見してくれたのか」
「うん。あの、玄鉄君。お姉ちゃんのあの怪我・・・玄鉄君といろいろあったんだよね?」
「あ、ああ・・・」
そう言われるとぎくりと焦ってしまう。
事情はともあれ澪先輩を斬ってしまったのだから。
考えてみると責められこそすれ、感謝される話ではない。
その言い方は斬創を見て俺の仕業だということくらいわかっているのだろう。
「良いの、何があったかまでは知らなくても。ありがとう、お姉ちゃんを助けてくれたんだよね? お姉ちゃんがこうして前みたいに笑ってくれるようになったことがとても嬉しいの」
ふっと優しく微笑む恵先輩。
その顔を見て澪先輩も頷いて笑みを浮かべていた。
それを見て焦っていた気持ちが収まっていく。
澪先輩も許してくれているし、恵先輩も気にしていない様子。
ふたりが納得しているならオレの罪悪感で蒸し返すことじゃないと思った。
「あ、それでね。アレクサンドラさんから言われていたのは『動乱が始まったら日本の魔力溜まりを調査して封鎖する』ことだったの」
「動乱って?」
「うん。お姉ちゃんたちはずっと出雲だったから知らないかもしれないけれど、今、世界中で大混乱が起きてるの」
「え?」
「魔物が大挙して人間側の領域へ押し寄せて来てるんだ」
「ええ!?」
恵先輩の話では、突如として均衡を保っていた世界戦線が一気に動いたそうだ。
魔物の量も質も急に変わり各地の戦線が押し下げられた。
世界中一斉の、魔物の大侵攻。
それはかつての大惨事を思わせる、世界中を震撼させる出来事だった。
「どの国も世界政府へ助けを求めたけれど、世界政府も世界戦線を支えるので手一杯なの」
「・・・・・・」
「世界戦線だけでなくて、魔力溜まりからも魔物が湧き出てて、それが混乱に拍車をかけてるわ」
「なんだって!?」
未曽有の大災害。
そんな言葉が頭を過ぎった。
ほんとうにそうならいったい、どうすれば良いのか。
皆目見当もつかなかった。
「そ、それで! 日本はどうなってるんだ!?」
「うん、まず安心して。日本は戦線を維持できてるんだ」
その言葉に少しだけ落ち着けた。
「日本は世界戦線の最前線だから駐留軍が手厚かったの。だから防衛線は破られなかったんだ」
「そっか、良かった」
「それに加えて不幸中の幸い、日本は出雲の魔力溜まりを封鎖することができたから」
「え? あそこを?」
「私も恵から聞いて驚いた。・・・結弦、貴方が何かしたの?」
澪先輩が真剣な表情で問うてくる。
何か、と言われても。
オレは必死になって澪先輩を連れ出しただけだ。
「そもそも私があそこに行ったのは出雲の魔力溜まりを調査するためだったんだよ」
「それ、魔物が出て来てるかどうかってこと?」
「うん。だから龍脈が露出している出雲と恐山が調査対象だったの」
「ん? そういえば日本で魔力溜まりはほかにもあっただろう? 阿蘇山とか御嶽山とか富士山麓とか。出雲の奥地のような辺境に、最初に調査に来たのはどうしてだ?」
「魔物が出現する魔力溜まり、つまり龍脈が露出している個所は私が事前に把握していた。日本にある露出した龍脈は出雲と恐山だけで間違いない」
この場にいるのは澪先輩と恵先輩。
澪先輩のほうが小柄なので傍目には彼女のほうが妹に見えてしまう不思議。
「お姉ちゃんから話を聞いていたから出雲を最初の調査対象にしたんだ」
「なるほど」
「それなのに出雲の魔力溜まりからは魔物が生み出されていなかったのね。ううん、正しくは黒の魔力の流れが切断されていたの」
気付けば澪先輩は緑茶を啜りながらゆったりとしていた。
オレもそれに倣って飲み物に口をつけた。
芳醇な香りが鼻孔を満たし、妙な緊張感を解してくれた。
「でもオレは魔力流れの切断なんて・・・ああ、もしかして」
「何かしたのね?」
「あそこから出ようとしたときに魔物が絶え間なく出て来るものだから、穴を塞ごうと思ったんだ」
オレは自分のしたことを思い出していく。
そう、あの穴を塞ぐためにしたことは・・・。
「龍脈がある穴の周りを切り取って広げて、そこに切り崩した壁を倒して塞いだんだ。そのときに魔力の流れにも触れたと思う」
よくよく考えればそんな乱暴な方法で穴が完全に塞げるわけがない。
水が通る隙間があれば魔力が通る隙間もあるだろうに。
あのときは澪先輩のことで頭がいっぱいでそんな細かいことを気にしていなかった。
「うん、確かに穴を塞いだものを現場で確認したよ」
「たぶんそれね」
「私たちが調査した結果、龍脈は完全に塞がれてはいなかったの。漏れ出ていることが確認できたわ」
「それなら魔物の発生も塞げてなかったんじゃ・・・?」
「でも黒い魔力の流れは途切れていたよ。純粋な龍脈だけが確認できたんだ」
「え?」
「結弦。貴方が黒の魔力の流れを断ち切ったということ」
「断ち切ったって・・・」
オレは穴の周囲に刀を刺して斬っただけだ。
そのときに黒の魔力に刀が触れていたかもしれない。
でもそれだけで水のような魔力の流れを切断できるものなのか。
俄かには信じられなかった。
「事実として出雲周辺からの魔物の出現は確認されていないの」
「あれで!?」
「その銀嶺、いえ、聖剣で黒の魔力を絶ったということね」
「それが銀嶺の力なのか・・・」
「え!? せせせ、聖剣!? え、お、お姉ちゃん、聖剣って!?」
「結弦の刀のことよ。銀嶺は聖剣なの」
驚く恵先輩に事も無げに言う澪先輩。
表情が戻ったとはいえ、このさらっとした澄まし顔は元来のものらしい。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! じゃあ、じゃあ、その刀で龍脈からの魔物の出現を止めることができるの!?」
「そうなるわね」
「ええええええ!!」
大声で驚いている恵先輩。
よほどの衝撃だったのだろう。
「だって、だって! どの国も魔力溜まりごとバリゲードで封鎖するしかない状況なんだよ!」
「恵、落ち着きなさい。その奇跡の手段がここにある。僥倖だと思えば良いじゃない」
「え、ええ、ええ、そう、そうだね、うん、そうだね、うん、うん」
澄ました澪先輩に動揺が終わらない恵先輩。
対照的なふたりなのにどこか雰囲気が似ているところが少し可笑しくなってしまった。
「ああもう! 玄鉄君まで! そんなに可笑しいの!?」
「ご、ごめん。あまりに慌ててるもんだから」
「もう! そういうところ、京極君みたいだよぅ!」
ぷんぷんと頬を膨らませている恵先輩。
その仕草が事態を深刻に捉えすぎないようにさせてくれていた。
「結弦。もうわかっていると思うけれど」
「うん、恐山へ行くんだろ? オレにしかできないことなら行くさ」
澪先輩はオレを見つめながらふっと笑みを浮かべた。
じっとオレの瞳を覗き込んで、穏やかに。
オレのことを信頼してくれている表情だった。
日本人らしいくりくりとした褐色の瞳が綺麗だった。
それに思わずどきりとした。
ああ、この人。
こんなに可愛らしかったんだ。
小柄で子供っぽいという先入観があった。
こうして表情が加わると印象がまるで違う。
向日葵みたいな微笑みが周囲を明るくしてくれる、そんな笑顔だった。
「まま、待って、待ってよぅ! それなら私も行くから!」
「そう、それじゃ準備をお願いね、恵。早ければ早いほど良い、出発は明日ね」
「ええ!? ちょ、ちょっと! 電車はほとんど動いてないんだよ!? 高速バスだって・・・」
「そのくらい手配できるでしょう? こういうときに力を使わないでいつ使うの」
「もう! 自分がしないからって! そうは言っても限界があるんだからね!」
「結弦が持てる力を発揮してくれているの。貴女も持てる力を発揮すべきだわ」
常識的な恵先輩の発言に無茶を言いつける澪先輩。
でもきっと、この状況では澪先輩の無茶が今は必要なんだ。
そうしないと魔物が溢れ出てしまうから。
そう考えると常識って何だろうと思ってしまう。
「む~~!! これで成功すれば恐山に展開してる高天原の学園生は呼び戻せるけど! もう、ほんとうに性急なんだから!」
不満そうな恵先輩。
でも彼女の表情にも、澪先輩のように明るい未来を見ているような空気を感じることができたのだった。
◇
■■橘 香's view■■
世界政府極東方面新東京司令部第一旅団運用科。
この長ったらしい名称が私のインターン先の名称。
でも仮採用のはずがすっかり運用を任されるような事態になっていた。
「東北州防衛線はどれも維持できているのか?」
「はい。補給線も問題なく機能しています。先日の盛岡付近での掃討戦の補充も完了しました」
「よろしい、引き続き戦線維持のための手配をしてくれたまえ。・・・すまないな、橘伍長」
「いえ、お気になさらず。しかし相変わらず慣れません、いきなり伍長とは」
「平時ではなくなってしまったからな、有能な者には相応の権限で働いてもらう必要があるのさ」
そう言って芦田曹長が退室する。
自動ドアが機敏にぎゅっと動いてぷしゅうと閉まる音は、何度聞いても急かされるようで慣れない。
「ああ、終わった終わった! ほら、終了の鐘だ。交代しようよ」
「まだ鐘も鳴ってませんし3番の方も来てません」
「もー! 今日は早く帰って『クライオン』で遊ぶ予定なのに!」
定時間際。
上官が退室したのを見計らって隣で立ち上がって帰宅する気が満々なのは黒磯軍曹、私の直属の上司。
優秀な女性なんだけど企業勤めよろしく定時ですぱっと仕事を切り上げてしまう人。
趣味のゲームをしたいがため退庁の準備に余念がない。
世界中で異変が起こっているというのに呑気なものだった。
「連続で8時間以上なんて働けない! ああもう、どこで3番の面子は道草を食ってるの!」
この上司が怒っているのは次の交代の人たちが来ないこと。
軍属のため4交代24時間営業の部門なのに、交代要員が来なければ帰宅ができない。
本来はもう30分前には来ているはずなのに今日に限って遅い。
自宅での趣味時間を侵略されて黒磯曹長はご立腹なのだ。
怒っている理由が平和じゃないはずなのに平和だな、と思ったところで。
急にビービーと警報音が鳴った。
急を要する補給の要求があるときに鳴る音だ。
黒磯軍曹と1秒だけ真顔で目を合わせると、ふたり並んで端末に向かう。
「どこからの要請?」
「第3大隊からです。一六三五の遭遇戦で負傷者多数、魔力傷薬が大幅に不足しているとのこと」
「ええ、もう!? 最寄りの倉庫は仙台だよね。そんなに在庫あったかな・・・」
魔力傷薬は貴重だ。
人工的に作成できるものではない。
唯一の入手手段がアトランティス大陸からの産出となっている。
かの迷宮へ潜入した人は必ずと言っていいほど魔力傷薬を拾って来るという。
どこでどうやって生成されているのかは謎だが、世界中で利用できる程度に入手できるのだ。
そして日本におけるその仕入れの先は高天原学園。
毎年数回の遠征で千に近い数を持ち帰って来るからだ。
その在庫が日本中に供給されているという仕組みだ。
「第4大隊に余裕があったはずです。ですが全体の在庫は多くありません」
「やれやれ、また学園に融通をお願いしないとダメか。聖堂のシスターは不在だって言うし。どうしてこう都合の悪いことばかり起こるのかな~」
そもそも魔力傷薬は緊急用の薬だ。
一般医療で間に合うなら使う必要はない。
貴重なのに使うということは、戦いがそれだけ激化していたことを物語る。
黒磯軍曹はそう悪態を吐くと、思いついたように私をみてにやりとした。
この人が普段からだらしがないのは無駄なことをしたくないから。
効率を重視した結果、思いついた手段がその悪巧みのような表情だということだ。
「伍長。そういえば貴官は学園に顔が利くと言っていたわね」
「たまたま縁があって・・・一部の人にだけ、ですよ」
「あの学園長に私が頭を下げるより、ツテから行くほうが成果も大きいと思うんだ」
上司の発言はよほど誤っていない限り決定事項だ。
彼女が自分で行きたくない理由を挙げているようにも思えるけれど。
「ほらほら、小官が居残って3番が来るまで待機をしてるから」
「行きたくないからという言葉が透けて見えますが、合理的なところもありますので承知しました」
「ああー、伍長が可愛くない! 美人なのにそんなにつっけんどんにしなくても良いじゃない!」
「子供っぽい上司を持てばそうもなりますよ」
組織によくある有無を言わさぬ圧力だった。
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でも投稿をしています。
内容はこちらとほぼ同じです。
【改稿版】旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
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「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
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エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのお話から始まります。
また設定はゆるっとふわふわ、また所々に胸糞な所も御座います。
前作より最寄り読みやすく書いている心算です。
誤字脱字はどうかご容赦くださいませ。
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