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第4章 解明! 時空の迷路

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 デートでお洒落コーデなのに前髪お化けで黒縁眼鏡の残念な先輩。
 赤いタイの目立つ高天原の制服姿の、神々しいオーラを纏う女神、アレクサンドラ会長。
 ふたりの2つ歳上で純白の法衣に身を包んだ高天原学園OG、聖女様。
 先輩たちに囲まれ、喫茶店の4人掛けの席の奥に俺は押し込まれていた。

 先輩は申し訳無さそうな感じ。
 会長と聖女様は真顔。
 まぁ聖女様に関してはいつも通りなんだが。

 いや、問題はそこじゃなくて。


「あ・・・え? 何者って・・・」


 想定外の質問に頭が真っ白になっていく。
 え? なんでいきなり?
 会長も聖女様もいるところで?
 俺がゲームへ転移したのを勘付かれてる?
 いったいいつ、どこで、どうして?

 質問を投げかけられた俺の頭に疑問が駆け巡る。
 目が泳ぎそうになるのを必死に抑え、先輩の顔を見た。
 先輩は会長や聖女様のように責めるような雰囲気じゃない。 
 純粋にどうして、という表情だった。


「落ち着くと良い。君を尋問しようというわけではない。順を追って説明しよう」


 言葉が出ない俺をアレクサンドラ会長が取りなす。
 その言葉に先輩も聖女様も静かに頷いた。


「先ずは君が南極へ行くときの話だ」


 会長が目配せすると、先輩がゆっくりと話し始めた。


「京極君。あの出発の前日、寮の部屋でお話したよね」

「うん」

「そのとき貴方が言ったの。『この先に起こることをちょっと知ってるんだ』って」

「・・・」


 あれか。
 言ったよ、唯一、俺がこの世界で明かした転移の事実。
 1年前のその話をここで持ち出して来るってことは・・・。


「『魔王が近いうちに世界を滅ぼすよう動き出す』。そう言ったの」

「・・・うん、言ったな」

「私ね、その言葉を信じてお姉ちゃんに聞いたの。そういう動きがあるのかって」

「聖女様に?」

「ええ。聖堂は世界戦線を支える者たちと繋がりがある。私にはそういった動向を知る手段も豊富」


 聖女様の言葉に、俺はしまったと思った。
 先輩を説得するための言葉。
 それがこんな形で漏れていた。
 アレを俺が口止めをしなかったのも事実。
 くそっ、あんなときにそんな判断なんて出来ねぇよ!


「恵の言うことだから私は直近の世界戦線の記録を調べた。でも、そういった兆候は出てこなかった」


 淡々と語る聖女様。
 相変わらず無表情だ。
 やべぇ、聖女様は心理戦に強すぎる。
 誤魔化せる気がしねぇ。


「そこで私はアレクサンドラに尋ねた。そういう可能性があるのかと」

「会長に?」

「そうだ。夜中に連絡が来るものだから驚いた」


 今度はアレクサンドラ会長。彼女もまた淡々としていた。


「私の固有能力ネームド・スキル大地の記憶ミニ・ティス・ジスという」

大地の記憶ミニ・ティス・ジス?」

「うむ。そうだな・・・世界線という言葉を知っているか」

「世界線っていうと、時系列を1本の線に見立てて、因果関係で連なるある観測時点までの世界のこと、だっけ?」

「ほう、適切な回答だ。では予備知識はあると判断しよう」


 やべ、適当に答えたら正解だったよ。


大地の記憶ミニ・ティス・ジスは地球が視る世界線を共感するものだ」

「はぁ?」

「端的に言えば過去視、未来視だ」

「え!? 未来視!?」


 そんなんあるんだったら支配者になれんだろ!
 ギャンブル最強!
 つか、そんな能力持ってたら世界戦線の指揮官になれるんじゃね?


「だが視える範囲は狭い。ある時点の、指定した地点の光景だけなのだ」

「ふむ?」

「飯塚 澪先輩は私へ聞いた。公にされていない・・・・・・・・魔王が、世界を滅ぼすのか、とな」


 やっぱ魔王は機密事項だよな、情報レベルが高いわけだし。
 あんとき先輩に魔王って言ったのも失敗だったか・・・。


「私はこの固有能力ネームド・スキルを覚醒してから、幾度となく地球の未来を覗いていた。だが、何度視ても、どこを視てもある時点より先が視えなくなる」

「ある時点より?」

「具体的には2年後、2212年の8月。その夏から、私が視える光景は途絶えてしまう」

「2212年!? 2215年じゃねぇのか!? ・・・あっ!」


 ガラスの器が手から滑り落ちてしまったかのように、背筋がヒヤリとした。

 しまった! 
 驚きのあまりつい口走っちまった!!
 誤魔化せ!!


「いや、ほら、そんなすぐだと卒業もできねえじゃん? 俺、もっと青春を謳歌したいし!」

「「「・・・」」」


 語るに落ちるとはこのこと。
 3人の視線に「言ったな」と含みを感じる。
 そこで俺は更なる失言を自覚した。
 どうして2212年より先に俺が生きていない・・・・・・ことを知っているのか。

 しらっとした3人の視線が痛い。
 ・・・よし、誤魔化せたとしよう!


「そんじゃ帰るわ! 先輩、今日は楽しかったよ」

「武さん。畏怖フィアー、いっとく?」

「お話の続きを聞きましょうか!」


 ダメだこれ。
 完全にバレたよ。
 しかも聖女様とアレクサンドラ会長相手だと逃げられる気がしねぇ。
 仮に逃げても俺の生活圏内だ、学園から逃げないとダメ。
 ・・・終わった。


「落ち着くのだ。先に言ったよう尋問ではない。むしろ君に協力をしてもらいたいのだ」

「・・・なぁ先輩。こうなることが分かってて連れてきた?」

「うん、ごめんね? でも、お姉ちゃんに今日しかないって言われて・・・」

「はぁ・・・」


 魂が抜けたような感覚に陥る。
 ずっと隠し通してきたことを暴露されることへの恐怖。
 取り返しのつかないことをしたときの落ちるようなふわふわ感。
 頭はかっかとしているのに、足先が冷やりとしていた。

 ああもう、俺の馬鹿。
 店に入った時点で回れ右案件だっての、この組み合わせ。

 ・・・まぁ、冷静に考えれば。
 今の話なら聖女様経由で俺のことは会長も知っていたわけで。
 今更、誤魔化しても通用しねぇだろ。
 会長には先日の高天原襲撃事件で暴露っぽいことしてるしな。
 だから俺の言葉を信じてくれてたのか。

 つーことは、なんだ。
 俺が入学してからこれまで、ずっと様子を見られてたってこと?
 彼女らの手のひらで転がされていたというわけか・・・。

 俺の事情を隠し通さなきゃならねぇ主人公連中がいねぇのは不幸中の幸いだ。
 協力して、と言ってるわけだし腹を括るしかねぇ。


「・・・続きを話そう。私が先を視るとき、通常ははっきりした映像として視える。ビデオカメラで映しているように」

「ふむ」

「だが2212年8月以降は全く視えない。世界中、どの地点でも、だ」

「・・・」

「私はこの時期に世界戦線で何かあると考えていたが確証がなかった。単にこの固有能力ネームド・スキルの限界かもしれない。そこに君の話が飛び込んできたわけだ」

「俺が予言した、魔王が世界を滅ぼすって話か」

「そのとおり。だから私は飯塚 澪先輩にこのことを伝えた。可能性はある、と」


 なるほどね、先が視えない理由の裏付けが登場したってか。


「そして私は考えたの。アレクサンドラの視る未来のことを貴方が知っていると。でも虚言かもしれないと思い直して様子を見ることにした」

「・・・」

「恵は未来のために貴方が南極へ命を賭けて行くからと私に泣きついてきたの。いつも『怪しい聖堂なんかに使われてるお姉ちゃんとは関わりたくない』と言っていたのに」

「わああぁぁぁ!! 言わないで、それ!!」

「武さんを暴露するなら、貴女も暴露しないと不公平でしょ」

「うええぇぇぇ・・・」


 顔を真っ赤にして縮こまる先輩。
 ・・・俺のために頑張ってくれたってことだよね。
 うん、なんか嬉しい。
 喪失感に包まれていた胸中がじわりと温かくなった。

 てか先輩、デート権まで獲得しといて恥ずかしがるなんて今更じゃね?
 微笑ましいお話だと思うんだがなぁ。

 少しにやけてしまっていた自分に気付く。
 ま、俺も丸裸にされていく気分なんだけどな!


「『魔王の霧から彼の命を守るものを頂戴』と。それで私は手元にあったエンジェルストーンを恵に渡した。お守り程度にはなるからと」


 おおう、アレはそういう入手経路だったんかい!
 対魔王の霧対策として用意してくれてたのかよ。


「その後は武さんの知ってのとおり。南極から帰った貴方が私の治療を受けられたのも、恵が私にいつでも行けるよう手配してくれていたから」

「~~~~~~!!」


 先輩は真っ赤になって机に突っ伏していた。

 ・・・。
 ・・・。
 いやこれ、本気で先輩に救われてんじゃん。
 先輩が俺のことを気にしてなかったら死んでた案件。
 土下座、と思ったけど動けないので机にごん、と頭を打ちつけてその謝意を示す。


「先輩、知らなかった! 俺の命の恩人だよ、本当にありがとう!」

「うう~~~・・・どういたしまして」


 ぷしゅ~、と湯気が立っていそうなほど真っ赤になったまま。
 少し顔を上げて小さな声でぽそりと返事をした先輩。
 この人には助けられてばかりで、こうして礼を言うばかり。
 それでも言わずにはいられない。
 もう飯塚姉妹には足を向けて寝られねえ。


「京極 武。君が南極から帰ったという話までは私も聞いた。それから先を視て驚いたのだ、視えるようになったのだから」

「え? 8月より先が?」

「そうだ。僅かだが2212年10月まで視えるようになった」

「・・・」

「そこで私はひとつの可能性に思い至った」


 それはつまり――。
 ・・・いや、自惚れるな。
 モブにそんな大役は無い。


「だが君の顔を知らない私はその可能性を検証できなかった。そんなときに君がこの学園へ入学してきたのだ」

「好都合だったって?」

「そうだ。『誓約の宝珠』で君に命令できるからな」


 そう言えばそんなモノもあった。
 アレで従わせられてたら検証に付き合わされてたのか。
 ・・・って、俺は従わせられてんじゃん!!


「だが君はその流れを打ち破り、自由を勝ち取った」

「・・・あんなん理不尽だろ。誰も言い出さねえのも気に入らなかった。強制するとか許せねぇじゃん?」

「だがこれまで誰もその枷を打ち破れなかったのだ。私も、あの楊 凛花でもな」

「まぁ・・・でも結局、宝珠に誓約してんぞ、俺は」

「楊 凛花は私の大切な人、その彼女を救ってくれたのだ。恩義に感じぬほど私は狭量では無い。改めて礼を言わせてもらう。誠に感謝Ευχαριστώ申し πο上げるλύ

「・・・成り行きだったけどな。どういたしまして」


 ・・・知らぬ間に会長から感謝をされていたよ。
 南極のときといい、なんか裏で色々繋がってんだなぁ。


「私は恩人に命令も強制もしない。現に私が誓約の宝珠を行使したことはないだろう」


 ・・・そうだけど。


「でも先日は尋問してたよな」


 あれは大義名分ができたからか?
 俺が少し不機嫌オーラを出してむくれていると会長が察したのか弁明した。


「あの日、尋問したことは許してくれ。あれは上への報告で形式上、必要があったのと・・・君の立ち位置を確認したかったのだ」

「確認?」

「ああ。君が誤魔化すこと、誤魔化さざるを得ないことを見ておきたかったのだ」

「は?」


 どういうことだってばよ。


「つまり君が周囲にその知見を隠し通せているのかということだ」

「いやそれ、言ってる可能性もあるじゃん? 香とか付き合いの深い人にさ」

「だから橘 香について尋ねたのだ。君の反応を見るに彼女は1番であるが、君の計画に協力させようとは思っていないと判断した」

「・・・・・・」


 そこまで試されてたのかよ。ほんと察しが良すぎ。
 誤魔化し通せるわけなかったな、こりゃ。


「わかったよ。会長、あんたは俺が魔王に対抗する何かだと思ってんだろ?」

「そうだ。そして私が君に隠し事はしない証拠として、飯塚 澪先輩にも話していないことをこれから話す」

「あん? 証拠?」

「私の誠意だと思ってくれ。以降、君に隠し立てするようなことはない」

「アレクサンドラ? 貴方、世界の危機と私をけしかけておきながら、隠し事をしていたの?」

「飯塚 澪先輩。貴女こそ聖堂のすべてを語っているわけではないだろう、立場がそうさせるのはお互い様だ。だが、京極 武についてはそれ以上に重要だと私は考えている」

「・・・そう。ならその話とやらを聞かせてもらえるかしら」


 おい、なんで微妙に空気が悪くなってんだよ。
 ふたりとも協力関係じゃねえのか?
 聖女様も会長も無表情で視線を交わしている。
 こ、怖えぇぇ!!


「京極 武。先に話したとおり、私の大地の記憶ミニ・ティス・ジスは指定した時点の、指定した場所の光景を視ることができるものだ」

「うん」

「例えばある未来を変えようとしたとしよう。私が行動を起こすことを意識すると、次に同じ未来を視ると別の光景となる」

「会長の意志で未来が変えられると」

「そうだ。だがその変化はあくまで結果として別の光景がひとつ視えるだけだ」

「ふむ?」

「だが、君に関する事項の未来を視るときだけ映像がぶれるのだ」

「ぶれる・・・?」

「端的に言えば複数の映像が重なって見える。おそらく、君の行動による未来が定まっていないのだろう」

「なんですって!?」


 聖女様が声をあげた。無表情で。
 今更だけどさ、どしてこの人、表情が変化しねぇの?


「それ、特異点じゃない!」

「そうだ、飯塚 澪先輩。彼は特異点だ。彼に関することを視るとまるで複数の未来があるかのように映るのだ」

「・・・特異点て、どういうことなんだよ?」

「・・・京極君、SFで聞いたことがない? 時空間の捩じれになるポイントのこと」


 先輩がフォローを入れてくれる。
 恥ずかしさから立ち直ったらしい。


「捩じれ?」

「ええと、要するにね。貴方は世界線の分岐点になる。未来を変える鍵になっているってことなの」


 小難しい解説。
 ふーん。
 確かにSFっぽくなってきたな。
 ワープとかタイムマシンで出てくる話だよな。
 あ、ラリクエはSFだった!

 ・・・。
 ・・・・・・・。


「・・・・・・はぁ!? 俺が特異点!?」

「そうだ、君が、だ」

「おかしいだろ!? そんなん俺じゃなくて主人公・・・連中だろ! 普通に考えて!!」

「「「主人公?」」」

「あ・・・!?」


 そうして誤魔化しどころか俺は自分で暴露を促進していた。
 もはや後の祭りだった。




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