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第3章 到達! 滴穿の戴天

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 前門のドラゴン。
 後門の魔物の群れ。
 『奈落の楔』の根元へ具現化武器を2本刺せば装置を止められる。
 だというのに刺す武器がレオンの王者の剣カリバーンしかない。
 そのレオンもドラゴンと相対していて今にもやられそうだ。
 防御にまわっている俺たちも聖女様の結界がもう限界。
 選択を迫られていた。


「武! 止めるには何をすれば良いんだ!?」

「あの龍脈の穴・・・光の柱の根元に楔があんだ」

「楔?」

「そう、こっち側に赤いやつが。そこに具現化した武器を2本刺せばあのアーティファクトが止まるはずなんだ」

「2本だって!?」


 結弦に問われて状況を伝える。
 彼が驚いているのは現状、具現化武器が1つしかないから。

 俺にしがみついたままの香。
 聖女様は魔力同期マジック・リンクでの魔力供給のため手を繋いだまま。
 俺も身動きが取れない状況だった。


相棒バディ相棒バディ! しっかりしろ!!」

「・・・・・・」


 結弦がソフィア嬢を何度も揺する。
 傷はある程度回復させたから気を失っているだけ。
 でも相当にダメージを受けたから彼女は目を覚まさない。


「くそっ! オレが具現化リアライズできれば・・・!」


 結弦が地面を拳で叩いてた。
 忸怩たる思いだろう。俺だってそうだ。
 あと1手なのにそれを打つ手がない!


「武さん、聞いて」


 反魔結界アンチフィールドを支えながらの聖女様。
 苦しいのに相変わらずの無表情。
 だがその声は不思議と穏やかだった。


「今から私と貴方で敵を吹き飛ばす。その隙に皆で事務棟を脱出する」

「はっ? 吹き飛ばすってどうすんだよ?」

「教えたよね、魔素融合マナフュージョン

魔素融合マナフュージョン!?」


 いちどだけ聖女様に教えてもらったその原理。
 属性魔力をぶつけ合わせ、別の属性魔力を生成する。
 その過程で膨大なエネルギーが発生する。
 その力を利用した具現化をしない純粋な魔力的爆発。
 これを白属性でやれば結果は数倍になる。
 
 以前、体内で魔力循環がうまくいかず爆発するなんて言われたことがある。
 それがこの理論に近いらしい。
 
 もっとわかりやすく言えば魔力版の核融合だ。
 そのためには強烈な魔力圧が必要になる。
 それこそ人を押しつぶすほどの。
 AR値が高い者同士でないと実行はできない。
 おまけにAR値が対等でない場合、弱い側に魔力が集まりそこで爆発する。
 つまり――
 

「そんなんできるわけねぇだろ! 聖女様が犠牲になるつもりかよ!?」

「先輩の言うことを聞いて。このままでは全員が犠牲になる」

「駄目だ、俺は諦めねぇぞ!!」


 メガン○かよ!
 そんなん受け入れられるか!
 簡単に犠牲になれば守れるとか思いやがって。
 悲劇のヒロインにはさせねぇぞ!


「なら、どうするというの?」

「あそこに、刺すんだよ・・・!」


 何を、どうやって。
 答えのない苦し紛れの問答。
 駄々を捏ねている子供のようだという自覚があった。


「結弦、敵が吹き飛んだら貴方はソフィアを背負って先導して」

「わかった!」

「わかるんじゃねぇ!」


 くそくそくそっ!
 結弦もあっさりと認めてんじゃねぇ!

 考えろ俺! 何か、何か手段があるはずなんだ!
 思いつかねぇときは遠回りでも1から考え直せ!

 あの龍脈の穴を塞がなけりゃ事態は収拾しねぇ。
 放っておけば迷宮化が進むんだから放置はありえねぇ。
 だから塞ぐ。ここまでは決定事項。

 塞ぎ方は魔力の注入コマンド
 もう最後のBAの段階まで入れてある。
 最後に打ち込むのは具現化武器。
 それをあの起点である赤い楔に打ち込む。

 この場にある具現化武器は3つ。レオン、ソフィア嬢、結弦のもの。
 だが今、レオンの王者の剣カリバーン1本しか使えない。
 ソフィア嬢は気を失っている。
 結弦は魔力不足。
 
 ・・・ん?
 結弦の魔力を少しでも回復させれば千子刀ムラマサが出せるんじゃね?
 それで特攻してもらって、一か八か、レオンと一緒に刺してもらう。
 うん、それならまだ可能性がありそう。


「結弦!」

「どうした、武?」

「聖女様を掴んでる俺の手を握れ。魔力を渡す」

「魔力を?」

「それで千子刀ムラマサを出して、あの楔に差し込め!」

「・・・わかった!」


 結弦が俺の手を握ろうとする。
 だがその手を聖女様がぱしんと弾いた。


「駄目。これ以上、武さんの魔力を使えば魔素融合マナフュージョンできなくなる」

「聖女様!」

「これ以上は許せない。先輩としての命令よ」


 いつもの無表情で俺を見る聖女様。
 その意志は想像以上に強かった。
 ・・・くそっ! そんなに分が悪い賭けなのかよ!?


「武」

「なんだよ香」

「ほら、怖い顔になってるよ」


 切羽詰まった今のこの状況で。
 香は愛おしそうな顔をして俺の顔に手を触れていた。


「おい、何してんだよ」

「私、怖くないの。貴方と一緒ならどこでもね」

「香、お前から逃げんだぞ。一般人のお前はいちばん守られるべき存在だ」

「もう! そんなつもりなら最初からついて来てないよ」


 香は俺を抱きしめてきた。
 聖女様の手を握ったままだというのにお構いなしだ。

 その腕にぎゅっと力を入れてくる。
 間近に来た顔。
 長い睫毛、ちょっと強気な吊り目。
 そこから覗くオニキスに輝く慈愛に満ちた瞳。

 こんな事態なのに、というのは今更だ。
 彼女という存在を俺に訴えていた。


「あのね、聞いて? さっき武を助けたのもそうなの」

「うん?」

「置いていかれるのが怖いの。南極のとき、貴方が死んじゃいそうだったとき。ほんとうに怖かったの」

「・・・」

「わかる? 自分の願いが永遠に叶わなくなる恐怖。目の前が真っ暗になって、何も見えなくなるの」

「・・・」

「それに比べれば一緒に死んじゃうほうが良いの。だから怖くない」

「香・・・」


 永遠に会えなくなる恐怖。
 それは・・・俺がこの世界ラリクエに来てからずっと怯えてることじゃねぇか。
 雪子、剛、楓。
 俺の愛しい家族。
 その笑顔を見られなくなる。
 それは何よりも・・・自分の死よりも恐ろしく感じた。
 だから俺はこれまで命を賭けることができた。
 雪子に会えなくなる恐怖から逃れるため、俺はここまで来たんじゃねぇかよ。

 香、お前にとってそれは俺だということか。
 俺も・・・お前がいないこの世界ラリクエももう考えられねぇんだ。


「俺はお前を死なせらんねぇ。お前には・・・生きて欲しいんだよ!!」


 俺は片腕で香を抱き返した。
 この感触。この匂い。この温もり。
 この世界でお前ほど俺に勇気をくれた奴はいねぇ!


「ん、私だって。貴方に生きてほしい」


 香もより強く腕に力を入れてきた。
 ここにいる。
 ここにいるんだ。
 だから感じて欲しい。
 ふたりの想いが交わる。
 この絆を失う以上の恐怖などないのだから!

 触れている場所から身体が熱くなる。
 互いの魔力が巡っている。
 レゾナンスだ、共鳴している。
 青白い魔力の流れが俺の中にあった。
 互いの愛しさが、確かにそこに感じられた。


「・・・え!? こんなに!」

「澪先輩、どうしたの?」

「強い・・・!」


 突然、驚きの声をあげた聖女様に結弦が問う。


「何が強いんだ?」

「こんな・・・武さん! 貴方、レゾナンスして・・・!」

「あん?」


 戸惑うような聖女様。
 気づけば彼女の手から結界へ供給される魔力の流れが強くなっていた。
 結界に張り付いてたオークやミノタウロスがばちんと弾かれるようになっている。


「そう! 貴方たち、レゾナンスできるのね!」

「あ、ああ。香となら」

「今なら貴方たちの魔力が高まっている。できなかったこともできるはず」

「え?」


 共鳴をすると魔力が高まる。
 知識としては知っていたし、何度かアレするときに経験もしていた。
 でもこうやって屋外で、人前なんかで共鳴するのは初めてだった。


「結弦、今なら魔力同期マジック・リンクで受け取って構わないわ」

「わかった。武、頼む」


 そう言って結弦が俺と聖女様の手の上に手を重ねた。
 結弦へもパスが繋がるように意識する。
 結弦にも俺の魔力が流れ込むのがわかった。


「うっ、これは・・・! 武、凄いな!」


 結弦が驚きながらも魔力を補充していく。
 俺の身体からはあとからあとから、魔力が湧き出てくるようだった。
 観覧車でソフィア嬢に魔力供給したときとは違う。
 喪失感もなくふたりに十分な魔力を受け渡せていた。


「武、今なら行けるぞ!」

「結弦! 頼む!」

「任せろ!」


 聖女様の守りが続いている間に決着をつけてくれ!
 結弦は充填した魔力で身体に風魔法を纏いながら駆け出した。


千子刀ムラマサ!」


 レオンと相対しているドラゴン。
 巨大な右脚でレオンを狙っていた。


「ひとつ!」


 飛び跳ねて空中で身体を捻り、着地様に抜刀術を放つ。
 その凄まじい抜刀の勢いでドラゴンの右脚の付け根を斬り裂く。


「Gaaaaaaaaa」


 その刃が深く胴を抉り、右脚が半分切り落とされたようにだらりとぶら下がった。


「レオン! 大丈夫か!」

「大事無い、と言いたいところだが。助かったぞ!」


 何とか場を繋いでいたレオン。
 結弦がその均衡を崩したため戦局は彼らに傾いた。


「合わせろ、レオン!」

「よし!」


 前脚を斬られたドラゴンが怒りの咆哮をあげて迫る。
 結弦は引くどころかその懐に飛び込んだ。


「むっつ!」


 結弦は風魔法で身体を加速させている。
 相当に動きが早い。
 彼の反射神経も相まってドラゴンの重い一撃など無いに等しいという動きだ。
 ドラゴンの周囲を右回りに掛けながら斬りつけていく。
 ドラゴンも黙っておらず、結弦を追いかけながら巨体を反転させる。


「散々、苦労させてくれたな」


 その巨体の背後にレオンの姿があった。
 王者の剣カリバーンに燃え上がる炎を纏わせて。
 闘志を紅蓮の炎と変え、特大の1撃を構えていた。


「喰らうがいい! CleavingTower!」


 高く飛び上がり大ぶりの大上段。
 大剣の重量を生かした、まさに力の象徴とも言うべきその大技。
 地面まで遮るものすべてを斬り裂くその1撃は、ドラゴンの硬い体とて拒否することはできなかった。


「Gwwwwooooooooo」


 王者の剣カリバーンは容赦なく斬り裂いていく。
 右翼を切り落とし、胴を裂き、右脚まで一刀のもとに切断した。


「すげぇ! やった!」


 ラリクエゲームで最強の攻撃力を誇るレオンの必殺技。
 溜めが必要で命中率が低いという欠点をうまく補った見事な連携。
 息が合うほど訓練をしたふたりだから実現した攻撃だった。

 翼を失い片脚も使えなくなったドラゴンはバランスを崩し、ずしんと横倒しになった。
 まだ倒しきれてないけど、今ならアレは動けないだろう。

 ドラゴンは未だ呻り声をあげてばたばたと暴れている。
 近付くと危険だが寄らなけれは無力だろう。
 最後のコマンドを入れるなら今しかない。

 断塔を放ったレオンは肩で息をしていた。
 さすがに体力も魔力も消耗しているようだ。


「結弦、レオン! 今のうちに赤い楔のところに武器を突き刺せ!」


 俺は声を張り上げてふたりに促す。
 行け、これで止めてくれ!


「わかった!」

「よし」


 裏側にいた結弦はそのまま走り、楔のところへ到達した。
 レオンも暴れるドラゴンを迂回して駆けていく。


「これで良いんだな!?」


 結弦がムラマサを赤い楔の横に突き刺した。
 薄く輝いていた円環の魔力がふっと強くなる。
 コマンド『B』が入力されたということだ。


「よし! 最後にレオン・・・!?」

「む!?」


 だが、あと少しというところでレオンが足を止めた。
 ドラゴンの咆哮が地面を揺らしたからだ。


「Gowaaaaaaaa」


 小さな魔物であれば絶命するほどの深手。
 だというのに体の大きさに比例してドラゴンはしぶとい。
 倒れたままで頭をもたげ、その口から竜の息吹ドラゴンブレスを吐こうとしていた。


「くっ!」

「寝そべってるくせに頑張りやがって!」


 俺の悪態に意味があるわけもなく。

 レオンはそのブレスを避けるために、元の位置まで飛び退いた。
 結弦も反対側へ飛び退く。
 轟音とともに火炎のブレスが吐き出され、その前にいた魔物たちは消失していた。
 やはり当たってはならない1撃。危険すぎる。


「――麻痺電撃ショックボルトぉ!」

「ぐあっ!」

「レオン!?」


 そのブレスが終わらぬうちに。
 ばちんという音と共にレオンの悲鳴が響いた。


「がはぁぁぁ!! 殺す殺す殺す!!」


 正気を失っているゲルオクの声が響いた。
 嘘だろ!? 間が悪すぎる!
 まさかの乱打で当たってしまうなんて!
 奴は手あたり次第に周囲の動くものに電撃を放っていた。


「くそっ! レオンまで!」

「しばらくひとりで維持できるわ。武さん、行って!」

「頼むぜ、聖女様」


 魔力供給が十分と言われたので掴んでいた聖女様の手を離す。
 一気にダッシュして倒れたレオンを担いだ。
 ゲルオクは未だ周囲のオークやゴブリン相手に電撃を放ちまくている。
 こいつはもう無視だ!


「レオン! しっかりしろ!」

「・・・・・・」


 なんてこった! 完全に失神してる!
 聖女様の元へ戻りレオンを寝かせる。
 くっそ、このタイミングでレオンが・・・!
 もうレオンの具現化しか方法がなかったというのに!


「武! オレがもう一度、刺し込むんじゃ駄目なのか!?」

「2種類の属性が必要なんだよ!」

「なんだって!? それじゃ・・・!」


 問答をしている間にドラゴンが少しずつ身体を起こしていた。
 結弦はその前に立ち、銀嶺でドラゴンの相手を始める。
 俺たちに注意が向かないようしてくれているのだ。
 手負いになったおかげで苦戦はしていないようだが倒しきれる様子でもない。
 くそ、レオンがやられていなければ!


「武さん、あのアーティファクトの円環が消えていくわ」

「え!?」


 見れば奈落の楔が浮かび上がらせていた円環が徐々に消えていく。
 おいおいおい、1からやり直しなんて状況じゃねぇぞ!?
 今更、別の具現化武器なんてねぇよ!


「畜生、あと1手なのに・・・!!」


 考えろ考えろ!
 刺し込むのは具現化武器。
 どうして具現化されてる武器じゃなきゃダメなんだ?
 魔力が必要だからだ。ゲームでも属性武器が2種類必要だ。

 銀嶺ならどうだ?
 破邪の力があるようだし具現化リアライズとも打ち合えた。
 でも武器から魔力が出てりゃ安綱みたいに見えるから魔力じゃねぇ。

 じゃ、他に武器を出せる奴を連れて来る?
 さくらやジャンヌを連れて来れば良い?
 来るって言ってたけど・・・。
 仮に今、事務棟の入り口でもここに来るまでの魔物を突破するには時間がかかる。
 今、まさに消えそうなアレには間に合わねぇ!


「ソフィア!!」

「・・・・・・」

「レオン!!」

「・・・・・・」


 俺も呼びかけて揺すってみるが反応はない。
 ぐうう、駄目か。

 残る聖女様と俺に具現化武器は出せねぇ。
 香は一般人。

 ん・・・香?
 そうだ、神威カムイだよ。
 神威があんじゃん!!

 ――『共鳴すると出力が加算される』
 いつぞやのレオンの説明が思い出されていた。


「香!」

「うん」

「神威だ、神威を出してみろ!」

「え? でも腕輪がないよ?」

「今ならまだ共鳴してんだ! ほら!」

「きゃっ!」


 俺は有無を言わさず香の身体を後ろから抱きしめた。
 驚いた彼女は身体を固くしたが、すぐに俺に身を預ける。

 彼女の感触、彼女の匂い。
 その存在を愛おしく感じる。
 香、俺はここにいる。
 お前と一緒だ。


「感じるだろ、俺のこと」

「・・・うん。あったかい」


 互いに触れた部分にじんわりとした熱を感じてきた。
 うん、レゾナンスは有効だ。


「これでお前も魔力が上がってるはずなんだ。やってみてくれ」

「ん。わかった」


 俺が後ろから抱きしめたまま。
 香は少し目を閉じて気持ちを落ち着ける。
 そうして彼女は唱えた。


「――神威」


 水色の魔力が俺の中から香へと流れ込む。
 ふたりのレゾナンスから生成された魔力。
 それが胸の前に突き出した香の両手に集まっていく。
 そうして香の背丈と同じ大きさの弓矢が形作られていった。


「香!? 貴女、そんなモノを出せたの!」

「昨日、深淵の瞳で覚醒したんだぜ」


 驚く聖女様に自慢げに説明する俺。
 一般人の覚醒なんて裏技みたいなもんだからな。

 神威は水色の輝きを放つ半透明の弓。
 簡素ながらもその設えは強靭なことが伺える。
 矢を番える場所には小さな金具のようなものがついており特徴的な模様が描かれていた。
 ・・・なんだか見覚えがある。


「これ、私の弓みたい。手に馴染む」


 そうだ、香の弓だ。
 何度か香の部屋で見せてもらったあの弓にそっくりだった。
 小さな神威では玩具みたいで気付かなかった。
 この大きさになって初めてわかる。
 香のために生まれた弓だと言わんばかりだった。


「香、よく聞け。今からあのドラゴンの向こう側にある楔を狙う」

「楔?」

「そう。あの光の柱の根本にあんだ」

「ん・・・あ、あれだね」


 暴れまわるドラゴンの向こう側に奈落の楔が見える。
 逆光なので見辛いがどうにか香が視認できたようだった。


「あの楔の横を狙え。地面に突き刺すように射ればいい」

「うん。でも、さすがに途中にあるものが邪魔だよ」


 ここからの直線上にはオークやゴブリン、そしてドラゴンがいる。
 張り出した木の枝も邪魔をしていた。


「大丈夫だ、無いモノと思って射ってみろ」

「ん。わかった」


 魔力循環のため俺は香に抱きついたまま。
 それでも香は的前に立つかのように気を静めていた。


「俺が抱きついたままだと邪魔か?」

「ううん。そのままでいて、安心する」

「わかった」


 ふ、とひといきつくと香は八節に入った。
 足踏み、胴造り、弓構え、打起し。
 矢を番えて香が的を見据えた。
 俺はその動きを肌で感じる。


「距離は・・・50メートルくらい。初めての弓だけど、射ち方がわかる」


 神威が香に教えているのか、彼女が知っていたのか。
 その軌道を理解できるという。
 俺は初めて射るはずのその矢が命中することを疑っていなかった。

 引分け、会。
 絞られた弦は音も立てず、アクアマリンの矢を支えている。
 そして離れ。
 弦がしなり音もなく矢は飛び出した。


「いっけぇ!!」


 流れ星のように輝く軌跡を描きながら神威は直進した。
 軌道上に存在したドラゴンの脚やゴブリンの棍棒など意にも介さず。
 そうして神威は楔の横を貫いた。
 ずどん、という重い衝撃が地面を走った。

 奈落の楔は円環をより一層、輝かせた。
 そして光の輪が収縮し、それに合わせて龍脈の魔力も収縮していく。
 水面に落ちた雫が波紋を起こす動きを巻き戻したかのように。
 その円環が中央に集まったとき、とうとう龍脈の穴は完全に塞がれたのだった。





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