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第3章 到達! 滴穿の戴天

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■■玄鉄 結弦 ’s View■■

 投光弾が発射されたかと思うくらいの輝き。
 吐き出された炎の塊が目の前に迫ったからだ。
 光が強いということはそれだけのエネルギーを秘めている。
 つまりアレに当たると黒焦げになって即死する。
 
 でも本物の炎であれば視認する段階で熱を感じる。
 だから当たるまで熱くないアレが魔力で構成されていることを認識できる。
 具現化の授業で散々に教えられてきたことだ。
 
 魔法であれば魔力を以って迎えればよい。
 具現化リアライズしきる前に消してしまえる。
 普段はその判断を瞬時に行うことが授業で繰り返されていた。


「あら、授業の実践ですわね。『具現化崩壊リアライズ・ディケイ』ですわ」


 その火球の中央を竜角剣クリスナーガで突き破る彼女。
 火球は四散し魔力の残滓となって砕けていった。
 紅い魔力の残滓を舞うその姿は彼女のための舞台のようだ。


「ソフィア様に続け!」

「おりゃぁ!」


 次々と此方へ襲いかかる火球。
 ソフィアに続いた数名の学生が彼女を真似て具現化リアライズした武器を叩きつけた。
 火球は切り裂かれ、弾き飛ばされ、それぞれが対象に届く前に霧散していた。


「うわぁっ!?」

「なに打ち負けてんの! 水銃ウォーターガン!」


 具現化リアライズされた魔力同士の衝突は互いの魔力構成に働きかける。
 マクロ的には魔力総量で解決されるが、ミクロ的には接する部分の密度が高いほうが勝つ。
 負けた側は魔力構成が部分的に分解される。
 そして全体の構成が支えられなくなるほど分解されるとその具現化リアライズ崩壊ディケイする。

 火球を消しきれない学生はそこまで至らずに接近を許してしまっていた。
 彼女は斧の側面で打ち返すように殴りつけ打ち負けていた。
 あれは刃の面で斬るのが正解だったはずだ。


「あ、ありがと!」

「油断するんじゃない! ソフィア様みたいに一点を狙って!」


 迎撃部隊Bの先頭を走るのはソフィア。
 彼女の舞うようでいて華麗な動きは見ているだけで溜め息が出る。
 それは皆も同じようで、動きを真似ながらもうっかり見惚れている人もいた。


「ああ・・・!?」


 そうして惚けている女子生徒のところに火球が迫る。
 他の生徒からは届かない位置。
 彼女も気付くのが遅く体勢が整っていなかった。


「一の型!」


 オレは千子刀《ムラマサ》を抜刀した。
 単純にして最も速く重い一撃。
 火球は女子生徒の眼の前で真っ二つに割れて左右に流れていった。


「あ、あの! 有難う、ございます!」

「油断しないで。死んじゃうよ」

「は、はい!」


 緊張のせいか恥ずかしいのか、頬を赤くしながら女子生徒が返事をする。
 背中を叩いて気付けをしてやりオレは前に出る。
 あの三つ首から、火球が次々と此方へ飛んできていた。


「仕掛けよう。『可及的速やかに』」


 会長からの指示だ。
 ソフィアが言っていたとおり、きっと速いことに意味がある。
 オレは前方へ駆けながら、幾つもの火球を一刀両断に打ち消していく。
 そして敵の攻撃を分散している彼女の隣に立った。


「ソフィア! オレがいちど突っ込む!」

「承知、援護いたしますわ! 切り開きますのでこの身を数秒、お預けいたします!」


 対する敵は3つの狼の頭を持つ巨大な魔物。
 アトランティス遠征で何度か遭遇記録があったそれがオレたちの前にいた。
 地獄の門番ケルベロス
 神話の中で登場するだけのはずが、実際に目の前にいる。
 それは神話が現実のものであったという証左にほかならない。
 こうして目の当たりにすると驚きや感動さえ覚えてしまう。
 だがそれは生命の危険がない限りにおいて、だ。

 それぞれの首が此方に向かって火球を吐き出して来る。
 接近しようにもその数が多く、距離を詰められないでいた。

 援護のための魔力を練るソフィア。
 緑色の魔力が彼女の身体に浮かび上がった。
 無防備な彼女に襲いかかる火球をオレが斬り捨てる。


「――刃となりて舞い踊れ! 風刃ウィンドスラッシュ!」


 ソフィアの周囲に浮かんだ緑色の魔力が刃の形となる。
 それがケルベロスに向かって飛んだ。

 此方の部隊にも魔法を中心とした具現化リアライズを使う人がいる。
 けれど彼ら彼女らの魔法では火球に打ち勝てなかった。
 火球の魔力密度がそれだけ高いということだ。
 だから武器を持つ人が前に立ち、火球を消すという状況に陥っていた。


「結弦様、今です!」

相棒バディ、後は任せたよ!」


 オレは突出した。
 ソフィアが打ち出した風刃ウィンドスラッシュの後を追って。
 他の学生よりもAR値が高いソフィアが生成した魔法。
 そして刃状であるという点も強み。
 無数の風刃ウィンドスラッシュは迫り来る火球を斬り裂いて消していく。
 そうしてオレは5メートルはある魔物の目の前まで辿り着いた。

 火球では間に合わないと悟ったケルベロスはその前脚で地を払う。
 咄嗟にオレは飛び退きそれを躱す。
 大きすぎるゆえに緩慢で躱すもの容易いが、当たればトラックに轢かれたようなもの。
 即死は免れない。


「・・・ふ、彼の一撃みたいだな」


 思わず笑みが漏れてしまう。
 訓練で何度も打ち合った、彼の大振りな一撃。
 回避や受け流しだけであれば難しくはない。
 だがあの具現化リアライズを打ち破ることはできなかった。
 オレとAR値が拮抗していたからだ。
 加えて彼が魔力付与エンチャントしてしまえば此方が危うい。
 だから正面から撃ち合えないという制約があった。


「だけど、それだけだ!」


 ケルベロスは脚を振り上げ、オレを蹴飛ばそうとした。
 何度もオレが避けるものだから頭を使って噛みつこうともしてきた。
 それも軽く避ける。
 攻撃は見えやすく単調で、何より予備動作も多い。
 徹していれば当たる道理もなかった。

 そう。彼の一撃は重く、回数も多く、何より複雑だ。
 四方八方から斬りつけるし、こんな巨体よりも予備動作が少ない。
 しかも受けられないのだ、躱すしか無い。
 いつも、一撃で終わってしまうという緊張の連続だった。


「いくぞ。六の型――五月雨!」


 体格差は大きい。
 俺の刃はせいぜい1メートル。
 あの巨体に差し込んだとしてもそれだけでは倒せない。
 ならば何度も斬るまで!

 右回りにその胴へ斬りつけながら一撃離脱を繰り返す。
 対人戦とは異なる手法だがその精神は同じ。
 相手に応じて順応した手法を加える。
 親父の背中に教えられた技法だった。


「Gyaaaww! Gowaaa!」

「Gugaw、Gugaw!」


 悲鳴とも威嚇ともとれないような声が響く。
 それが有効な攻撃となっていることを物語っていた。
 オレを脅威と感じたのか、間抜けにもぐるりと半転して追ってきたケルベロス。
 そう、皆に向かって背を向けていた。
 涎を飛ばしながら吠えたける奴の首に矢が刺さった。


「狙え! 矢の刺さる右の首だ!!」

炎の槍ファイアランス!」

土石撃ストーンバレット!」


 炎や石がその後頭部に直撃する。
 皆の狙いは1本の首。
 弓術部3年生がボウガンで打ち出した矢が目印だった。

 幾重もの魔法が折り重なり爆炎があがる。
 その的確な攻撃で頭のひとつがだらんと垂れ下がった。
 白目を剥いていることから、おそらく事切れたのだろう。


「Gyraaaaaaaa!!」


 残った首のひとつが絶叫していた。
 間近のせいで脳を揺さぶるような叫びだった。
 狙いを定めていたオレは、そのあまりの咆哮にたじろぎ、一瞬その脚が止まった。
 そこをもうひとつの首が側面から狙って噛み付いてきた。


「く・・・!」


 不味い、食らう!
 咆哮ロアーがここまでとは!

 迫り来る頭。
 背中にぞくりとした悪寒が走る。
 その一撃を許容することは死を意味する。
 左側からのそれは、抜刀で左側に構えた刀では間に合わない・・・!!


疾風突ヴィントシュトース!」

「Gyawan!」


 すぐそこまで迫ったケルベロスの顔が、そのまま俺の横へ逸れた。
 ソフィアの竜角剣クリスナーガが後頭部から貫通したからだった。


相棒バディ、油断召されぬよう!」

「助かった、さすが頼りになる!」

「ふふ、もっと信頼してくださって構いませんことよ!」


 闘いでの信頼の証、『相棒バディ』。
 オレとソフィアの関係。
 高天原学園の、闘いのパートナーとの慣例的な呼び方。
 『1番』とは違う、背中を、命を預ける信頼を示す。
 短い半年という期間の中で、彼女と積み重ねた証。
 それがこの呼び方だった。

 互いに視線を交わす。
 自然と笑みが浮かんだ。
 それだけで負ける気はしなかった。

 残ったのは頭ひとつ。
 動物であれば敵わぬとわかれば逃げ出すもの。
 だが魔物はそうでない。
 人間への憎悪を剥き出しにして襲って来る。
 その生命が尽きるまで。


「Guwaaaaaa!!」


 最後の首が大きな口を開け、全身でオレとソフィアに向かって突進してきた。
 この至近距離で勢いをつけられると回避が難しい。
 奴はそれを知っているからこその、捨て身の攻撃だった。


「お生憎様、わたくしの相棒バディはそれを許容するほど柔しくありませんわ!」

「・・・三の型、滝登り!」


 オレは飛び上がった。
 その首に大きな3つの楔を打ち込む。
 大木の片側にくの字の切り込みを入れるように。


疾風突ヴィントシュトース!!」


 その楔を狙い、竜角剣クリスナーガが突き刺さる。
 そしてそのまま首を突き抜け、彼女は宙へ舞った。
 ケルベロスの最後の首が胴から解き放たれる。
 それはそのまますぐ、空中できらきらと紅い魔力の残滓となっていった。
 主を失ったその巨体も、首の側からさらさらと風化するかのように消えていく。


「やった! 倒したぞ!」

「さすがソフィア様!」

「結弦さん、素敵!」


 向こう側で歓声とともに黄色い声があがる。
 危なかったけれど、何とか倒すことができた。
 日々の訓練が無ければもっと苦戦していたことは想像に難くない。
 努力が実ったと実感できた。


「ふう。結弦様、さすがはわたくしの相棒バディですわ」

「ソフィアもね。助かったよ」

「ふふ、貸一つですわよ」

「まいったな。武みたいに借りを貯めたくないんだけど」


 彼女の金色の瞳がオレを映している。
 その微笑にオレも口角をあげた。
 日々の訓練とともに、彼女との信頼も確実に積み重なっていた。


「・・・? ・・・結弦様!」

「どうしたの?」


 報告のためPEを開いたソフィアが血相を変えた。


「武様が・・・行方不明ですわ!」

「なんだって!?」


 ◇

■■橘 香 ’s View■■

 もうもうと煙があがっている。
 敷き詰められたタイルを割ってそこに図々しく横たわる巨大な胴。
 その青黒く光る蛇の鱗は1枚1枚が鉄板のように硬そうだった。


「おい、君たち。トドメは頼んだぞ」


 私の前に降り立った凛花さん。
 息ひとつ切らさず相手の様子を観察している。
 時折、びくんびくんと動いているのはまだその生命活動が終わっていないから。
 でもその終焉が近いことは、見ている人は理解できていた。

 私が初めて見る魔物に驚いたり恐怖する間もなく終わっていた。
 たったの1分で片がつくと思っていた人は誰もいないだろう。


「わ、わかりました!」

「いいか、1箇所に集中して鱗を剥いで、そこから切断するんだ」

「は、はい!」

「たぶん3分くらいはのびてるから、その間にやるんだ。わかったな!」

「了解です!」


 彼女の指示に着いてきた他の学生たちはすぐに取り掛かった。
 蝮の女エキドナと呼ばれた魔物はゆうに10メートルの大きさはある。
 太さは人間の3倍以上。
 下半身は青黒く光る鱗に覆われ鉄のように硬い。
 上半身は裸の人間の女のようなモノがついている。
 でも言葉は喋らず叫び声だけだったし、おおよそ分別のつく生き物ではなかった。

 遭遇した直後、凛花さんは「蝮の女エキドナだ! 近寄るな!」と皆に呼びかけてからソレに飛び込んだ。
 ロケットのように胴に蹴りを入れ、尾を担いで背負い投げして叩きつけ、最後に飛び上がって身体へ拳の一撃を加えていた。
 すぐにソレはびくびくと蠢くだけで、のたうち回ることもできなくなっていた。

 そうして問答無用で倒してしまったから、魔物がどんなものかと観察もできなかった。
 もっとも、今は観察するような気持ちの余裕も時間もない。
 だからこそ凛花さんが本気・・でやったのだろう。


「終わりだ! よし香、恵、戻るぞ!」

「うん。行こう、恵さん」

「う、うん・・・」


 私は残された人たちを後目に、走り出した凛花さんを追った。
 恵さんも一緒にあわあわとしながらも走る。

 武の行方が知れない。
 PEの連絡が取れなかった私は焦った。
 私はすぐにでも探しに行きたかったけれど、それは許されなかった。
 武が帰ってこないような事態に非力な私が行ったところで二次遭難するからだ。
 さくらに連絡を入れたけれど彼女もすぐに来られるわけじゃなかった。

 凛花さんは「急いで仕事をして戻るぞ」と言った。
 「後顧の憂いを断ってからでないと後悔する」。
 そう私たちに宣言して部隊を進めた。
 きっとこれまでの経験がそうすべしと彼女を動かしたのだろう。
 我慢して着いて行くと、思いの外、すぐに切り返したわけだ。


「くそ、まさか亲爱的武ダーリンを狙うとはね!」

「いったい、何が起こってるの!?」

「わからない! あのゲルオクが悪さしてるのだろうけど、口ぶりからして学園全体を崩壊させようとしてるように見える!」

「あの魔物がそうなの!?」

「恐らくね。アレク・・・アレクサンドラ会長が事前にこの襲撃を予測していた。だからこうして初動も早かったし、その目論見も崩せてるはずなんだ!」

「え!? 生徒会長って未来がわかるの!?」

「少しな! それでもこうして亲爱的武ダーリンが狙われたりと、防ぎきれないことも起きるんだ!」


 走りながらの会話。
 相変わらず走るのは好きでない。
 息が上がってきて苦しくなってくる。
 凛花さんはスピードを緩めない。
 きっと彼女はもっと速く走れる。
 私たちに合わせてこの速度でいてくれるんだ。
 だから甘えて遅れては駄目。
 倒れるまで走るんだ。


「おい、香、恵! 無理するなよ!? 到着しても倒れちゃ意味がない!」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・だいじょう、ぶ、まだ、走れる!」

「は、は・・・わ、私は、ちょっと、歩いて、いくね・・・」

「恵さん!?」


 恵さんの脚が止まった。
 立ち止まって声をかけると彼女は笑みを浮かべた。


「はぁ、はぁ・・・行って、香さん! 京極君のこと、お願いね」

「・・・わかった!」

「恵! もし危なそうだったらフィールドへ向かえ! あそこが避難場所だ!」

「はぁ、はぁ・・・うん、ありがとう。わかったよ」


 膝に手をついて恵さんは呼吸を整えている。


「ごめんね恵さん、今は先に行かせて!」

「うん」


 私はまた駆け出した。
 凛花さんのペースになんとか食いつきながら。
 汗が額からにじり落ちて来る。
 髪の毛が頬に張り付いていた。
 それで前にもこんな気持ちで走っていたことがあったのを思い出した。


 ◇


 事務棟の前にある学園広場へ戻って来た。
 数ある屋台は乱雑に端に押し出され、広場が広場として使えるようにされていた。

 息があがってまともに声が出ない。
 私の前にいた凛花さんが脚を止めていた。
 自然と私も脚を止め、膝に手をついて呼吸を整えていた。


「はぁ、はぁ、はぁ!」

「・・・・・・」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・凛花、さん?」

「・・・おい、何の冗談だよ!!」


 怒気を孕んだ彼女の言葉。
 私は顔をあげた。
 凛花さんの背中で前が見えない。
 その背中で隠された広場の中央に何かあるのか。
 あそこには噴水があったはず。
 何をそんなに怒っているの?

 私は横にずれて背中で隠された先を見た。
 誰かがいる。
 男女ふたりが立っていて、足元に誰かが横たわっている。
 男女は・・・あのゲルオクって人と、レベッカって人だ。
 足元の人は・・・・・・!?

 目を疑うとは、こういうことをいうのだろう。
 見た光景を頭が受け入れなかった。
 理解するのにゆうに10秒はかかった。
 それだけ信じられない、信じたくない光景だった。


「・・・う、うそ・・・た、武!?」


 そこには。
 いつもの穏やかな横顔なんて想像できないくらい苦悶の表情を浮かべた彼が。
 胸に刃を突き立てられた彼が、横たわっていた!


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