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第3章 到達! 滴穿の戴天

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■■小鳥遊 美晴 ’s View■■

 言ってしまった。
 心臓はばくばくいってるし、顔も自分でわかるくらい紅潮してる。
 先輩の卒業式の日に気持ちはそれとなく伝えてた。
 でもはっきり言葉にはしてなかった。
 だから言わずにはいられなかった。


「・・・ん、そっか」


 先輩は少し困ったように笑いながら眉根を寄せていた。
 視線は私を見たまま。

 わかってる。
 これだけ恋敵ライバルがいて。
 そのうえソフィアさんのような美人のクラスメイトだっているんだから。
 今更、私が割り込めるようなスペースがないことくらい。

 でも、だからって、なかったことにはしたくなかった。
 それだけがこの告白を後押ししていた。


「ご、ごめんなさい・・・。迷惑、ですよね・・・」

「・・・迷惑じゃ、ねえよ」


 先輩は目を閉じてぐしゃぐしゃと髪をかきまわした。
 これ、先輩が迷ったり困ったりしてるときの仕草だ。


「なぁ小鳥遊さん。誰かに言えって言われたり、言わなきゃいけねぇって状況に追い込まれたわけじゃねえだろ?」

「・・・はい」

「だったら俺も真剣に答える。こうやって想いを伝えてくれるのは嬉しい」


 先輩は私に微笑んだ。
 それだけで弾んでいた鼓動が飛び上がってしまう。

 南極へ先輩が旅立ってしまったとき。
 あのときほど私は後悔したことはない。
 先輩への気持ちが置いてけぼりになったあのときを。
 だから結果がどうあろうと、流されずに進みたかった。


「だけど俺は、身勝手で誰かを選べる立場じゃねぇと思ってる」


 表情を曇らせて・・・先輩が語り出した。
 どこか遠くを見ながらの、その憂うような表情にさえどきりとした。


「俺はもともと、ひとりで高校卒業までいくつもりだったんだ。やんなきゃいけねぇことがあるから」

「ひとりで・・・」

「だから御子柴や花栗さん・・・ここにはいないさくらにも、言い寄られても全部、断ってた」


 ずっとひとりでって。
 先輩はどうしてそんなに寂しく過ごそうとしてたの?
 確かに具現化研究同好会は人が少なかった。
 そこに先輩がいる理由だったのかもしれない。
 いったい、先輩は何のためにそんなに自分を追い込んでるの?


「香はそんな俺を、桜坂中学の3年間、ずっと追いかけて、支えて、好きでいてくれた。だからそれに応えたいと思って今は1番になってる」

「・・・」


 そんな先輩を追いかけて絆してしまったのが橘先輩。
 この人の1番になるために・・・きっとものすごく頑張ったんだ。
 今日半日、一緒に行動しただけでも、笑顔で明るくて行動力があって。
 熱量が半端ない人だとわかる。
 橘先輩はすごい。背中が遠く感じる。

 先輩は私を見ていた。
 憐れみでも、同情でもない。
 自身を後悔するかのような、不思議な表情だった。


「でも俺はこのうえ2番や3番なんて受け入れられねぇ。自分で自分が許せなくなる気がして」

「・・・」


 私は部活の中でしか先輩を知らない。
 寡黙に勉強を続ける先輩。
 世界語がペラペラな先輩。
 教えるのが上手で、いつも余裕そうに振る舞っている先輩。
 私と響ちゃんを優しく迎え入れて居場所をくれた先輩!

 先輩が何て言おうと私は好きだ。
 短い時間でも私を見てほしい。


「俺には、その・・・」


 だから、その先は・・・言わなくていい。
 聞かなくてもわかる。

 言わないで!
 聞いてしまったら、直ぐに終わってしまう・・・!


「たーけーしー!」

「うん?」

「まさか、ここでまたあのとき・・・・のように断る気?」

「あん? んなわけねぇだろ」

「どうだかね~?」


 その会話に割り込んできたのは橘先輩。
 先輩の肩を持って顔を寄せている。
 先輩はたじたじになっていた。

 ――『あのとき』?
 先輩、橘先輩の前で誰かの告白を断ったことがあるんだ。


「あのね。断られてすっぱり諦められるなら、私だってこうやって一緒になれてない」

「・・・うん、そだな」

「ほんとにわかってる? 私が貴方に想いを届けた回数だけ、小鳥遊さんに向き合えるの?」

「え? その・・・」

「ほらやっぱり! 変に鈍感なんだから!」


 ・・・橘先輩、すごい。
 私の気持ちまでわかってくれている。
 先輩は詰問されて、私をちらちらと見ながら狼狽えていた。


「貴方が2番を決めないのも問題ね。思わせぶりになっちゃってる」

「は!? 俺のせいなの?」

「うん。だってさ、小鳥遊さんだけじゃないよ?」


 私はその言葉にはっとした。
 響ちゃんを見た。相変わらず怠そうな雰囲気だったけど、目を合わせると頷いた。
 少し前を歩いていた、御子柴先輩も、花栗先輩も、笑みを浮かべて頷いていた。

 ・・・。
 先輩、どうしてそんなに浮気性なの?
 AR値がゼロって言ってたのに、ほんとうは高天原に入れるくらい高かったんだから。
 高い人って移り気になりやすいって聞いたことがある。
 あ、もしかして、ゼロっていうのは体よく断るための口実だったのかな。


「あの、なんたら協定だっけ? さくらを含めた6人だってそうでしょ」

「う・・・」

「まったく。しばらく貴方にしか会ってなかったから詳しくわからなかったけど。これは由々しき事態ね」

「ちょ、ちょっと待て香。今から俺に選べってのか!?」


 慌てる先輩に橘先輩はジト目になる。


「さっきの言い訳で選ばなかった結果。その積み重ねが今の事態を招いてるんでしょ?」

「うん。武さんは優柔不断ね。ここのお友達6人ともつかず離れず」

「ちょ・・・聖女様まで一緒に畳み掛けんなよ」

「そうなんだ~、京極君、ずっと春だね」

「違うから!!」

「・・・くす」


 思わず少し笑いが漏れてしまった。
 こんなことで先輩をいじっている大先輩たち。
 そう、誰もが先輩に対して同じことを思っていたなんて。
 さっきの屋台での結束と同じ感じがして、なんだか心がぽかぽかした。


「ほら、小鳥遊さんにも笑われちまったじゃねえか」

「私と諒のときなんて、嘘ついて絶交させられたからなぁ~」

「おい!? それ、今ここで言う!?」

「諦めろ武。橘さんがいる時点でお前に勝ち目はない」

「・・・!?」


 皆にやり込められて先輩は唖然としていた。
 ちょっと可哀想だけど・・・。
 先輩、私たちのこと、ずっとほっといたからです!


「はいはーい! このままここで立ち話もなんだし、いったん食堂へ行きましょ」

「・・・おう」


 観念した先輩の返事を合図に。
 屋台での疲れを休めるべく、食堂へ向かった。


 ◇


 私たちが休憩をして一息ついたころで。
 もともと正午前に集まるはずだったメンバーがようやく揃った。

 こうして改めて見てもびっくりする。
 こんな映画俳優やモデルのような人たちが先輩の身近にいるんだ!

 ソフィアさんを含む先輩のクラスメイトたち。
 お昼前、橘先輩を中心として軽く自己紹介をしてもらった。
 華麗、優美、端麗、典雅。
 どれもが当てはまり溜息が出る、絵に描いたような人たちだ。
 同じ空間にいることさえ烏滸がましくなってしまう。

 先輩はそんな人たちと懇意だという。
 私からすれば誰に鼻の下を伸ばしても自然の摂理だと思う。
 それなのに先輩は2番を選んでいないというのだから。


「はい、SS協定の諸君! 桜坂組の諸君! 私からお話があります!」

「何だよ、桜坂組って。土建屋か」

「た~け~し? 私、貴方のフォローをしてるんだけど?」

「・・・ごめんなさい」


 桜坂組から代表して突っ込んだ先輩が怒られていた。
 そのコントのようなやり取りで皆が少し和む。
 それが間違いなく先輩を中心として集まっている集団だということを示していた。


「ああ、凛花さんだっけ? 彼女も一緒が良かったんだけど」

「凛花先輩は別枠だ。これ以上増やさないでくれよ。ややこしくなる」

「え~? 皆で話をつけようって思ってたのに。後で紹介してよ?」


 橘先輩の言葉に渋々頷く先輩。
 力関係からして、橘先輩がこの場のトップなのは間違いない。


「それじゃ本題。私はね、この学園祭で武の身辺整理をしたいと思って来たの」

「身辺整理?」

「そう。どうせ協定の皆からの言葉も誤魔化して来たんでしょ」

「ぐ・・・」


 先輩、さっきから橘先輩の言葉に詰まっている。
 図星が続いているみたい。
 クラスメイトの人たちも桜坂中学の人たちも、その指摘にうんうんと頷いていた。

 しばらく橘先輩は先輩にあれこれ詰問していた。
 先輩はそのたびに「ぐ」とか「う」と呻いていた。

 そうしてひととおり必要なことを確認したうえで橘先輩が皆に宣言した。


「――そんなわけで。今の曖昧な関係を進める機会を作るの」

「進めるって? おい香、お前はそれで良いのか?」

「悪かったらこんなことしないよ。困った挙句に貴方が流されるよりよっぽどいい」

「・・・」


 橘先輩が先輩に鋭い視線を向けると、先輩はまた固まってしまった。
 まるで若い王様に側室を勧めるかのような感じがして、また可笑しかった。


「それで、具体的にどうするのだ?」


 長身の王子様、レオンさんが橘先輩に尋ねる。
 そう、関係を進めるといってもまさか全員と進められるわけもない。
 どうにかして進める人を選ぶんだろう。


「はい! 澪さん、例の件、教えて?」


 橘先輩はぱちんと手を叩いて、白法衣のシスター澪さんへ話を振る。


「うん。高天原OGとして闘神祭の定番イベントを紹介するわ」

「定番イベント?」

「1年生の貴方たちも回るのはこれからだから知らないと思う。聞いて」


 澪さんは入り口で配られていた冊子を取り出した。


「案内冊子は持ってるよね。このアトラクション紹介のページ。ここに星マークがある」


 冊子を見ると、確かに地図のところに星マークが散らばっていた。


「ターゲットは高天原学園七試練。クリアするとスタンプを押せて、7つ集めると景品がもらえる」

「それ、ホラー的な何かじゃねぇよな?」

「大丈夫。怖がらせるものじゃない」

畏怖フィアーみたいなのだと怖すぎる」


 学園七不思議なんていうと幽霊やホラーの要素がある。
 これは「試練」だからホラーじゃない。
 でも「試練」なんて・・・訓練みたいに痛かったり苦しかったりするのかな?
 まさか匍匐前進しろとか腕立て伏せしろとか、そういったものじゃないよね。


「外から来た一般の人が楽しめるようなものだから安心して」


 不安そうにしている私を見て澪さんが言った。
 その言葉にほっとする。

 高天原学園が世界戦線に出るための人を育成する場だということは知っている。
 学園の生徒しかできないようなことだとどうしようかと思った。

 私は運動も勉強もほどほどだ。
 この人たちを相手に競争になると負けてしまうと思う。
 でも、何もやらずに諦めるつもりはない。


「今日の夕方には闘神祭の予選があるから、今からそれまでの約2時間で多くスタンプを集めた人が勝ち」

「個人戦ですね」

「15時50分にここに集合。遅れたら失格にする」

「それで、勝ったら何がいただけるのかしら?」


 取り仕切っていた橘先輩が皆の顔をぐるりと見渡す。
 先輩はあわあわしたままだった。


「これだけ人数がいるからね。1位と2位に景品があるの」

「・・・」


 先輩が無言で橘先輩へ視線を送っていた。
 でも橘先輩はスルーしている。
 先輩の意志は関係がないということなのかな。
 

「2位は明日の後夜祭でダンスパートナーになれる権利」

「「「!」」」


 ぴきん。
 そんな音がした気がした。
 一斉に皆が互いに目配せをしたからだ。


「1位は武との1日デート権よ」


 がたり。
 今度は皆が一斉に立ち上がっていた。

 そう、戦いの火蓋はここに切られたんだ。



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