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第3章 到達! 滴穿の戴天

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■■玄鉄 結弦’s View■■

 かっとなった。
 さくらの話を聞いた武が震えていた理由がよくわかった。
 これを理性で抑えるなど到底無理な話だ。

 縁側から雨の降る庭へ躍り出る。
 池のようになった庭園の砂利が素足を刺激する。
 けれど今のオレはそれを感じる余裕を持たなかった。
 
 許せない!!
 オレの大事な人たちを!!
 絶対に許さない!!

 頭の中をそれだけが支配していた。
 飛び出すと同時に左手に魔力を集中する。
 全力で、斬る!!


「――千子刀ムラマサ!!」


 エメラルドの粒子が結晶となり、左の腰に刀が現れる。
 全長1メートルの大太刀。
 オレの必殺の武器。
 具現化リアライズによる武器であり重さはない。

 嵐張の持つ安綱もおおよその長さは同じ。
 ソフィアの言葉どおりであれば、物理武器でありながら魔力を宿す刀。
 オレと条件は五分!
 いや、軽いぶんオレのほうが有利なはず!


【いやあぁぁぁぁぁ!!】


 気合一閃。
 その飛び出した勢いのまま抜刀術で斬りつける。

 ぎいぃぃぃぃん!!

 それを・・・嵐張は同じ抜刀術で正面から受け止めた!
 一撃で駄目なら・・・!


【六!】


 ぎん! ぎぃん! きん! ぎん! ぎぃん! きん!

 周りを回転しながらの6連撃。
 そのすべてを同じ切り結びで受ける嵐張。

 ・・・手の内は同じ!
 同じ技量なら受け止められる!
 ならこれでどうだ!


【八!】


 躊躇なく千子刀ムラマサで放つ八の型。
 あれだけ傷を負っているんだ!
 繰り返せばどこかで受けられなくなる!

 ――飛び交う緑と黒の花火。
 オレのその全力に近い9斬撃を、嵐張はすべて防いだ。


【七!】


 これくらいで止めるものか!
 休まず斬りかかった。

 そうして怒りに任せ、何度もオレは嵐張へ刃を向けた。
 どれだけ手を動かそうとも嵐張はそのすべてを受け止める。
 まるでオレなど相手にならないと言わんばかりに。
 その赤黒く光る瞳がじっとこちらを見据えていた。


【はぁ、はぁ、はぁ・・・】

【・・・】


 くそっ! これだけ力を使っても息一つ切れてない!?
 オレよりも体力も魔力もあるのか!?

 息が切れ苦しくなり自分の動きが鈍くなったのを自覚する。
 そこではじめて激情に踊らされて戦っていた自分に気付いた。

 ずっと強かった雨が小降りになっていた。
 風がさぁさぁと庭木を踊らせている。


【ククク、ククククク・・・】


 誰が笑っている・・・嵐張か!?
 その声は!?
 喉が酒焼けした老婆のような声だ。


【シアガリハ ワルクナイ。ガ、ソレダケダ】


 その顔をにたりと歪めて腰を落とす嵐張。
 あれは・・・一の型!
 水平に放つ単純な一撃だけの抜刀術。
 お前が来るなら正面から受ける!

 オレも腰を落とす。
 荒れていた呼吸を整える。
 渾身の一撃で、今度こそあの刀を叩き落とす!!

 一瞬だけ目を閉じ魔力を集中する。
 エメラルドの帯が刀だけでなく抜き放つ右腕にも浮かび上がる。
 渾身の一撃を放つための溜め。
 これで今度こそ――!


【いくぞ!】


 今、まさに一撃を。
 そうして目を見開いた瞬間に飛び込んできたその姿。
 漆黒の刃。
 刀身が消えるほどの膨大な黒い魔力に覆われたそれ。
 アレは・・・なんだ?

 桁外れな魔力の塊がオレの千子刀ムラマサと重なった。
 ばちばちばち、と激しく緑と黒の火花が散る。


【うわあぁぁぁぁぁ!!】


 怖い。
 本能的にそう感じた。
 絶叫しながら振り抜いたその一の型。
 打ち合った千子刀ムラマサは呆気なく緑色の粒子に変わっていき――。
 振り抜かれた安綱がオレに届く。
 こんなことが・・・!!
 皆もこれでやられたのか・・・!?

 打ち砕かれた具現化リアライズ
 それはまるで親父と嵐張の思い出を打ち砕いたようで。
 怒りが絶望に変わり、恐怖に身を晒した。


【ああああああ!!】


 目を閉じ叫んだ。
 助けて、と言葉にする暇もなく。
 この次の瞬間にどうなるかなんて想像もできなかった。

 ぎいいぃぃぃん!!

 ・・・。
 ・・・。
 ・・・え?

 耳の傍で大きな金属音がした。
 恐る恐る目を開ければオレの前に親父が立っていた。


【あ・・・・・・!?】

【儂が、やる】


 その一撃をすんでのところで受け止めていた。
 具現化リアライズでもないのに、あの安綱を・・・!?


【まだ冷静さが足りぬな】


 がくがくと手が、脚が震える。
 得体の知れない何かが目の前にいた。
 膝から崩れ落ちてオレは尻もちをついた。
 これは――恐怖?
 肌がぴりぴりと痛み心臓がぎゅっと締め付けられる。
 初めての感覚だった。

 魔物と対峙するとこんな感じかもしれない。
 映像と実物の肌感覚の違いだ。
 人間を相手に戦ったことは幾度もあるというのに気圧される。
 もはや・・・嵐張は人間じゃないということか。


【・・・下がっておれ】


 動けないオレの前に親父が出た。
 親父には戦わせないつもりだったのに下がれという言葉に呑まれる。
 もっとも下がろうにも足を動かせない。
 そのままずりずりと後ろへ下がった。
 確執があっても親父からの言葉に従ってしまうのは子の性なのか。


蹈鞴たたらの悪霊よ、引導を渡してくれる】


 親父は縁側で刀を掲げるように両手で持ち、鞘から抜いた。
 色白い朴鞘から引き抜かれた刀身に雨粒が光る。
 それはこの混沌とした状況に差し込む一条の希望の光に思えた。


【ククク、ジジイナド アイテニ ナルカ】


 嵐張の赤黒い瞳が親父を馬鹿にしたように歪む。
 親父を認識していない、やはりあれは嵐張じゃない。
 嵐張が安綱に乗っ取られているのか・・・蹈鞴たたらの悪霊に!
 そんな御伽噺のようなことがほんとうにあるんだ。


【・・・】


 構えた親父は・・・両腕を上に掲げた蜻蛉とんぼの構え!?
 実戦で使っている姿なんて殆ど見ない構えだ!
 いったいどうするんだ。

 対する嵐張はやはり抜刀の構え。
 使い慣れているせいもあるけれど、あれがいちばん速い。
 速ければそれだけで相手を御せるからだ。


【ぎいいいえええぇぇぇぇぇ!!!】


 周囲に響く断末魔のような絶叫!


【うわ!?】


 あまりの驚きに抜かしたはずの腰に力が戻った。
 親父がこの世のものとは思えない声を発していた。
 そしてそのまま嵐張に踊りかかった。


【!?】


 対する嵐張は気圧されたのか声を出さず受ける。
 親父の振り下ろした切っ先は速く嵐張の顔に迫った。
 抜刀術で・・・いや、間に合わない!?

 ぎいいぃぃぃん!

 嵐張はその斬撃を抜刀して防ぐよりなかった。
 だがそのまま親父は力で押し倒すように刀を押し込んだ。


【ぇぇぇぇえええええええ!!】


 その奇声が止まぬまま刀は嵐張の頭まで迫った。

 がぎん!

 あまりの力に嵐張は横に逸して逃げた。
 だがそれを許すはずもなく、親父はそのまま嵐張を追撃した。


【ぎええええええぇぇぇぇぇ!!】


 ふたたび気合と共に大上段の蜻蛉の構え。
 逃げ出して体勢を崩した嵐張はそのまま受けるしかなかった。

 ぎいいぃぃぃん!!

 また高速で振り下ろした刃を嵐張は防ぐしかなかった。
 そして押し込まれ横に逸らす。
 嵐張は2度、同じように逃げた。


【グ、フザケタ ワザヲ・・・】


 そのセリフが終わらぬうちに再度の絶叫。
 言葉など交わすこともなく必殺の一撃を叩き込む。
 あれはまさか、示現流の猿叫!?
 どうして別の流派の剣技が!?

 ぎいぃぃぃん!!

 何度目かになる防御をしたところで、嵐張は大きく押し返して距離をとった。
 受け続けるだけでは攻守が変わらぬと思ったからだろう。


【グ・・・ヤルデハナイカ。ダガ コレハ ドウカナ】


 嵐張はふたたび抜刀の構えを示す。
 今度は余裕ぶった雰囲気もなく親父を睨みつけている。
 そして・・・黒い魔力を刀に纏わせ、ふたたび黒の刃とする。
 鞘に収まったままの刀がすでに漆黒になっていた。


【・・・真打・銀嶺しんうち・ぎんれい


 それに対し、親父はぽつりと呟いた。
 ・・・真打・銀嶺しんうち・ぎんれい
 あの刀の名前?
 安綱と結び合えるだけの刀、相当な業物であることはわかる。
 だけど魔力を帯びたあの刀と・・・?


【・・・】


 親父は黙って嵐張を見据え、今度は刀を右後ろに・・・脇構え!?
 抜刀術の速度に初動が追いつかない!
 いったいどうして、天然理心流てんねんりしんりゅうの技を使わないんだ!?


【シネ! ヒトツ!】


 だっと地面を蹴ったかと思うと嵐張は抜刀した。
 一の型、飛水。
 最速にしてもっとも重い一撃。
 それにあの魔力を載せている。
 とても防げるものじゃない!
 
 親父は・・・身体を半回転させながら半歩引いた!?
 すると距離が空いたぶん、嵐張の飛水が少しだけ遅れた。
 そうして後ろから出てきた刀の浅い部分で、安綱の切っ先部分を受けた!

 ぎいいいぃぃぃぃん!!

 叩きつけられたその一撃を親父が防いだ。
 そうか、柄に近い位置で切っ先を受ければ押し比べは有利!
 だけどあの魔力が・・・!


【ナ、ナニ・・・!?】


 安綱の黒の魔力が親父の刀を前に霧散していく。
 あの刀には魔力が宿っているように見えないのに!
 どうして打ち合えるんだ!?


【グ・・・ジジイ ゴトキニ!!】

【ぐぬぬぬぬ!】


 単純な押し比べ。
 よくわからないけれど、親父の刀はあの魔力に押し負けることはないようだ。
 だけれども・・・。


【ぐううぅぅ!】

【チカラデハ マケヌ!】


 体力もあり体格も親父より良い嵐張だ。
 親父と全力で競り合うと嵐張のほうが有利だった。


【がああぁぁぁ!】

【父さん!?】


 がぎん!
 安綱が押し通り親父の身体を斬り裂く。
 吹き上がる血飛沫。

 がらんがらん。

 刀が、少し遠くへ飛んで落ちる。
 親父はそのまま・・・その場で仰向けに倒れた。


【ワガ ケンギノ マツエイトハ オモエヌナ。ハジサラシダ】


 嵐張は親父の隣に立ち・・・安綱を振り上げた。
 忌々しげに親父を睨み、その刀身を漆黒の剣と化して。


【待て嵐張!!】

【オマエモ スグニ オクッテヤル】


 今度は親父まで!
 どうすることもできない自分に腹が立つ。
 いつの間にか恐怖は消えていたけれど、足は動かなかった。
 ただ手が前にでるばかりで親父にも届かない。


【やめろーー!!】


 叫んだ、ただ本心から。
 親父を失いたくない!
 もうやめてくれ!
 全霊を込めて叫んだ。


【・・・?】


 嵐張は・・・刀を振り上げたまま止まっていた。
 そしてゆっくりとその視線を横に向けた。
 いったいどうした?
 オレもその方向に視線を向けた。
 そこには――


「ソフィア!?」

「あら、結弦様。呼び捨てとは心境の変化でも?」


 エメラルドの魔力に全身を包み。
 竜角剣クリスナーガで雄牛の構え。
 彼女の最速の突きがいつでも出せる状態。
 視線は嵐張に向かっていた。


「嵐張様、穏やかならぬことですわね。わたくしも混ぜていただいてよろしいかしら」

「安綱に魔力は通じない! 打ち合っては駄目だ!」

「・・・ふふ、ご忠告痛み入りますわ」


 睨み合ったままのふたり。
 嵐張は振り上げた姿勢のまま。
 互いに牽制したまま動かずにいた。
 その剣気がオレにまで伝わって来ていた。

 雨はいつの間にか小降りになっていた。


「結弦様、武様もさくら様も無事ですわ」

「無事! 良かった・・・!」

「ただ、嵐張様を止めませんことには・・・」

【スキヲ サラストハ オロカナ!】


 ソフィアが状況を伝えてくれた。
 だがオレに視線を移した瞬間に嵐張が彼女へ斬りかかる。

 ぎいぃぃぃん!

 緑と黒の火花が散った。
 くそっ! ソフィアに余計な負担を・・・!

 そのままふたりは周囲を駆け回り、何度も火花を散らしていた。
 ぎいん、ぎいん、と刃が重なるたびに音が弾ける。
 さすがソフィア・・・だけど嵐張を見ると余裕がある。
 きっとこのままじゃオレのように・・・!


【・・・結弦・・・】

【父さん!?】

【・・・ここへ・・・】


 立ち尽くしていたオレに、親父が力を振り絞って声をかけてきた。
 思わず駆け寄るとその斬撃が致命傷であることを悟る。
 右肩から腹までの切創が痛々しく見てとれた。


【無理して喋っちゃ・・・】

【ぐぅ・・・聞け! 安綱には、あの、銀嶺を、使え・・・】

【銀嶺、あの刀!?】

【・・・あれは、破邪の・・・ぐぶっ!】

【父さん!!】


 親父が口から血を吹き出し目を閉じた。
 思わず呼吸と鼓動を確認する。
 ・・・気を失っただけだ。まだ。
 
 どうしてか現状を冷静な目で見る自分がいた。
 ソフィアのおかげで知れた最悪の事態ではなかったからか。
 今はオレに嵐張の切っ先が向かっていないからか。
 自分の感情がわからなかった。

 怖さはある。
 逃げて良いのなら逃げ出したい。
 でもそんなことはできない。
 ソフィアが果敢にも戦っている。
 綺麗な金髪を雨に濡らし。
 激しく息を切らせながら、終わりのない牽制を続けている。
 オレや親父に嵐張を近づけないように立ち振舞ながら。

 ――オレが足枷になっている!! 

 何をやっているんだ!
 高天原でずっとオレを支えてくれていた彼女だぞ!
 身分の差もあって、あまりに眩すぎて、気後れしていたオレと。
 優しく微笑みながら友達としていつも一緒にいてくれたソフィア!
 あの高笑いも、武に執着するあまり抜けた一面をみせるところも!
 このままじゃ、ぜんぶ、消えてなくなるんだぞ!

 ――嵐張を御すのはオレだ。

 そうだ。
 魔力が効かないならあの刀を使うしかない。
 あれを扱えるのはオレだけだ!
 拾え、立ち向かえ!
 奪われる前に、自分で、取りに行くんだ!

 オレは駆けた。
 水溜まりに沈んだその刀を手に取った。
 ずしりと手に食い込む。
 全長1メートル近い刀。
 虎徹と比べて倍以上の重さだ。

 まるで安綱と双子のようだった。
 長さ、重さ、そして反り。
 魔力を考えず純粋な物理武器として見るならば・・・互角!
 そう、銀嶺であれば不足はない!
 そうして手に握ったとき、彼女の悲鳴が聞こえた。


「きゃっ!」

「ソフィア!?」


 安綱がソフィアの竜角剣クリスナーガを弾き追い詰めていた。

 雨はもう止んでいた。




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