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第3章 到達! 滴穿の戴天
072
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■■ソフィア=クロフォード ’s View■■
結弦様の試練が始まった。
さくら様とゲストルームで待機する。
先程の竹筒の音がたまに聞こえる。
わたくしたちはただ待つだけ。
・・・あの竹筒のコーンという音。
間が長すぎるわね。
待っているせいか余計に焦ったく感じる。
もう少し間隔を早くすれば・・・そう、ワルツくらいにすると良いわ。
それならこうして焦れることもないのに。
ふたりだけのゲストルームは広く感じる。
わたくしたちは時間も空間も持て余していた。
「・・・ソフィアさん」
「どういたしましたか?」
さくら様が遠慮がちに口を開いた。
「その・・・」
「・・・?」
ふたりで隣合ってザブトンに正座。
足を崩してもっとリラックスしても良いはずなのに互いにそれができないでいた。
憂いに呑まれたもどかしい空気。
「・・・結弦さんが無事に合格すると良いですね」
「・・・ふふ」
「?」
思わず笑みが漏れる。
さくら様はきょとんとした。
ええ、そんな心ここにあらずで口にされていては、ね。
何をそんなに気にしているのかしら。
「さくら様、わたくしに遠慮は無用ですわよ」
彼女は遠慮のしすぎだ。
奥ゆかしさや物腰の柔らかさが魅力の彼女。
それゆえに自己主張を控えることも多い。
日本人の美徳というものらしいけれど、わたくしからしてみれば機会を逸する愚行にも思える。
もっとも、この日本という国だけで見ればその美徳が高いほど高潔とされるという。
「・・・そうですよね。ああ、ソフィアさん。貴女が一緒で良かった」
さくら様がお日様のような笑みを浮かべてわたくしを見つめる。
そしてわたくしの右手を取り、両手で包み込む。
その信頼に満ちた白銀の瞳に捕えられたわたくしの心がどきりとした。
「え、ええ。わたくしも良いと思いましてよ」
そ、そんな急に、どうしたの?
そんな近くから、その瞳で見つめられては・・・。
いけない、昂ぶってしまう。
確かにふたりきり。
滅多にない睦み合いの機会。
あのときからふたりで過ごす時間も増えたから、そろそろ関係を進めても良いかもしれない。
けれど今はゆずる様の試験を待っている最中。
何よりわたくしたちは武様の危機を予見して駆けつけた。
そんな余裕はないと思うのだけれど・・・。
「わ、わたくしは、その、心構えが・・・」
「はい、わかります。信じきれない気持ちなのですよね」
「・・・そ、そんなことは」
さくら様を信用していないわけがない!
ただ今は気持ちがついていかない。
そんなわたくしの葛藤をさくら様は見通しているようで。
「きっと大丈夫です。気持ちは後からついてくるものですから」
ずい、と顔を近づけてさくら様が迫る。
その美しい瞳にわたくしの顔が映っている。
こ、こ、これは・・・!
あの奥ゆかしいさくら様からのお誘い!!
迷いながらも勇気を出してくれているのだわ!!
こんなの応じなければ女が廃るというもの!!
そう、度胸よ! 女は度胸!!
「ああ、さくら様・・・!」
そっと目を閉じる。
流されるままされる側というのも緊張する。
この跳ねるような鼓動が、否応なしに彼女を意識させる。
ああ・・・とうとう――
「――会長の『大地の記憶』を今は信じましょう」
「~~~~~~!? え、ええ、そうよね!」
ちょ・・・おあずけ!?
・・・そ、そうよ。
さくら様が今、そんなことするわけないわ。
わたくしの邪な気持ちを反省・・・。
うう、動揺しすぎましたわ。
きっと伝わっていない・・・はず・・・。
すぐ目の前にあるさくら様のお顔が眩しい・・・。
・・・アレクサンドラ会長の固有能力。
口外しないよう、と釘を刺された未来視の力。
起こるか起こらないかを言うならば、予見された出来事は起こらないほうがよい。
だから嘘であるほうがわたくしたちには嬉しい話だ。
「・・・たとえ嘘だとしても。武様のためであればどこへでも行くわ」
「そうですソフィアさん! 武さんのためです!」
ぎゅっとわたくしの手を包み込むさくら様。
その瞳が強い同意を伝えてくる。
そう、武様のため。
それはわたくしとさくら様が共有する想い。
彼のお傍にいたいというわたくしたちの願い。
「ええ、きっと守ってみせますわ」
わたくしも手を握り返す。
彼女と繋ぎ合う手が、互いの想いを温めているようで。
さくら様とわたくしの信頼の礎はここに確かにあった。
さくら様・・・わたくしは負けませんわよ!
そうしてわたくしが覚悟を新たにしたところだった。
【があああぁぁぁぁぁぁ!!】
叫び声が聞こえた。
さくら様と視線を交わす。
だだだ、という廊下を走る音がしたかと思うと入り口のフスマがばきりと大きな音を立ててわたくしたちの方へ倒れてきた。
「「!!」」
さくら様と同時だった。
その直撃を受ける前に、左右に分かれ横に飛び退き事なきを得る。
いよいよ何かが来た!
想定しないことが起きることはわかっていたから初動は早かった。
「さくら様!」
会長の話ではさくら様に何か起きるのが発端。
であれば、わたくしはその出来事が起こらないよう、さくら様を守るのよ。
そうして予見を外してみせる。
特別高速鉄道での移動中、さくら様とそう約束していたから!
「竜角剣!」
畳に手をついて振り向き様にわたくしの武器を呼び出す。
相手が具現化を使う者でなければ、わたくしの相手ではない。
「・・・嵐張、様?」
目に飛び込んできたのは、結弦様の弟。
先ほどの洋装から替わり道着姿だった。
そして・・・右手には刀!
・・・血が滴っている!
「え、あの刀は、何!?」
黒い魔力を纏っているように見える!?
具現化された武器でも常時その魔力が漏れて色が見えることはない。
少なくとも相当な能力の使い手――SS協定の仲間たちの武器はそうだ。
あの溢れ出る黒い魔力はそれだけ強い力が宿っているということ・・・!?
【――――!!】
嵐張様が何かを叫ぶ。
その視線は反対側へ避けたさくら様へ。
背の低い机を乱暴に蹴飛ばすと彼はその刀を振り上げてさくら様へ迫った。
そうか、嵐張様がさくら様を・・・!
そう気付いたわたくしは彼の刀に向かって突きを入れた。
無力化してしまえばどうとでもなる!
がきぃぃぃん!
「え!?」
緑と黒の火花が散った。
まさか!?
あちらを向いたままの姿勢からわたくしの突きを弾いたの!?
手加減などはしていなかった。
凶器を掲げてさくら様へ襲いかかっているのだから。
一般人相手でも容赦をするつもりはない。
その突きを、わたくし以上の速度で後ろ側に振り抜いて弾いていた。
「くっ!?」
重さが違う!
わたくしの一撃よりも明らかに強く重い。
追撃すればやられる。そう予感して思わずそこで竦んでしまった。
それが更なる不利を生んだ。
さくら様は嵐張様がこのような狼藉を働くと考えていなかったのだわ。
だから強く警戒せず何か日本語で声をかけていた。
ところが嵐張様はその呼びかけに答えることなく、さくら様に接近して鳩尾に一撃を加えた。
「な、何を・・・あうぅ!!」
結弦様よりも体格の良い嵐張様の当て身。
あのさくら様が呆気なく意識を飛ばされていた。
怯んでしまった精神に鞭打つ。
これを止めなければ惨事が起こる!
わたくしが止めるわ!!
「――しっ!!」
魔力を溜める暇はない。
身体だけで可能な最速の一撃、高速突き。
これも容赦せず嵐張様の肩を狙った。
さくら様へ向き合っているその隙を突いて!
ぎいぃぃぃん!
「きゃ!?」
嘘!? ほぼ側面からだったのに、片腕で!?
人間の腕の可動域を超えているわ・・・!?
そう認識したときには、わたくしの手から竜角剣が離れていた。
強烈な一撃だった。
片腕だけで振ったとは思えない速度と重さ。
そして斬り上げたその太刀筋から、返す刀で反動で背を晒したわたくしを斬りつけた。
「あぐうぅぅぅ!!」
背中全体が燃え上がって火傷をしたと錯覚する。
これほどまでとは・・・不覚・・・!!
そのまま弾かれたように身体が吹き飛ばされた。
叩きつけられる前に何とか両手で受け身を取った。
これではこのまま殺られてしまう!!
必死になって顔を上げる。
ばん!
ふたたびフスマを蹴破る音。
え? 誰もいない!?
さくら様の姿が忽然と消えている。
どこへ!?
慌てて視線を横にずらせば、気絶したさくら様を担いだ嵐張様が人とは思えぬ速さで走り去っていくところだった。
うう、しまった!!
ここまで承知していながら許してしまうとは・・・!!
背を燃やす痛みよりも、止められなかった自身へ強い憤りを覚えた。
◇
レオン様に介抱され武様に回復してもらう。
幸いにも深手ではなかったので行動に支障はない。
わたくしはさくら様が攫われてしまったことを皆様に告げた。
ほんとうは武様には告げたくなかった。
武様を巻き込めば予見どおりとなってしまう。
でも彼を除外する選択肢が許される状況ではないわ。
「さくら・・・!!」
武様が強く憤っていた。
拳を強く握り締め必死に怒りを抑えている。
あんな表情を見たことがない。
・・・・・・武様。
結弦様のお父様から事情を聞き事態を把握する。
あの安綱という妖刀・・・尋常ではない。
あれだけの力、人をおかしくしてしまうことにも頷けた。
「身内の恥を忍んでお願いします、どうかさくらさんを助けてください」
「わかった。では俺たちで探しに行くぞ」
そうして3人で探しに行くことになる。
予見のとおりになっていく。
それならばせめて、わたくしの役割を全うするわ。
「2度は遅れを取りませんわ」
強く自身を戒める。
必ず盾になるの、と。
簡単には実現させてなるものか。
◇
結弦様のお屋敷を出て3人で駆ける。
雲行きが怪しいけれどそんなものに構っていられない。
武様はきっとさくら様のところにたどり着くのだろう。
予見が正しいと信じかけている。
だから生命の心配はしていないけれど・・・さくら様にあの視線を向けていた嵐張様だ。
何かしでかしてしまう可能性は大いにある。
女としてそれは許せない。
早く追いつくほうが良い。
「武とソフィアは川の東側を探せ! 俺は西側を探す!」
「承知ですわ! 発見しましたらPEで連絡をしてくださいませ!」
レオン様の指示でふた手にわかれる。
ええ、そのほうが都合が良い。
わたくしとさくら様が事態を把握していたということが露見しにくいから。
武様とふたりで走る。
ああ、こんな事態でなければ嬉しいシチュエーションなのに。
別の緊張感に支配されていてそれどころではない。
武様の脚は速かった。
わたくしも全力に近いというのに速度が落ちない。
それだけ武様は必死なのね。
・・・取り乱さない精神力もほんとうにすごい。
滅んでしまった森のようなビル群を抜け、小高いビルへ登る。
武様が魔力探索で広範囲を探すというからだ。
白魔法の奇抜な能力はとても便利だわ。
魔力の操作や感知に優れる魔法が多い。
魔力と精神は繋がっているので精神に関わる魔法もだ。
その恩恵に預かれるというのは僥倖というもの。
ビルの屋上まで一気に駆け上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・よし、始めるぞ」
さすがに息を切らしていらしている。
でも休もうとはしない。
それだけ彼女への想いが強いということね。
「・・・さくら様・・・」
こんなときなのに複雑な気持ちになってしまう。
さくら様を一刻も早く助け出そうとしているのに。
彼女が心配で仕方がないはずなのに。
わたくしの中に、その意識を向けて欲しいという願望が生まれる。
駄目よ、今は駄目。
今はさくら様を!
わたくしは武様の抱く想いに当てられてしまっていた。
ああ、これほどまでに嫉妬に苛まれるなんて。
懸命に自身の不謹慎な願いを抑え込む。
ふと気付くと武様は凄まじい魔力を集めていた。
普段から薄っすらと身体から立ち上る白い魔力。
それがはっきりと燃えるように揺らめき、ばちばちと音さえ立てている。
「た、武様・・・その魔力は・・・!?」
驚いた、なんてものではないわ。目を疑った。
希少なアーティファクトで限界突破させることはできる。
魔力を一時的に高める魔法があるのも聞いたこともある。
けれども武様はそれらを使わずにあれだけの魔力を集積している。
一体どうやって!?
いえ、それよりもあれほど高めた魔力で魔法を!?
魔力が収縮し円環を成す。
あああ、なんて神々しい!
まるで天使の輪のよう!
「其の奔流の障壁となるを示せ――魔力探索!」
「きゃっ!?」
放たれた魔法の衝撃で尻もちをついてしまう。
ああ、あまりの光景に見惚れすぎ身構えることを忘れてしまいましたわ。
武様・・・どこまでもわたくしの予想を超えてゆかれる方。
「ソフィア、見つけたぞ!」
「どちらですの!?」
「あそこだ、あのビルの最上階だ!」
指差すのは少しだけ外れたところにあるビル。
周りは瓦礫だけで何もなく目立つ。
あそこにさくら様と嵐張様が・・・!
「行くぞ!」
「はい!」
休む間もなく武様は駆け出す。
その後姿を追いながら思う。
ほんとうに・・・頼りになる方!
目指すべき場所を知っていればひたすらに駆け抜ける知恵と勇気を併せ持つ方。
今ならわたくしが最初に惹かれたことが過ちではなかったと確信できる。
学園では主席という立場や奇抜な行動を疎ましく思い陰口を叩く者もいる。
それどころか部活動を定めずふらふらしているだけの変人とレッテルを貼る先輩もいた。
SS協定の6人と比して美醜を語り『モブ』と貶す者もいた。
歓迎会でもレオン様やさくら様が目立ってしまったがゆえに、彼の活躍を知る人は少ない。
そうして彼を妬み、蔑み、敬遠する者たちは彼の断片しか見えていない。
そう、わたくしは知っている。
日々の努力を欠かさないその姿勢。これは結弦様に通ずるものがあるわ。
それに加え、ご自身で何ができるのかと模索を続ける向上心。
夜に人知れず訓練されている姿を見かけたのもいちどだけではない。
普段はわたくしたちSS協定と一歩、距離を置いていらしている。
それなのに身近な誰かに何かが起これば全力で助けてくださる。
歓迎会のときもそう。
凛花先輩を助けるために尽力していらした。
夏休み前のディスティニーランドの事件でもそう。
こそこそとつけ回したわたくしを許したばかりか、同行を許可くださった。
観覧車では勇気を授けてくださり、脱出の手段を見出し。
最後は狙撃から身を挺してまで守ってくださった!
ジャンヌ様から聞いた、シミュレーターでの事故のときもそうだ。
自身の危険性さえ顧みずリアム様を助け出したという。
同じ立場で同じことをしろと言われたとして、果たしてできるだろうか。
生半可な覚悟ではとても踏み出せないことばかり。
しかも助けた相手は1番でもなく共鳴もしていないの。
人の命運を動かすにはそれだけのものが必要なのよ。
きっと武様が目指していらっしゃる何かは、そうしたすべてを凌駕するほどの目標なの。
こんな廃墟の街で尽きるような命運は持ち合わせていない・・・!
そう、わたくしは武様が目指すものを見たくなった。
だからこんな『時の歯車』なんて。
与えられただけのものなんて、使いたくないわ!
自らの手で動かしてみせる。
アレクサンドラ会長の予見したときが迫っている。
こんなものを使わなくてもきっと守る!
わたくしはそのためにお傍にいるの!
いいこと、ソフィア=クロフォード!
武様のお傍を希求するのならば。
貴女も命運を左右する力があることを証明するのよ!
◇
降り始めた雨に打たれながら。
ビルの下に立ち尽くす武様。
先ほどまでの勢いが嘘のように脚が止まっている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らしてビルを見上げたまま。
追いついたわたくしはちらりとそのお顔を覗き込む。
憂うように眉根を寄せた険しい表情。
・・・さくら様を想ってのことなの?
思わず脚が動いた。
わたくしがお傍に!
「武様、参りましょう!」
「・・・ああ!」
今は進むとき。
武様の前に立ち、危険を排除する。
思い悩むのはその後で良いわ。
わたくしは全力で階段を駆け上った。
結弦様の試練が始まった。
さくら様とゲストルームで待機する。
先程の竹筒の音がたまに聞こえる。
わたくしたちはただ待つだけ。
・・・あの竹筒のコーンという音。
間が長すぎるわね。
待っているせいか余計に焦ったく感じる。
もう少し間隔を早くすれば・・・そう、ワルツくらいにすると良いわ。
それならこうして焦れることもないのに。
ふたりだけのゲストルームは広く感じる。
わたくしたちは時間も空間も持て余していた。
「・・・ソフィアさん」
「どういたしましたか?」
さくら様が遠慮がちに口を開いた。
「その・・・」
「・・・?」
ふたりで隣合ってザブトンに正座。
足を崩してもっとリラックスしても良いはずなのに互いにそれができないでいた。
憂いに呑まれたもどかしい空気。
「・・・結弦さんが無事に合格すると良いですね」
「・・・ふふ」
「?」
思わず笑みが漏れる。
さくら様はきょとんとした。
ええ、そんな心ここにあらずで口にされていては、ね。
何をそんなに気にしているのかしら。
「さくら様、わたくしに遠慮は無用ですわよ」
彼女は遠慮のしすぎだ。
奥ゆかしさや物腰の柔らかさが魅力の彼女。
それゆえに自己主張を控えることも多い。
日本人の美徳というものらしいけれど、わたくしからしてみれば機会を逸する愚行にも思える。
もっとも、この日本という国だけで見ればその美徳が高いほど高潔とされるという。
「・・・そうですよね。ああ、ソフィアさん。貴女が一緒で良かった」
さくら様がお日様のような笑みを浮かべてわたくしを見つめる。
そしてわたくしの右手を取り、両手で包み込む。
その信頼に満ちた白銀の瞳に捕えられたわたくしの心がどきりとした。
「え、ええ。わたくしも良いと思いましてよ」
そ、そんな急に、どうしたの?
そんな近くから、その瞳で見つめられては・・・。
いけない、昂ぶってしまう。
確かにふたりきり。
滅多にない睦み合いの機会。
あのときからふたりで過ごす時間も増えたから、そろそろ関係を進めても良いかもしれない。
けれど今はゆずる様の試験を待っている最中。
何よりわたくしたちは武様の危機を予見して駆けつけた。
そんな余裕はないと思うのだけれど・・・。
「わ、わたくしは、その、心構えが・・・」
「はい、わかります。信じきれない気持ちなのですよね」
「・・・そ、そんなことは」
さくら様を信用していないわけがない!
ただ今は気持ちがついていかない。
そんなわたくしの葛藤をさくら様は見通しているようで。
「きっと大丈夫です。気持ちは後からついてくるものですから」
ずい、と顔を近づけてさくら様が迫る。
その美しい瞳にわたくしの顔が映っている。
こ、こ、これは・・・!
あの奥ゆかしいさくら様からのお誘い!!
迷いながらも勇気を出してくれているのだわ!!
こんなの応じなければ女が廃るというもの!!
そう、度胸よ! 女は度胸!!
「ああ、さくら様・・・!」
そっと目を閉じる。
流されるままされる側というのも緊張する。
この跳ねるような鼓動が、否応なしに彼女を意識させる。
ああ・・・とうとう――
「――会長の『大地の記憶』を今は信じましょう」
「~~~~~~!? え、ええ、そうよね!」
ちょ・・・おあずけ!?
・・・そ、そうよ。
さくら様が今、そんなことするわけないわ。
わたくしの邪な気持ちを反省・・・。
うう、動揺しすぎましたわ。
きっと伝わっていない・・・はず・・・。
すぐ目の前にあるさくら様のお顔が眩しい・・・。
・・・アレクサンドラ会長の固有能力。
口外しないよう、と釘を刺された未来視の力。
起こるか起こらないかを言うならば、予見された出来事は起こらないほうがよい。
だから嘘であるほうがわたくしたちには嬉しい話だ。
「・・・たとえ嘘だとしても。武様のためであればどこへでも行くわ」
「そうですソフィアさん! 武さんのためです!」
ぎゅっとわたくしの手を包み込むさくら様。
その瞳が強い同意を伝えてくる。
そう、武様のため。
それはわたくしとさくら様が共有する想い。
彼のお傍にいたいというわたくしたちの願い。
「ええ、きっと守ってみせますわ」
わたくしも手を握り返す。
彼女と繋ぎ合う手が、互いの想いを温めているようで。
さくら様とわたくしの信頼の礎はここに確かにあった。
さくら様・・・わたくしは負けませんわよ!
そうしてわたくしが覚悟を新たにしたところだった。
【があああぁぁぁぁぁぁ!!】
叫び声が聞こえた。
さくら様と視線を交わす。
だだだ、という廊下を走る音がしたかと思うと入り口のフスマがばきりと大きな音を立ててわたくしたちの方へ倒れてきた。
「「!!」」
さくら様と同時だった。
その直撃を受ける前に、左右に分かれ横に飛び退き事なきを得る。
いよいよ何かが来た!
想定しないことが起きることはわかっていたから初動は早かった。
「さくら様!」
会長の話ではさくら様に何か起きるのが発端。
であれば、わたくしはその出来事が起こらないよう、さくら様を守るのよ。
そうして予見を外してみせる。
特別高速鉄道での移動中、さくら様とそう約束していたから!
「竜角剣!」
畳に手をついて振り向き様にわたくしの武器を呼び出す。
相手が具現化を使う者でなければ、わたくしの相手ではない。
「・・・嵐張、様?」
目に飛び込んできたのは、結弦様の弟。
先ほどの洋装から替わり道着姿だった。
そして・・・右手には刀!
・・・血が滴っている!
「え、あの刀は、何!?」
黒い魔力を纏っているように見える!?
具現化された武器でも常時その魔力が漏れて色が見えることはない。
少なくとも相当な能力の使い手――SS協定の仲間たちの武器はそうだ。
あの溢れ出る黒い魔力はそれだけ強い力が宿っているということ・・・!?
【――――!!】
嵐張様が何かを叫ぶ。
その視線は反対側へ避けたさくら様へ。
背の低い机を乱暴に蹴飛ばすと彼はその刀を振り上げてさくら様へ迫った。
そうか、嵐張様がさくら様を・・・!
そう気付いたわたくしは彼の刀に向かって突きを入れた。
無力化してしまえばどうとでもなる!
がきぃぃぃん!
「え!?」
緑と黒の火花が散った。
まさか!?
あちらを向いたままの姿勢からわたくしの突きを弾いたの!?
手加減などはしていなかった。
凶器を掲げてさくら様へ襲いかかっているのだから。
一般人相手でも容赦をするつもりはない。
その突きを、わたくし以上の速度で後ろ側に振り抜いて弾いていた。
「くっ!?」
重さが違う!
わたくしの一撃よりも明らかに強く重い。
追撃すればやられる。そう予感して思わずそこで竦んでしまった。
それが更なる不利を生んだ。
さくら様は嵐張様がこのような狼藉を働くと考えていなかったのだわ。
だから強く警戒せず何か日本語で声をかけていた。
ところが嵐張様はその呼びかけに答えることなく、さくら様に接近して鳩尾に一撃を加えた。
「な、何を・・・あうぅ!!」
結弦様よりも体格の良い嵐張様の当て身。
あのさくら様が呆気なく意識を飛ばされていた。
怯んでしまった精神に鞭打つ。
これを止めなければ惨事が起こる!
わたくしが止めるわ!!
「――しっ!!」
魔力を溜める暇はない。
身体だけで可能な最速の一撃、高速突き。
これも容赦せず嵐張様の肩を狙った。
さくら様へ向き合っているその隙を突いて!
ぎいぃぃぃん!
「きゃ!?」
嘘!? ほぼ側面からだったのに、片腕で!?
人間の腕の可動域を超えているわ・・・!?
そう認識したときには、わたくしの手から竜角剣が離れていた。
強烈な一撃だった。
片腕だけで振ったとは思えない速度と重さ。
そして斬り上げたその太刀筋から、返す刀で反動で背を晒したわたくしを斬りつけた。
「あぐうぅぅぅ!!」
背中全体が燃え上がって火傷をしたと錯覚する。
これほどまでとは・・・不覚・・・!!
そのまま弾かれたように身体が吹き飛ばされた。
叩きつけられる前に何とか両手で受け身を取った。
これではこのまま殺られてしまう!!
必死になって顔を上げる。
ばん!
ふたたびフスマを蹴破る音。
え? 誰もいない!?
さくら様の姿が忽然と消えている。
どこへ!?
慌てて視線を横にずらせば、気絶したさくら様を担いだ嵐張様が人とは思えぬ速さで走り去っていくところだった。
うう、しまった!!
ここまで承知していながら許してしまうとは・・・!!
背を燃やす痛みよりも、止められなかった自身へ強い憤りを覚えた。
◇
レオン様に介抱され武様に回復してもらう。
幸いにも深手ではなかったので行動に支障はない。
わたくしはさくら様が攫われてしまったことを皆様に告げた。
ほんとうは武様には告げたくなかった。
武様を巻き込めば予見どおりとなってしまう。
でも彼を除外する選択肢が許される状況ではないわ。
「さくら・・・!!」
武様が強く憤っていた。
拳を強く握り締め必死に怒りを抑えている。
あんな表情を見たことがない。
・・・・・・武様。
結弦様のお父様から事情を聞き事態を把握する。
あの安綱という妖刀・・・尋常ではない。
あれだけの力、人をおかしくしてしまうことにも頷けた。
「身内の恥を忍んでお願いします、どうかさくらさんを助けてください」
「わかった。では俺たちで探しに行くぞ」
そうして3人で探しに行くことになる。
予見のとおりになっていく。
それならばせめて、わたくしの役割を全うするわ。
「2度は遅れを取りませんわ」
強く自身を戒める。
必ず盾になるの、と。
簡単には実現させてなるものか。
◇
結弦様のお屋敷を出て3人で駆ける。
雲行きが怪しいけれどそんなものに構っていられない。
武様はきっとさくら様のところにたどり着くのだろう。
予見が正しいと信じかけている。
だから生命の心配はしていないけれど・・・さくら様にあの視線を向けていた嵐張様だ。
何かしでかしてしまう可能性は大いにある。
女としてそれは許せない。
早く追いつくほうが良い。
「武とソフィアは川の東側を探せ! 俺は西側を探す!」
「承知ですわ! 発見しましたらPEで連絡をしてくださいませ!」
レオン様の指示でふた手にわかれる。
ええ、そのほうが都合が良い。
わたくしとさくら様が事態を把握していたということが露見しにくいから。
武様とふたりで走る。
ああ、こんな事態でなければ嬉しいシチュエーションなのに。
別の緊張感に支配されていてそれどころではない。
武様の脚は速かった。
わたくしも全力に近いというのに速度が落ちない。
それだけ武様は必死なのね。
・・・取り乱さない精神力もほんとうにすごい。
滅んでしまった森のようなビル群を抜け、小高いビルへ登る。
武様が魔力探索で広範囲を探すというからだ。
白魔法の奇抜な能力はとても便利だわ。
魔力の操作や感知に優れる魔法が多い。
魔力と精神は繋がっているので精神に関わる魔法もだ。
その恩恵に預かれるというのは僥倖というもの。
ビルの屋上まで一気に駆け上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・よし、始めるぞ」
さすがに息を切らしていらしている。
でも休もうとはしない。
それだけ彼女への想いが強いということね。
「・・・さくら様・・・」
こんなときなのに複雑な気持ちになってしまう。
さくら様を一刻も早く助け出そうとしているのに。
彼女が心配で仕方がないはずなのに。
わたくしの中に、その意識を向けて欲しいという願望が生まれる。
駄目よ、今は駄目。
今はさくら様を!
わたくしは武様の抱く想いに当てられてしまっていた。
ああ、これほどまでに嫉妬に苛まれるなんて。
懸命に自身の不謹慎な願いを抑え込む。
ふと気付くと武様は凄まじい魔力を集めていた。
普段から薄っすらと身体から立ち上る白い魔力。
それがはっきりと燃えるように揺らめき、ばちばちと音さえ立てている。
「た、武様・・・その魔力は・・・!?」
驚いた、なんてものではないわ。目を疑った。
希少なアーティファクトで限界突破させることはできる。
魔力を一時的に高める魔法があるのも聞いたこともある。
けれども武様はそれらを使わずにあれだけの魔力を集積している。
一体どうやって!?
いえ、それよりもあれほど高めた魔力で魔法を!?
魔力が収縮し円環を成す。
あああ、なんて神々しい!
まるで天使の輪のよう!
「其の奔流の障壁となるを示せ――魔力探索!」
「きゃっ!?」
放たれた魔法の衝撃で尻もちをついてしまう。
ああ、あまりの光景に見惚れすぎ身構えることを忘れてしまいましたわ。
武様・・・どこまでもわたくしの予想を超えてゆかれる方。
「ソフィア、見つけたぞ!」
「どちらですの!?」
「あそこだ、あのビルの最上階だ!」
指差すのは少しだけ外れたところにあるビル。
周りは瓦礫だけで何もなく目立つ。
あそこにさくら様と嵐張様が・・・!
「行くぞ!」
「はい!」
休む間もなく武様は駆け出す。
その後姿を追いながら思う。
ほんとうに・・・頼りになる方!
目指すべき場所を知っていればひたすらに駆け抜ける知恵と勇気を併せ持つ方。
今ならわたくしが最初に惹かれたことが過ちではなかったと確信できる。
学園では主席という立場や奇抜な行動を疎ましく思い陰口を叩く者もいる。
それどころか部活動を定めずふらふらしているだけの変人とレッテルを貼る先輩もいた。
SS協定の6人と比して美醜を語り『モブ』と貶す者もいた。
歓迎会でもレオン様やさくら様が目立ってしまったがゆえに、彼の活躍を知る人は少ない。
そうして彼を妬み、蔑み、敬遠する者たちは彼の断片しか見えていない。
そう、わたくしは知っている。
日々の努力を欠かさないその姿勢。これは結弦様に通ずるものがあるわ。
それに加え、ご自身で何ができるのかと模索を続ける向上心。
夜に人知れず訓練されている姿を見かけたのもいちどだけではない。
普段はわたくしたちSS協定と一歩、距離を置いていらしている。
それなのに身近な誰かに何かが起これば全力で助けてくださる。
歓迎会のときもそう。
凛花先輩を助けるために尽力していらした。
夏休み前のディスティニーランドの事件でもそう。
こそこそとつけ回したわたくしを許したばかりか、同行を許可くださった。
観覧車では勇気を授けてくださり、脱出の手段を見出し。
最後は狙撃から身を挺してまで守ってくださった!
ジャンヌ様から聞いた、シミュレーターでの事故のときもそうだ。
自身の危険性さえ顧みずリアム様を助け出したという。
同じ立場で同じことをしろと言われたとして、果たしてできるだろうか。
生半可な覚悟ではとても踏み出せないことばかり。
しかも助けた相手は1番でもなく共鳴もしていないの。
人の命運を動かすにはそれだけのものが必要なのよ。
きっと武様が目指していらっしゃる何かは、そうしたすべてを凌駕するほどの目標なの。
こんな廃墟の街で尽きるような命運は持ち合わせていない・・・!
そう、わたくしは武様が目指すものを見たくなった。
だからこんな『時の歯車』なんて。
与えられただけのものなんて、使いたくないわ!
自らの手で動かしてみせる。
アレクサンドラ会長の予見したときが迫っている。
こんなものを使わなくてもきっと守る!
わたくしはそのためにお傍にいるの!
いいこと、ソフィア=クロフォード!
武様のお傍を希求するのならば。
貴女も命運を左右する力があることを証明するのよ!
◇
降り始めた雨に打たれながら。
ビルの下に立ち尽くす武様。
先ほどまでの勢いが嘘のように脚が止まっている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らしてビルを見上げたまま。
追いついたわたくしはちらりとそのお顔を覗き込む。
憂うように眉根を寄せた険しい表情。
・・・さくら様を想ってのことなの?
思わず脚が動いた。
わたくしがお傍に!
「武様、参りましょう!」
「・・・ああ!」
今は進むとき。
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わたくしは全力で階段を駆け上った。
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