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第1章 歓迎! 戦慄の高天原
035
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「彼女は我らが生徒会長のお墨付きだよ! 覚悟したまえ!」
俺たちの前に出てきた人。
ぼさぼさの黒髪に眠そうな目つき。着崩した制服に気怠そうな態度。
俺とそう体躯も変わらないというのに異様な威圧感。
「凛花先輩・・・」
「よう落第生。補習の時間だな」
「やはり・・・そうなりますのね」
あの無機質な表情。
こうなることを彼女は知っていた。
だけれども凛花先輩は可能性として、俺が彼女を上回ることを夢見た。
だから俺を鍛えた。
そういうことだろう。
「これまで何度かやったら合格できただろ。今回もこれで合格すんぜ」
「あ~、期待してるよ」
いつものやる気のない返事。
それだけ言うと凛花先輩が構えた。
昨日の最後を思い出す。
彼女の全力は、皆には止められない。
対抗できるのは俺しかいないのだ。
自然と俺は凛花先輩の前に出た。
皆を守るにはこの位置しか選択肢がない。
昨日の結果がそう教えてくれているから。
だけれども1対1で勝てるビジョンが浮かばない。
鬼ごっこは何とか触れただけ。
丹撃のぶつけ合いだって、ようやく互角になったところだ。
凛花先輩には岩を砕く技、それこそ普通の格闘技など、幾らでも攻撃手段があるはずだ。
丹撃のみ、直進のみの俺とは雲泥の差だ。
それでも。
俺はそれでも彼女を誓約から解放すると決心したんだ。
ほら、ラリクエって高難度じゃないか。
勝てなさそうな相手でも勝つ方法がある。
それを探すのが楽しいゲームなんじゃないか。
そう、セーブ無しで、生身の身体で挑んでいるとしても!
「ははは! 数年にいちどの飛び抜けた能力を持つ3年の主席、楊 凛花だ。君たちごときが束になっても敵うまい」
「知らぬはお前の方だ。武と凛花の最終課題を邪魔するわけにはいかない。俺はお前を御すとしよう」
「ほー! 僕を相手にすると? はははははは!!」
レオンが言い返すと、アルバート先輩はまた小馬鹿にするように高笑いをした。
「新入生の君たちが知らぬのも無理はない。僕は3年生の次席だ! 先の2年生どもとはレベルが違うのだよ! 見たまえ!」
そう彼が叫ぶと、唐突に水が押し寄せた。
そう、水だ。
鉄砲水のようにアルバート先輩の前から、レオンたちだけに向かって流れてきたのだ。
「ぐっ!?」
「なんですの!?」
レオンとソフィア嬢、さくらは舞台の端まで押し流された。
あいつ・・・もしかして水の魔法が固有能力なのか!?
「レオン=アインホルン! お望み通り僕が相手をしよう! 次席同士、仲良くしようじゃないか!」
中央に取り残されたのは凛花先輩と俺。
・・・混戦にならねぇだけマシか。
これで凛花先輩だけ考えれば済む状況になったのだから。
「なぁ凛花先輩。手加減は無しなんだよな」
「当たり前だ。アタイは手加減なんかできない」
彼女は変わらぬ無機質な表情で。
そこになぜか聖女様を連想してしまった。
少しだけ可笑しくなってしまった俺は先輩に微笑みかけた。
「先輩。もう昼寝の時間は終わりにしようぜ」
◇
緊迫した壇上の俺たち。互いに動けずにいた。
そんなしんとした体育館の一角がにわかにざわめいた。
何処にいたのか生徒会長が姿を現したからだ。
アレクサンドラ=メルクーリ。
長いストレートの金髪に白い肌。
鋭い碧眼が放つ眼光が只者ではないと示している。
ほっそりとした、完成された美しい雰囲気はギリシャ神話の女神のようだ。
その生徒会長がお供を伴って舞台の脇に陣取った。
「アルバート副会長、高天原生徒会是訓、第3条を覚えているか」
硝子細工のような透明ながらも美しい声だった。
「アレクサンドラ会長! 『強きを以て序を列を示す』であります!」
アルバート先輩が答える。
なんとも高天原らしい是訓だぜ。
・・・俺はあいつの僕に成り下がるんだな。
目の前の凛花先輩は例の無機質な表情だ。
元凶はこいつらなんだ、そりゃそんな顔になる。
せめてその顔をしなくて良いようにしてやるぜ。
「さあ、聞いてのとおりだ。壇上の者たちよ、今こそ示すがいい」
それが合図だった。
俺は全力で地を蹴った。
凛花先輩とやり合うには足りないものばかりだ。
見込みがあるのは正面から丹撃でぶつかり合うくらいだろう。
だったらその状況まで持ち込むまで!
「いくぞ先輩!」
小細工なし!
正面から俺は突っ込んだ。
丹撃合戦に持ち込むなら翻弄される前しかない。
先輩が乗ってくることに賭けたのだ。
だが先輩は横に飛んで避けた。
くそっ!? 左か!?
目で追ったところで先輩の蹴りが迫っていた。
「は!?」
早すぎぃ!!
横に避けて切り返すのがどうして1秒なの!!
避けられないと悟った俺は防御姿勢のために胴に魔力を流す。
くそ、受けに回ると効率悪いんだよ!
ばちいいぃぃぃん!!
「がっ!?」
白と緑の花火が煌めく。
かなり衝撃を受けたが何とかダメージは抑えた。
だけど身体で受けた俺は舞台の端まで吹き飛ばされた。
吹き飛びながらも力を入れて姿勢を保つ。
何とか体勢を整えて先輩の位置を確認する。
今度は・・・飛んだ!?
上から俺に目がけて向かって来ていた。
・・・空中なら避けられない。
あれなら狙えるか?
俺は丹撃のための魔力を集めた。
今度こそ正面から・・・。
と思っていたら先輩は脚に魔力を集めて・・・!?
「龍雷!!」
空を斬る閃光蹴り!?
脚から放たれた緑色の稲妻が俺に迫る。
ぎゃあぁぁ!?
咄嗟に溜めてあった魔力で全身防御!!
バリバリバリバリ!! どおん!!
うおおおぉぉぉぉ!!
雷、雷だよ!! 魔法!?
凛花先輩、格闘技専門じゃねぇのかよ!?
雷は何とか防いだけれど、反射的に両腕で頭を庇ってしまったせいで視界が塞がった。
不味いと思って腕をどけたところで目の前に凛花先輩の拳が迫っていた。
例の無機質な表情と目が合った。
「ぐぅぅぅぅ!!」
もう一度防御を、と考えたところで間に合わない。
中途半端な魔力を込めた左腕で拳を受けたけれど、案の定、全身に衝撃が走った。
くそ、丹撃だよ!
また俺は数メートル吹き飛ばされ、今度は地面に片膝をついてしまった。
◇
■■レオン=アインホルン ’s View■■
相手は3年生の次席。
恐らくは凛花を除き、この場でもっとも実力のある敵対者だ。
あれだけ尊大な態度をとれるのだ、心して臨む。
「さて、こちらも始めるとしようか」
アルバートは懐からステッキを取り出した。
魔法の指向性を補助する道具か。もしかしたらアーティファクトかもしれない。
時間を与えるだけ不利、か。
こちらの戦力はさくらの強弓とソフィアの刺突剣。
どちらも奴の魔法の前にかき消される。直接に胴へ打ち込む他ない。
とすれば俺が陽動を担うのが正攻法か。
「さくら、ソフィア。俺が引き付ける。隙をついてやれ」
「承知ですわ」
「はい」
小声で動きを伝える。
何度かやつに見せてきた行動だ、恐らくは読まれるだろう。
だが1対1でないなら隙も生まれるというものだ。
「選択肢など無いと思うがね」
奴の言葉と同時にステッキから直線状に水が放たれた。
「きゃっ!?」
「ソフィア!」
レーザー光線のように伸びたそれは、ソフィアの左腕を撃ち抜いていた。
・・・やはり時間を与えると不利だ!
奴の言うとおり選択肢はない!
「カリバーン! おおおおおぉぉぉぉ!!」
俺はカリバーンを生み出すと突進した。
ソフィアの傷も気になるが、この行動のほうがより安全を確保できる。
また水鉄砲か? 洪水か?
俺は奴の動きを観察する。
だがアルバートはにやついたまま、ステッキを両手に持ち俺を待ち構えていた。
俺の斬撃は止められないぞ!
このまま一撃を入れてやる!
手前まで走ったところで剣を横薙ぎに払う。
この位置なら上に飛ぶか下にひれ伏すしか選択肢がない!
さぁどうする!!
「水城壁」
その言葉と同時に水壁が奴の前に現れた。
透明な壁というのにカリバーンを受け止める!
「なに!?」
遠慮などしていない。
武と打ち合った時のように全力で振り抜いたのだ。
対立属性とはいえそれを受け止めただと!?
「猪は山に帰るといい」
奴が振りかぶったステッキは・・・水の剣!?
あの剣は壁を突き抜けるのか!?
まずい!
「ぐうぅぅぅ!!」
反射的に身体を引いたが間に合わず、脇腹のあたりまで鈍い痛みが走った。
その剣撃を左肩から受けた。
「さぁ、君の出番は終わり・・・!?」
「させませんわよ!」
連撃を受けそうになったところに、側面からソフィアの突きが入る。
奴は咄嗟に身を引きその一撃を躱す。
そこに追撃で矢が迫った。
「くっ!? 水盾!」
奴は俺たちの正面から少し離れ、連携を避けるべく壁の影に隠れた。
良い連携だ、さすがさくらとソフィアだ。
「レオン様! まだ戦えますの!?」
「助かった。時間制限はあるがな」
自分の状態を確認する。
左肩から脇腹まで大きく斬られ出血している。
結弦と同じような状況だ。
だがここで引くわけにはいかない。奴を引き付ける役は俺の仕事だ。
「畳み掛ける。続け!」
「承知!」
傷を受けたこの身体。
昨日の武はきっと似たような状態だったのだろう。
だがヤツは立ち上がり戦い続けた。
ヤツにできて俺にできない道理はない!
不思議と高揚感の方が強かった。
同じ立ち位置に少しでも近付いたと思えたからだろう。
限られた手数や条件を頭で展開する。
どうすれば奴に届くのか。
俺の答えは、友の見せてくれた動きにあった。
俺たちの動きに合わせ、後ろからさくらの矢が奴を狙う。
奴は水で盾を作り出し弾いていた。
「鬱陶しい! 大人しくしていろ!」
突進を始めた俺たちの脇を狙って奴が放った水鉄砲。
わざと外した・・・いや、後ろ!?
「ああっ!?」
狙いはさくらか!
その悲鳴じみた声からきっとどこかに当たってしまったのだろう。
だが振り返る暇はない。
俺は構わず地を蹴る!
「ソフィア!」
「左ですわ!」
俺は右に飛び、奴をソフィアと挟み込むように左右から迫った。
さぁどちらに壁を作る!?
「水城壁」
奴は俺の目の前に壁を張った。
ソフィアには水の剣で対抗するつもりか。具現化相手ではソフィアが不利だ。
だがそれはこちらから意識を離すということでもある!
この壁、打ち砕いてくれる!!
「ぐおおおぉぉぉぉぉ!!」
渾身の力を込めて俺は壁にカリバーンを突き立てた。
大量の赤と青の花火が視界を染める。
バリバリバリバリ!!!
魔力同士の衝突。
魔力の強いほうが勝つ!
貴様はその水の剣にも魔力を使っている。
ならばこの壁を俺が破れぬわけがない。
貴様の魔力は武よりも少ないのだから!!
「穿け!!」
薄透明な壁の向こう側で、ソフィアがエストックを水の剣に弾かれ一撃を喰らっている!
気付けば俺の身体から随分と血が流れ出ていた。
だが! まだ俺は進める!!
「うおおおぉぉぉぉ!!」
ばちぃぃぃん!!
魔力同士が相殺して弾ける音。
そう、武と相殺したあの最後の一撃で聞いた音だ。
俺の剣と奴の壁が相殺した!
「なに!?」
壁に絶対の信頼を置いていたのか。
俺が壁を打ち消したとき、奴は俺に背を向けていた。
無手にはなってしまった生身の人間同士だ!
壁とカリバーンの魔力の残滓が視界を染め輝く霧となる。
その霧を突き抜け、無防備な背中を目がけて渾身の蹴りを見舞う。
「くらえ!!」
「がはあぁぁぁぁぁ!?」
奴の身体が背中からくの字に曲がり吹き飛んだ。
入った! そう確信した瞬間。
吹き飛ぶ奴の、不敵な笑みを浮かべた面が見えた。
それと同時に奴の背を蹴り抜いた俺の右足に、突き立てられた水の剣が刺さっていた。
「ぬぐぅ!!」
奴の手を離れた水の剣はすぐに水色の残滓となった。
だが俺の右足に空いた穴は、さらなる出血を俺に強要していた。
まだだ、まだ奴は立ち上がる。
あと少しなんだ。
奴に止めを!
飛んでいった奴を追いかけようとしたところでふらついた。
痛い。意識も少し危うい。血の出しすぎか?
このまま場外に出れば治療を受けられる。
そうしてしまいたい衝動に駆られる。
俺にできることは十分にやった。
・・・だがそうするわけにはいかない。
俺に果たすべき役割はまだ終わってなどいない!
見ればソフィアが倒れていた。
不利を承知で全力でひきつけてくれていたのだ。
横を見ればさくらも蹲っている。
きっとあの一撃を喰らってしまったからだ。
くそ、動けるのは俺だけだ、早く前へ・・・!!
◇
■■京極 武 ’s View■■
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「・・・」
何度目か。
俺は苦し紛れの防御をして何とか姿勢を起こした。
凛花先輩は正面から打ち合ってくれず、龍雷を交えて俺を翻弄した。
都度、魔力を無駄に消費して防御をする。
やってもやっても先が見えない。
時間ばかりが過ぎていく。
徐々に削られていっているのは考えずとも理解できた。
目の前に立ち尽くす無表情な先輩の顔に、少しだけ笑みが浮かんだ。
それは寂しげで、色々なものを諦めるときのような表情だ。
なんだよそれ・・・その笑み。失笑か?
俺に・・・失望してんのかよ!?
「諦めてんじゃねぇよ、先輩」
「・・・」
「期待してるって言ったじゃねぇかよ!」
「・・・」
先輩は俺の声には反応しない。
ただ、俺のその言葉を聞いたからか、笑みは消えまた無機質な表情に戻った。
あれだけ一緒に訓練をしたんだ。
俺の弱点はもとより、俺ができることだってぜんぶ把握してる。
だからどうすれば負けるかもよく知っているわけだ。
俺が正面から打ち合うしかないことも知っているのだから!
・・・だったら。
先輩が想定しねぇ方法でやるしかねぇよ。
彼我の差は正攻法で埋まるもんじゃねぇ。
考えろ俺。
彼女に見放される前に示すんだ!
「まだやるぜ、先輩!」
俺は再度突進した。
先輩は俺を引きつけると左に避けた。
左からは・・・蹴り!!
「そこだ!」
俺は完全に勘で右腕を振り向き様に振り抜いた。
いちばん最初の攻防の焼き直し。
そうなると直感したからだ。
防御無視の強撃!
安全な策が届かないなら一番危険な策だ!!
空を切るかと思った右腕は奇跡的に先輩の脚を捉えた!
ばしぃぃぃん!
入った!!
ダメージを与えたことに一縷の希望を得た俺。
だが勢いを落とさず迫る蹴り。これも想定内!
俺はその蹴りを甘んじて受け入れた。
「がひ!!」
「ぐっ!」
我ながらなんて悲鳴!!
顔をやられたらこんな音が出んのかよ!?
俺はその蹴りをもろに顔面に食らった。
頬から額に向けて踵が刺さり顔から吹き飛ぶ。
ぐおおお!!
意識保てよ!! 俺!!!
何とか倒れず踏み止まる。
先輩も俺の一撃で飛んでいったがこちらはかなり酷い。
くそ、額が割れたか!? 痛ぇ!
血が出てんな、視界が赤いぞ。
額を腕で拭うと目の前に凛花先輩が戻って来た。
「ようやくか」
ひとこと。
先輩のそのセリフから、一撃が待ち望んでいたものであることを俺は悟った。
見れば俺にやられた左脚が折れたのか、ぶらぶらさせていた。
これで高速移動できねぇだろ。
ここで一気に畳み掛ける!
疲労や痛みが限界に来る前に俺は地を蹴った。
が、次の瞬間、俺の脚がもつれて転倒した。
「うお!?」
一気に身体から力が抜ける。
どうしたんだ、俺!?
慌てて立ち上がるが思うように力が入らなかった。
「あれ!? は・・・?」
「時間切れだな」
「えっ!?」
時間切れ。
時間って・・・疑似化の2時間!?
このタイミングで!?
身体に通していた魔力の出口が無くなり、行き場を失った魔力が巡る。
少し目眩がした。ああ、軽い魔力酔いだ。
バランスを崩さないよう意識を保つ。
何とか持ち直した。
が・・・ここからどうするのか。
俺は少ない選択肢を頭の中で探ることとなった。
俺たちの前に出てきた人。
ぼさぼさの黒髪に眠そうな目つき。着崩した制服に気怠そうな態度。
俺とそう体躯も変わらないというのに異様な威圧感。
「凛花先輩・・・」
「よう落第生。補習の時間だな」
「やはり・・・そうなりますのね」
あの無機質な表情。
こうなることを彼女は知っていた。
だけれども凛花先輩は可能性として、俺が彼女を上回ることを夢見た。
だから俺を鍛えた。
そういうことだろう。
「これまで何度かやったら合格できただろ。今回もこれで合格すんぜ」
「あ~、期待してるよ」
いつものやる気のない返事。
それだけ言うと凛花先輩が構えた。
昨日の最後を思い出す。
彼女の全力は、皆には止められない。
対抗できるのは俺しかいないのだ。
自然と俺は凛花先輩の前に出た。
皆を守るにはこの位置しか選択肢がない。
昨日の結果がそう教えてくれているから。
だけれども1対1で勝てるビジョンが浮かばない。
鬼ごっこは何とか触れただけ。
丹撃のぶつけ合いだって、ようやく互角になったところだ。
凛花先輩には岩を砕く技、それこそ普通の格闘技など、幾らでも攻撃手段があるはずだ。
丹撃のみ、直進のみの俺とは雲泥の差だ。
それでも。
俺はそれでも彼女を誓約から解放すると決心したんだ。
ほら、ラリクエって高難度じゃないか。
勝てなさそうな相手でも勝つ方法がある。
それを探すのが楽しいゲームなんじゃないか。
そう、セーブ無しで、生身の身体で挑んでいるとしても!
「ははは! 数年にいちどの飛び抜けた能力を持つ3年の主席、楊 凛花だ。君たちごときが束になっても敵うまい」
「知らぬはお前の方だ。武と凛花の最終課題を邪魔するわけにはいかない。俺はお前を御すとしよう」
「ほー! 僕を相手にすると? はははははは!!」
レオンが言い返すと、アルバート先輩はまた小馬鹿にするように高笑いをした。
「新入生の君たちが知らぬのも無理はない。僕は3年生の次席だ! 先の2年生どもとはレベルが違うのだよ! 見たまえ!」
そう彼が叫ぶと、唐突に水が押し寄せた。
そう、水だ。
鉄砲水のようにアルバート先輩の前から、レオンたちだけに向かって流れてきたのだ。
「ぐっ!?」
「なんですの!?」
レオンとソフィア嬢、さくらは舞台の端まで押し流された。
あいつ・・・もしかして水の魔法が固有能力なのか!?
「レオン=アインホルン! お望み通り僕が相手をしよう! 次席同士、仲良くしようじゃないか!」
中央に取り残されたのは凛花先輩と俺。
・・・混戦にならねぇだけマシか。
これで凛花先輩だけ考えれば済む状況になったのだから。
「なぁ凛花先輩。手加減は無しなんだよな」
「当たり前だ。アタイは手加減なんかできない」
彼女は変わらぬ無機質な表情で。
そこになぜか聖女様を連想してしまった。
少しだけ可笑しくなってしまった俺は先輩に微笑みかけた。
「先輩。もう昼寝の時間は終わりにしようぜ」
◇
緊迫した壇上の俺たち。互いに動けずにいた。
そんなしんとした体育館の一角がにわかにざわめいた。
何処にいたのか生徒会長が姿を現したからだ。
アレクサンドラ=メルクーリ。
長いストレートの金髪に白い肌。
鋭い碧眼が放つ眼光が只者ではないと示している。
ほっそりとした、完成された美しい雰囲気はギリシャ神話の女神のようだ。
その生徒会長がお供を伴って舞台の脇に陣取った。
「アルバート副会長、高天原生徒会是訓、第3条を覚えているか」
硝子細工のような透明ながらも美しい声だった。
「アレクサンドラ会長! 『強きを以て序を列を示す』であります!」
アルバート先輩が答える。
なんとも高天原らしい是訓だぜ。
・・・俺はあいつの僕に成り下がるんだな。
目の前の凛花先輩は例の無機質な表情だ。
元凶はこいつらなんだ、そりゃそんな顔になる。
せめてその顔をしなくて良いようにしてやるぜ。
「さあ、聞いてのとおりだ。壇上の者たちよ、今こそ示すがいい」
それが合図だった。
俺は全力で地を蹴った。
凛花先輩とやり合うには足りないものばかりだ。
見込みがあるのは正面から丹撃でぶつかり合うくらいだろう。
だったらその状況まで持ち込むまで!
「いくぞ先輩!」
小細工なし!
正面から俺は突っ込んだ。
丹撃合戦に持ち込むなら翻弄される前しかない。
先輩が乗ってくることに賭けたのだ。
だが先輩は横に飛んで避けた。
くそっ!? 左か!?
目で追ったところで先輩の蹴りが迫っていた。
「は!?」
早すぎぃ!!
横に避けて切り返すのがどうして1秒なの!!
避けられないと悟った俺は防御姿勢のために胴に魔力を流す。
くそ、受けに回ると効率悪いんだよ!
ばちいいぃぃぃん!!
「がっ!?」
白と緑の花火が煌めく。
かなり衝撃を受けたが何とかダメージは抑えた。
だけど身体で受けた俺は舞台の端まで吹き飛ばされた。
吹き飛びながらも力を入れて姿勢を保つ。
何とか体勢を整えて先輩の位置を確認する。
今度は・・・飛んだ!?
上から俺に目がけて向かって来ていた。
・・・空中なら避けられない。
あれなら狙えるか?
俺は丹撃のための魔力を集めた。
今度こそ正面から・・・。
と思っていたら先輩は脚に魔力を集めて・・・!?
「龍雷!!」
空を斬る閃光蹴り!?
脚から放たれた緑色の稲妻が俺に迫る。
ぎゃあぁぁ!?
咄嗟に溜めてあった魔力で全身防御!!
バリバリバリバリ!! どおん!!
うおおおぉぉぉぉ!!
雷、雷だよ!! 魔法!?
凛花先輩、格闘技専門じゃねぇのかよ!?
雷は何とか防いだけれど、反射的に両腕で頭を庇ってしまったせいで視界が塞がった。
不味いと思って腕をどけたところで目の前に凛花先輩の拳が迫っていた。
例の無機質な表情と目が合った。
「ぐぅぅぅぅ!!」
もう一度防御を、と考えたところで間に合わない。
中途半端な魔力を込めた左腕で拳を受けたけれど、案の定、全身に衝撃が走った。
くそ、丹撃だよ!
また俺は数メートル吹き飛ばされ、今度は地面に片膝をついてしまった。
◇
■■レオン=アインホルン ’s View■■
相手は3年生の次席。
恐らくは凛花を除き、この場でもっとも実力のある敵対者だ。
あれだけ尊大な態度をとれるのだ、心して臨む。
「さて、こちらも始めるとしようか」
アルバートは懐からステッキを取り出した。
魔法の指向性を補助する道具か。もしかしたらアーティファクトかもしれない。
時間を与えるだけ不利、か。
こちらの戦力はさくらの強弓とソフィアの刺突剣。
どちらも奴の魔法の前にかき消される。直接に胴へ打ち込む他ない。
とすれば俺が陽動を担うのが正攻法か。
「さくら、ソフィア。俺が引き付ける。隙をついてやれ」
「承知ですわ」
「はい」
小声で動きを伝える。
何度かやつに見せてきた行動だ、恐らくは読まれるだろう。
だが1対1でないなら隙も生まれるというものだ。
「選択肢など無いと思うがね」
奴の言葉と同時にステッキから直線状に水が放たれた。
「きゃっ!?」
「ソフィア!」
レーザー光線のように伸びたそれは、ソフィアの左腕を撃ち抜いていた。
・・・やはり時間を与えると不利だ!
奴の言うとおり選択肢はない!
「カリバーン! おおおおおぉぉぉぉ!!」
俺はカリバーンを生み出すと突進した。
ソフィアの傷も気になるが、この行動のほうがより安全を確保できる。
また水鉄砲か? 洪水か?
俺は奴の動きを観察する。
だがアルバートはにやついたまま、ステッキを両手に持ち俺を待ち構えていた。
俺の斬撃は止められないぞ!
このまま一撃を入れてやる!
手前まで走ったところで剣を横薙ぎに払う。
この位置なら上に飛ぶか下にひれ伏すしか選択肢がない!
さぁどうする!!
「水城壁」
その言葉と同時に水壁が奴の前に現れた。
透明な壁というのにカリバーンを受け止める!
「なに!?」
遠慮などしていない。
武と打ち合った時のように全力で振り抜いたのだ。
対立属性とはいえそれを受け止めただと!?
「猪は山に帰るといい」
奴が振りかぶったステッキは・・・水の剣!?
あの剣は壁を突き抜けるのか!?
まずい!
「ぐうぅぅぅ!!」
反射的に身体を引いたが間に合わず、脇腹のあたりまで鈍い痛みが走った。
その剣撃を左肩から受けた。
「さぁ、君の出番は終わり・・・!?」
「させませんわよ!」
連撃を受けそうになったところに、側面からソフィアの突きが入る。
奴は咄嗟に身を引きその一撃を躱す。
そこに追撃で矢が迫った。
「くっ!? 水盾!」
奴は俺たちの正面から少し離れ、連携を避けるべく壁の影に隠れた。
良い連携だ、さすがさくらとソフィアだ。
「レオン様! まだ戦えますの!?」
「助かった。時間制限はあるがな」
自分の状態を確認する。
左肩から脇腹まで大きく斬られ出血している。
結弦と同じような状況だ。
だがここで引くわけにはいかない。奴を引き付ける役は俺の仕事だ。
「畳み掛ける。続け!」
「承知!」
傷を受けたこの身体。
昨日の武はきっと似たような状態だったのだろう。
だがヤツは立ち上がり戦い続けた。
ヤツにできて俺にできない道理はない!
不思議と高揚感の方が強かった。
同じ立ち位置に少しでも近付いたと思えたからだろう。
限られた手数や条件を頭で展開する。
どうすれば奴に届くのか。
俺の答えは、友の見せてくれた動きにあった。
俺たちの動きに合わせ、後ろからさくらの矢が奴を狙う。
奴は水で盾を作り出し弾いていた。
「鬱陶しい! 大人しくしていろ!」
突進を始めた俺たちの脇を狙って奴が放った水鉄砲。
わざと外した・・・いや、後ろ!?
「ああっ!?」
狙いはさくらか!
その悲鳴じみた声からきっとどこかに当たってしまったのだろう。
だが振り返る暇はない。
俺は構わず地を蹴る!
「ソフィア!」
「左ですわ!」
俺は右に飛び、奴をソフィアと挟み込むように左右から迫った。
さぁどちらに壁を作る!?
「水城壁」
奴は俺の目の前に壁を張った。
ソフィアには水の剣で対抗するつもりか。具現化相手ではソフィアが不利だ。
だがそれはこちらから意識を離すということでもある!
この壁、打ち砕いてくれる!!
「ぐおおおぉぉぉぉぉ!!」
渾身の力を込めて俺は壁にカリバーンを突き立てた。
大量の赤と青の花火が視界を染める。
バリバリバリバリ!!!
魔力同士の衝突。
魔力の強いほうが勝つ!
貴様はその水の剣にも魔力を使っている。
ならばこの壁を俺が破れぬわけがない。
貴様の魔力は武よりも少ないのだから!!
「穿け!!」
薄透明な壁の向こう側で、ソフィアがエストックを水の剣に弾かれ一撃を喰らっている!
気付けば俺の身体から随分と血が流れ出ていた。
だが! まだ俺は進める!!
「うおおおぉぉぉぉ!!」
ばちぃぃぃん!!
魔力同士が相殺して弾ける音。
そう、武と相殺したあの最後の一撃で聞いた音だ。
俺の剣と奴の壁が相殺した!
「なに!?」
壁に絶対の信頼を置いていたのか。
俺が壁を打ち消したとき、奴は俺に背を向けていた。
無手にはなってしまった生身の人間同士だ!
壁とカリバーンの魔力の残滓が視界を染め輝く霧となる。
その霧を突き抜け、無防備な背中を目がけて渾身の蹴りを見舞う。
「くらえ!!」
「がはあぁぁぁぁぁ!?」
奴の身体が背中からくの字に曲がり吹き飛んだ。
入った! そう確信した瞬間。
吹き飛ぶ奴の、不敵な笑みを浮かべた面が見えた。
それと同時に奴の背を蹴り抜いた俺の右足に、突き立てられた水の剣が刺さっていた。
「ぬぐぅ!!」
奴の手を離れた水の剣はすぐに水色の残滓となった。
だが俺の右足に空いた穴は、さらなる出血を俺に強要していた。
まだだ、まだ奴は立ち上がる。
あと少しなんだ。
奴に止めを!
飛んでいった奴を追いかけようとしたところでふらついた。
痛い。意識も少し危うい。血の出しすぎか?
このまま場外に出れば治療を受けられる。
そうしてしまいたい衝動に駆られる。
俺にできることは十分にやった。
・・・だがそうするわけにはいかない。
俺に果たすべき役割はまだ終わってなどいない!
見ればソフィアが倒れていた。
不利を承知で全力でひきつけてくれていたのだ。
横を見ればさくらも蹲っている。
きっとあの一撃を喰らってしまったからだ。
くそ、動けるのは俺だけだ、早く前へ・・・!!
◇
■■京極 武 ’s View■■
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「・・・」
何度目か。
俺は苦し紛れの防御をして何とか姿勢を起こした。
凛花先輩は正面から打ち合ってくれず、龍雷を交えて俺を翻弄した。
都度、魔力を無駄に消費して防御をする。
やってもやっても先が見えない。
時間ばかりが過ぎていく。
徐々に削られていっているのは考えずとも理解できた。
目の前に立ち尽くす無表情な先輩の顔に、少しだけ笑みが浮かんだ。
それは寂しげで、色々なものを諦めるときのような表情だ。
なんだよそれ・・・その笑み。失笑か?
俺に・・・失望してんのかよ!?
「諦めてんじゃねぇよ、先輩」
「・・・」
「期待してるって言ったじゃねぇかよ!」
「・・・」
先輩は俺の声には反応しない。
ただ、俺のその言葉を聞いたからか、笑みは消えまた無機質な表情に戻った。
あれだけ一緒に訓練をしたんだ。
俺の弱点はもとより、俺ができることだってぜんぶ把握してる。
だからどうすれば負けるかもよく知っているわけだ。
俺が正面から打ち合うしかないことも知っているのだから!
・・・だったら。
先輩が想定しねぇ方法でやるしかねぇよ。
彼我の差は正攻法で埋まるもんじゃねぇ。
考えろ俺。
彼女に見放される前に示すんだ!
「まだやるぜ、先輩!」
俺は再度突進した。
先輩は俺を引きつけると左に避けた。
左からは・・・蹴り!!
「そこだ!」
俺は完全に勘で右腕を振り向き様に振り抜いた。
いちばん最初の攻防の焼き直し。
そうなると直感したからだ。
防御無視の強撃!
安全な策が届かないなら一番危険な策だ!!
空を切るかと思った右腕は奇跡的に先輩の脚を捉えた!
ばしぃぃぃん!
入った!!
ダメージを与えたことに一縷の希望を得た俺。
だが勢いを落とさず迫る蹴り。これも想定内!
俺はその蹴りを甘んじて受け入れた。
「がひ!!」
「ぐっ!」
我ながらなんて悲鳴!!
顔をやられたらこんな音が出んのかよ!?
俺はその蹴りをもろに顔面に食らった。
頬から額に向けて踵が刺さり顔から吹き飛ぶ。
ぐおおお!!
意識保てよ!! 俺!!!
何とか倒れず踏み止まる。
先輩も俺の一撃で飛んでいったがこちらはかなり酷い。
くそ、額が割れたか!? 痛ぇ!
血が出てんな、視界が赤いぞ。
額を腕で拭うと目の前に凛花先輩が戻って来た。
「ようやくか」
ひとこと。
先輩のそのセリフから、一撃が待ち望んでいたものであることを俺は悟った。
見れば俺にやられた左脚が折れたのか、ぶらぶらさせていた。
これで高速移動できねぇだろ。
ここで一気に畳み掛ける!
疲労や痛みが限界に来る前に俺は地を蹴った。
が、次の瞬間、俺の脚がもつれて転倒した。
「うお!?」
一気に身体から力が抜ける。
どうしたんだ、俺!?
慌てて立ち上がるが思うように力が入らなかった。
「あれ!? は・・・?」
「時間切れだな」
「えっ!?」
時間切れ。
時間って・・・疑似化の2時間!?
このタイミングで!?
身体に通していた魔力の出口が無くなり、行き場を失った魔力が巡る。
少し目眩がした。ああ、軽い魔力酔いだ。
バランスを崩さないよう意識を保つ。
何とか持ち直した。
が・・・ここからどうするのか。
俺は少ない選択肢を頭の中で探ることとなった。
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