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第1章 歓迎! 戦慄の高天原

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 その日の夕食の時間。
 昨日と同じく皆で集まって食事をしていた。


「え~! 武くん、それで負けちゃったの!?」

「負けは負けだよ」

「受け身取れないなんて情けないわね」


 今日あったことを順に話すとリアム君が声をあげた。
 ジャンヌの嫌味も実力不足の自分への戒めとする。
 俺だって最後のは理不尽さを感じるんだけどな!

 結果はともかく走りながら集魔法をするコツは何となく掴めた気がする。
 一定のリズムである必要はあるけども。今日の成果だな。


「潔いのですわね。それでおふたりは何をお願いするおつもりですの?」

「はい。わたしはお休みの日に一緒にお出かけしてもらおうかと」

「俺は自主練に付き合ってもらうつもりだ」

「良いな! 僕も何かお願いしたい!」


 少し羨ましいという視線を送るソフィア嬢に無難な回答をするさくらとレオン。
 リアム君よ、君はまた図書館とでも言うんじゃないか?
 無茶な要求を言い出さないあたり、このふたりの気付かせない心遣いが暖かい。
 これがソフィア嬢やジャンヌだったらとんでもないことになっていたかもしれん。


「それにしても常識はずれな訓練をしているんですね」

「俺からするとお前らも十分、常識はずれだと思うんだが」


 驚き顔の結弦に突っ込まれたのでそのまま返しておく。
 まだジャンヌとリアム君のことは見ていないけれど、さくらを筆頭に既に相当なレベルの技術がある。
 よっぽど俺のほうが驚かされている。


「明日はあたしとリアムの部活を見に来るんだよな?」

「そうだ。ジャンヌは槍技部だっけ?」

「そう。何なら見学のときに手合わせしても良いのよ」

「手合わせは日曜日だって言ってんだろ」


 俺はまだ戦闘できる段階じゃねぇっての!
 ほんとこいつ喧嘩っ早いな。

 うずうずとした様子のジャンヌ。
 うーん、こいつの攻略ルート、夜にでも確認しよう。
 何か見落としている気がすんだよな。


「あ、そうだ! 僕、ボルトアクションライフル使えるようになったんだ!」

「ぶっ!?」


 明日の付き添いで思い出したのか。
 いきなりスナイパーになりました宣言するリアム君。
 ライフル銃かよ。
 銃が使えるようになりましたってヤバい発言だよ!
 リアルだったら即、逮捕案件だぞ!
 確かに全銃部を勧めたのは俺だけどさ。


「お前、狙撃が得意なのか?」

「うん! 100メートル先の的に当たるようになったよ!」

「はっ!?」

「え、100メートルですか!?」


 ちょっと待て!
 適性があるって言っても、技量上がるの早すぎだろ!
 長射程という点でさくらも驚いてる。
 そもそも1週間で出来ましたって本当か?
 偶然当たったの間違いではなくて?
 ゲームじゃ自動小銃とか連射銃の類が中心だった気がするんだけどな。

 他の連中は銃に詳しくないのか話半分の様子だ。



「明日、見せてもらうよ。立派なテロリストになったんだな」

「うん! まかせて!」


 おい! 皮肉に喜ぶんじゃねぇ!
 もうリアム君へのツッコミはしないでおこう。
 ここで精神力を消費したくねぇ。


「ああ、そうだ。ソフィア、頼みたいことがある」

「あら、何をご所望ですの?」

「去年と一昨年の歓迎会のことなんだが・・・」


 俺は歓迎会の中身を知りたい旨を伝える。
 彼女の、クロフォード公爵家の情報網に期待してのお願いだ。
 歓迎会までに情報が手に入れば御の字。

 過去の宣誓の部分で何があったのかを知りたい。
 あと去年、一昨年の舞闘会の結果もだ。
 内容を伝えると彼女は扇子で顔を隠し、ちらりと俺を見た。


「わかりました、と言いたいところですが」

「ギブアンドテイクって?」

「お話が早くて助かりますわ」


 満足気に頷くとソフィア嬢はにこやかに笑った。
 この笑顔や仕草が絵になるから憎みきれない・・・。
 ヒロインパワーだよなぁ。

 ちょっと嫌な予感もするがこの際、仕方ねぇ。
 調べておかないと駄目な予感しかしねぇからな。


「わたくしからは、歓迎会の後にふたりきりでお茶を所望したく」

「お茶? この間みたいにここで飲めばいいのか?」

「ええ、こちらで結構ですわ。それならご安心でしょう」

「うん、わかった。それなら良い。よろしく頼むな」


 あれ? 随分と安い要求だな。
 さっきのさくらのお出かけの方が危険性が高いくらいだ。
 もしかして気を遣ってくれてんのか?
 まだゲーム中の性格と同じかどうかも判別がつかねぇ。
 さくらでさえ知らない一面だらけだからな。

 ふとさくらと目が合う。
 何か言いたげな視線を送って来る。
 ソフィア嬢の希望なんだから諦めてくれよ。
 俺には必要な情報だ。
 軽く首を振っておいた。

 その後、皆の練習状況を互いに話していたらすぐに時間が過ぎて解散となった。
 夕食の時間はこうやって状態を確認するのに良いな。
 今後も活用していこう。
 

 ◇


 夜、部屋にて。
 今日はちゃんと鍵をかけてから集魔法の練習をする。
 ベッドに座らず、立って足踏みをしながらやってみることにした。
 一定のテンポなら同じようにできるはず。
 呼吸が乱れていたほうが実践的だけど、まずはここから。

 とん、とん、とん。
 足のペースと呼吸のペース。
 それから鼓動のペース・・・って、歩いてたら鼓動わかんねぇよ!
 そうか、脈拍が大きかったから鼓動がわかったんだもんな。
 息が切れないローペースだとかえって難しいな。
 これができないと序盤のお見合いのタイミングで集魔法できねぇぞ。

 あ、そっか。
 息が切れてないなら静止中と同じだ。
 静止中の始動を完璧にしておけば歩きながらでもできるんじゃね?
 俺、天才!

 試してもいないことに自画自賛しながら静止中の集魔法を始める。
 呼吸をするように自然にできるようにするんだ!
 こうして小一時間、俺は集魔法の練習を繰り返した。


 ◇


 ラリクエ攻略ノート。
 転移直後、中学1年の頃に5冊に纏めたもの。
 記憶の濃いうちに書こうと頑張って記したものだ。
 何度か読み返したので端がぼろぼろになって来ている。
 この世界でのバイブルの扱いがこれで良いのか俺。

 この攻略ノート、全主人公の全攻略ルートを書き出してある。
 イベントや選択肢、背景など。思い出せる限り。
 主人公6人・各攻略対象の他主人公5人の、計30周ぶん。大ボリュームだ。
 同じキャラに対するアプローチの違いや、逆向き攻略での内容の差異が飽きさせない世界観を構築している。
 俺がラリクエに入れ込んだ理由のひとつだ。
 もっともその選択肢の多さのせいで今は攻略に難儀しているわけだが。

 さて、今日読み返したいのはジャンヌだ。
 どうして俺に突っかかって来ているのか。
 忘れている設定があったかもしれん。

 ・・・。
 ノートを捲る。
 ジャンヌ=ガルニエ。
 フランスはパリのスラム街出身。両親や詳しい出生は不明。
 ストリートチルドレンのまとめ役。
 世界政府と対立する組織に属する、ある著名人と知り合いその能力を買われる。
 AR値の高さも相まって先行投資として教育を受ける。
 世界政府へ人材を輩出する高天原でトップをとり世界政府の要職を押さえるよう指示される。
 そうしてその著名人に見返りをすることを条件に自身の教育費用等のパトロンを引き受けてもらっている。
 家族である出身元のストリートチルドレンへの支援。
 その打ち切りをちらつかせてくるパトロンの指示を聞き、傀儡的な仕事を引き受けている。
 ・・・。

 境遇だけ見ればかなり辛いんだよな、操り人形だし。
 改めて考えてみてもあの性格は生き抜くために身に付いたもの。
 問題なのは勝負したがりな点だ。

 結弦からの攻略ルートでは勝負イベントがある。
 彼女を打ち負かして盲目的に求める強さを否定する話になる。
 だから彼女をどこかで打ち負かすこと自体は問題じゃない。 

 本来、主人公と攻略対象は1対1で物語が進む。
 だけれども現状は6人一緒に動いている。
 ターゲットが俺になっているのはその中心にいるからだろうか。
 ジャンヌは俺を御することでトップに立てると思っているフシがある。
 悪く言えば猿山のボスを倒せば良いと思っているのかな。
 とすると、俺がモブ一般人だって理解させれば良いのか。
 つまり適当に闘って負けてやる。
 いや、そもそも勝てるビジョンが浮かばねぇ。
 どちらにせよ負けるか。

 いやいやそうじゃねぇんだ。
 仮に俺が負けて下僕になっても何も好転しない。
 問題はそこだよ。
 彼女にとって俺がどう絡むべきなのか。
 本来は他の主人公が受け止めるべき話を俺が持っていっちゃいかん。
 やはり勝負を受けないほうが良いと思う。

 ジャンヌ攻略ルートのポイントはスラムの連中を含めて幸せになることだ。
 レオンで攻略する時は彼女の家族であるストリートチルドレンを救うため私財を投げ打つシーンがある。
 ソフィア嬢で攻略するなら憂となる著名人に手を引かせる策謀を使う。
 このレオンやソフィア嬢のやり方は外的要因の排除だ。
 さすがに俺にはこの方法は使えねぇ。
 ううん、解決策が浮かばん。

 結論。
 勝負しない! 恒例の先送り☆
 とにかく正面から当たらないようにしよう!

 結局、お茶を濁して俺は眠りにつくのだった。


 ◇


 翌朝、闘技部のフィールドにて。
 昨日に引き続き凛花先輩と鬼ごっこだ。
 毎日課題をこなして次の課題に進んでいるから、今日これをクリアできないと足踏みだ。
 必死になって追い回す俺を横目に、相変わらず子ども扱いしてくれる先輩がいた。


「おっと! 良いね良いね、目で追えるようになってきたじゃないか」

「はぁ、はぁ、くっそ!! 追いつけね!!」


 追いついては上に逃げられ、追いついては脇に逃げられ。
 何度目かになる直前回避に悔しさを覚えながらも足を緩める。
 少し息が切れたので立ち止まって整えた。
 ぜんぜん捕まえられる気がしねぇ。
 先読みは難しいにしても方向転換できる手段を考えねぇと。
 どうして凛花先輩はあの速度で転回できるんだ。


「ほら追いかけろ。考えてる間は無いぞ」

「わかってるよ!」


 煽られて俺は再び走り出す。
 方向転換。
 壁キックならできるんだから地面じゃなくて障害物を足場にすりゃ良いんじゃね?
 どうして今まで気付かなかったんだ。
 このフィールドだと2方向が壁になってる隅あたりが良さげ。


「うぉぉぉ!!」


 気合を入れて左右にブレながら凛花先輩を追いかける。


「単調な動きじゃアタイは捕まえられないよ」


 幾度か似たようなやり取りをした。
 基本、真っ直ぐにしか走れない俺は速度の緩急で先輩の動きを牽制するしかできない。
 手の内はもうすべて晒しているのだ。
 もう時間がない。
 全力で足を進めながら、一か八かの作戦を考案した。
 これで駄目ならもう駄目だろう。

 俺の意図に気付かないのかワザとなのか。
 凛花先輩は狙い通り隅へ向かって走っていた。
 これまでは正面から追い詰めて上方に逃げられるパターンが多かった。
 急に転回できない俺にとって、上下や左右への切り返しは致命的だ。
 それを知っているからこそ、何度も同じ動きをしているのだろう。

 そこを突く!
 俺は先輩が飛び上がる前に勢いをつけたまま高く飛び上がった。
 先輩の左側面の上方だ。
 上へ逃げようとしていた先輩は上を塞がれたので当然に方角を変える。
 俺の下は危ないと考えたのか、俺の反対側、右方向へ切り返した。
 切り返し直後の初速が遅くなったそのタイミング!
 勢い余った俺はまず先に正面に迫り来る壁に両足で着地し、全力で蹴る!
 さらに先輩のすぐ近くの壁へ飛び込んで、そこも蹴る!
 二段ジャンプで勢いを増すと先輩に手が届きそうな位置まで飛び込んだ。


「もらったぁ!!」


 必死だったので受け身も考えずに両手を先輩の背中に伸ばす。
 速度は俺のほうが速い!
 いける!!
 そう確信した俺の目の前で先輩は飛び上がった。


「はっ!?」


 あれで反応できんの!?
 嘘だろ!?
 俺の手は一瞬、先輩の脚に触れたような気がしたけれど、その姿は俺の視界から完全に消えた。
 ああ、また駄目だった。
 そう考える間もなく目の前に迫る岩。


「ぎゃあぁぁぁ!!」


 またあの岩かよ!?
 今度こそ駄目なタイミング!
 先輩は上に飛んだから抱っこは無理だろ!?
 無駄な抵抗として両腕を前にして頭をガード。
 衝突の覚悟をする・・・!


龍雷ロンライ!!」


 バリバリ、どがん、ばあん、と爆弾で爆破したような衝撃波と、飛び散った石つぶてが俺の腕に刺さる。
 痛ぇぇぇぇ!!
 だけど正面から来るはずだった岩の衝撃が来ない?
 あれ、と思っていたところで俺の身体は誰かにキャッチされた。


「オーライ!!」


 男の声だ。
 お姫様抱っこじゃなくて胴に腕を回されて抱きかかえられていた。
 とにかく止まった・・・助かった・・・?


「タケシ、大丈夫かい?」

「え? ウィリアム先輩?」


 ベアバック状態で俺を抱きかかえていたのはウィリアム先輩だった。
 この人のまともな姿を見たのは初めてだ。
 朝練で姿を見たことはなかったんだけども。


「あ、ありがとうございます」

「オー、怪我無くて良かったヨ!」

「ウィリアム、悪い。助かった。岩を弾くので手一杯だった」


 凛花先輩が戻ってきた。
 岩? 言われて見ると例の岩が粉微塵に吹き飛んでいた。
 え・・・? 凛花先輩がやったの? あれ?
 目を閉じてたから音でしかわからなかったけども、何かをして岩を砕いたわけだ。
 恐ろしい。そんな技を使う人、相手にしたくねぇよ。

 ・・・って、あの、ウィリアム先輩? そろそろ降ろしてくれません?


「タケシ、抱き心地良いね!」

「え、ちょっ!? 降ろして!」

「もちょっと役得したいヨ」


 密着されてみるとウィリアム先輩は筋肉質でガタイが良いことがわかる。
 それだけになんかヤバそうな雰囲気なんだけど!!
 ウィリアム先輩、にまにましながら顔を寄せないで!
 こんな場所で貞操の危機を感じたくねぇ!


「ウィリアム、離してやれ」

「イエス! マム!」


 即敬礼。
 軍隊式で素直に降ろしてくれるウィリアム先輩。
 ・・・このふたりの関係性には突っ込まないでおこう。


「よう武。最後、何とかアタイに触れたな」

「え、あれ、届いてたか?」

「何とかな。付け焼き刃にしちゃ上出来だ」

「やった!」


 何とか届いた! やったよ!
 どうにかるもんだな!


「明日からまた別の課題だな。あと2回、頑張れよ」

「はい!」


 少しずつ、着実に。
 俺は出来ることが増える実感に満足してしまっていた。
 このくらいでは足りないという自覚さえなく。



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