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第1章 歓迎! 戦慄の高天原

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 コンコン・・・。
 控え目なノック音がした。
 微睡みの中にいた俺は徐々に覚醒していく。
 ああ、目が覚めたのか。

 コンコン・・・。
 これは起こされてるのか。
 ん? 今は何時だ!?

 俺は飛び起きた。
 時刻は7時10分。
 げ!? 朝練どころじゃねぇ!?
 寝過ごすなんてどうしちまったんだ!

 コンコン・・・。
 3度目だ。
 これはさくらさんのノック音だ。起こしに来てくれたのか。


「ごめん、今起きた! ありがとう、ちょっと待って!」


 そう声をかけると俺は急いで顔を洗って着替えた。
 うへぇ、ほんとに寝過ごして起こしてもらってるよ!


 ◇


「おはようございます」

「おはよう。起こしてくれてありがと!」


 さくらさんが廊下で待っていた。
 まさかの寝坊を起こしてもらうの図だ。
 中学の最初の頃だけだったのに、高天原でもやるとは。


「あの、武さん、お疲れですか?」

「え?」

「いえ、その。今日は魔力が見えませんので」

「ん? 俺から出てる魔力が?」

「はい」


 食堂へ向かいながら、さくらさんに指摘を受けて気付いた。
 言われてみれば気怠い感じがする。
 そうか、俺はそんなに疲れているのか。そりゃ寝坊もする。
 魔力を使い果たしたらこうなるんだな、覚えておこう。


「昨日、ちょっと無茶をしてね」

「無茶、ですか? あまりご無理をなさらないでくださいね」

「うん、ありがとう。今日はさくらさんとレオンの日かな?」

「はい、そうです。1日よろしくお願いします」

「むしろ俺が世話になってるんだから。よろしく頼むよ」

「はい!」


 さくらさんの眩しい笑顔に癒される。
 高天原の毎日が刺激的過ぎて当たり前がまだ無い。
 彼女は高天原にある、唯一の以前からの日常だから。

 食堂へ入るともう食事を終えた生徒が大半だ。
 席を立つ姿ばかりで、今から食べるようなのんびり屋は居ない様子。
 さくらさんに誘導されてレオンが待つテーブルに食事を持って座った。


「おはよう武。む、調子が悪いのか?」

「魔力の使い過ぎみたいだな。つか、俺の体調がひと目で分かるってのもなぁ」


 オーラが消えてれば不調。
 なんか犬の鼻が乾いてれば不調っていう感じで恥ずかしい。


「使い過ぎ? お前はもう具現化の訓練をしているというのか」

「そうじゃねぇ。体内のコントロールだよ」

「コントロール?」


 レオンは少し考え込むように腕を組んで目を閉じた。
 あれ? レオンが理解できてない。
 具現化使えるんだから、主人公の中でお前がいちばん分かりそうなもんだが。
 あの訓練って特殊なのか。


「お前は闘技部だったか」

「そうだ。先輩に教わってるところだ」

「特殊な訓練のようだな」


 ふむ?
 そういえば中学の頃、具現化同行研究会の飯塚先輩が魔力は気功と同一説を唱えていたな。
 あの訓練がそれだというなら、気功の訓練をしていない者は理解できないだろう。
 なるほど、飯塚先輩の見立ては正しかったのかもしれない。


「今の俺に必要なことらしいからな」

「ほう。色々聞いてみたいところだが時間が無さそうだ。早く食べるといい」

「げ!? すまねぇ!」


 見れば猶予はあと10分。
 俺は急いでおかずとご飯を口に放り込んだ。
 昨日に引き続き慌ただしい。


「武さんは中学の頃から、ずっと全力で頑張っていらっしゃいます。とても真似できません」

「そんなにか」

「はい。勉強も運動も、限界まで時間を使って取り組んでいらっしゃいました」

「なるほど。あの気概はその積み重ねからだったのか」

「南極のお話ですか?」

「そうだ。俺はてっきり、コウテイペンギンのコロニー探しだと思っていたのだがな」

「まぁ! 映像でなく本物を探すなんて、ほんとうに素敵です!」

「ああ。実際に見つけて喜んでいた」

「待て。お前ら何の話をしてるんだ」


 食べながら聞いていれば、俺の話なのか何なのか。
 時間がないから話を広げすぎても駄目だろう。


「昨日の放課後、ソフィアと結弦とお茶をしながら話をした。今日はレオンとさくらさんと時間を作ろうと思うから、部活前の時間を空けておいてくれ」

「はい、分かりました」

「分かった」

「南極の話はその時にな」


 再度俺は食事の残りをかきこんだ。
 さすがに連日、遅れるわけにはいかねぇからな!


 ◇


 高天原学園は具現化の授業が毎日ある。
 これはさすが高天原と思う。普通の高校なら週1程度だ。
 今日は午前中に2時限続けて具現化、そのまま昼休みになる時間割。
 内容は属性ごとの特性と実演だ。
 この辺りの知識内容はRPGパート攻略のため全て頭に入っている。
 俺に足りないのは実地訓練のみ。

 と思っていたのが昨日までの俺。
 状況は想定から変わってしまった。
 具現化の授業前に白装束の怪しいお兄さんが教室へ入ってきた。
 イメージで言うなら教会の神父だけど、衣装が真っ白。
 電磁波を防いでる怪しい団体かよって突っ込みたくなるくらいの白だ。
 頭も白い帽子をかぶっているから余計にそう思う。


「京極 武君はいるか?」


 皆の注目を集める金髪のお兄さんは通る声でそう呼びかけた。
 当然に注目を集める俺。
 俺はお迎えが来たと手を上げて立ち上がった。


「ここです。行きます」

「武さん?」


 さくらさんとレオンが俺の横に立つ。警戒しすぎだっての。
 あの人、生徒に見えないだろうに。襲われたりなんてしねぇよ。


「ああ、俺だけ別講義になったんだ。また説明する。授業みたいなもんだから大丈夫。昼休みにでも話すよ」


 そういえばこいつらに事情説明してなかった。
 何か変な組織に取り込まれてるとか誤解されても困る。
 クラスメイトの何事かという好奇の視線に晒されながら、俺は教室を後にした。


 ◇


 修験場と呼ばれる施設は本当に高天原学園のすぐ隣にあった。
 もっとも、高天原学園自体が広大な敷地を有しているので移動も結構な距離だ。
 その移動を効率化するため、俺には学園からキックボード風のツールが貸し出された。
 あの南極で使われていたやつだ。
 反重力装置で軽く浮いていて、路面に影響されずスーっと進むボード。
 T字の取手がついているので乗りやすい。

 真っ白なお兄さんに案内されて到着した修験場。
 敷地は大半が森で、奥に小高い岩山があり、その麓に教会のような建物があった。
 入り口の扉を開けると、お兄さんが俺に中に入るように促す。
 言われるがまま、俺は中に入った。

 建物はステンドグラスの窓があり、いわゆる教会。
 これはラリクエスタッフが聖堂の教会まで作り込まなかった結果?
 まぁファンタジーの教会って言ったら、大抵はコレになると思うんだけどさ!


「ようこそ聖堂へ。京極 武様」


 どこかで聞いたことがあるような透き通った声が聞こえた。
 見れば、やはり真っ白な法衣に身を包んだ女性が壇上に立っている。
 若い、と言っても俺よりは年上で20歳前後だろうか。
 ストレートの黒髪。日本人?
 背後のステンドガラスから後光が差しているように見えるのは演出なのか。


「どうぞ、こちらへいらしてください」


 俺は言われるがまま足を進め、その女性の近くまで行った。


「貴方は白属性の魔力をお持ちだそうですね」

「はい」

「白は純粋。何物にも染まっていない白は、何物にもなり得るのです」

「・・・」

「ゆえに白はその純粋さを以て他の色を導くものです」

「・・・」

「他の存在を慈しみ、補い、支え、包み込むことによって自我を確立するものです」

「・・・」

「貴方自身がその標を失わなければ、いかようにも為せるものです」

「・・・」


 いきなり講釈が始まり呆気にとられる俺。
 何かしら教えて貰えるものだと思って来たけど入信しに来た感じに思える。
 なんだこれ?
 このまま聞いてれば良いのか?
 洗脳されそうで怖いんだけど。


「聖女様、彼は学園より修験場で具現化の訓練を受けに来たそうです」


 後ろから男性の声が聞こえた。
 案内をしてくれたお兄さんだろう。
 聖女? この人が?


「あれ、そうだったの? 入信かと思った、ごめんね」

「いえ」


 なんだよ勘違いかよ。
 しかもがらっと雰囲気が変わってんじゃねぇか。
 口調が変わっても無表情だから意図が汲みにくい。


「改めまして、京極 武さん。私はここで聖女をしてる。以後よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

「具現化の訓練、高天原学園は今の時期だと何も教わってないよね」

「はい」

「うん、わかった。それじゃ滝行から始めようか」

「はい?」


 滝行って、あの、滝に打たれるやつ?
 修験場って名前からそういうのも想像したけどさ。
 というか説明とか何か無いの?


「大丈夫、私も滝行をして白の流れを身につけたから」

「はぁ」


 だから説明してくれよ。
 何も詳しいことは言わず、聖女様は俺を手招きして歩いて行く。
 その後についていくと、教会を出て裏の岩山へ登る道を歩き出した。
 ちょっと険しい砂利の道。
 しばらく歩くと少し涼しい空気が鼻をつく。
 ざあざあと水音が聞こえてくる。
 茂った草木のトンネルを抜けると目の前に岩山に囲まれた滝が目に飛び込んできた。
 滝壺から舞い上がる水飛沫が霧状になり、このあたりが静謐なものと感じさせてくれる。
 滝の下に岩が迫り出ており、滝に当たることができるようになっていた。


「あそこだよ。そこに小屋があるから、修行用装束に着替えてからやってね」


 聖女様が示すところに小屋がある。
 なるほど、着替えたりできるわけね。


「問答無用でやるんですか」

「だって、具現化したいんでしょ?」


 さも当たり前だと言わんばかりの態度。
 まぁ自力でどうにかできるなら、とっくにやってるわけだし。
 言われる通りにやるしかない。


「それで、あれをやるとどうなるんですか?」

「えっとね。冷たくなって、意識が飛ぶくらいの頃に見えるようになるかも」

かも・・って」


 だから曖昧なんだよ。
 何が見えるってんだ。


「やってみれば分かるって」

「・・・」


 確かにさ、これまでの人生で滝行なんてやったことはねぇ。
 ねぇんだけどさ、こんなことやって意味あんの?
 ・・・。
 やってみれば分かるって言ってるんだから、何かあんのかもしれん。
 ここしか教わるとこないんだし、大人しくやろう。


「じゃ、着替えて来ます」

「うん。いってらっしゃい」


 俺は小屋に入った。
 棚があって籠がいくつかある。
 そのうちのひとつに修行用の装束と思われるものがあった。
 タオルとか身体を拭くものもあった。
 ああ、入浴施設みたいに全部脱いで、これに着替えるわけね。

 俺は大人しく修行用の、やはり白装束を纏って小屋を出た。
 下着も靴も全部脱いで白い装束1枚に包まれるだけ。スースーして変な感じ。
 まぁ仕方ない。


「それじゃ、あそこに座って打たれてみて。あ、間違って落ちたら危ないから、そんなに前に出ないようにね」

「わかりました」


 俺は恐る恐る、迫り出した岩へと続く道を歩いて行く。
 激しい水音で声も聞こえない。これ、中止とかの合図あんのかな?
 滝のすぐ横まで来る。もう水飛沫を被ってずぶ濡れだ。
 え、これ、けっこう水の勢い強くねぇか?
 痛そう。しかも冷たい。
 そりゃそうか、4月なんてまだ水温は低い。


「------!!」


 聖女様が滝を指差して何か言っている。
 さっさとやれってことか。
 よし・・・覚悟を決めた。行くぞ。


「あ゛ーーーー!!!」


 気合と共に滝に突っ込む。
 どしゃあっ! っと滝の水に包まれる。
 ぐあっ!? 痛ぇ!!
 こんなん耐えられんの!?
 頭がばしばし叩かれて脳震盪を起こしそうになる!
 身体も鞭でべしべし叩かれているかのように痛ぇ!

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 段々と痛みや振動に慣れてくる。
 慣れて来てる、のか?
 これ、意識が薄れてんじゃねぇの?
 なんか冷たさしか感じなくなってきた。
 
 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 我慢してんのか、声出してんのか。
 自分がどうなってるのかも分からなくなってくる。
 あれ、俺、具現化の修行に来たんだよね。
 なんで滝に打たれてんの・・・?
 聖堂って洋式なのになんで滝行なんだよ。

 色々な思考が頭を過る。
 ああね、これ。風邪とかで思考がまとまらないときの感覚だよ。
 これ、このまま続けると意識が飛ぶやつだ。
 え、意識飛ばしていいの? これ?
 飛沫の中から聖女様を見るとこちらの様子を伺っている。
 大丈夫なんだろう。きっと。たぶん。

 それで、これで何がどうなるんだっけ?
 ・・・。
 ・・・。
 ・・・。
 あれ・・・?


 ◇


 う・・・。
 寒い・・・。
 ざぁざぁと・・・水音・・・?
 なんか硬い・・・ザラザラする。
 は!!

 目を開けると滝が見える。
 ここは・・・そうか、滝行をしていたのか。
 岩にうつ伏せになっていた俺は身体を起こした。
 誰かここまで運んでくれた?


「目、覚めた?」


 目の前に聖女様がいた。
 運んでくれたのってこの人しかいねぇよな。
 思ったより力持ち?
 しゃがんで俺の様子をじっと窺っていた。


「何も分かりませんでした。寒いし」


 とりあえず成果が無かったことを報告してみる。


「最初は見えないと思う。そのうち自分の中の白いのが見えるから」

「白いの?」

「それと寒いのは、はだけてるから」

「え!?」


 相変わらず無表情の聖女様から指摘される。
 確認してみれば帯で留めていた白装束がはだけていた。
 ああね、前が丸々見えてました。そりゃ寒い。


「! ちょっ!? み、見ないで!?」


 慌てて隠す俺。
 何で聖女様はじっと見てんの!?


「・・・眼福」

「!?」


 ぼそり、と怪しい単語を呟く聖女様。
 俺は立ち上がり、逃げるように小屋に戻った。
 うえっ・・・恥ずかしすぎる・・・!!

 ・・・この修行って、意味あんだよな?
 聖女様の何かを満たすためのもんじゃねぇよな!?



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