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本編

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翌日


先輩は昨日約束していた通り9時に迎えに来た。

行ってきます、と両親に声をかけて玄関を出ると、右手に持っていたボストンバッグを先輩に奪い取られ、代わりに先輩の左手と重ねられた。




「先輩、自分で持ちますよ」

「今日のお前の荷物は、その肩掛けのバッグだけだ」

ツンとしているが、たくさん歩くからな、と加えられた一言は彼の優しさに溢れている。


「ありがとうございます」


手を繋いだまま腕に抱きつくと「重い、歩きづらい、鬱陶しい」と言われたが、満更でもないと感じているらしいのは最近分かった。




自宅のある住宅地の丘を下り、学校の方向へ少し歩くと、程なくして駅についた。

「〇□駅までだから、2時間くらいずっと座りっぱなしだが、大丈夫か?」

「ええ、平気です」

先輩の話だと、着いた駅からさらにバスで30分ほど行ったところだという。


「頑張れば日帰り出来ませんか?」

気づいてしまった事実に疑問を覚えて質問をしてみると、先輩は目を逸らした。


「先輩?」


答えてください、というように顔を覗きこむと、先輩はしぶしぶ口を開いた。


「絵の下書きをすると時間がかかるから、日帰りだと家に着くのが遅くなってお前も疲れるだろう…………というのは建前で、もっと長く一緒に居たかっただけだ」


デレのターンがきたようだ。


「先輩、本当に私のこと好きですね」

「うるさい」

「私まだ先輩に好きって言われてません」

「……頼むから黙ってくれ……」



切符を買ってホームに行くと、ちょうど目的地へ向かう電車が到着した。

2人掛けの窓側の席に私を座らせた先輩は、大きな荷物を座席の上の荷物置き場に上げた。










ーーーーー目を開けると、電車は海沿いの線路を走っていた。いつの間にか先輩の肩に凭れて寝ていたようだ。

先輩はスケッチブックに鉛筆を走らせていたが…………


「先輩、悪趣味ですよ」

寝ている私の横顔だった。


「うわっ、びっくりした…………もう少し寝てていいぞ」

「デッサンしやすいから、ですか?いやです」


残念、とスケッチブックを閉じた先輩をじろりと睨んだ。

「肖像権ってありますよね」

「完全に非営利的かつ私的利用が目的だ。あと、ずっと肩貸してたから代金ということでいいぞ」

「肩を貸すのにお金とるんですか……まあいいですけど」


もう一度窓の外を見ると、小さく街並みが見えてきた。

「もしかして、あれですか?」

「ああ、それは今日泊まる宿がある温泉街だ」

「海は違う場所なんですね」

「ああ。温泉街からバスで30分くらいだ」


じゃあもう少し寝ときますね、と今度は腕を絡めて先輩の肩に頭を置いた。
重い、と言われたが、振りほどかれる様子はない。

先程寝たので全く眠気はないが、目を瞑って先輩の体温を感じていた。










「うわーー!腐った卵のにおいがします!」

「言い方……確かに硫黄は腐卵臭だけど……」


目的の駅から出た私は、広がる温泉街を前に残念な感想を漏らした。

「先に荷物を預けに行こう」と先輩に手を引かれて温泉街を歩き出すが、土産物屋や温泉まんじゅう屋などに目を奪われて中々足が進まない。


後で買ってやるからとりあえず歩け、と叱咤されて着いたお宿は、こじんまりしているが趣のある、良い雰囲気の老舗旅館だった。


「予約していた神崎です」

フロントで先輩が名乗ったが、「2名様ですね」と言われるとまるで夫婦のようだな、とか新婚旅行みたいだな、とか考えてしまう。





荷物を預けた私達は、早めの昼ごはんということで近くの定食屋さんに入った。
先輩は親子丼定食、私はザルそば定食を頼み、お腹を満たした。


その後温泉街で温泉まんじゅうを購入するのだが、「どこにそんなスペースが……?」という先輩の呟きは無視した。






温泉街のバス停から、聞いた事のない地名のバス停まで移動した私達は、再び手を繋いで海に向かって歩き出した。

もうすっかり手繋ぎがデフォルトだ。



「うわぁ……キレイですね!」

少し粒の大きな砂浜に、青い海、青い空、白い雲。海風があって少し肌寒いが、気分はすっかり夏だ。


「30分待っててくれ、意地で下書き終わらせる。その後少し遊ぼう」

「わかりました、あそこの小店に行ってても良いですか?」

「ああ、いいけど……あまり俺から離れ過ぎるなよ」

「ふふっ……かしこまりました!」



先輩は苦笑して、肩掛けのバッグからスケッチブックとマスや斜線がある紙を取り出して、下書きを始めた。


私は近くにある小店に行ってみることにした。
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