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第6話
佐坂智也の救うための戦い その2
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智也はポニアードのルールを守り、百数えると急いで廃ビルからでた。
当然ながら周囲に人の気配はない。
「くそっ。どこだ」
焦りから悪態をつく。しかし、ヒントと言っていた紙も血に染まって字が読めない中、探す当てはどこにもなかった。
「どうすればいい、考えろ、考えろ」
智也は思考をフル回転して、打開策を考える。しかし、すぐには思いつかない。
やみくもに探しても、見つかるわけはない。ならば、どうするか。土筆にポニアードの行きそうな場所を聞くという手もあるが、他人の手を借りるのはルール違反と言っていた。どうやって確認するかわからないが、ここは下手な方法をとるべきではないだろう。ゆえに、今とれる手は一つしかない。
「この紙か」
血に染まった紙を見る。しかし、何度見ても何も読めなかった。今度は携帯電話をライト代わりにし、紙を照らして透かしてみる。結果は変わらなかった。
「くそっ」
何度目になるかわからない悪態をつくが、状況が打開されることはなかった。
まだ、十分も経っていない。しかし、それでも未世の命が刻一刻と失われていることは間違いなかった。
「血がなくなれば読めるのか」
智也はそう思うと、血を消す方法を考える。しばらく考えて、確か塩素系の漂白剤を使えば消せると思い出した。
もし、ポニアードがボールペンなどのインクで書いていたら一緒に消えてしまうが、試してみる価値はあった。
「この辺りに薬局かコンビニがあったか」
智也は携帯電話を使って急いで探す。すぐに薬局が出てきた。
「ここから十分以内か」
携帯の案内に従って智也は駆け出した。
繁華街に近づくにつれて人気が多くなる。周囲の視線が気になった智也は途中で見つけた公園の水道で左手の血を洗い流した。
水が染みるし、痛むが今はかまっていられない。幸い、傷は深くなかった。
タオルで傷を隠しながら、また駆け出す。今は一分、一秒が惜しかった。
薬局にはすぐについた。
店内に入ると、「塩素系の漂白剤」と「綿棒」、「水」を購入する。そして、外に出ると公園のベンチまで移動し、漂白剤を綿棒につけ、紙についた血に当てた。
優しく力を込めながら、こすってやる。すぐに血は薄くにじんできた。
これなら文字が読めるようになると、焦る気持ちを抑えながら、智也は紙に綿棒をこすっていく。
十五センチ四方の紙についた血はすぐに薄くなっていった。しかし、同時に一つの問題が起こる。文字が一切なかった。
もしかして、消してしまったのかと智也は焦るが黒いインクがにじんだ後はない。とすれば答えは一つだった。
「何も書いていないだと」
智也は苛立ちから手に持った紙を破りそうになる。しかし、羽素未世を探す唯一のヒントである以上無下にできない。すんでの所で思いとどまり、代わりに漂白剤の瓶を「くそがっ」という悪態と共に投げ捨てる。瓶は割れて地面に液体が飛び散った。
ポニアードに遊ばれている。最初からわかっていたことだった。
「どうする。どうすればいい」
焦りから思考力は奪われる。何も思いつかない。
このままだと羽素さんを失ってしまう。
それだけは嫌だ。
でも、どうしていいかわからない。何のヒントもなしに羽素未世を探す方法はなかった。
「あきらめるな」
智也は左手で自分の頭を殴った。頭と左手が痛む。痛みで冷静さが少し戻ってきた。
「考えろ。ポニアードはどう言っていた」
この紙を示した時、ポニアードは『この紙がヒントになる』と言った。この紙に書いているといっていない。
紙自体に仕掛けはないか智也は確認する。しかし、何もなかった。血に染まっていること以外、何の変哲もない単なる紙だった。
「じゃあ、紙がヒントと言うことか?」
全く意味がわからなかった。
情報を整理するため、地面に文字を書く。
まず、『紙』。
これだけでは、わからない。
次に、『血のついた紙』。
わからない。
試しにひらがなで書いてみる『ちのついたかみ』。
全くわからない。
『血に染まった紙』、『ちにそまったかみ』、『血と紙』、『ちとかみ』、『血 紙』、『ち かみ』、『赤い紙』、『あかいかみ』、『赤紙』、『あかがみ』。
思いつく限りの言葉を書いてみる。しかし、何もわからなかった。
「ポニアードは他にどう言っていた?」
その時の言葉を思い出してみる。その瞬間、ふと地面に書いた文字が目に入った。
『ち かみ』
ポニアードは『みないでね』と言った。『み』ない。つまり、『み』がない。
残った文字は『ちか』だった。
こじつけでしかない、洒落にもならないような、くだらない謎解き。全く違っているかもしれない。それでも、智也がすがれるものはこれしかなかった。
あとはどこの地下かということだった。智也はこの街にある地下のある建物を考える。ショッピングモールやマンションなど駐車場を含めれば膨大にあった。
「くそっ、一つひとつ探していたらきりがない」
ポニアードは公平だと言っていた。その言葉は信じられるものではないが、今は信じるしかなかった。つまり、ヒントから探し当てられる場所と言うことだ。ポニアードはこの紙についてどう言っていたかもう一度考える。
フル回転させた脳が導き出した、可能性のある言葉が一つだけあった。
『ヒントはここよ』
ポニアードが紙を落とすときに言った言葉である。智也はヒントが紙に書いてあるという意味だと思ったが、場所を指す言葉だったらどうなるだろう。
「あの廃ビルに地下があるのか」
か細い糸をたぐり寄せるように可能性を導き出す。もしかしたら、違うかもしれない。
だが、確信めいた予感はあった。ポニアードの言った『ルール違反を犯したら、未世を殺す』という言葉。智也はそれ以上確認しなかったが、どうやってポニアードはルール違反をしているか確認するつもりだったのだろうか。つまり、ポニアードは自分自身の行動を監視できる位置にいるということではないか。
智也は周囲を見渡す。人の気配はない。しかし、ポニアードがどこか遠くから見ている可能性は捨てきれなかった。自分がもがき、あがき、苦しむ姿を見て楽しんでいるのかもしれない。
智也の中に怒りがふつふつと湧いてくる。この怒りは羽素さんを助けたあとに、ポニアードにぶつけることでしか解消されないとわかっていた。
「行くしかない」
智也は駆け出すと、廃ビルに向かった。
廃ビルに着くと、智也はまず地下があるかどうかを確認した。元々、ショッピングモールのフロアだったので、区切りもなく、周囲を探すのは容易かった。すぐに朽ちたエレベーターを見つけ、階数を確認する。そこには3階までの表示と地下一階の表示があった。
「やっぱり。じゃあ、ここか」
智也は地図で地下への階段を探す。
「あった」
珍しい作りで上に登る階段とは別に作られていた。ショッピングモールであるなら不便だっただろう。もしかしたら、それもつぶれる原因の一つだったのかもしれない。
智也は急いで、地下へ向かった。
地下は明かりも入らず真っ暗だった。携帯のライトで周囲を照らしながら、未世を探す。
「羽素さんいる?」
大きな声で叫ぶ。密閉された空間であるためか、音が反響して不気味だった。
智也は朽ち果てたフロア内を走り回りながら探す。地下は駐車場だったのか整理された形で白線がひいていった。
真っ暗闇の中、フロアの奥まで走ると智也は声を上げた。
「羽素さん」
そこには倒れている未世がいた。
智也は慌てて駆け寄る。
まず、未世の呼吸を確認する。
「息をしてる。よかった」
弱々しいが確実に呼吸していた。しかし、安心できない。腹部からの出血はまだ止まっていない。彼女の周囲には小さな血だまりが今も広がり続けていた。さらに、地下に放置されていたせいで体温も下がっていた。
智也はポケットから薬を取り出す。そして、未世の頬を軽く叩くと、彼女を起こした。
「ん……え……」
未世はすぐに起きる。ほっとした智也は勢い余って彼女の上半身を起こして、抱きしめる。優しく、それでもはっきりと抱きしめると、彼女の鼓動がかすかに聞こえた。
「羽素さん」
「と……もやくん」
未世は弱々しい声で、それでもはっきりと答えた。
智也は抱きしめていた身体を離すと、こくりと頷く。
「今はしゃべらないで、これを飲んで」
ポニアードからもらった薬を未世の口元へ運ぶ。未世は智也に言われるがままに薬を口に含んだ。そして、智也は薬局で買った水を未世の口もとへ運ぶ。
「飲める?」
未世はこくりと頷くと、水を一口飲んだ。そのままごくりと喉を通って薬は体内へ入っていく。
智也はほっとした。
「羽素さん。これで大丈夫」
「なん……でとも……やくんが……ここ……に?」
「助けに来たんだ」
智也は力強く答える。
「助けて……くれ……たの……」
未世はまだ意識がはっきりしていないようだったが、かすかに口元をつり上げて笑った。
「あり……がと……う」
「うん。もう大丈夫だから。今は休んで」
智也はもう一度未世を抱きしめる。少しでも冷えた体を温めるためだった。
「う……ん」
智也の耳元で未世が頷く声が聞こえた。その声を聞いているだけで智也は幸せだった。
ポニアードのゲームに勝った。ポニアードの言葉を信じるならば、これで彼女は解放される。
そう思った矢先だった。
「ぶごっ」
智也の耳元で未世の声がした。まるで血を吐き出すような濁った声。嫌な音だった。気のせいだと思いたかった。
智也は慌てて未世の顔を見た。
「え……?」
未世は何が起こったのかわからないと言った様子で、きょとんとした表情を浮かべていた。その口元には真新しい血がついている。何が起きているのか全くわからない状況の中、智也はそんな未世を見つめることしかできない。
次の瞬間、未世は
「ごぼっ」
とまた吐血した。どす黒く濁った血が智也の身体にかかる。
「羽素さん」
状況が飲み込めず、智也は叫ぶ。その間も未世は血を吐いていた。
どうしていいのかわからない智也は、吐血が治まるのを見計らって、いったん未世を寝かせる。しかし、当然だがそれで状況がよくなることはなかった。
未世の身体は不自然に小刻みに震えている。呼吸は弱い。虫の息だった。
どう見ても助かりそうな気配はなかった。
一体何が起こってるのかもわからない。智也は戸惑い、うろたえ、絶望していた。
すると、背後から堪えきれないような大きな笑い声が響いてきた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははは…………。本当にあなたたちは最高ね」
智也は後ろを振り向く。そこにはお腹を抱えて笑っているポニアードがいた。
「ポニアード!何をした?」
智也は今にも襲いかかりそうな勢いで立ち上がり、ポニアードに詰め寄る。
「あははははは。何って。私は何もしてないわ。あなたが毒を飲ませたんじゃない」
ポニアードは笑いながら、答える。
「毒だと?」
智也は絶望で目の前が真っ暗になる。それでも、気を強く持てたのは未世を助けたい一心からだった。
「嘘をついたのか」
「ついてないわ。私が飲んだのは治療薬だけど、あなたに渡したのは、そうだと言ってない。ただ、楽になるといっただけよ。ちゃんとね。ぷっくくく」
ポニアードは心外だといわんばかりに口を尖らせる。しかし、すぐにまた笑い出した。
「ふざけるな」
「あらあら、そんなに怒ると血管が切れるわよ」
「お前は殺す」
智也は銃を向ける。
「殺せなかった人が言っても説得力はないわ。ああ、でも、ちゃんと一人殺せたわね。おめでとう。初めてが未世ちゃんでよかったわね」
ポニアードはまた堪えきれないように笑い出す。
「くそがっ」
そんなポニアードに向けて智也は銃を撃った。しかし、ポニアードは身を一歩前に出して躱す。智也の目の前に来たポニアードは酷薄な笑みを浮かべた。
「殺さないって言った手前、未世ちゃんが死にかけていたときは本当に申し訳なかったの。だから、あなたが毒を飲ませてくれて感謝しているわ。これで未世ちゃんが死んでもあなたのせいよ」
そのままぺこりと頭を下げる。
「ありがとう。これで私の心は痛まない」
何を言われているのか智也は理解できなかった。ただ、自分が殺さなかった相手が最悪だということだけは理解できた。
しかし、智也は何も反論できなかった。ただぼう然とポニアードを見つめることしかできなかった。
「お前はいったいなんなんだ?」
智也の問いにポニアードはキョトンとした顔を浮かべた。
「何言ってるの?あなたと同じ人間に決まってるじゃない」
当然のことのように言われた言葉を智也は理解できなかった。
「そんなこともわからないなんて、智也くんはボケちゃったのかな。それじゃあ、未世ちゃんを殺しても仕方ないわね」
そう言われて智也はっとして、未世を見た。瀕死の少女に動きはない。呼吸しているのかもわからない。どうしたら彼女が助かるのか想像もつかなかった。
「あ……ああ……」
羽素未世が死ぬ。
自分のせいで死ぬ。
ポニアードを殺さなかったから死ぬ。
自分が毒を飲ませたから死ぬ。
どれも否定できない事実だった。
どうしようもない絶望が智也を包み込む。
未世が死ぬのなら自分も一緒に死にたかった。
それが彼女を殺した自分が選べる唯一の道だと思っていた。
どうしたらいいのかわからない。これが夢なら早く覚めてほしかった。でも、そんな都合のよいことは起こらない。目の前に起こっていることはまごうことなき悪夢で、覆りようのない現実だった。
完全に智也の心は折れていた。
「あら、もしもーし」
ポニアードはぼう然と立ち尽くす智也の目の前で手を振る。
しかし、智也は反応する気力も湧かなかった。
「もしかして壊れちゃった? まあ、いっか。もう十分楽しんだし」
ポニアードは満足げに頷くと、智也の目の前で振っていた手を下ろした。
自分のせいで大切な人が死ぬ恐怖から全身の力が抜け、手から銃が落ちそうになる。智也はそれをすんでのところで掴み、残った力を振り絞り握りしめた。
そして、自分の頭に銃口を向けた。
当然ながら周囲に人の気配はない。
「くそっ。どこだ」
焦りから悪態をつく。しかし、ヒントと言っていた紙も血に染まって字が読めない中、探す当てはどこにもなかった。
「どうすればいい、考えろ、考えろ」
智也は思考をフル回転して、打開策を考える。しかし、すぐには思いつかない。
やみくもに探しても、見つかるわけはない。ならば、どうするか。土筆にポニアードの行きそうな場所を聞くという手もあるが、他人の手を借りるのはルール違反と言っていた。どうやって確認するかわからないが、ここは下手な方法をとるべきではないだろう。ゆえに、今とれる手は一つしかない。
「この紙か」
血に染まった紙を見る。しかし、何度見ても何も読めなかった。今度は携帯電話をライト代わりにし、紙を照らして透かしてみる。結果は変わらなかった。
「くそっ」
何度目になるかわからない悪態をつくが、状況が打開されることはなかった。
まだ、十分も経っていない。しかし、それでも未世の命が刻一刻と失われていることは間違いなかった。
「血がなくなれば読めるのか」
智也はそう思うと、血を消す方法を考える。しばらく考えて、確か塩素系の漂白剤を使えば消せると思い出した。
もし、ポニアードがボールペンなどのインクで書いていたら一緒に消えてしまうが、試してみる価値はあった。
「この辺りに薬局かコンビニがあったか」
智也は携帯電話を使って急いで探す。すぐに薬局が出てきた。
「ここから十分以内か」
携帯の案内に従って智也は駆け出した。
繁華街に近づくにつれて人気が多くなる。周囲の視線が気になった智也は途中で見つけた公園の水道で左手の血を洗い流した。
水が染みるし、痛むが今はかまっていられない。幸い、傷は深くなかった。
タオルで傷を隠しながら、また駆け出す。今は一分、一秒が惜しかった。
薬局にはすぐについた。
店内に入ると、「塩素系の漂白剤」と「綿棒」、「水」を購入する。そして、外に出ると公園のベンチまで移動し、漂白剤を綿棒につけ、紙についた血に当てた。
優しく力を込めながら、こすってやる。すぐに血は薄くにじんできた。
これなら文字が読めるようになると、焦る気持ちを抑えながら、智也は紙に綿棒をこすっていく。
十五センチ四方の紙についた血はすぐに薄くなっていった。しかし、同時に一つの問題が起こる。文字が一切なかった。
もしかして、消してしまったのかと智也は焦るが黒いインクがにじんだ後はない。とすれば答えは一つだった。
「何も書いていないだと」
智也は苛立ちから手に持った紙を破りそうになる。しかし、羽素未世を探す唯一のヒントである以上無下にできない。すんでの所で思いとどまり、代わりに漂白剤の瓶を「くそがっ」という悪態と共に投げ捨てる。瓶は割れて地面に液体が飛び散った。
ポニアードに遊ばれている。最初からわかっていたことだった。
「どうする。どうすればいい」
焦りから思考力は奪われる。何も思いつかない。
このままだと羽素さんを失ってしまう。
それだけは嫌だ。
でも、どうしていいかわからない。何のヒントもなしに羽素未世を探す方法はなかった。
「あきらめるな」
智也は左手で自分の頭を殴った。頭と左手が痛む。痛みで冷静さが少し戻ってきた。
「考えろ。ポニアードはどう言っていた」
この紙を示した時、ポニアードは『この紙がヒントになる』と言った。この紙に書いているといっていない。
紙自体に仕掛けはないか智也は確認する。しかし、何もなかった。血に染まっていること以外、何の変哲もない単なる紙だった。
「じゃあ、紙がヒントと言うことか?」
全く意味がわからなかった。
情報を整理するため、地面に文字を書く。
まず、『紙』。
これだけでは、わからない。
次に、『血のついた紙』。
わからない。
試しにひらがなで書いてみる『ちのついたかみ』。
全くわからない。
『血に染まった紙』、『ちにそまったかみ』、『血と紙』、『ちとかみ』、『血 紙』、『ち かみ』、『赤い紙』、『あかいかみ』、『赤紙』、『あかがみ』。
思いつく限りの言葉を書いてみる。しかし、何もわからなかった。
「ポニアードは他にどう言っていた?」
その時の言葉を思い出してみる。その瞬間、ふと地面に書いた文字が目に入った。
『ち かみ』
ポニアードは『みないでね』と言った。『み』ない。つまり、『み』がない。
残った文字は『ちか』だった。
こじつけでしかない、洒落にもならないような、くだらない謎解き。全く違っているかもしれない。それでも、智也がすがれるものはこれしかなかった。
あとはどこの地下かということだった。智也はこの街にある地下のある建物を考える。ショッピングモールやマンションなど駐車場を含めれば膨大にあった。
「くそっ、一つひとつ探していたらきりがない」
ポニアードは公平だと言っていた。その言葉は信じられるものではないが、今は信じるしかなかった。つまり、ヒントから探し当てられる場所と言うことだ。ポニアードはこの紙についてどう言っていたかもう一度考える。
フル回転させた脳が導き出した、可能性のある言葉が一つだけあった。
『ヒントはここよ』
ポニアードが紙を落とすときに言った言葉である。智也はヒントが紙に書いてあるという意味だと思ったが、場所を指す言葉だったらどうなるだろう。
「あの廃ビルに地下があるのか」
か細い糸をたぐり寄せるように可能性を導き出す。もしかしたら、違うかもしれない。
だが、確信めいた予感はあった。ポニアードの言った『ルール違反を犯したら、未世を殺す』という言葉。智也はそれ以上確認しなかったが、どうやってポニアードはルール違反をしているか確認するつもりだったのだろうか。つまり、ポニアードは自分自身の行動を監視できる位置にいるということではないか。
智也は周囲を見渡す。人の気配はない。しかし、ポニアードがどこか遠くから見ている可能性は捨てきれなかった。自分がもがき、あがき、苦しむ姿を見て楽しんでいるのかもしれない。
智也の中に怒りがふつふつと湧いてくる。この怒りは羽素さんを助けたあとに、ポニアードにぶつけることでしか解消されないとわかっていた。
「行くしかない」
智也は駆け出すと、廃ビルに向かった。
廃ビルに着くと、智也はまず地下があるかどうかを確認した。元々、ショッピングモールのフロアだったので、区切りもなく、周囲を探すのは容易かった。すぐに朽ちたエレベーターを見つけ、階数を確認する。そこには3階までの表示と地下一階の表示があった。
「やっぱり。じゃあ、ここか」
智也は地図で地下への階段を探す。
「あった」
珍しい作りで上に登る階段とは別に作られていた。ショッピングモールであるなら不便だっただろう。もしかしたら、それもつぶれる原因の一つだったのかもしれない。
智也は急いで、地下へ向かった。
地下は明かりも入らず真っ暗だった。携帯のライトで周囲を照らしながら、未世を探す。
「羽素さんいる?」
大きな声で叫ぶ。密閉された空間であるためか、音が反響して不気味だった。
智也は朽ち果てたフロア内を走り回りながら探す。地下は駐車場だったのか整理された形で白線がひいていった。
真っ暗闇の中、フロアの奥まで走ると智也は声を上げた。
「羽素さん」
そこには倒れている未世がいた。
智也は慌てて駆け寄る。
まず、未世の呼吸を確認する。
「息をしてる。よかった」
弱々しいが確実に呼吸していた。しかし、安心できない。腹部からの出血はまだ止まっていない。彼女の周囲には小さな血だまりが今も広がり続けていた。さらに、地下に放置されていたせいで体温も下がっていた。
智也はポケットから薬を取り出す。そして、未世の頬を軽く叩くと、彼女を起こした。
「ん……え……」
未世はすぐに起きる。ほっとした智也は勢い余って彼女の上半身を起こして、抱きしめる。優しく、それでもはっきりと抱きしめると、彼女の鼓動がかすかに聞こえた。
「羽素さん」
「と……もやくん」
未世は弱々しい声で、それでもはっきりと答えた。
智也は抱きしめていた身体を離すと、こくりと頷く。
「今はしゃべらないで、これを飲んで」
ポニアードからもらった薬を未世の口元へ運ぶ。未世は智也に言われるがままに薬を口に含んだ。そして、智也は薬局で買った水を未世の口もとへ運ぶ。
「飲める?」
未世はこくりと頷くと、水を一口飲んだ。そのままごくりと喉を通って薬は体内へ入っていく。
智也はほっとした。
「羽素さん。これで大丈夫」
「なん……でとも……やくんが……ここ……に?」
「助けに来たんだ」
智也は力強く答える。
「助けて……くれ……たの……」
未世はまだ意識がはっきりしていないようだったが、かすかに口元をつり上げて笑った。
「あり……がと……う」
「うん。もう大丈夫だから。今は休んで」
智也はもう一度未世を抱きしめる。少しでも冷えた体を温めるためだった。
「う……ん」
智也の耳元で未世が頷く声が聞こえた。その声を聞いているだけで智也は幸せだった。
ポニアードのゲームに勝った。ポニアードの言葉を信じるならば、これで彼女は解放される。
そう思った矢先だった。
「ぶごっ」
智也の耳元で未世の声がした。まるで血を吐き出すような濁った声。嫌な音だった。気のせいだと思いたかった。
智也は慌てて未世の顔を見た。
「え……?」
未世は何が起こったのかわからないと言った様子で、きょとんとした表情を浮かべていた。その口元には真新しい血がついている。何が起きているのか全くわからない状況の中、智也はそんな未世を見つめることしかできない。
次の瞬間、未世は
「ごぼっ」
とまた吐血した。どす黒く濁った血が智也の身体にかかる。
「羽素さん」
状況が飲み込めず、智也は叫ぶ。その間も未世は血を吐いていた。
どうしていいのかわからない智也は、吐血が治まるのを見計らって、いったん未世を寝かせる。しかし、当然だがそれで状況がよくなることはなかった。
未世の身体は不自然に小刻みに震えている。呼吸は弱い。虫の息だった。
どう見ても助かりそうな気配はなかった。
一体何が起こってるのかもわからない。智也は戸惑い、うろたえ、絶望していた。
すると、背後から堪えきれないような大きな笑い声が響いてきた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははは…………。本当にあなたたちは最高ね」
智也は後ろを振り向く。そこにはお腹を抱えて笑っているポニアードがいた。
「ポニアード!何をした?」
智也は今にも襲いかかりそうな勢いで立ち上がり、ポニアードに詰め寄る。
「あははははは。何って。私は何もしてないわ。あなたが毒を飲ませたんじゃない」
ポニアードは笑いながら、答える。
「毒だと?」
智也は絶望で目の前が真っ暗になる。それでも、気を強く持てたのは未世を助けたい一心からだった。
「嘘をついたのか」
「ついてないわ。私が飲んだのは治療薬だけど、あなたに渡したのは、そうだと言ってない。ただ、楽になるといっただけよ。ちゃんとね。ぷっくくく」
ポニアードは心外だといわんばかりに口を尖らせる。しかし、すぐにまた笑い出した。
「ふざけるな」
「あらあら、そんなに怒ると血管が切れるわよ」
「お前は殺す」
智也は銃を向ける。
「殺せなかった人が言っても説得力はないわ。ああ、でも、ちゃんと一人殺せたわね。おめでとう。初めてが未世ちゃんでよかったわね」
ポニアードはまた堪えきれないように笑い出す。
「くそがっ」
そんなポニアードに向けて智也は銃を撃った。しかし、ポニアードは身を一歩前に出して躱す。智也の目の前に来たポニアードは酷薄な笑みを浮かべた。
「殺さないって言った手前、未世ちゃんが死にかけていたときは本当に申し訳なかったの。だから、あなたが毒を飲ませてくれて感謝しているわ。これで未世ちゃんが死んでもあなたのせいよ」
そのままぺこりと頭を下げる。
「ありがとう。これで私の心は痛まない」
何を言われているのか智也は理解できなかった。ただ、自分が殺さなかった相手が最悪だということだけは理解できた。
しかし、智也は何も反論できなかった。ただぼう然とポニアードを見つめることしかできなかった。
「お前はいったいなんなんだ?」
智也の問いにポニアードはキョトンとした顔を浮かべた。
「何言ってるの?あなたと同じ人間に決まってるじゃない」
当然のことのように言われた言葉を智也は理解できなかった。
「そんなこともわからないなんて、智也くんはボケちゃったのかな。それじゃあ、未世ちゃんを殺しても仕方ないわね」
そう言われて智也はっとして、未世を見た。瀕死の少女に動きはない。呼吸しているのかもわからない。どうしたら彼女が助かるのか想像もつかなかった。
「あ……ああ……」
羽素未世が死ぬ。
自分のせいで死ぬ。
ポニアードを殺さなかったから死ぬ。
自分が毒を飲ませたから死ぬ。
どれも否定できない事実だった。
どうしようもない絶望が智也を包み込む。
未世が死ぬのなら自分も一緒に死にたかった。
それが彼女を殺した自分が選べる唯一の道だと思っていた。
どうしたらいいのかわからない。これが夢なら早く覚めてほしかった。でも、そんな都合のよいことは起こらない。目の前に起こっていることはまごうことなき悪夢で、覆りようのない現実だった。
完全に智也の心は折れていた。
「あら、もしもーし」
ポニアードはぼう然と立ち尽くす智也の目の前で手を振る。
しかし、智也は反応する気力も湧かなかった。
「もしかして壊れちゃった? まあ、いっか。もう十分楽しんだし」
ポニアードは満足げに頷くと、智也の目の前で振っていた手を下ろした。
自分のせいで大切な人が死ぬ恐怖から全身の力が抜け、手から銃が落ちそうになる。智也はそれをすんでのところで掴み、残った力を振り絞り握りしめた。
そして、自分の頭に銃口を向けた。
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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