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第6話
佐坂智也の救うための戦い その4
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「え?」
撃たれたはずのポニアードは生きていた。不思議そうに自分を見ていたポニアードだったが、変化がないことがわかると口調を荒げた。
「何?この期に及んでまさか殺せないなんていうんじゃないでしょうね」
「いや、もう終わったよ」
「何を言って――」
ポニアードが何を言いかけた瞬間、倒れた身体ががくんと崩れ落ちた。まるで全身が柔らかくなったように力が入らない。
「何をしたの……?」
智也は何も答えず、ただ冷たい目線を向けていた。
ポニアードの身体は少しずつ溶けていた。力を込めようとすればするほど、ドロドロに溶けていく。
「なにこれ?……まさかその銃の……」
ポニアードは何かに気づいたように目を見開きながら、智也の銃を見た。
「ああ、能力だよ」
智也はそう言うと銃をくるくると回した。そんな智也を驚いたように見ていたポニアードは、突然笑い出した。
「なにそれ……くくく……あははっは……あなたこそ無茶苦茶で卑怯じゃない。徐々に溶かす殺し方なんて私でも思いつかない」
ポニアードは笑いながら感嘆の声を上げていた。ポニアードの嬉々とした声を聞きながら智也はゆっくり立ち上がる。その間もポニアードは徐々に溶けていた。
「あははははは……本当、質の悪い殺し方。あなた本当にイカレてるわね……」
身体の半分以上溶けてもポニアードは笑っていた。それは異常な光景だった。
「いや、お前よりはまともだよ」
溶けゆくポニアードを見下ろすと智也は冷たく言い放った。
「あははっははは。面白い冗談ね」
ポニアードは笑い声で返す。徐々に溶けながら大声で笑う姿は異様だった。
「ああ、そうだ。解毒剤はもらっていくぞ」
その言葉にポニアード笑いを止めると、眉を寄せた。
「未世ちゃんは死んだのに、なぜそんなものが必要なの?」
しかし、その疑問に智也は何も答えない。
「まさか……」
そこで気づいたのかポニアードは信じられないものをみたかのように目を見開きながら見つめている。そうしているうちに上半身から顔まで融解は浸食する。
「あなた……ほんと……質が……わ……ね……」
しかし、半分以上溶けていては言葉もまともに発せなかった。不明瞭な言葉を残し、ポニアードは溶けていく。その口元は楽しそうに笑う子どものようにつり上がっていた。そして、最後には彼女の身につけていた衣服が残った。智也はポニアードが完全に消えたのを確認すると、衣服をあさった。
「早く見つけないと」
衣服の中からは、三つの透明な小袋が出てきた。赤いカプセルが入ったものが二つと、青いカプセルが入ったものが一つである。
「青が解毒剤か?」
智也は袋を開けて青いカプセルを一粒飲んだ。もしも、毒なら身体に違和感があるはず、なければ解毒剤の可能性が高い。そう判断した結果だった。
薬を飲んですぐ、智也は未世のもとへ移動した。
未世は血だまりの中に倒れていた。よく見ると、腹部からの血は止まっている。
智也は彼女の口元に手を当てた。かすがだが、確かに呼吸していた。さっき智也に撃たれたのにもかかわらず、彼女は生きていた。
「よかった。うまくいった」
ほっとしたように言うと、自分の身体に意識を向ける。違和感はなかった。
羽素さんが飲んだ毒はすぐに効果があったから、この薬で大丈夫かと思案する。だが、どれだけ考えてもこれが解毒剤であるという確信は持てなかった。しかし、時間はない。彼女が毒を吐き出したおかげで命が長らえたのは事実だが、全ての毒を吐き出したかわからない以上、早めに解毒する必要があった。
「もし、違ったら僕もすぐにいくから」
死を覚悟して智也は、未世に薬を飲ませることに決めた。しかし、意識のない未世は自力で薬は飲めなかった。
智也は周囲を見渡すと、近くにあったペットボトルの水を手に取った。薬局で買ったものだった。
水をハンカチに染みこませると、智也は未世の口に付いた血を優しく拭いた。そして、自分の口も血がついている可能性があったのでハンカチで拭いておく。それから、薬と水を口に含むと、未世の身体を抱き起こし、そっと口移しで飲ませた。
「んっ」
未世の喉がかすかに動く。彼女が薬を飲んだのを確認すると、智也はそっと抱きしめた。冷たく冷え切っていたが、それでも心臓は小さく、確かに動いていた。
しばらく抱きしめてから、智也は未世をそっと寝かした。そして、彼女の頬に手を触れる。ほのかに温かかった。
「うまくいきますように」
祈るようにつぶやく。あとは、賭だった。
解毒剤が効いているのか待っている間に、智也は銃を出し、人差し指をトリガーにかけ二回転させた。そして、自分の身体の傷ついたところに順番に撃った。撃つたびに小さくうめき声を上げる。しかし、撃った場所から血が吹き出ることはなかった。銃を撃ち終わると、智也は傷口を確認する。そのすべてが塞がっていた。
「骨はさすがに治せないか」
左腕を動かそうとしても激痛で、動かせなかった。戦っている最中は気にならなかったが、どうやら骨が傷ついているようだった。智也の能力では、皮膚や内臓の傷を塞ぐことはできるが、傷ついた骨までは治せなかった。
治療が終わって立ち上がろうとすると、智也は目眩がするのを感じた。
能力を使いすぎたか。
しばらく座ったまま頭を抑える。
智也の能力は自分だけの銃である。こうした自分にしか扱えない道具を作り出すタイプの能力には独自の機能をつけるのことができた。
智也が自身の銃につけた機能、それが先ほどポニアードに明かした自分で想像した弾を撃つことができることである。彼はその能力を『NGS(悪名高い銃と弾)』と名づけていた。
想像して撃てる弾は四種類。それ以上は不可能であり、一度発動させると、一生変更することはできない。今回使ったのはそのうちの二種類。未世と自分に撃った、生命力を撃ち出し傷をふさぐ弾『リカバリー』。そして、ポニアードに撃った体内に撃つことで生物を溶かす弾『フィルフラァジル(もろさで満たす)』である。
ちなみに、リロードや弾の切り替えは、銃を回転させることで行っていた。弾を込める必要がないので、ポニアードは無限に撃てると勘違いしていたが、十五発撃つごとにリロードはしなくてはならなかった。
数分ほどで目眩が治まると、智也は携帯電話を取りだし、電話をかけた。
「十和か。智也だ。頼みがあるんだ」
十和につながると、智也は急いで廃ビルの地下駐車場まで車で迎えに来てほしいこと、重症の患者がいて前に言っていた闇医者に診てほしいということを伝えた。
「普通の病院じゃ駄目なのか」
「ああ、まずい事情がある」
そう言うと十和は苦笑した。
「わかった。ちょっと待ってろ」
「ああ、ありがとう」
電話を切ると、智也はまた別の相手に電話をかけた。
「土筆か。智也だ」
「突然どうしたの?」
「ポニアードを殺した」
智也の言葉を聞くと、土筆一瞬面食らったように黙ったが、すぐに笑い出した。
「そう、依頼達成ね。ようやく人を殺す覚悟がきまったということかしら」
「こうなることを読んでいたのか」
「まさか? そんな神様みたいなまねできるわけないでしょう」
「そうか。ところで、一つ頼みがある」
「死体の後始末?」
「ああ、それも頼む。衣類だけ残っているから足がつかないように始末してくれ」
「衣類だけ?身体は?」
「もうない」
「ふうん、あなたの能力のおかげかしら。そんなこともできるのね」
土筆の言葉に智也は無言で答える。
「まあいいわ。じゃあ、頼みって何?」
「羽素さんがこれから心から安心して暮らせるようにしてくれ」
「あの子生きているの?」
「ああ」
「死ぬと思ってた」
「ちゃんと生きている」
「そう。でも、あなたと違ってWWSから狙われることはないから安心しなさい。ただの一般人にかまっているほど暇じゃないもの」
「本当に? 万が一もないんだな」
「うーん、そう言われると自信ないけど」
「それじゃあ駄目だ」
「簡単に言うわね」
「頼む」
「…………はぁ。わかったわ。まあ、依頼をこなしてくれたことには変わりないからね。うちのボスにかけあってみる。悪い人じゃないからきっと首尾良くしてくれるわ」
「ありがとう」
「ただし、貸し一つね」
「ああ、わかってる。それと、助けてって依頼は羽素さんからなのか」
「ええ。本人はそんなつもりはなかったでしょうけどね」
「そうか」
「言ってほしかった?」
「いや、言われても覚悟は決まらなかった。ここまで追い詰められないと駄目だったと思う」
「案外、冷静なのね」
「ああ、自分でも驚くくらい落ち着いている」
「そう」
「じゃあ、羽素さんの件、頼むぞ」
「ええ。わかったわ」
電話を終えると、智也は未世の傍らに腰掛けた。そして、彼女を見る。血まみれの少女は、それでも生きていることを証明するかのようにかすかに胸を上下させている。
「解毒剤は大丈夫そうだな」
智也はようやくほっと息をついた。その口もとには幸せそうな微笑みが浮かんでいる。
未世の頬にそっと手を触れた。彼女の頬は生きていることを証明するかのようにほのかに温かい。
羽素未世に何があったのか佐坂智也は知らない。どんな辛い目に遭っていたのか。どんな思いで生きて、今まで自分と付き合っていたのか、おそらく彼女は語らないだろう。それは智也も同じだった。彼がなぜ彼女に殺されることを受け入れたのか、その理由を語るつもりはなかった。そして、もう一つ、彼は心にしまっておこうと思っていることがあった。
『智也くんは悪くない。きっと悪くない』
その言葉に自分がどれだけ救われたかということ。羽素未世が佐坂智也に救われたように、彼もまた彼女に救われていた。
「『誰かのため』か」
ぽつりとつぶきながら、智也は幼い頃の誓いを思い出す。子どもだから出た安易な発想だったが、それでも智也にとっては大切な誓いだった。
そこで智也はその誓いを口にした時、先生が困ったような顔をしながらもかすかに笑っていたことを思い出した。
人を殺す力と人のためになること。矛盾したこの二つが合わさることはないと心のどこかで悟っていたのだろう。それでも、先生は最後にこう言った。
『どんな困難なことでも必ず抜け道はある。だから、あきらめずに考え続けることが大切だ。君のその誓いが実を結ぶことを祈っているよ』
その言葉を思い出し、智也は小さく笑った。
「う…………うん……」
ふと、智也の耳にかすかな声が聞こえた。その声が聞こえると、智也は幸せそうに微笑みを浮かべる。それは羽素未世が生きている確かな証だった。
よかった。
智也は未世の頬にそっと手を伸ばす。自分が不幸にしてしまった少女。彼女が生きていたことが心の底から嬉しかった。
どうか羽素さんがこの先もずっと幸せに過ごせますように――
心の中で智也は祈る。
――そのために僕はこの力を使おう。
そうして、智也は一つの誓いを立てた。
それは罪悪感からくる罪滅ぼしだった。同時に、自分を救ってくれた恩人に対する恩返しでもあった。
そんな人知れず立てられた誓いを智也は一生忘れないように心に刻んだ。
こうしてポニアードとの戦いは終わり、智也と未世は生き残った。
撃たれたはずのポニアードは生きていた。不思議そうに自分を見ていたポニアードだったが、変化がないことがわかると口調を荒げた。
「何?この期に及んでまさか殺せないなんていうんじゃないでしょうね」
「いや、もう終わったよ」
「何を言って――」
ポニアードが何を言いかけた瞬間、倒れた身体ががくんと崩れ落ちた。まるで全身が柔らかくなったように力が入らない。
「何をしたの……?」
智也は何も答えず、ただ冷たい目線を向けていた。
ポニアードの身体は少しずつ溶けていた。力を込めようとすればするほど、ドロドロに溶けていく。
「なにこれ?……まさかその銃の……」
ポニアードは何かに気づいたように目を見開きながら、智也の銃を見た。
「ああ、能力だよ」
智也はそう言うと銃をくるくると回した。そんな智也を驚いたように見ていたポニアードは、突然笑い出した。
「なにそれ……くくく……あははっは……あなたこそ無茶苦茶で卑怯じゃない。徐々に溶かす殺し方なんて私でも思いつかない」
ポニアードは笑いながら感嘆の声を上げていた。ポニアードの嬉々とした声を聞きながら智也はゆっくり立ち上がる。その間もポニアードは徐々に溶けていた。
「あははははは……本当、質の悪い殺し方。あなた本当にイカレてるわね……」
身体の半分以上溶けてもポニアードは笑っていた。それは異常な光景だった。
「いや、お前よりはまともだよ」
溶けゆくポニアードを見下ろすと智也は冷たく言い放った。
「あははっははは。面白い冗談ね」
ポニアードは笑い声で返す。徐々に溶けながら大声で笑う姿は異様だった。
「ああ、そうだ。解毒剤はもらっていくぞ」
その言葉にポニアード笑いを止めると、眉を寄せた。
「未世ちゃんは死んだのに、なぜそんなものが必要なの?」
しかし、その疑問に智也は何も答えない。
「まさか……」
そこで気づいたのかポニアードは信じられないものをみたかのように目を見開きながら見つめている。そうしているうちに上半身から顔まで融解は浸食する。
「あなた……ほんと……質が……わ……ね……」
しかし、半分以上溶けていては言葉もまともに発せなかった。不明瞭な言葉を残し、ポニアードは溶けていく。その口元は楽しそうに笑う子どものようにつり上がっていた。そして、最後には彼女の身につけていた衣服が残った。智也はポニアードが完全に消えたのを確認すると、衣服をあさった。
「早く見つけないと」
衣服の中からは、三つの透明な小袋が出てきた。赤いカプセルが入ったものが二つと、青いカプセルが入ったものが一つである。
「青が解毒剤か?」
智也は袋を開けて青いカプセルを一粒飲んだ。もしも、毒なら身体に違和感があるはず、なければ解毒剤の可能性が高い。そう判断した結果だった。
薬を飲んですぐ、智也は未世のもとへ移動した。
未世は血だまりの中に倒れていた。よく見ると、腹部からの血は止まっている。
智也は彼女の口元に手を当てた。かすがだが、確かに呼吸していた。さっき智也に撃たれたのにもかかわらず、彼女は生きていた。
「よかった。うまくいった」
ほっとしたように言うと、自分の身体に意識を向ける。違和感はなかった。
羽素さんが飲んだ毒はすぐに効果があったから、この薬で大丈夫かと思案する。だが、どれだけ考えてもこれが解毒剤であるという確信は持てなかった。しかし、時間はない。彼女が毒を吐き出したおかげで命が長らえたのは事実だが、全ての毒を吐き出したかわからない以上、早めに解毒する必要があった。
「もし、違ったら僕もすぐにいくから」
死を覚悟して智也は、未世に薬を飲ませることに決めた。しかし、意識のない未世は自力で薬は飲めなかった。
智也は周囲を見渡すと、近くにあったペットボトルの水を手に取った。薬局で買ったものだった。
水をハンカチに染みこませると、智也は未世の口に付いた血を優しく拭いた。そして、自分の口も血がついている可能性があったのでハンカチで拭いておく。それから、薬と水を口に含むと、未世の身体を抱き起こし、そっと口移しで飲ませた。
「んっ」
未世の喉がかすかに動く。彼女が薬を飲んだのを確認すると、智也はそっと抱きしめた。冷たく冷え切っていたが、それでも心臓は小さく、確かに動いていた。
しばらく抱きしめてから、智也は未世をそっと寝かした。そして、彼女の頬に手を触れる。ほのかに温かかった。
「うまくいきますように」
祈るようにつぶやく。あとは、賭だった。
解毒剤が効いているのか待っている間に、智也は銃を出し、人差し指をトリガーにかけ二回転させた。そして、自分の身体の傷ついたところに順番に撃った。撃つたびに小さくうめき声を上げる。しかし、撃った場所から血が吹き出ることはなかった。銃を撃ち終わると、智也は傷口を確認する。そのすべてが塞がっていた。
「骨はさすがに治せないか」
左腕を動かそうとしても激痛で、動かせなかった。戦っている最中は気にならなかったが、どうやら骨が傷ついているようだった。智也の能力では、皮膚や内臓の傷を塞ぐことはできるが、傷ついた骨までは治せなかった。
治療が終わって立ち上がろうとすると、智也は目眩がするのを感じた。
能力を使いすぎたか。
しばらく座ったまま頭を抑える。
智也の能力は自分だけの銃である。こうした自分にしか扱えない道具を作り出すタイプの能力には独自の機能をつけるのことができた。
智也が自身の銃につけた機能、それが先ほどポニアードに明かした自分で想像した弾を撃つことができることである。彼はその能力を『NGS(悪名高い銃と弾)』と名づけていた。
想像して撃てる弾は四種類。それ以上は不可能であり、一度発動させると、一生変更することはできない。今回使ったのはそのうちの二種類。未世と自分に撃った、生命力を撃ち出し傷をふさぐ弾『リカバリー』。そして、ポニアードに撃った体内に撃つことで生物を溶かす弾『フィルフラァジル(もろさで満たす)』である。
ちなみに、リロードや弾の切り替えは、銃を回転させることで行っていた。弾を込める必要がないので、ポニアードは無限に撃てると勘違いしていたが、十五発撃つごとにリロードはしなくてはならなかった。
数分ほどで目眩が治まると、智也は携帯電話を取りだし、電話をかけた。
「十和か。智也だ。頼みがあるんだ」
十和につながると、智也は急いで廃ビルの地下駐車場まで車で迎えに来てほしいこと、重症の患者がいて前に言っていた闇医者に診てほしいということを伝えた。
「普通の病院じゃ駄目なのか」
「ああ、まずい事情がある」
そう言うと十和は苦笑した。
「わかった。ちょっと待ってろ」
「ああ、ありがとう」
電話を切ると、智也はまた別の相手に電話をかけた。
「土筆か。智也だ」
「突然どうしたの?」
「ポニアードを殺した」
智也の言葉を聞くと、土筆一瞬面食らったように黙ったが、すぐに笑い出した。
「そう、依頼達成ね。ようやく人を殺す覚悟がきまったということかしら」
「こうなることを読んでいたのか」
「まさか? そんな神様みたいなまねできるわけないでしょう」
「そうか。ところで、一つ頼みがある」
「死体の後始末?」
「ああ、それも頼む。衣類だけ残っているから足がつかないように始末してくれ」
「衣類だけ?身体は?」
「もうない」
「ふうん、あなたの能力のおかげかしら。そんなこともできるのね」
土筆の言葉に智也は無言で答える。
「まあいいわ。じゃあ、頼みって何?」
「羽素さんがこれから心から安心して暮らせるようにしてくれ」
「あの子生きているの?」
「ああ」
「死ぬと思ってた」
「ちゃんと生きている」
「そう。でも、あなたと違ってWWSから狙われることはないから安心しなさい。ただの一般人にかまっているほど暇じゃないもの」
「本当に? 万が一もないんだな」
「うーん、そう言われると自信ないけど」
「それじゃあ駄目だ」
「簡単に言うわね」
「頼む」
「…………はぁ。わかったわ。まあ、依頼をこなしてくれたことには変わりないからね。うちのボスにかけあってみる。悪い人じゃないからきっと首尾良くしてくれるわ」
「ありがとう」
「ただし、貸し一つね」
「ああ、わかってる。それと、助けてって依頼は羽素さんからなのか」
「ええ。本人はそんなつもりはなかったでしょうけどね」
「そうか」
「言ってほしかった?」
「いや、言われても覚悟は決まらなかった。ここまで追い詰められないと駄目だったと思う」
「案外、冷静なのね」
「ああ、自分でも驚くくらい落ち着いている」
「そう」
「じゃあ、羽素さんの件、頼むぞ」
「ええ。わかったわ」
電話を終えると、智也は未世の傍らに腰掛けた。そして、彼女を見る。血まみれの少女は、それでも生きていることを証明するかのようにかすかに胸を上下させている。
「解毒剤は大丈夫そうだな」
智也はようやくほっと息をついた。その口もとには幸せそうな微笑みが浮かんでいる。
未世の頬にそっと手を触れた。彼女の頬は生きていることを証明するかのようにほのかに温かい。
羽素未世に何があったのか佐坂智也は知らない。どんな辛い目に遭っていたのか。どんな思いで生きて、今まで自分と付き合っていたのか、おそらく彼女は語らないだろう。それは智也も同じだった。彼がなぜ彼女に殺されることを受け入れたのか、その理由を語るつもりはなかった。そして、もう一つ、彼は心にしまっておこうと思っていることがあった。
『智也くんは悪くない。きっと悪くない』
その言葉に自分がどれだけ救われたかということ。羽素未世が佐坂智也に救われたように、彼もまた彼女に救われていた。
「『誰かのため』か」
ぽつりとつぶきながら、智也は幼い頃の誓いを思い出す。子どもだから出た安易な発想だったが、それでも智也にとっては大切な誓いだった。
そこで智也はその誓いを口にした時、先生が困ったような顔をしながらもかすかに笑っていたことを思い出した。
人を殺す力と人のためになること。矛盾したこの二つが合わさることはないと心のどこかで悟っていたのだろう。それでも、先生は最後にこう言った。
『どんな困難なことでも必ず抜け道はある。だから、あきらめずに考え続けることが大切だ。君のその誓いが実を結ぶことを祈っているよ』
その言葉を思い出し、智也は小さく笑った。
「う…………うん……」
ふと、智也の耳にかすかな声が聞こえた。その声が聞こえると、智也は幸せそうに微笑みを浮かべる。それは羽素未世が生きている確かな証だった。
よかった。
智也は未世の頬にそっと手を伸ばす。自分が不幸にしてしまった少女。彼女が生きていたことが心の底から嬉しかった。
どうか羽素さんがこの先もずっと幸せに過ごせますように――
心の中で智也は祈る。
――そのために僕はこの力を使おう。
そうして、智也は一つの誓いを立てた。
それは罪悪感からくる罪滅ぼしだった。同時に、自分を救ってくれた恩人に対する恩返しでもあった。
そんな人知れず立てられた誓いを智也は一生忘れないように心に刻んだ。
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