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第6話
(羽素未世の生きるための選択 その3)
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気がつくと、私は血を吐いていた。
食べたものを吐き出すとは、また違う感触だった。自分の意志に反して喉から何かが戻ってくることは、気持ち悪くて苦しい。その上、吐き出すごとに命が失われていくような、そんな恐怖感があった。
どうしてこんなことになったのかわからない。
智也くんが助けに来てくれたことは覚えている。心の底から嬉しかった。
そして、彼に薬を飲まされたことも覚えている。ぼんやりとした意識の中、彼はこれで大丈夫と言っていたのを聞いたような気がする。
わからないのは、そのあとだ。
私は突然血を吐いた。
訳がわからないまま、私の口からは血が出ていた。
智也くんが慌てて私の方を見ているのを、私は夢を見ているようなぼんやりとした様子で見ていた。
その顔があまりにも悲しく、絶望的だったので、私は大丈夫だよと言いたかった。でも、私には言葉を話す力も残ってなかった。そもそも、大丈夫ではなかった。
身体が冷たくなっていくのがわかった。
指先から動かなくなっていくのもわかった。
意識が少しずつ薄れていくのもわかった。
唯一の幸いは、腹部の痛みがなくなったことだった。感覚が鈍くなっているだけなのかもしれないが、痛みがなくなったおかげでずいぶんと楽になっていた。
多分、さっき飲んだ薬が毒だったんだろと、薄れゆく意識の中で私はまるで他人事のように思った。同時に、このまま死ぬのだろうということが、なんとなくわかった。
正直なところ、私はもう疲れきっていた。だから、どうせもう死ぬしかないのなら、いっそのこと早く死にたいとさえ思っていた。今までさんざん死にたくないともがき、足掻き、他人に迷惑をかけてきたのに、ずいぶん身勝手だと自分でも笑ってしまう。それでもどうしようもなかった。
身体は動かない。
意識は薄れてゆく。
もうもがくことも、足掻くこともできなかった。
死にたくないと言うこともできず、目の前にある死に立ち向かうことすらできなかった。
最後に智也くんの顔を見られたことは、私にとっては過ぎた幸せだと思った。
だから、このまま死んでもいい。ポニアードに刺され、痛みにのたうち回り、最後は毒を飲まされ苦しみながら死ぬ。今までさんざん死にたくないと他人を犠牲にしてきた自分の末路としてはふさわしい気がした。
もう心残りはなかった。
でも、本当にそうだろうか。
脳裏に智也くんの顔が浮かぶ。その表情は絶望に満ちていた。私が最後に見た彼の顔だった。
このまま死ねば、私は智也くんに殺されたことになってしまう。彼に飲まされた薬が毒だったことは、きっと何かの間違いだろう。おそらく、ポニアードの仕掛けた罠のせいで、彼が私に毒を飲ませたのだろうということは容易に想像できた。
でも、罠だろうと、なんだろうと関係ない。ここで私が死ねば、きっと智也くんは自分を責めるだろう。自分が殺したと死にたくなるくらい後悔するだろう。そんなのは嫌だった。
だから、私は死にたくないと思った。
智也くんが私を殺したことにしないために、死にたくないと思った。
そう思うと力が湧いてきた。自分のためには動かなかった身体が、智也くんのためなら不思議と動いた。
赤ん坊よりも緩慢な速さで私は身体を動かす。
こうして私は死にたくないと思いながら、もう少しもがいて、足掻くことにした。
食べたものを吐き出すとは、また違う感触だった。自分の意志に反して喉から何かが戻ってくることは、気持ち悪くて苦しい。その上、吐き出すごとに命が失われていくような、そんな恐怖感があった。
どうしてこんなことになったのかわからない。
智也くんが助けに来てくれたことは覚えている。心の底から嬉しかった。
そして、彼に薬を飲まされたことも覚えている。ぼんやりとした意識の中、彼はこれで大丈夫と言っていたのを聞いたような気がする。
わからないのは、そのあとだ。
私は突然血を吐いた。
訳がわからないまま、私の口からは血が出ていた。
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身体が冷たくなっていくのがわかった。
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意識が少しずつ薄れていくのもわかった。
唯一の幸いは、腹部の痛みがなくなったことだった。感覚が鈍くなっているだけなのかもしれないが、痛みがなくなったおかげでずいぶんと楽になっていた。
多分、さっき飲んだ薬が毒だったんだろと、薄れゆく意識の中で私はまるで他人事のように思った。同時に、このまま死ぬのだろうということが、なんとなくわかった。
正直なところ、私はもう疲れきっていた。だから、どうせもう死ぬしかないのなら、いっそのこと早く死にたいとさえ思っていた。今までさんざん死にたくないともがき、足掻き、他人に迷惑をかけてきたのに、ずいぶん身勝手だと自分でも笑ってしまう。それでもどうしようもなかった。
身体は動かない。
意識は薄れてゆく。
もうもがくことも、足掻くこともできなかった。
死にたくないと言うこともできず、目の前にある死に立ち向かうことすらできなかった。
最後に智也くんの顔を見られたことは、私にとっては過ぎた幸せだと思った。
だから、このまま死んでもいい。ポニアードに刺され、痛みにのたうち回り、最後は毒を飲まされ苦しみながら死ぬ。今までさんざん死にたくないと他人を犠牲にしてきた自分の末路としてはふさわしい気がした。
もう心残りはなかった。
でも、本当にそうだろうか。
脳裏に智也くんの顔が浮かぶ。その表情は絶望に満ちていた。私が最後に見た彼の顔だった。
このまま死ねば、私は智也くんに殺されたことになってしまう。彼に飲まされた薬が毒だったことは、きっと何かの間違いだろう。おそらく、ポニアードの仕掛けた罠のせいで、彼が私に毒を飲ませたのだろうということは容易に想像できた。
でも、罠だろうと、なんだろうと関係ない。ここで私が死ねば、きっと智也くんは自分を責めるだろう。自分が殺したと死にたくなるくらい後悔するだろう。そんなのは嫌だった。
だから、私は死にたくないと思った。
智也くんが私を殺したことにしないために、死にたくないと思った。
そう思うと力が湧いてきた。自分のためには動かなかった身体が、智也くんのためなら不思議と動いた。
赤ん坊よりも緩慢な速さで私は身体を動かす。
こうして私は死にたくないと思いながら、もう少しもがいて、足掻くことにした。
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