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第四章
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しおりを挟む――心と、魂と。
ふたつを捧げて、旭はもうひとつ、白蛇に捧げたいものがあった。
引き出しを恐る恐る開いて、旭はげんなりとそれを見つめる。
(白蛇さまとひとつになるには……これが入らないと……)
緑狸から押しつけられた張形を手に取り、大きなため息をついた。
「――何だ、それ」
「えっ」
旭はばっと振り返る。
閉めていたはずの襖は音もなく開いていて、そこにもたれかかるようにして白蛇が立っていた。
腕組みをして、心なしか怒ったような表情の白蛇に、旭は慌ててそれを引き出しにしまおうとするが、一足遅かった。
ずかずかと近づいてきた白蛇に手首を取られて、旭は張形を落とす。
ごとりと、二人の間に張形が転がった。
(ああああああ~~~~っ)
「これで、何をしようとしていた?」
「こ、これは……っ。そ、その……」
――貴方に抱かれたくて、準備しようとしてました。
(いっ、言えるわけない……! はしたない……っ)
問い詰められ、旭はもごもごと口を動かす。
「おまえの趣味をとやかく言いたくはないが……」
「しゅっ、趣味じゃありません!!」
旭はばっと顔を上げて、大声で否定した。
これを尻穴に差し込むことを趣味だと思われるのは、絶対に避けたかった。
「これはっ、緑狸さまが、」
「――何?」
白蛇の声色が変わった。
きゅっと瞳孔が狭くなって、声に怒気が混じる。
旭への怒りではない。緑狸への怒気だ。
「あの狸が、おまえにこれを渡す理由があるのか?」
「白蛇さまとおれの仲を誤解なさって……、それで、その、」
旭は、観念した。
洗いざらい、全部話そう。そう覚悟を決める。
でなければ、緑狸の命が危ないような気がした。
「――――それで、おまえはこれを使おうとしたのか」
「はい……。し、白蛇さまに、全部……もらって、ほしくて」
白蛇と進展したと勘違いした緑狸がこれを置いていったこと。
一度、これを使ってみようとしたが駄目だったこと。
伴侶となった今、白蛇とひとつになりたくてこれを使うかどうか迷っていたこと。
旭は全て話した。
怒気は消えたようだったが、何か考え込んだ様子の白蛇が、しばらくの沈黙の後、長いため息をついた。
「白蛇さま……?」
「分かった。これから、お前を抱く」
「へ……」
「覚悟は、できているということだろう」
ぐっと腰を引き寄せられて、至近距離で見つめられる。
「ま、まってください……っ。おれ、体洗って、」
「言っただろう。神には風呂は必要ないと」
「そそそそれでも、だ、だめです……!!」
大きなため息と共に、腕が離される。
「……奥の私室にいるから、準備が終わったら来い」
「わ、わかり、ました」
旭が首肯すると、白蛇は話は終わったとばかりにさっさと旭の部屋を後にした。
――とんでもないことになった。
旭は風呂で体をごしごしと洗いながら一人、悶絶する。
勿論、白蛇に身を捧げる事への異論はない。
むしろそのことについては旭の願いは叶ったといえる。
(けどそれが、今すぐ、だなんて……!)
あの張形すら入れることができなかったのに、と旭は思う。
床に無残に落ちた張形は、白蛇が旭の部屋を去る時にむんずと掴んで持ち去ってしまった。
後孔を拡げることなく白蛇との情交に挑むことには、不安しかない。
(白蛇さまが気持ちよくなれなかったら、どうしよう)
女性とは違って、情交をするための身体ではないのだ。
もし、白蛇が旭の体を見て、欲情することがなかったら。
旭の体を開くことに、面倒を感じてしまったら。
(もっとちゃんと、張形を使えば良かった)
あの時、怖がらずに拡げておけば良かった。
後悔しても、もう遅い。
ぐるぐると考え事をしていると、白蛇をずっと待たせることになってしまう。
旭はもう一度念入りに体を洗い、風呂から出た。
襦袢だけを身につけ、旭は白蛇の部屋の前に座る。
声をかけようとして、緊張で喉が開かず吐息だけが漏れた。
「入れ」
「しっ、し、つ、れいします……」
気配で分かったのか、白蛇の声がして、旭は返事をしながら戸を開ける。
襖は、旭が寝ているうちに直したのか、新品のようだった。
「こっちへ」
「は、はい」
白蛇がいるのは、数段階段をあがった先だ。
そこにあった格子戸も、綺麗に直されている。
階段の先の一角は、寝室のように整えられていた。
旭が一度中を見たときにはなかった分厚い布団が敷かれている。
布団を踏まないように旭が正座をすると、白蛇に布団に上がるように指示された。
おずおずと旭が布団の上に乗ると、白蛇が格子戸を閉めた。
ぴたりと閉じたのに、真っ暗ではない。
薄ぼんやりとした橙色に近い明るさがあって、火鉢もないのに肌寒さを感じない。
ここはそういう空間なのだと、旭は理解する。
お互い向かい合って、沈黙が落ちた。
何を話せば良いのか、何も話さずにいるべきなのかを迷って、言葉も浮かばない。
もじもじと指を弄ぶ旭の手に、白蛇の手が触れた。
「……っ」
びく、と肩を震わせた旭に、白蛇が「大丈夫か」と声をかける。
「ひどく、緊張している」
「は、い……」
「こわいか?」
「い、いいえ」
旭は、首を横に振った。
こわくは、ない。
ただ、うまくできるか不安で、呼吸が浅くなる。
「ここに触れるのは嫌ではないか」
「いやじゃない、です……」
すり、と指を擦られた。白蛇の手が、旭の手首を辿って、袖の中へ入ってくる。
「……ん、」
腕を優しく撫でられ、旭は吐息を漏らした。
ゆっくりと顔が近づいてきて、触れるだけの口づけをされる。
頬や額にも唇が落とされて、鼻先にも唇が触れた。
戯れのようなそれに、旭の力が抜ける。
「ふ、ふふ、」
思わず笑い声を零した旭の肩を、白蛇が少しだけ押した。
ぼす、と音がして、旭は布団に倒されたのだと分かる。
(……あ、)
白蛇を見上げて、ぞわりと全身の血が騒いだ。
熱を孕んだ瞳が、旭を見下ろしていた。
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