41 / 46
第四章
41
しおりを挟む――心と、魂と。
ふたつを捧げて、旭はもうひとつ、白蛇に捧げたいものがあった。
引き出しを恐る恐る開いて、旭はげんなりとそれを見つめる。
(白蛇さまとひとつになるには……これが入らないと……)
緑狸から押しつけられた張形を手に取り、大きなため息をついた。
「――何だ、それ」
「えっ」
旭はばっと振り返る。
閉めていたはずの襖は音もなく開いていて、そこにもたれかかるようにして白蛇が立っていた。
腕組みをして、心なしか怒ったような表情の白蛇に、旭は慌ててそれを引き出しにしまおうとするが、一足遅かった。
ずかずかと近づいてきた白蛇に手首を取られて、旭は張形を落とす。
ごとりと、二人の間に張形が転がった。
(ああああああ~~~~っ)
「これで、何をしようとしていた?」
「こ、これは……っ。そ、その……」
――貴方に抱かれたくて、準備しようとしてました。
(いっ、言えるわけない……! はしたない……っ)
問い詰められ、旭はもごもごと口を動かす。
「おまえの趣味をとやかく言いたくはないが……」
「しゅっ、趣味じゃありません!!」
旭はばっと顔を上げて、大声で否定した。
これを尻穴に差し込むことを趣味だと思われるのは、絶対に避けたかった。
「これはっ、緑狸さまが、」
「――何?」
白蛇の声色が変わった。
きゅっと瞳孔が狭くなって、声に怒気が混じる。
旭への怒りではない。緑狸への怒気だ。
「あの狸が、おまえにこれを渡す理由があるのか?」
「白蛇さまとおれの仲を誤解なさって……、それで、その、」
旭は、観念した。
洗いざらい、全部話そう。そう覚悟を決める。
でなければ、緑狸の命が危ないような気がした。
「――――それで、おまえはこれを使おうとしたのか」
「はい……。し、白蛇さまに、全部……もらって、ほしくて」
白蛇と進展したと勘違いした緑狸がこれを置いていったこと。
一度、これを使ってみようとしたが駄目だったこと。
伴侶となった今、白蛇とひとつになりたくてこれを使うかどうか迷っていたこと。
旭は全て話した。
怒気は消えたようだったが、何か考え込んだ様子の白蛇が、しばらくの沈黙の後、長いため息をついた。
「白蛇さま……?」
「分かった。これから、お前を抱く」
「へ……」
「覚悟は、できているということだろう」
ぐっと腰を引き寄せられて、至近距離で見つめられる。
「ま、まってください……っ。おれ、体洗って、」
「言っただろう。神には風呂は必要ないと」
「そそそそれでも、だ、だめです……!!」
大きなため息と共に、腕が離される。
「……奥の私室にいるから、準備が終わったら来い」
「わ、わかり、ました」
旭が首肯すると、白蛇は話は終わったとばかりにさっさと旭の部屋を後にした。
――とんでもないことになった。
旭は風呂で体をごしごしと洗いながら一人、悶絶する。
勿論、白蛇に身を捧げる事への異論はない。
むしろそのことについては旭の願いは叶ったといえる。
(けどそれが、今すぐ、だなんて……!)
あの張形すら入れることができなかったのに、と旭は思う。
床に無残に落ちた張形は、白蛇が旭の部屋を去る時にむんずと掴んで持ち去ってしまった。
後孔を拡げることなく白蛇との情交に挑むことには、不安しかない。
(白蛇さまが気持ちよくなれなかったら、どうしよう)
女性とは違って、情交をするための身体ではないのだ。
もし、白蛇が旭の体を見て、欲情することがなかったら。
旭の体を開くことに、面倒を感じてしまったら。
(もっとちゃんと、張形を使えば良かった)
あの時、怖がらずに拡げておけば良かった。
後悔しても、もう遅い。
ぐるぐると考え事をしていると、白蛇をずっと待たせることになってしまう。
旭はもう一度念入りに体を洗い、風呂から出た。
襦袢だけを身につけ、旭は白蛇の部屋の前に座る。
声をかけようとして、緊張で喉が開かず吐息だけが漏れた。
「入れ」
「しっ、し、つ、れいします……」
気配で分かったのか、白蛇の声がして、旭は返事をしながら戸を開ける。
襖は、旭が寝ているうちに直したのか、新品のようだった。
「こっちへ」
「は、はい」
白蛇がいるのは、数段階段をあがった先だ。
そこにあった格子戸も、綺麗に直されている。
階段の先の一角は、寝室のように整えられていた。
旭が一度中を見たときにはなかった分厚い布団が敷かれている。
布団を踏まないように旭が正座をすると、白蛇に布団に上がるように指示された。
おずおずと旭が布団の上に乗ると、白蛇が格子戸を閉めた。
ぴたりと閉じたのに、真っ暗ではない。
薄ぼんやりとした橙色に近い明るさがあって、火鉢もないのに肌寒さを感じない。
ここはそういう空間なのだと、旭は理解する。
お互い向かい合って、沈黙が落ちた。
何を話せば良いのか、何も話さずにいるべきなのかを迷って、言葉も浮かばない。
もじもじと指を弄ぶ旭の手に、白蛇の手が触れた。
「……っ」
びく、と肩を震わせた旭に、白蛇が「大丈夫か」と声をかける。
「ひどく、緊張している」
「は、い……」
「こわいか?」
「い、いいえ」
旭は、首を横に振った。
こわくは、ない。
ただ、うまくできるか不安で、呼吸が浅くなる。
「ここに触れるのは嫌ではないか」
「いやじゃない、です……」
すり、と指を擦られた。白蛇の手が、旭の手首を辿って、袖の中へ入ってくる。
「……ん、」
腕を優しく撫でられ、旭は吐息を漏らした。
ゆっくりと顔が近づいてきて、触れるだけの口づけをされる。
頬や額にも唇が落とされて、鼻先にも唇が触れた。
戯れのようなそれに、旭の力が抜ける。
「ふ、ふふ、」
思わず笑い声を零した旭の肩を、白蛇が少しだけ押した。
ぼす、と音がして、旭は布団に倒されたのだと分かる。
(……あ、)
白蛇を見上げて、ぞわりと全身の血が騒いだ。
熱を孕んだ瞳が、旭を見下ろしていた。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
生贄王は神様の腕の中
ひづき
BL
人外(神様)×若き王(妻子持ち)
古代文明の王様受けです。ゼリー系触手?が登場したり、受けに妻子がいたり、マニアックな方向に歪んでいます。
残酷な描写も、しれっとさらっと出てきます。
■余談(後日談?番外編?オマケ?)
本編の18年後。
本編最後に登場した隣国の王(40歳)×アジェルの妻が産んだ不貞の子(18歳)
ただヤってるだけ。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
紺碧のかなた
こだま
BL
政界の要人を数々輩出し、国中にその名をとどろかす名門・忠清寺(ちゅうしんじ)の僧見習い・空隆(くうりゅう)と澄史(とうし)。容姿端麗なだけでなく、何をやっても随一の空隆は早くから神童と謳われていたが、ある夜誰にも何も告げずに寺から忽然と姿を消してしまう。それから十年の月日が経ち、澄史は空隆に次ぐ「第二の神童」と呼ばれるほど優秀な僧に成長した。そして、ある事件から様変わりした空隆と再会する。寺の戒律や腐敗しきった人間関係に縛られず自由に生きる空隆に、限りない憧れと嫉妬を抱く澄史は、相反するふたつの想いの間で揺れ動く。政界・宗教界の思惑と2人の青年の想いが絡み合う異世界人間ドラマ。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる