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第四章

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 心地よさに手放した意識が浮上して、旭はふと目が覚める。
 至近距離に白蛇の赤い瞳があって、旭は叫びそうになった。

「目が覚めたか。体調はどうだ」

 何てことのないように聞かれ、旭ははっと自身の手を見る。
 手のひらをくるくるとひっくり返してみたり、胸の辺りをさすってみたりしたが、何も異変はない。

「おれ……」
「人間ではなくなっている。おまえは元の姿が人間だから、姿形が変わらないんだ」

 旭の不安を読み取ったのか、白蛇が答えてくれる。

「おそらく実感するのは、腹が減らないとか、そういうことで実感するのだろうが……おまえの場合、それはあまり当てにならないからな」
「あ、ははは……」
「おまえのことだから、丸一日寝ていたことに気付いてないだろう」
「えっ」

 驚いた旭に、白蛇が「ほら見ろ」と口の端を持ち上げた。

「白蛇さまは……、体調はよろしいのですか?」
「おまえは本当に俺のことばかりだな。……契約は無事成立した。雪景色をじっくり眺められたのは、初めてのことだ」

 前髪を撫でられ、旭は目を細める。
 あらわになった額に口づけられ、「わ、」と声が漏れた。
 ぶわ、と血流が逆立つ感覚に、旭は目を瞬かせた。

「庭に出てみるか?梅の花が咲いていたぞ」
「は、はい、ぜひ」

 起き上がって、旭は自身が襦袢一枚になっていることに気づく。
 誰がそうしたかは明白だ。
 隣の白蛇は旭とは逆にきちんと着物を着ていて、そのちぐはぐさに緩く頬を染める。
 旭は萌葱色の着物を手に取り、手早く身につけた。
 その過程をじっと見られていたので、ますます頬は赤くなった。

 羽織を着て庭に出てまず気付いたのは、しんから冷えるような寒さではなくなったことだ。
 雪がまだ残る庭では、もっと寒さを感じていた。
 これが、人間でなくなるということなのだろうか。
 それとも、白蛇と伴侶になったからなのだろうか。
 旭には判別のつかないことであった。

「し、白蛇さま……、」

 白蛇が、旭の手を取って、指を絡める。
 戸惑う旭に、白蛇は手に力を込めて旭を引き寄せた。
「伴侶となったのだから、慣れろ」

 耳元で囁かれ、旭はこくこくと首を上下に振った。
 機嫌の良さそうな白蛇の表情に、旭の心臓はずっと早鐘を鳴らしている。

「ほら、ここに」
「……あ、本当だ……」

 雪の下に見える、艶やかな紅梅。
 太くしっかりとした枝に咲く梅は、冬の寒さを押しのけて、凜と咲いている。
 白と梅花の色の対比も美しく、旭はしばし花に見蕩れた。

「――白蛇さまは、今朝ご覧になったのですか?」
「いや、昨日のうちに見つけた。伴侶になったら寒さに耐えられるというのは聞いていたから、庭を歩いたんだ」
「お、起こしてくださったら良かったのに……!」
「気持ちよさそうに寝ていたからな」

 拗ねるように口を歪ませて、旭ははたと気付く。

(あ、そういえば……名前)

 真名を教えて貰ったばかりだが、旭は白蛇の真名を呼んで良いのか迷う。
 慣れた呼び方で呼んでしまっているが、問題はないか心配になった。

「あの、白蛇さま……」
「なんだ」
「その、真名のことなのですが」
「ああ。どちらで呼んでもかまわない。例えば緑狸の前で俺の真名を呼んでも、緑狸には白蛇としか聞こえないようになっている。真名は、その名を持つ者が口にせぬ限り、他者に漏れることはない」
「なるほど……」

 確かに、もし名を知った者がべらべらと広げてしまえば大事になるだろう。

「おれの真名……は旭、になるのですか?」
「おまえの場合は特殊だ。神でない者が伴侶の契約を経て神となる場合、真名は存在しない。旭という元々の名前が通称として呼ばれる。その名前で、魂を揺るがすことが出来るのは俺だけだ。――おまえが例え心変わりすることがあっても、他の神と伴侶の契約を結び直すことは出来ない。……恐ろしいと、思うか」
「いえ……うれしいと、思います」

 旭は、心の底から微笑んだ。
 心だけでなく、魂の芯まで白蛇のものになったのだ。
 それも、贄としてではなく伴侶として。
 白蛇と共に生きる権利を、名実ともに手に入れた。
 心変わりをすることを許されぬ身になったことで、より一層白蛇を愛することができるとさえ思う。
 恐ろしいなどという気持ちは、微塵も湧いてこなかった。

「おまえは本当に……初めて会った時から、変わらない」
「……そう、ですか?」
「ああ。初めて会った時も、そんな瞳で俺を見ていた」

 白蛇に助けられたあの日。
 恐ろしいものを見たと逃げ惑う少年たちの中で、旭だけは、違う感情を抱いていた。

「きっと、これからも変わらないと思います」
「……ああ」

 絡めた指に、旭はぎゅっと力を込めた。
 きっとずっと、白蛇を思う心は変わらない。
 そんな確信が、旭にはあった。

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