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第四章
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しおりを挟む旭は完成した羽織を広げて、衣桁にかけた。
すぐにでも白蛇に渡したい気持ちを抑えて、旭は白蛇がいる布団に入る。
針が残っていていたり縫製が甘いところがあるまま渡すよりも、朝明るくなってから最終確認をして奉納した方が良いと思ってのことだった。
「白蛇さま、明日、羽織をお渡ししますね」
目を覚まさぬ体を撫で、旭は「おやすみなさい」と囁いた。
***
朝になって、旭は白蛇がくれた正絹の着物を身につける。
白蛇は、布団からはみ出る大きさになっていた。
一度場所を移動するために抱えてみたが、旭の力では抱えきれず、移動は諦める。
その代わり、湯たんぽの中身を新しく入れ、温度が下がらないようにした。
食事は、自室に膳を運んで済ませる。
後片付けを追えてから顔を洗い、髪の毛を整え、旭は作業部屋に入った。
衣桁にかけた羽織を朝日にかざして検分し、完成したことを確認する。
白一色の羽織は、きっと白蛇によく似合う。
旭は羽織を抱えて自室に戻った。
白蛇に羽織を掛け、旭は座して平伏する。
「白蛇さま……羽織が完成しました。受け取って、いただけますか」
(どうか、この羽織が、少しでも白蛇さまの力になりますように)
旭は瞳を閉じて、祈る。
突如、瞼の裏側が刺すように明るくなった。
旭は瞼に力を込めてぎゅっと閉じ、光をやり過ごす。
ややあって光が収まってから、旭はそっと瞳を開けて白蛇を見た。
起き上がった白蛇が、人の姿で、そこにいた。
「――――し、」
白蛇さま。
そう呼びかけようとした声は、何かに押しつけられて発することができなかった。
白蛇に抱きしめられたのだと気付く。
強く、強く抱きしめられて、苦しいほどだった。
けれど、その腕を離して欲しくなくて、旭は白蛇にかきつく。
(白蛇さま……! 白蛇さま……っ!)
旭はこみ上げるものを堪えきれなかった。
ぼろぼろと零れる涙が、白蛇の襦袢を濡らす。
「……旭」
名前を呼ばれ、旭は顔を上げた。
涙を指の腹で拭われたが、その指の優しさに、また涙が溢れる。
名前の確認の時以外で明確に名前を呼ばれたのは、これが初めてのことだった。
「……おかえり、なさい……っ」
「ああ。……ただいま」
再び腕の中に閉じ込められて、旭は胸がつまる。
(……そうだ、あの丸薬)
心地の良い腕の中で、旭ははっと思い出した。
「……あの、これを……」
旭は懐から緑狸に貰った丸薬の袋を取り出し、白蛇に渡す。
「丸薬?ああ、緑狸か」
「はい、意識が戻られたらお渡しするようにと」
「お前の力が強すぎて不要になってしまったな。……だが、受け取っておこう」
白蛇は、丸薬を口には含まず、袋を懐にしまった。
「……おまえが、結界の外に出たことは、すぐに分かった」
紫鴉に連れ去られたときのことを言っているのだと分かり、旭はぎゅっと白蛇の袖を掴む。
「自分の足で出ていったのなら、致し方のないことだと思った。だが一方で、もしそれが事故や、何かに巻きこまれて結界の外に出されてしまったのなら、連れ戻さなければ、とそう思った」
「……っ」
旭の肩に、白蛇が額を埋める。旭は息を詰めた。
白蛇の体温を感じて、心ごと震える。
「……おまえは俺を呼んだだろう。だから、行かねば、と思った。……おまえを、連れ戻すために」
「白蛇さま……」
旭は、なんと言えば良いのかわからず、口を噤んだ。
自身に都合の良いことを白蛇が言うので、これは夢なのではないかとすら考えてしまう。
けれど、白蛇の体温が、吐息が、腕が。
旭にそれが現実だと、否が応でも実感させる。
「……おまえを連れ戻せるのなら、命を賭してもかまわないと、そう思った。だが、……意識の奥深くで、おまえが俺に、力をくれているのが分かった」
奉納のことを言っているのだと、旭は気付く。
「目覚めなければ、と。生きて、おまえの姿を確かめねばならぬ。……そうして目が覚めて、目の前におまえがいて……確信した。――旭」
「……はい」
そっと、白蛇の顔が上がる。
至近距離で見つめられ、旭は涙の膜を張った瞳で白蛇の赤い瞳を見つめ返した。
「俺は、おまえを愛している」
「…………!」
「おまえを手放したくない。一生、俺と生きて欲しい。……贄ではなく、伴侶として」
濁流のようにこみ上げた気持ちを、どう表現すれば良いのか分からなかった。
「お、おれも……っ。おれも、白蛇さまのことが、ずっと……!初めて会った時から、ずっと……っ」
零れる気持ちを、うまく言葉に出来ない。
しゃくり上げるようにそう言った旭の頬を、とめどなく涙が流れていく。
「お慕い、しています……っ! ずっと、ずっと……っ!」
「――ああ。……知っている」
ふ、と口元を緩めた白蛇と、見つめ合って、沈黙する。
次から次へと零れる涙を止めるように目尻を拭われ、瞳を閉じた、その刹那。
柔らかな感触が、旭の唇に触れた。
口づけをされたと分かったのは、驚きに瞳を開いたからだ。
頬を両手で包まれて、旭は再び目を閉じた。
「……ん、……ぅ、」
何度も何度も角度を変えて唇を食まれ、旭は呼吸を浅くする。
ぐっと体重をかけられて、旭は自分の布団に倒れ込んだ。
は、は、と呼吸を整えた旭を見下ろし、白蛇は旭の心臓の辺りに手を這わせた。
「……このまま、おまえを伴侶にする。俺の伴侶になるということは、……人間ではなくなるということだ」
「……はい、」
「ここに手を入れて、魂の形を変える。これは、伴侶の契約だ。俺の真名をおまえが呼び、契約が成立する」
「白蛇さまの、真名……」
緑狸が言っていた。
伴侶や忠誠を誓った主など、特別な間柄にのみ知らせる、本当の名前。
「――俺の真名は、月白。……呼んでみろ」
「月白、さま……」
旭が呼びかけると、心臓の上に置かれた手から淡い光が漏れる。
ず、と白蛇の手が、旭の胸に沈む。
心臓を掴まれたような感覚に、旭は呻いた。
「……あっ、ああ、……ッ」
痛くはない。だが、得体の知れない感覚に、旭は体を震わせる。
「旭」
「は、ぁ……あぁ、ッ」
名を呼ばれ、返事をしようと口を開いて、言葉にならなかった。
体全体が燃えるように熱い。
体が、今まさに作り替えられようとしている。
「――誓詞奏上。月白の名において、旭を伴侶とし、契りを結ぶ。今より久遠に相親しみ、相睦び合いて相援くことを誓う」
「う……っ、あ、ア、」
体の中に、何かが流れ込んでくる。
全身の血流が沸騰したような旭の体を、冷やすように流れて、全身を巡っていく。
(……白蛇さまの、水……)
旭の体の中で、絡みつくように交わって、ひとつになっていくのが分かる。
うっとりと恍惚の表情を浮かべ、旭は意識を微睡みに預けた。
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