押しかけ贄は白蛇様を一途に愛す

阿合イオ

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第三章

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 ひたすらに蚕を茹で、糸や真綿を取り出す地味な作業が、ようやく一段落ついた。
 年を越し、一月も半ば。今日は、朝からしんしんと雪が降っている。
 百合の花嫁衣装のための下準備でもあるが、大量に糸を作る必要があったのは、白蛇が目覚めた時に渡す羽織も仕立てたいと思ったからだ。

 春までには期間がある。
 反物をふたつ織って、それぞれ白無垢と羽織に仕立てるつもりだった。

 旭は玄関の戸を開け、雪を払う。
 今日は、緑狸の一度目の訪問の日だった。
 客間の火鉢に火をつけて、鉄瓶で湯を沸かす。

「やあやあ。こんにちは」
「緑狸さま。寒い中、ありがとうございます」
「いえいえ。狸は寒さに強い生き物ですから、これぐらいの寒さは平気ですよ」

 半纏はんてんについた雪を玄関先でぱっぱと払って、緑狸が中へ入ってきた。
 熱いお茶を出すと、緑狸は湯飲みを暖を取るようにさする。

「お一人での生活はいかがですか?」
「少し寂しいですが……、不便さはありません」

 暖かい布団に、いつでも入れる風呂。食材は潤沢で、食べるものに困ることもない。
 緑狸が冬の間に訪問してくれるのも、白蛇が自分に配慮してくれたからだと知っている。
 自身がいかに恵まれた環境にいるのかを、旭は自覚していた。

「白蛇さまが、おれの暮らしを整えてくれて、ここにいてもいいと示してくれることが、とても嬉しいんです」
「ええ、ええ。白蛇様も、旭様と暮らすことが、きっと嬉しいとお思いに違いありません」
「そうだと、いいんですけど」
「蛇の神様というのは、お一人で生活されることを好みます。冬眠をせねばならないということは、冬眠の間は一緒に暮らしている者に全てを預けるようなものですから」
「あ……そう、ですね」
「ですから間違いなく、旭様は信頼されています。一緒に居て欲しい、冬を快適に過ごして欲しいとお思いでなければ私を寄越すこともないでしょう」

 瞳を細めた緑狸が、茶を啜る。
 旭は恥ずかしいような嬉しいような気持ちで、もじもじと親指を擦り合わせた。

「……本当は、伴侶がいれば、冬眠はしなくて良いのです」
「……え?」
「白蛇様はきっと、自分からそうは言わないでしょうから、反論できない今のうちにお伝えしておくんですが……蛇の神様は、伴侶を持つことで冬眠から解放されるのです」

 親指を擦り合わせていた手を止め、旭は緑狸に視線を移す。

「私は種族が違いますので、理由は定かではありませんが……。このお社の前任の神様も、伴侶がいらっしゃったので冬眠はしていませんでした」
「……伴侶……」
「蛇の神様は、執着心がとても強い種族です。冬眠をしなくてよくなるのは、伴侶への執着が原因ではないかとも言われています」
「体が、寒さに耐えられるようになるということでしょうか?」
「ええ、ええ。そのようですよ。伴侶になる儀式を通して、冬の寒さに耐えられる体になるそうです」

(……おれがここにいたら、白蛇さまはいつまで経っても伴侶を得ることが出来ないんじゃ……)

 それは嫌だ、と思う。
 白蛇の迷惑になることはしたくないのに、それと同じくらい白蛇が伴侶を得るのもいやだった。
 きっとその伴侶は、自分の知らない白蛇の真名を呼べる人なのだから。

 ぐっと両手を組んだ旭に、緑狸の柔らかな声が落ちる。

「……私はね、旭様。その伴侶が、旭様だったらいいのに、と思うのです」
「おれ……ですか?」
「ええ、ええ。白蛇様のことを旭様よりも思い、尽くす人は……後にも先にも現れないんじゃないかと、そう思うのです。それに」

 言葉を切った緑狸が、にやりと口角を上げた。

「ここ。白蛇様と、になったのではないのですか?」

 片目を閉じて茶目っ気のある表情で、緑狸が首筋を指す。
 旭は勢いよく首筋を隠してから、ハッとした。

(あ、痕は消えてるはずなのに……っ!)

「前回訪問させていただいた時に、ずっと見えていたのですが、お伝えする暇もなかったもので」

 ははは、と朗らかに笑いながら、緑狸はたもとをごそごそと探り出した。
 今度は何が出てくるのかと旭が見ていると、中から男性器を模した置物のようなものが出てきて、旭はぎょっとする。
「り、緑狸さま……」
「私は白蛇様の大きさを知りませんので、こちらで物足りるかどうか……」
「じゃなくて!おれと白蛇さまは、そ、そういう関係じゃありません!!」

 旭は自身と緑狸との間に鎮座するそれを直視することが出来ず、顔を覆った。

「な、なんと……!おやおや。まさか読み違えてしまうとは、商人の名折れ」
「し、しまってください……っ」
「そういう関係でないなら、尚更今後のために持っておいた方が良いですよ。ええと、ありましたありました。こちらは先ほどよりも大きさの小さいものです。温めて中の空洞に手拭いを入れて使用するんですが……旭様?」

 旭は顔を真っ赤にして俯いた。
 首の後ろまで熱くなっている気がする。

「旭様、大変初心でいらっしゃるんですね」
「うう……」
「痕をつけるような事になったのは、どうしてです?」

 緑狸の問いに、旭はいきさつを話した。
 自身のを白蛇にさせたことについては、しどろもどろになりながらだったが。

「それはそれは。なんというか……その、ご愁傷様でございます」
「やっぱり、神様の前でそんなふうになるなんておかしいですよね……」
「いえ。ご愁傷様なのは、白蛇様の方です」
「え?」
「いえいえ。何でもありません」

 緑狸の言葉に、旭は首をかしげるばかりだった。

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