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第三章
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しおりを挟む湯呑の茶を飲んで温まったのか、緑狸が「いいお茶ですね」と微笑んだ。
「旭様はお茶を淹れるのもお上手なんですね」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
「先ほどの続きですが、旭様は何かやりたいことはございませんか?……いえ、やり残したことでも良いのです」
「……やり残したこと……」
そう言われて、旭は着物の裾を握る。
旭にはずっと、ひとつだけずっと心に引っ掛かっていることがあった。
「おやおや。何かあるのですね?」
「―—実は、村に幼馴染が二人いるんですが……。その二人が長生きできるようにお祈りする、と約束してきたのです」
それは、幼い頃の思い出だ。
もしかしたら二人は忘れているかもしれないけれど、旭にとっては大事な約束だった。
「そのお二人のことが心に残っているのですね」
「はい……けど、おれには神の使いになれる力はないので、どうすればよいのかと……」
「願っても、それが叶わないかもしれないことを憂慮されている、と」
「はい。おれは、二人にはずっと仲良く、長生きしてほしいと思っています。けど、百合の願いひとつ叶えてあげられなかったので……」
『花嫁衣裳は旭に作ってもらうんだって、そう思ってた』
幼馴染の悲しい顔は、旭の表情を曇らせた。
「―—ふむふむ。なるほど、花嫁衣裳」
「……えっ」
声に出していただろうか、と旭は思う。
「まあまあ。ひとつ、良いお話がありますよ」
旭が疑問を口に出す前に、緑狸がにっこり笑って話を続けてしまう。
「下賜、というものをご存知ですか?」
「……いえ、初めて聞きました」
「元々は身分の高い人から低い人への施しを指す言葉なのですが、これはそのまま神様から人へも当てはまります。――奉納の逆、と言えば分かりやすいでしょうか。神が物に加護を与えて人へ渡すことで、その物を家宝のように大事にしてくれる限りその加護が続く……そういう行為を、下賜と呼んでいます」
「おれが作った物に、加護をつけてもらう、ということですか?」
「ええ。白蛇様は五穀豊穣の神様ですから、食う物には困らないように、とかそういう加護をつけることができると思います。勿論、病気平癒や健康長寿の神様にお取り次ぎするということも可能でしょうが、白蛇様のことですから――」
ぐうう、と大きな音が鳴り、旭は緑狸の腹を見る。
「いやはや、お恥ずかしい。本当に忙しくて……今日はまだ食事もできていないんです」
「神様って、お腹が鳴るんですか?」
「ええ、ええ。私の場合は特殊です。食べなくても生きていけますが、食べることが生きがいなので、腹が鳴ってしまうんですよ」
よく分からない理論だったが、旭は深く突っ込むことを諦めた。
白蛇も、以前考えるだけ無駄だというようなことを言っていた気がする。
「朝食の残りの味噌煮込みでよければ、食べていかれますか?温め直せばすぐ召し上がれますよ」
「なんと!お優しい……!ではこれをぜひ入れてください」
「う、うどん……?」
袂から出てきた包みの中には、打ち立てのうどんが入っていて、旭は目を白黒させる。
何故いつもここまで用意が良いのか疑問は増えるばかりだが、米を炊いている時間はなさそうなので味噌煮込みうどんを作った。
といっても、沸騰したところへうどんを入れるだけであったが。
用意して客間に戻ると、白蛇が仁王立ちで緑狸を睨み付けていた。
「……白蛇さま?どうかされましたか」
「旭様、やはり私の思ったとおりでした」
緑狸の言葉に首をかしげながら、食膳を渡そうとすると、白蛇が間に割って入る。
「……一度、俺に渡せ」
「は、はい」
言われるがまま、旭は白蛇に膳を渡した。すると、白蛇がそれをそのまま緑狸の前に置く。
「今のは……」
「奉納防止、ですよ。今旭様が私に膳を渡すと奉納となってしまうので、白蛇様はそれを防止なさったんです。酉の市でのことを聞いて急いで他の仕事を片付けて馳せ参じた狸にこの仕打ち……!」
よよよ、と袖を濡らす泣き真似をする緑狸を、白蛇は冷めた目で見下ろした。
「お前には必要ないだろう」
「まったくもう。蛇の神様というのは皆様こんなに執着心がお強いので?」
「狸」
「ええ、ええ。有り難くいただきますよ。冷めないうちに」
緑狸は軽快な音を立ててうどんを啜り始めた。
白蛇に視線を移すと、未だ緑狸を睨み付けていて、旭は思わずふふ、と吹き出す。
「なんだ」
「いえ、す、すみません」
あの眼光に睨まれて平気な顔でうどんを啜る緑狸も、理由は良くわからないけれど緑狸を睨み付ける白蛇も、両方可笑しかった。
「――下賜の話をしていただろう」
咳払いをした白蛇が、話題を戻す。
どうやら会話は筒抜けだったらしい。
「は、はい」
「冬眠の後……春になったら、加護を与えてやろう。村人に加護を授けることは、俺への信仰の面から見ても利点がある」
「またまたあ。そんな言い方をして……」
「狸」
「わああ。おいしい味噌煮込みうどんですねえ本当に」
緑狸はまたうどんを啜り始めた。
「問題は花嫁衣装をどう渡すかだな。お前が半年ほどで村に姿を現せば混乱を招くのだろう」
「そう、ですね……。もし、家が残っていれば、そこに置いておけば必ず分かると思います。おれの家を訪ねるのは百合か泰治ぐらいでしたから」
「そうか」
白蛇が頷く。
あの古いあばら家が残っているかは心配だったが、冬備えに忙しい時期にわざわざ取り壊したりはしないだろうという気持ちもある。
「――ふう。ごちそうさまでした」
汁まで飲み干した緑狸は、満足そうな顔で帰って行ったのだった。
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