上 下
22 / 46
第三章

22

しおりを挟む


「おやおやお二人様。どこか雰囲気が変わりましたね。この一週間で何かあったご様子」

 緑狸りょくりの言葉に、旭は慌てて顔の前で手を振った。

「いえ、特に変わりはありませんっ」
「またまたあ。商売一筋ウン十年。この狸の目はごまかせませんよ」
「十年じゃきかないだろう、お前の経歴は」
「ははは。たしかにたしかに」
 緑狸は朗らかに笑って、茶を啜った。

「反物はできあがりましたかな?」
「はい。――こちらです」
「どれどれ……。おお!なんと素晴らしい……!」
「売り物に、なりそうですか?」

 恐々聞いた旭に、緑狸は「ええ!」と感嘆した様子で返事をした。

「素晴らしい出来です。人間が神を思い、丹精込めて作った奉納品……。これほどの出来のものは、本当に珍しい!」

 旭は、ほっと胸をなでおろす。

「思った以上の出来栄えですよ。これは査定額の予算を変えねばなりますまい……」

 緑狸は袂をごそごそと探り、虫眼鏡を取り出した。
 つぶらな垂れ目が、虫眼鏡越しに大きくなる。
 じっくりと反物を隅々まで検分し、時折うんうんと頷く緑狸を、旭はじっくり待った。

「――お待たせいたしました」

 緑狸が、顔を上げる。
 袂に手を入れ、大きな麻袋を取り出した。
 見るからに重そうなそれが、床に置かれてごんっと大きな音を立てる。

「おっと失礼。最近あまり持たぬような大きなお金だったもので。ささ、どうぞ」

 ずいっと寄せられた麻袋の中身は、ぎっしり詰まった小判のようなものだった。

「こ、れは……」
「神の世界で使われる通貨です。価値は変動しますが、大体人間が使用するものと同じ価値と考えていただいてかまいません。通貨も、奉納品ですからね」
「……なるほど……」
「これ程あれば、向こう3年は左うちわで暮らせるだろうな」
「そ、そんなに……!?」
「そんなに、価値があるものなんですよ。ああ、ちなみにですが、糸や諸々の経費を抜いてこの査定ですよ」

 たった一週間でそんな大金を貰っていいのかと旭は冷や汗を流す。

「――普通は、こんな金額にはなりません。もちろん反物は高級品ですから、それなりの価格はしますがね。旭様の織った反物は、込められている信仰心が桁違いなのです。例えば片手間で織ったとしたら、そこまでの価値はつきません。……お品物に、きちんと正当な価値をつけることもまた、我々の仕事のうちですから」
「あの……この帯も買い取っていただけたりしませんか?」
「――なんと!」

 旭は、おずおずと後ろから帯を出した。
 反物の作成は吹っ切れたこともあって順調すぎるほど順調に進み、余った日数で帯の長さまで織ることができたのだ。

「いやはや、驚きました。化かすことはあっても化かされることはあまりございませんので。……ええと、たしかこの辺に……」

 もぞもぞと袂をあさって、緑狸はああでもないこうでもないと唸る。

「……ありました! ありましたとも。持ち合わせがないなんてことがあったら大変なことでした」

 再びごそっと取り出した麻袋を、今度は慎重に置いて、緑狸は手拭いで額をぬぐった。

 受け取った額を少し使い、旭は様々なものを緑狸から購入する。
 食料は勿論のこと、次の反物を作るために使う糸、それから自分用に使うために綿や麻など、思いつくものをできるだけ購入した。
 大金を置いておくのは怖かった――といっても、思いつくものを色々買っても大金は全然減らず、かえって大金への恐怖が増しただけだったが。

 糸はかなりの量になったため、作業部屋に置くことができず、旭の隣の空き部屋に置いておくことになった。
 綿や食料は外の蔵に保管する。
 ひんやりとした蔵は、夏でもあまり気温が上がらず、食材を置いておくにはちょうどいい。
 緑狸が次に来るのは一か月後なので、それまで食料を腐らせることがないように管理していかなければならない。

(あとは糸の仕分けだな)

 糸は、絹糸以外に綿の糸も購入した。
 正絹しょうけんの着物で作業すると汚れが気になってしまうのもあり、作業用に仕立てるつもりでいた。
 だが綿からでは時間がかかってしまうのと、糸染ができないので白い着物ばかりになってしまう。
 白い着物も結局汚れが目立ってしまうので、色のついた糸を購入したのだ。

 糸を色別、種類別に仕分け、優先的に使うものだけは作業部屋に移動させていく。
 特に作業用の着物は早めに作ってしまわなくてはいけない。

(その前に、前掛けを作ったほうがいいかな)

 旭は機織機に綿糸を通し、早速作業に取り掛かった。
 正絹の着物の上から腰にまけば、汚れがついても前掛けだけを洗えばいい。
 いずれは作業着は綿のものにしてしまうつもりだったが、それまでのつなぎとして使うつもりだった。
 何とか夕餉までに前掛けが完成する。
 前掛けを身に着け、旭は夕食の準備に取り掛かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

生贄ですが僕男です・・・

花音
BL
駄文作者が 神様×生贄のBL見たかっただけです(ドヤッ) 興味あれば……なんでもウェルカムみたいな方はどうぞ〜 誤字脱字あったらすみません🙇‍♂️

俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。 勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。 しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!? たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【R18BL】下落理(げらり)

上月琴葉
BL
タイトルのみTwitterのタグにより福寿 今日亜さんより頂きました。 ――人の欲の果て、下落理とよばれるバケモノを消し去る欲喰師(よくばみし)の鉱妖の狼青年、狼夜(ろうや)とある大罪を犯しその身で下落理を浄化することを宿命づけられた兎耳の青年兎月(うづき)の「罪」と「希望」のBL退魔風ファンタジー。 ルース・シェルシェ作品群、【秋津】の過去の物語 時間軸……凍刻の翼からみて大体100年前。鉱妖四家成立前。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

ロックに沼り音に溺れFXXKに堕ちる少年群(旧「ロック音塊中毒少年群」):RGF side【第一部 完】

十鳥ゆげ
BL
(2024/08/22:身も蓋もねー改題を施しました) 須賀結斗(すが・ゆうと)は、ベースとヴォーカルを担当するバンド少年だ。 高校一年の時に偶然立ち寄ったライブハウスで、サポートとして叩いていた同い年のスーパードラマー三津屋アキラ(みつや・あきら)に一目惚れしてしまう。 高校は別だったが、何かと用事を作って彼の学校へ足繁く通ったり、彼の参加するライブには必ず足を運ぶようになったり、挙げ句三津屋アキラ以外のものでは身体が興奮しないという特殊性癖まで身についてしまった。 そして三年が経ち、結斗は三津屋アキラと同じ大学に進学を決める。 軽音部に三津屋アキラ目当てで入部してみると、そこには三津屋より注目を集める天才作曲家・水沢タクト(みずさわ・たくと)がいて——

処理中です...