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第二章

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(――なんか、頭痛いかも)

 ここ数日、旭は機織りを張り切って続けていた。
 時折白蛇が見に来ては、たわいもない言葉を交わしていく。
 夕餉の献立を聞かれたり、逆に今日はこれを食べたいと言われる日もあった。

 そうして見に来てくれるから、旭は張り切りすぎていたのかもしれない。
 晩夏から秋へ、少しずつ肌寒くなってきた季節の変わり目。
 旭は、体調を崩していた。
 井戸の水で体を洗っていたのも原因だろう。
 慣れない環境で、いつもよりも働き過ぎていた。
 たった一週間と少し食事と睡眠が改善しても、体力がすぐにつくわけではない。
 体力以上に働いていた結果、疲労で熱が出たのだ。
 風邪を引いたときのような喉の痛みや鼻水があるわけではない。
 疲労で熱を出すのは、村で暮らしていたときも時々あったことだった。

 幸い、反物の作成は順調すぎるくらい進んでいて、もうほとんど完成している。

(朝よりも、体温が上がってる……)

 昼間にもかかわらず、旭は寒気にふるりと身を震わせた。
 頭痛と寒気がひどくなってきて、さすがに機織りの手を止める。
 こんな時は大抵、二日ぐらい布団で休めばまた働けるようになるが、完成が目前の今、休むわけにはいかなかった。

(二日も休んだら、間に合わなくなる)

 緑狸りょくりが訪れるのは二日後。

(休むとしても、完成してからだ)

 本当は、白蛇に体調不良がばれたくないという気持ちもある。
「病弱ではない」と言った手前、こんなに早く病に臥せったらいよいよ信用を失ってしまうかもしれない。それはとても怖いことだった。
 けれど、体調不良を隠して無理をして倒れたら、きっとその方が迷惑になる。

(――白蛇さまは、優しい方だから)

 旭は、もう分かっている。
 白蛇が旭をちゃんと気にかけてくれていることを。
 たとえ自分と同じ重量でなくとも、同じ温度でなくとも。
 だからこそ、心配をかけたくなかった。
 もし隠して無理をして倒れたら、きっと白蛇は自責してしまうと旭は思う。
 旭じゃなくても、ここにいるのがどんな人間だったとしても、白蛇は優しく手を差し伸べてくれる神様なのだから。

(だから、完成したら、ちゃんと言わなきゃ)

 ちゃんと事情を話して、二日だけ休みを貰う。そうして、体調が良くなったら、また頑張って働いて、信用を取り戻していく。

 旭は、機織りを再開した。慎重に、丁寧に。
 熱に浮かされた頭で、逆に集中力が燃え上がるようだった。
 体調が悪かったから出来が悪かったんです、などという言い訳は絶対にしたくない。

(白蛇さまが褒めてくださるような、そんな反物を織りたい)

 いつもよりも速度は落ちていたが、それでも確実に、着実に、反物はできあがっていった。


(――――できた)


 ぱちん、と最後の糸を切って、旭は織機から反物を抜いた。
 均等に織られた布を触って感触を確かめる。これ以上は出来ないだろうという出来だった。

「できたのか」

 問いかけられて、旭ははっと顔を上げる。
 機織りを始めた日の夜と同じように、白蛇がそこに立っていた。

(……夜と、同じように……あっ!)

「……気づいたようだな。もうとっくに夜だぞ。好きな時間に呼びに来いとは言ったが、まさかこんな時間まで夢中になっているとはな」
「も、申し訳ありません……!今食事の用意を、」

 いきなり立ち上がったせいだろうか。
 それとも、体調が悪いせいだろうか。
 旭は、何もないところで躓き、前に倒れる。

「――っ!」

 前に突っ張った手を、力強く引っ張られる。
 足がもつれて前に三歩ほど進んだ旭を、白蛇が抱き止めた。

「本当によくこける……おい、おまえ」

 一段低くなった声に、旭はぎくりとする。自分で申告する前に、白蛇にばれてしまった。

「す、すみません。完成したら、ちゃんと、言わなきゃって……」
「狸の来る日くらい、いくらでも調整できる。食料だって、俺が食わねば何日分も余るだろう」
「おれ、白蛇さまと食べるご飯が好きだから……どうしても、間に合わせたくて」

 責められているわけではない。声は低いが、なじるような口調ではなかった。
 ゆだるように熱い頭で、旭はまるで子供の言い訳のような言葉を並べる。

 旭が体調不良を早めに言えなかった、もう一つの理由がこれだ。
 白蛇はきっと、旭が体調が悪いと言えば食事をとることをやめてしまう。
 元々白蛇には必要のないことだ。
 旭がきちんと食べてるかは、別に一緒に食事を取らなくても日々の在庫の残量を確認すれば事足りる。

(でも……そしたらきっと、もう一緒には食べてくれない)

 そう思うと、余計に言い出せなかったのだ。
 呆れたようなため息が聞こえて、旭は俯く。

 自分のわがままで、また白蛇に迷惑をかけてしまった。
 ぽたり。涙が零れる。

「……すみません……」
「……今日はもう、休め」

 額に、指を当てられる。
 ふ、と意識が遠のいて、旭はくたりと体の力を抜いた。

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