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第二章
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しおりを挟むふかふかの布団は、結局旭をよく眠らせた。
日の出よりも少し早く目覚めた旭は、衣桁にかけてあった着物を着て、部屋を抜け出す。
台所まで来て、昨日仕込んであった灰汁を確認する。
灰の入った水の上澄みを、灰が浮かないように丁寧に掬って漉せば、それが灰汁だ。
旭は桶に灰汁を入れて、井戸まで運ぶ。
盥にここに来るときに着てきた着物と灰汁を入れて、揉んで洗った。
汚れが落ちたことを確認し、旭は着物を緩く絞って脱水する。
適当に振って水気を振り落としたら、昨日襦袢を掛けていた枝にかけて干す。
(昨日、ここで――っ)
全裸を見られたことを思い出し、旭はぶるぶると首を振った。
正絹の襦袢は枝に干すわけにもいかないので、紐かさおだけを用意してからにしようと決め、旭はじゃばじゃばと顔を洗う。
冷たい水は、旭の顔の火照りを取ってくれた。
旭はかまどの火を起こし、米を炊く。
さつまいもを一口大に切って米と一緒に入れて、塩をまぶす。
蓋を閉めて時々火加減を見ながら、一方の鍋でひじきと豆を煮るが、これは夜用の仕込みだ。
煮物は冷めるときに味が染みる。今からやって、夜には美味しく食べられるようにしておく。
残りのかまどでとろろ汁を作ってから、米が炊けたのを見計らって火を消した。
米を蒸している間に、七輪にも火をつけ、干物を焼く。
昨日と同じくきゅうりを取り出すが、今回は薄く輪切りにして、酢と砂糖で和えた。
日が昇ってから、一時間ほどは経っただろうか。
さつまいもご飯と、とろろ汁、干物、そして酢の物。
白蛇に言われたとおり、一汁二菜の朝餉ができあがる。
配膳を済ませてから、旭は白蛇に声をかけた。
できるだけ昨日のことを思い出さないよう、深呼吸をして努めて冷静に。
「白蛇さま、おはようございます」
「ああ。おはよう」
「朝餉の時間ですが、朝早すぎたり、遅すぎたりしませんか?」
「一日二回食事をするのなら、おまえの好きな時間に声をかけてくれてかまわない」
「わかりました。……そういえば白蛇さまは、夜行性ではないのですね」
夜行性、という言葉が正しいのかは分からないが、旭はふと疑問に思ったことを口にする。
「ああ。……贄の儀式でそう言われているのか?」
「はい。夜行性だからと儀式は夕方から夜に」
「それはおそらく、口減らしするのに都合が良いからだろう。俺は人間と同じく朝起きて夜は寝る」
口減らし、と言われて旭は納得する。
日が高いうちに放置すれば、白蛇に会う前に逃げる者もいるはずだ。
白蛇が贄を積極的に逃がしていたことなど、村人たちは知る由もない。
(白蛇さまの優しさを知らないなんて、もったいない)
旭はそう思うと同時に、今は自分だけが知っているのだと思うと、少しだけ優越感が湧いた。
白蛇が旭の向かいに座って、食事を始める。
「白蛇さまは、苦手な食べ物はありますか?」
「特にない。おまえの料理……といってもまだ数品だが、どれも美味いと思う」
わずかに上がった口角に、旭は胸がきゅっと高鳴った。
(ああ。百合は泰治のためにごはんを作るとき、こんな気持ちだったんだ)
誰かのために食事を作ることなど、これまで一度もなかった。
百合が泰治のために作る握り飯やおかずのお裾分けをもらっても、旭はお返しに料理をすることはない。
百合の苦手な裁縫を代わりに手伝ったり、籠のほつれを直したり、そういう作業で返してきた。
誰かのために食事を作って、その相手が「美味い」と言ってくれる。
そんな幸せを、旭は味わってこなかった。
「夜も、気合いを入れて作ります」
「ああ。期待している。そしておまえが丸々肥えるのを楽しみにしている」
「肥え……っ!」
「冗談だ」
しれっとした顔で、白蛇がとろろ汁を啜る。
昨日の羞恥がぶり返し、旭は真っ赤になって俯いた。
「同性同士なのに、見られて落ち込むことがあるのか?」
「うう……」
(そういうことじゃない……。そういうことじゃない、けどっ)
旭が恥ずかしいのは、見られたことだけではない。
あんな風に触れられたことも、白蛇がそれをなんとも思っていなさそうなところも含め、全部恥ずかしかったのだ。
「早く食わねば冷めてしまうぞ」
「……はい……」
食事を片付けたら、仕事のはじまりだ。
(ああああああ~~~っ)
旭は昨日と同じようにぐるぐると座繰り機を回しながら、心の中だけで悶えていた。
無心でやろうとしても、どうしても白蛇の事を考えてしまう。
考えれば考えるほど分からなくなって、恥ずかしくなって、急に冷静になったりする。それを延々と繰り返していた。
(……白蛇さまの手……綺麗だったな……)
長い指先が、旭の肋骨をなぞる。骨の形を確かめるように、脇腹に沿って――。
(あああ~~~~っ)
ぐるぐると回す手を早め、旭は思考を振り払おうとする。
だが結局うまくいかず、旭は丸一日羞恥と戦う羽目になったのだった。
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