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第二章
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しおりを挟む向かい合わせに座って、旭は緊張した面持ちで白蛇を見つめる。
白蛇は食膳を一瞥してから無言だった。
(やっぱり、神様と一緒に食事をしようだなんて無謀だったんだ)
よくよく考えれば、神と同じ席について食事をするなんて恐れ多いことこの上ないことだ。
旭は食事に目を落とす。皿に盛った浅漬けのきゅうりがひとつ、山からころんと転がった。
「――まさか、いつもこの量なのか?」
長い沈黙を破って、白蛇が問いかける。
「は、はい」
「少なすぎる。これでは一日五食あっても足りないのではないか」
いつもより多いくらいです、とは言えなかった。
「責めるつもりはないが、おまえの細身の理由が分かった。――これを、一日何食だ」
「一日、二食です」
仕事に夢中で食事を忘れたり、病弱なフリをするために食事を抜いたりもしていたが、今ここで白状すると怒らせそうだと思った。
肉体労働をしていた村人――特に男衆は一日三食食べていたが、泰治や百合が様子を見に来なければ旭は一人の食事だ。
一日二回食事をすれば、それで十分だった。
「そうか。ならば、朝夕、必ず食事に俺を呼べ」
「え、」
旭は驚いて、目をぱちぱちと瞬かせる。
「おまえは放ってくと食事を抜きそうだ」
「あ、ははは……」
(バレてる……)
旭の苦笑いに、白蛇が「やはりな」という顔をした。
「一緒に食べてやるから、在庫がなくならない程度に菜を増やせ」
「わかりました」
「昨日、狸が取り出した量は多いのではないかと俺も思っていた。あいつはああ見えて大食漢だから、どうせ加減を間違えたのだろう」
「そうなんですか?意外です」
「あいつの食ってるところを見たら驚くぞ」
「ふふ、ちょっと見てみたいです」
「――食事が冷めてしまうな。いただこう」
「はい。どうぞ、召し上がれ。……お口に、合うといいんですが」
白蛇が箸を取り、食事に手をつける。美しい所作だった。
「……量はともかく、味はいい」
「ありがとうございます」
「お前も食え」
「はい。いただきます」
食事の間に、仕事の進捗や、不便なことはないか聞かれる。
それらに答えると白蛇は「そうか」と短い返事をするだけだったが、気にかけて貰えていること自体が、旭を喜ばせた。
食事が終わると、白蛇はまた自室へ戻っていった。
白蛇は、米を好んで食べた。最初は浅漬けが辛かったのかと思ったが、単に米が好きらしい。
余ったら明日食べるつもりだったが、釜の中はすっからかんだ。
一人でいたときは手間に感じて二日に一回ほどしか炊かなかったが、あれほど美味しそうに食べて貰えるなら、毎回炊きたてのご飯を食べて貰いたいと旭は思った。
旭は膳を全て洗い場に下げて、井戸から汲んできた水で洗う。
手ぬぐいで拭いて水気を取ってから、元の場所に片付けた。
かまどから灰を掻き出して、水に浸ける。
明日には灰汁になるので、洗濯用に今から作っておく。
「そろそろ、体洗いたいな……」
日が落ちたことを確認して、旭は一度自室に戻る。
着物を脱いで部屋の隅の衣桁の竿にかけ、襦袢だけになった。
旭は井戸で体を洗うつもりだ。
襦袢だけで屋敷内をうろつくのは恥ずかしさもあったが、正絹の着物をその辺に引っかける訳にはいかない。
本当は襦袢も着ていきたくないぐらいだったが、さすがに全裸で人の家を歩き回る勇気はなかった。
手ぬぐいと新しい襦袢を取り出して、桶を持って井戸に向かう。
井戸から水を汲み、手ぬぐいを浸した。
旭は襦袢をはだけ、手ぬぐいで体を擦る。
ひやりとした水には肌寒さを感じたが、汚れたままの体でいたくない気持ちが勝った。
体中を拭って、水を排水路に捨てる。
新しい水を汲んで、襦袢ができるだけ濡れないように気をつけながら頭から水を被った。
「ふう……」
絞った手ぬぐいで頭を雑に拭う。
(体洗うと気持ち良いな)
最後に顔を拭いてから、旭は着替えるために襦袢を剝いだ。
「――おまえ、何をしている?」
剝いだ襦袢を、取り落とす。
おそるおそる振り向くと、白蛇が怪訝な顔でこちらを見ていた。
「し、白蛇さま……」
「――体を洗っていたのか」
「は、はい。うるさかったですか?」
「いや。――それより、おまえ、やはり細すぎる」
手首を取られ、旭はぎくりと体を強ばらせた。
長年の不摂生は、着物を脱げば一目瞭然だ。
「……骨が、浮いている」
「ん、っ」
肋骨の辺りを手のひらで触られる。
零れた声に旭は口に手を当てるが、白蛇はなんとも思っていなさそうで、それが余計に羞恥を煽った。
浮いた骨の感触を確かめられるようにすりすりと撫でられて、旭は心臓が飛び出そうだ。
「おっ、お見苦しいものを見せて、すみません……っ!」
これ以上触られたら、色々やばい。
旭は白蛇から離れて新しい襦袢を手に取った。さっと羽織って袖を通し、前も隠してしまう。
落ちた襦袢や手ぬぐい、桶も拾って、旭は脱兎の如く駆けだした。
玄関に入る直前、旭は足を止めて、振り向く。
挨拶をきちんとしていなかったと思い至ったからだ。
「おやすみなさいっ!」
「あ、ああ。……おやすみ」
柔らかい声に、心臓の音がうるさい。
自室の襖を閉めて、旭は布団を頭まで被った。
(見られた……っ!ぜんぶ、ぜんぶ!)
言葉にならない声で唸って、旭はばたばたと悶える。
触られたところから、火が出そうだった。
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