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第二章
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しおりを挟む窓から差し込む光で、旭は目を覚ます。
日が昇ってすぐぐらいだろうか。空はまだ白んでいる。
体を起こして、旭は腕を天井に向かってぐっと伸ばした。
お腹いっぱい食べて、肌触りの良い物を着て、柔らかな布団で眠る。
上質な睡眠のおかげで、昨日の疲れはほとんど残っていなかった。
(すごく疲れがとれた気がする)
布団から出て、ゆっくり立ち上がってみる。いきなり立ち上がったらこけるかもしれないと思い、念のため壁に手をついて。
さすがに一晩で全ての疲れがとれたわけではなく、足はまだじわりと痛む。
だが、昨日のようにかくんと膝が折れたり力が抜けたりするようなことはない。
旭はほっと息を吐いて、壁から手を離す。
何度か緩く屈伸をしてから、旭は布団を畳んだ。
これくらいの痛みなら、家事や機織りをするには問題なさそうだった。
襦袢のままうろつくわけにはいかないので、旭は意を決して箪笥を開ける。
昨日は月明かりでぼんやりとしか分からなかったが、部屋が明るくなると箪笥に入っていた着物たちがよく見えた。
白鼠、白藍、薄香、薄萌黄……全て淡色の着物だ。
一番上にあった白鼠の着物を手に取る。
白蛇の髪色に少しだけ似ている薄らと灰色かかった着物に袖を通して、旭はできるだけ綺麗に見えるように形を整えた。
旭は音を立てないように部屋の襖を開けて、廊下に出る。
昨日はここを抱えられて通ったなと思い出して、旭は頬を赤らめた。
(もうあんな風に運ばれないようにしないと)
旭は最初に通された部屋までたどり着く。土間のすぐそばの部屋だ。
来るときに庭に井戸があったのを思いだして、白蛇が起きてくるまでに顔も洗ってしまおうと思い立った。
土間に下りようとしてそこに草履がふたつ置いてあることに気づく。
大きい草履と、小さい草履。
明らかに白蛇が用意したものだ。大きい草履と一緒に置いてあるのは、ひとつだけ置いてあると旭がそれを使わないということまで見透かされている。
白蛇の分と、旭の分。
そういう置き方をすることで、旭が小さい草履を使いやすいようにしてあるのだ。
旭は屈んで、草履を指で撫でた。じわりと暖かい心が広がって、顔の火照りはしばらく消えそうになかった。
「――起きたのか」
後ろから声をかけられて、旭は首をびくりとすくませる。
振り仰ぐと今想像の中にいた人がそこにいて、旭は慌てて居住まいを直した。
「おはようございます、白蛇さま」
「おはよう。……顔が赤いが、体調が悪いのか?」
「い、いえっ。これは、あの、むしろ体調が良すぎるっていうか、」
旭は顔の前で手をブンブン振って否定する。
白蛇が疑うような眼差しで旭を検分し、やがて「ならいい」と目をそらした。
「――足は大丈夫なのか?」
「はい。おかげさまで、もう歩けます」
「ああ。部屋から出て行く足音が聞こえていた」
「もしかして起こしてしまいましたか?」
「いや。元々聴力が良いんだ。気にするな」
そう言いながら白蛇が大きい方の草履を履いて土間に下りる。
「まさか俺の起きないうちに出ていこうとしたのか?」
「いえ!顔を洗おうと思って……」
「井戸か。こっちだ」
旭は小さい方の草履を履いて、土間に置いてあった盥をひとつ手に取り、白蛇の後ろについていった。
井戸まで来て、白蛇は顎に手を当てて何かを考える素振りを見せる。
「――おまえはその細腕で井戸の水が汲めるのか?」
「い、一応は……そんなに深くなければ、大丈夫です」
井戸から水を汲み上げるのはそこそこの重労働だ。基本的に水が欲しいときは幼なじみの泰治に頼んでいたが、時々は旭も自分で汲んでいた。
ただ手桶いっぱいに汲むと持ち上げられないので、ほんの少しずつではあったが。
「自噴させるか」
「じ、ふん……」
初めて聞く単語を、旭はたどたどしく繰り返す。
「使うことがないからここの存在も忘れかけていた。前任の頃からここにあるものだから、そろそろ改修した方が良いだろう。――少し下がっていろ」
「わ、わかりました」
旭が三歩ほど後ろに下がったのを確認してから、白蛇が井戸に向かって手をかざした。
すると、みるみるうちに井戸の形が変わっていく。
木で出来た古い井戸が、真四角に形を変え、石造りの囲いになった。
何個もの石を積み上げるのではなく、一辺がひと続きの成形された囲いだ。
表面がつるつるとした光沢のある石で出来た立派な囲いから、ぶくぶく、と音が聞こえる。
旭の位置からはしばらく何が起こったのか分からなかったが、やがて囲いから溢れだした水に、白蛇の言う”自噴”の意味を知る。
(自分で噴き出すから、自噴……!)
旭は目を瞠った。溢れだした水が、囲いの外周の地面を削り、一直線に敷地の外へ流れていく。
通ったところが溝のように削れて、あっという間に水を逃がす水路ができあがった。
溢れる水の速度は緩やかになり、溝よりも溢れることはなくゆっくりと水路を通っていく。
「こんなものか。どうだ、これならお前も水が汲みやすいだろう」
汲みやすい、どころの話ではなく、ほとんど水瓶に近い用途で水を使うことが出来る。
「す、ごい、です……っ!これが、白蛇さまのお力なのですね……!」
蛇神が治水の神だというのは、旭だって当然知っている。だが、単に知識として知っているのと、実際にこの目で目撃するのとでは、大きな差があった。
水を操り、五穀を豊穣させる神様。
白蛇の能力に触れ、旭は驚嘆の声を上げた。
「……顔を、洗いに来たのだろう」
白蛇は旭の賞賛には答えず、視線を逸らして旭に本来の目的を思い出させたのだった。
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