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第二章
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しおりを挟む「お前には、仕事を与える」
「はい!何でもやります」
白蛇の言葉に、旭はにこにこと頷いた。
正確には何でも出来るわけではないが、やる気だけはあった。
「調子のいいやつだな」
呆れたように呟かれたが、旭はあまり気にしていない。
言葉はぶっきらぼうであったり冷たいような言い方だが、そこに棘がないということを、旭はこの短時間で学んでいた。
「――ここには、おまえの食べるものがない。敷地内に山菜くらいは生えているだろうが……作物の奉納は何十年もないから、主食に困るだろう。俺には五穀豊穣の力があるが、この時期から田畑は作れないし、何より世話をする人間がいてはじめて実りは豊かになる」
田畑を耕し、種を撒き、雑草や害虫を取り除き、水を与える。農耕は、体力のない者にはできない。
旭は頷く。自分には出来ない仕事だ。
「先ほどおまえは針仕事や機織りなら出来ると言ったな?」
「はい。ずっとそれだけをやってきました。反物を作るのは得意です」
「ならば、反物で食料代を稼げ。それをおまえのここでの仕事とする。――それを作るのに必要なものは?」
白蛇が引き出しから紙を取り出す。
「ええと……神様たちは、どんな素材の装束をお召しになるんでしょうか」
「基本的には正絹だな」
正絹の反物といえば、蚕の繭からとれる絹糸で作る、柔らかで高貴な布だ。
旭の村でも、数年に一度、新しい花嫁衣装を作るときには用いられてきた。
「でしたら、蚕の繭、糸車。それから、機織り機が必要です」
「分かった」
文机で何かをそう時間もかけずに書き付け、それを折りたたんだ。
(手紙……?)
白蛇がふすまを開け、縁側に出る。
どこからともなく一羽の鳩がやってきて、白蛇から文を受け取って再び飛んでいった。
「今のは……?」
「ん?ああ、商人を呼ぶ為の文だ。暇ならすぐに来るぞ」
そんなに近くに住んでいるのだろうか、と旭が思ったつかの間。
「やあやあ白蛇の旦那~。ご機嫌麗しゅう!狸をお呼びですかあ」
屋敷の外から、少し間延びした柔らかい呼びかけが聞こえた。
「――ほら来た」
悪戯が成功した子供のように、白蛇がうっすらと片方の口角を上げる。
(か、かっこよすぎる……!)
思わずぎゅっと目を閉じた旭に、「外の光が眩しかったか?」などと問いかけながら、白蛇は玄関へと向かっていった。
「どうもどうも、私はしがない商人の緑狸でございます。人間と会話するのは随分久しぶりですねぇ。どうぞよしなに」
入ってくるなり恭しくお辞儀をした緑狸と名乗る男は、旭と同じくらいの世代の風貌をしている。
亜麻色の髪に、緑色の垂れ目。童顔だが、口ぶりからするに旭よりもずっと年上なのだろう。
人間ではないのだろうというのは、その口調から何となく察することが出来た。
白蛇の客人に、旭も礼を返す。
「旭と言います。こちらこそ、よろしくおねがいいたします」
「おまえ、旭というのか」
白蛇の問いかけに、そういえば出会ってから一度も名乗ってなかったことに思い至って、旭は青ざめた。
「すすすすすみません!おれは白蛇さまの名前を一方的に知っていたのに……!」
「――いや、いい。こちらも尋ねなかったから」
憮然とした表情の白蛇に、気分を損ねてしまったと旭は慌てる。
「ふふ。出会ったばかりだと文に書いてありましたが、いやはや。仲が大変よろしいことで」
緑狸が愉快そうに笑い、からかうような視線を白蛇に向けた。
「この狸は、昔なじみの商人だ。どちらかと言えば妖怪に近い者だが、商売繁盛の力を持っていて、こうして神の商人をやっている」
「ええ、ええ。しがない狸でございます」
狸、と呼ばれても緑狸は笑みを崩さない。もしかしたら白蛇よりも年上なのだろうか。
だが、それを聞く不躾さは旭にはなかった。
「さて、ご所望の品はどちらにお持ちすればよろしいのです?」
「南に、広い部屋がある。そこなら問題なく入るだろう」
「かしこまりました。ではさっそく」
ぺこりと頭を下げた緑狸が、いそいそと移動する。
話しについて行けず戸惑う旭に、白蛇は「立てるか?」と尋ねた。
「は、はい。……わあ!」
膝を立てて、立ち上がった瞬間。
旭は生まれたての子鹿のように足が震え、がくんと膝を折る。
(そ、そうだった、足……痺れてたんだった!)
白蛇の仕草に見蕩れていたり、来客があったせいで忘れていたが、旭の足はとうに限界を迎えていた。
自覚すると、もう立てそうになかった。
「す、すみません……立てそうにありません……」
意を決して旭がそう言うと、白蛇は口元に手を当ててふ、と息を漏らす。
「はは、そうか、ふ、」
白蛇はどうやら、旭がドジを踏むのが愉快らしい。
「――まあいい。後で説明してやるから、少し待っていろ。足は崩してかまわないから」
「はい……。すみません……」
初日からこんな状態で果たして役に立つことができるのか。
旭は不安になったが、どう頑張っても立てそうになかったので、せめて少しでも早くしびれが取れるように、足をさすりながら二人を待つことにした。
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