6 / 46
第一章
6
しおりを挟む柔らかな座布団の上に下ろされ、旭は慌てて立ち上がろうと腰を上げる。
土まみれの汚い着物で汚すわけにはいかないと思ってのことだったが、酷使した足が動かず、結局は座布団の上にへたり込むことになった。
「あの、汚れてしまいますっ」
「かまわない」
もしかしてあの時のように蛇の姿になって……と想像したが、旭の予想に反して白蛇は水の入った桶を持ってきて、手ぬぐいで旭の足を拭き始めた。
「じ、自分で出来ます!」
「俺がやった方が早い」
そう言われてしまえば憧れの神様から手ぬぐいを奪うことは出来ない。
旭の傷口に何かの液をかけ、丁寧に包帯を巻く。慣れた手つきでてきぱき治療され、旭はぼうっとその作業を見つめていた。
(もしかして、蛇の姿でないと治癒の力を使えないとかなのかな)
いきなり現れた憧れそのものが、自分のことを治療している。
旭は理解が追いつかず、治癒の力についてもあまり深くは考えられなくなっていた。
手のひらまで丁寧に清拭され、旭はほとんど考えることを放棄したまま「ありがとうございます」と頭を下げた。
「たいした怪我でなくて良かった。二、三日もすればここを出て行けるだろう」
「……どういう意味ですか?」
「ん?おまえは贄……口減らしで奉納されたのだろう。だが、俺は贄などいらぬ。贄には毎回、今後望み通りの人生が送れるよう加護を与えて解放していた」
「望み通りの、人生……」
旭の繰り返した言葉に、白蛇は頷いた。
「少し長くなるが、贄について説明しよう」
この山の麓に住まわせて欲しいと人々がやってきた頃、人と神はもっと近しい関係であった。
集落の中から特別な力を持つ存在を神の使いとして選び、神と人との架け橋にする。
神託は人々に届き、願いは神に届く。
そうした関係をずっと続けてきた。
そうやって神の使いになった者たちは神格が備わり、やがて小さな山や神社を守る神になった。
「それが、贄の始まりだ」
けれど、人々はやがて神の力を使わずとも自分たちの力で生活が出来るようになっていく。
狩猟や、農業の発展によって。
そして、特別な力を持つ者も減っていき、やがて贄の意味が変わっていった。
「人々が代替わりするように、神も代替わりする。そして神の代替わりというのは、神の力が失われていくことによって起こる。加護がなくなった山は、どうなると思う」
「不作や、不漁……。いえ、もっと大きな災害が起こると思います」
「その通り。不作や不漁が続き、人は荒れる。人が荒れれば信仰心が失われ、神は益々力を失う。そして、災害が起こる」
旭はこくりと唾を飲み込んだ。
「俺はいわば二代目だ。……だから俺がここへ来たときにはもう、贄というのは口減らしされた村人だった。」
最初の頃は、悲惨だったという。
代替わりしてすぐに状況が改善するわけではない。
天候の荒れや不作が起こる度に贄は捧げられ、白蛇はその度に他の山へ贄を逃がしたという。
「ただ、”奉納”という行為には意味があるんだ。神力は、信仰によって強くなるからな」
老若男女問わず贄をどんどん捧げられたことで、白蛇はどんどん力が強くなり、元々持っていた五穀豊穣の力も増幅された。
村が安定した頃、ようやく特別な力を持つ者が白蛇の前に現れた。贄としてではなく、村の神事を執り行う、巫女として。
「巫女と話をして、口減らしの贄を捧げるな、と言ったが、自浄作用と信仰を守るために必要だと逆に説得された。だから、頻度を六十年……一世代から二世代に一人、とした。先代もそれぐらいの頻度だったとは聞いていたからな。五穀豊穣を約束する代わり、それ以上の口減らしを禁止した」
六十年に一度の、贄の儀。
やっと、旭の知っている話になってきた。
「来るときに通った鳥居と社は、その時に巫女が作らせたものだ。豊作の折には贄以外の収穫物も奉納されていたが……いつしかそれはなくなっていった」
もしそれがあったなら、もっと早くに白蛇に会えていたかもしれないと思うと、旭は忸怩たる思いだった。
「おまえの時には、もはや社の位置さえ分からなかったようだったな。珍しく山に分け入る気配と……俺を呼ぶ声がした。様子を見に行って声をかけようとしたら――おまえが盛大にころんだんだ」
ははは、と愉快そうに笑われて、旭はさっと頬を染めた。
初めて見る白蛇の笑顔と、羞恥のせいだった。
「――ああ、悪い。そろそろ本題だ。今まで話したとおり、俺は贄の今後の人生ができるだけ望み通りのものになるようにしている。力の及ぶ範囲でだが」
白蛇が、旭が望みを言いやすいようにか事例を出してくる。
「村に置いてきた恋人と駆け落ちしたいというのもあったし、前回の贄は自分よりも姉の健康を望んだ。その贄は病弱だが巫女と同じように資質があって、他の神の元で神の使いとなった。俺が姉に加護を与えるよりも、その贄自身が祈る方がずっと力が強い」
(おばあのことだ)
大往生したおばあは、確かに最期まで病気ひとつせず眠るように亡くなった。
夢枕に立ったというのは、本物の妹だったのだろう。
「――おまえの望みはなんだ?」
(おれの、望み)
白蛇の問いかけに、旭は口を開いた。
「おれは、貴方に恩返しがしたくてここに来たんです。……助けて貰ったお礼がしたくて」
「あの時?」
「白蛇さまは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、おれは幼い頃いじめられていたところを助けていただきました。――十年前のことです」
「十年……ああ。覚えている。幼子だったから、蛇の姿で脅かせば止められるだろうと思ったんだ。あの時も、俺を呼んだな」
旭は覚えていて貰えたことに胸がいっぱいになる。
心の中で、しろへびさま、と呼びかけた時のことを思い出す。
あの時も、今日も。白蛇は呼びかけに応えて現れてくれた。
「はい。あの時助けていただいたご恩を、返しに来ました」
旭は、心から微笑んだ。
やっと、恩返しをするときが来たのだ。
しかし、白蛇はぽかんと口を開けた後、黙ってしまった。
「――――――いや。そういうのは、足りている」
そして、たっぷり時間をかけて返ってきた答えは、旭をがっかりさせるのには十分だった。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが
ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。
努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。
そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。
神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?
【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う
R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす
結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇
2度目の人生、異世界転生。
そこは生前自分が読んでいた物語の世界。
しかし自分の配役は悪役令息で?
それでもめげずに真面目に生きて35歳。
せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。
気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に!
このままじゃ物語通りになってしまう!
早くこいつを家に帰さないと!
しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。
「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」
帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。
エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。
逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。
このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。
これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。
「アルフィ、ずっとここに居てくれ」
「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」
媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。
徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。
全8章128話、11月27日に完結します。
なおエロ描写がある話には♡を付けています。
※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。
感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ
転生したらBLゲーの負け犬ライバルでしたが現代社会に疲れ果てた陰キャオタクの俺はこの際男相手でもいいからとにかくチヤホヤされたいっ!
スイセイ
BL
夜勤バイト明けに倒れ込んだベッドの上で、スマホ片手に過労死した俺こと煤ヶ谷鍮太郎は、気がつけばきらびやかな七人の騎士サマたちが居並ぶ広間で立ちすくんでいた。
どうやらここは、死ぬ直前にコラボ報酬目当てでダウンロードしたBL恋愛ソーシャルゲーム『宝石の騎士と七つの耀燈(ランプ)』の世界のようだ。俺の立ち位置はどうやら主人公に対する悪役ライバル、しかも不人気ゆえ途中でフェードアウトするキャラらしい。
だが、俺は知ってしまった。最初のチュートリアルバトルにて、イケメンに守られチヤホヤされて、優しい言葉をかけてもらえる喜びを。
こんなやさしい世界を目の前にして、前世みたいに隅っこで丸まってるだけのダンゴムシとして生きてくなんてできっこない。過去の陰縁焼き捨てて、コンプラ無視のキラキラ王子を傍らに、同じく転生者の廃課金主人公とバチバチしつつ、俺は俺だけが全力でチヤホヤされる世界を目指す!
※頭の悪いギャグ・ソシャゲあるあると・メタネタ多めです。
※逆ハー要素もありますがカップリングは固定です。
※R18は最後にあります。
※愛され→嫌われ→愛されの要素がちょっとだけ入ります。
※表紙の背景は祭屋暦様よりお借りしております。
https://www.pixiv.net/artworks/54224680
男の俺が痴漢されてイッちゃうなんて…!
藤咲レン
BL
【毎日朝7:00に更新します】
高校1年生のミナトが、サッカー部の練習帰りの電車の中で痴漢をされてしまう。これまで恋愛を一度もしたことのないミナトは、理性と快楽の間で頭が混乱し、次第に正体不明の手の持ち主に操られはじめ、快楽が頭を支配してゆく。
2人が大人になってからのストーリー編も連載中です。
■登場人物
矢野ミナト
・身長170cm
・ノンケ(ストレート)
・年齢=彼女いない歴(童貞)
・色白だけど細マッチョ
・明るい性格
佐藤タカシ
・身長180cm
・初体験済(女性)
・サッカーレベル超うまい
・色黒でガッシリ体型
・ミナトのことが気になり、自分がゲイかどうか悩んでいる
・責任感の強い性格、真面目
第二王子ですが、潘神のお嫁さんになります!
感想が欲しいフルーツ仙人
BL
上位存在×人間。ご先祖様が英雄から聖女を寝取って、子作りした直系子孫であるボリンブルック王家。彼らにある神託が下った。神様になった英雄を安定させ、慰めるため、聖女の代わりに、王家の者が性的ご奉仕を含めお仕えせよ(意訳)と。これに、要領のいい軟派な第二王子のオスカーが自ら挙手することになったが――? 受けが攻めをよしよし甘やかすことになります。完結まで原稿あり。
【R18】愛欲の施設- First Wedge -
皐月うしこ
恋愛
白銀に輝く美しい狼。穢れなき乙女の性を喰らって生き永らえるイヌガミ様は、愚かな人間に絶望し、その命の灯を失おうとしていた。そんな中、月が最も美しく輝く夜、古い「姫巫女」の因習にとらわれた村にやってきた一人の少女、優羽(ユウ)。彼女はイヌガミたちに「エサ」として己の体を提供することを誓ってしまった。(セカンドシーズン/愛欲の施設シリーズ第2作品目)
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる