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第一章

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 大泣きの泰治と百合に揺り起こされて旭が目覚めたのは、翌日のことだ。
 二人の両親の話によると、中々戻ってこない旭を心配して探したところ、日が暮れた頃、村の外れで旭が倒れていたという。
 どこも具合は悪くないかと聞かれたが特に体におかしいところはなく、旭は心配をかけたことを謝った。

 ぎゅうぎゅうと抱きついてくる泰治と百合に、あの時自分の存在が迷惑なのではないかとよぎった気持ちは雲散した。
 心配そうな二家族の顔を見て、自分はひとりぼっちなどではなく、まわりに支えられて生きているのだということを、旭はやっと実感する。
 この時、旭は長いこと引きずっていた両親の死を、ようやく受け入れることが出来たのだった。
 泰治と百合に釣られるようにしてわんわん泣いたあと、旭はスッキリした気持ちになった。

 旭をいじめた少年たちはというと、全員帰って来るなり怯えたように寝床に入り、そこから十日間熱で苦しんだ。

 起き上がる頃には綺麗さっぱり何もかもを忘れていて、何があったのかを説明できる者はだれもいなかった。旭の顔を見てもあの時のように忌々しそうな目線を寄越すこともない。
 少年たちの親は、田植えの時期に無理をさせすぎたからだとかそんな風に解釈して、適度に仕事を割り振るようになったのか、少年たちも遊ぶ時間がもらえるようになっていた。

 旭はあの時何があったのか、大人たちに言いつけることはなかった。
 少年たちが覚えていない以上、夢だと言われてしまうのがいやだったからだ。
 あの美しい姿を、優しくされたことを。夢で片付けられたくはないと、そう思った。

『旭はしろへびさまが好きになったのだな!』

 そう言ってくれたのは、泰治だった。
 大人たちには誰にも話したくなかったが、二人には話したいと思ったのだ。絶対に夢で片付けたりはせず、真剣に聞いてくれるという信頼があった。
 旭が思ったとおり、出来事を話しても二人は夢だとは言わなかった。
 百合はぶたれた話のあたりですぐさまいじめっこたちを殴りに行こうとしてくれたし、泰治はそれを必死で止めながら続きを促してくれた。
 白蛇の姿を木の枝で地面に描いて説明すると、身長は一反くらいあったのか、うろこの硬さはどうだったかなどとちゃんと真実として質問までしてくれる。

 そうして起きた出来事を全部話しきった頃、泰治が言ったのだ。『旭は白蛇様が好きになったのだな!』と。

『話を聞いていると、旭がどれだけしろへびさまが好きなのかわかる。おれも、旭が好きなしろへびさまを好きになったぞ!』

 ああそうか、好きになったんだ。好きなんだ。白蛇様のことが。
 すとんと腑に落ちた感覚があって、旭はにっこりと笑う。

『うん、おれ、しろへびさまが好き。大好き!』

 それから、旭たちは白蛇にもう一度会うためにどうすれば良いのかを考え始めた。
 三人で話し合っても結論が出ないまま数日。村の最長老のおばあなら何か知っているかもしれないという百合の提案で、三人で話を聞きにいくことになった。

『おばあ、しろへびさまに会うには、どうすればいい?』

 白蛇と出会ったことは口にせず、ただ会うにはどうすれば良いかだけを尋ねる。

『白蛇様はいつだって私たちを見守ってくれているけんど、そうじゃのうて、お目にかかりたいということかね?』
『うん!』
『そうさねえ。白蛇様の山に入っても、神の力で帰されるだけじゃから……。一番確実なのは、白蛇様の贄になることかもしれん』
『しろへびさまの……にえ?』

 おばあは村の最長老だ。老人特有の震える手で茶を啜って、頷いた。

『六十年に一度選ばれる白蛇様の贄。その贄だけは、白蛇様のお目にかかることが出来るはずじゃ。ああ、次はちょうど十年後じゃね。』
『どうすればにえになれるの?』
『贄、ゆうのは清らかな人間じゃなきゃいかん。あんたらは村の掟を言いつけられとるじゃろ?親の世代はそんなん言われん。贄の儀が近くなると、ことどもたちにそうやって掟を課すんじゃ』
『男でもにえになれる?』
『さあ、どうじゃろうね。前の贄は、私の妹じゃった。うんと美人じゃったが病弱で、あまり外にもよう出らんような子じゃった。かわいそうで、私がなるて言うたけんど、大人たちは聞いてもくれんかった。……それきり、二度と会えん』

 おばあが少し俯いたので、話を聞いていた三人も一緒に落ち込んだ。
 贄になる、ということはこの世界の者ではなくなるということ。それが命の終わりを意味するのか、それとも神に近しい存在となるのか、旭たちには分からなかったが、少なくとも贄になれば、もう二度と会えなくなるということは痛いほど伝わった。

『白蛇様に会いたければ、贄になるのが一番早い。けんど、贄になったら二度と誰とも会えんくなる。……ああ、最近は、夢の中にだけ出てくる。まるでそこにおるように話してくれるが、お迎えじゃないかと思うときがあるぐらいじゃて』

 どこか遠い目をして話すおばあが、穏やかに微笑む。

『この年まで病気のひとつなく暮らしてこれたんは、きっと妹が白蛇様にお願いしてくれたんじゃと思う。妹の代わりに、妹の分まで生きようと思って生きてきたけど、そろそろお役御免かもしれんね』

 おばあの家から出て、百合と泰治はひどく落ち込んでいるようだった。
 けれど、旭は生きる目的がはっきりと示された気分だった。

『百合、泰治。おれ、しろへびさまのにえになるよ』

 いつも三人で遊ぶ川辺まで来て、旭はそう切り出した。

『そしたらもう二度と会えなくなっちゃうんだよ!?』

 目に涙を貯めた百合が、旭がそう言い出すことを分かっていたかのように声を荒げた。

『旭は、わたしたちより、しろへびさまが大事なの!?』

 わんわん泣き出した百合に、旭は『ちがうよ』と言った。

『おれは、百合と泰治だって好きだよ。おれがにえにならなかったら、二人のうちのどっちかがにえに選ばれるかもしれない。でも、おれが選ばれたら、二人ははなればなれにならなくて済む。おれがにえになったら、二人がおばあみたいに長生きできるように、ずっとお願いするよ。ぜったいぜったい二人のことを忘れたりしない』

 百合と泰治の手をぎゅっと握って、旭は一生懸命説得した。二人のことが大事な気持ちと、白蛇様に会いたい気持ちを、秤にかけることなどできるわけがない。
 どちらも旭の大事なものだった。

 余計に大きな声で泣き出した百合を泰治と二人で宥めて、その日は百合の家で三人は川の字で寝た。

(にえになれるのは、びょうじゃくで、きれいで、家からぜんぜん出ない人……)

 おばあの言っていた前回の贄の特徴を何度も頭で反芻する。

 そうして、に選ばれるための努力が始まったのだった。


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