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第一章

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「……!」
「うふふ。いかがです?我が国自慢の街は」

ユースゼルクで一番大きく皇家が直接管理する街、皇都だ。他国からの商人も集まるため、とても人の数が多い。

「クレイス王国から来る途中に少し見たが、やっぱりすごいな。今の時間帯は特に人が多いのか?」
「そうですね。お昼ごはん時ですもの。それから、どこか入りたい店があったら言ってくださいね」

急遽、皇都に来ることが決まったのでお忍びの服装をしていない。そのため、皇族で国民に顔が知れ渡っているわたくしに皇女様だ!などの声が聞こえて来る。

こちらを見ている方達に微笑んで手を小さく振ると、一瞬静まり、かと思えばきゃー!と言う悲鳴が聞こえてくる。何故?

「人気者だな、リリア」
「あら、リュード様だって女性達の注目を浴びているではありませんか」

いたずらっぽく言ってくるリュード様にわたくしも同じように返した。

「リリアがそれを言うか?」

(俺は男達から睨まれているんだが)

「リュード様にそっくりそのまま返しますわ」

全然人のことを言えないリュード様にそう伝える。言い出したら埒があかないのでこれ以上は言わないけど。

「ところでリリア。あの店は?人が多く集まっているようだが…」
「あそこはお菓子専門店ですね。皇室御用達なのですよ。とても美味しいです。行ってみますか?」

シモンがワッフル、わたくしがマカロンをよく購入する店だ。他にも伯母上やルビー、母上達もよくあそこのお店の物を好んで食べている。

「そうだな。行こう」
「お菓子専門店『カイラ』。年頃の女の子達にとって、あのお店に就職するのは夢なのですよ」
「それは皇室御用達だからか?」
「それもあると思いますが、ユースゼルク一の人気店ですから。国内に何店舗も分店がありまして、皇都にあるのは本店になります」

昔から人気が衰えることはなく、ここ最近では国外にも分店を建てようかという話が出ている。一つ辺りの単価は高いが、それに見合った商品なので不満もない。もっと高くしても良いのでは?と思うくらい。

「いらっしゃいませ、皇女殿下。お久し振りでございますね。今日はどうされました?」
「お久し振り。今日は旦那様と皇都の観光をしているの。少し見ていっても構わない?」
「そうでしたか!もちろんです、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」

比較的若い女の子が多く働いているが、男性も少しいる。男性の場合はパティシエとして就職している人が多いので、奥にいるけど。

「明るい雰囲気の店だな。それに広い。ここで食べていくことも出来るのか…」
「たしかにおしゃれですよね。何か買っていきます?今日はわたくしが全てお金を出しますけど」
「そうだな、買っていこう。だがお金は自分で出す」
「そうおっしゃらず。わたくし財産が有り余っておりますから」

それなら別のことに使え、と言って一向に折れてくれない。せっかくわたくしが案内しているのだから、お金もわたくしが出したかったのに。

結局、こういう時は男である俺に払わせておけ、と言われては何も言い返せなかったので、ではお言葉に甘えてと払ってもらった。

「ありがとうございました。またお越し下さいませ!」
「ええ、またね」

わたくしはいつも通りマカロン。リュード様はビターチョコを購入していた。
購入する際店主に、殿下はマカロンが本当にお好きですねと言われたので、わたくしは一途で浮気はしないのよと言ったら笑われた。

「リュード様はあまり甘いものがお好きではないのですか?」
「いや、そんなことないぞ。今は甘いものの気分ではなかっただけだ。そう言うリリアは甘いものが好きなのか?」
「ええ、甘いものには目がありませんの!特にマカロンは一番です」

嬉しくなったので笑顔でそう伝える。甘いものは良い。疲れも癒えるし美味しいし。

「そう言えば以前、リュマベル城で晩餐のデザートにマカロンをリクエストしていたな」
「あら、覚えていましたの?」
「ああ」
「あの時のマカロンは美味しかったので、リュード様も今度食べてみてはいかがでしょう?」
「そうだな。リリアが食べる時に一緒に頂こう」

よし、言質は取った。これでリュード様にもマカロンがないと生きられない体になってもらおう。

(なんだ?少し寒気が……)

「次はどこに行きます?」
「そこの店は?」
「アクセサリー店ですか。わたくしは構いませんけど…」

何故リュード様がアクセサリー店に?どこからどう見てもあのお店は女性用のアクセサリー店だと思う。
誰かプレゼントする相手が?………愛人?

「では決まりだな」



あの後、アクセサリー店に入ったけど結局何も買わなかった。リュード様の愛人(仮)へのプレゼントでも探すのかと思っていたが…

リュード様に頼まれてわたくしは先にお店から出ている。気になる物があると言っていたからそれがプレゼント?

「あれ?リリアさん、こんなところでどうされたんですか?」
「カイ。わたくしは旦那様と皇都の観光をしていたの。カイこそどうしたの?」
「私は昼休み中なのでルビーへのプレゼントを買いに来ていたんですよ」

何かの記念日ではなくても、定期的にプレゼントを用意するのも夫婦円満の秘訣です。まあ、私の場合はルビーの喜ぶ顔を見たいと言うのもありますけどね。と、少し照れながら言われた。

こんなところで惚気ないでほしい。カイとルビーがラブラブなのは良く分かっているから。

「そう。喜んで貰えると良いわね。カイはルビーのことが大好きね」
「はい!可愛くて綺麗で明るくて元気で。腹黒いところも好きですよ」
「そう言って貰えるとわたくしも嬉しいわ」

その時、後ろからリュード様が声をかけてきた。

「リ、リリア。その男は誰だ…?」
「あらリュード様。彼は……」

(なるほど…彼がリリアさんの夫。少しからかってみようか)

「はじめまして。カイと申します。ユースゼルク七大公侯爵の一つ、エリスティア公爵家の嫡男です。リリアさんとはいつも親しくしております」
「…リュード·スミスと申します。クレイス王国筆頭公爵家の当主です」

お互いに自己紹介している。リュード様がやや不満そうだが、その態度は出すべきではない。同じ公爵家でもカイの方が格上だ。

「それでリリア。彼とここで何をしていた?」
「偶然、カイとお会いしましたので少しお話をしていただけですよ」
「親しく、と言っていたが本当か?」
「ええ、そうですけど」
「その、彼はリリアの…恋人か?」

何故そうなるのだろう。彼はルビーの夫だし、当然恋人なんかではない。

「違います!」
「ではなんだ?」
「彼はルビー…ユースゼルク皇族の直系、第一皇女ルビー·ゼル·ユースゼルクの夫ですよ!」

どこでそんな誤解をした?誤解されるようなことがあっただろうか。

「…そうなのか?」
「ええ。私はルビーを心より愛しておりますので、そのようなことはございません」
「そうか…勘違いして申し訳ない……」
「いえ、大丈夫ですよ。リリアさん、私は仕事に戻りますね」
「ええ、ご機嫌よう。お仕事頑張ってね」
「はい」

カイが去っていく直前、こちらを見てニヤッとした。どうやらわざとリュード様に誤解を与えるような言い方をしたようだ。やっぱりルビーと結婚しているだけある。

…ルビーに報告しておきましょう。きっと彼をからかって遊ぶはずだ。

「それでリュード様。気になる物があると言っていましたけど、もうよろしいの?」
「ああ。そろそろ帰るか?」
「リュード様がもう宜しいのでしたら帰りましょうか」
「ああ」

少し話し合った結果、ウィーウェンは皇都と近いので帰りは歩くことにした。ゆっくり帰りたいらしいし、わたくしとしても何も問題ない。

「リリア、さっきは悪かった」
「いえ、あれは多分カイがリュード様で遊んでいただけだと思いますわ。ですからお気になさらず」
「遊んでいた?」
「ええ。ルビーはそう言うところがありますが、その夫である彼も同じようなものということですね」
「そうか。失礼を承知で言うが、ユースゼルク大帝国の皇族は個性が強くないか?」

リュード様の言う通りだ。何故か厄介というか面倒くさいというか、普通ではない性格の人ばかり生まれる。

シュナの性格の悪さ然り、ルビーの腹黒さ然り。

「リリアのことも言っているからな?まだそこまで深い関係ではないとは言え、俺はいまだにリリアの底が見えない」
「あら、気のせいではありません?わたくしはそんなに凄い人間でもないですよ」
「…お前が言うなら、そう言うことにしておこう」
「ふふ、そうしてくださいまし」

人間、知らない方が良いことも山ほどある。知ったら最後手遅れなんてことも少なくない。注意されてもなお、首を突っ込むのならそれは自分がどうなっても文句は言えない。

少なくとも、わたくしの性格はあまり知ろうとしない方が良いと思う。恐らく、ユースゼルク皇族で一番厄介な性格なのは…わたくしだから。

もちろんそんなこと悟らせたりしない。自分の性格を笑顔と言う仮面で隠すことなんて容易いことだ。


皇都を出て少し歩くと、森に入った。この森を抜けるとウィーウェンへの近道になる。

「リリア、気付いているか?」
「勿論ですわ。逆にわたくしが気付かないとでも思っていまして?」
「いや、そんなことないが」
「誘い込まれているように見せかけて、わたくしが誘い込んでいますのよ?」

何の話をしているかと言うと、皇都を出たあたりから誰かに尾行されている。誰かと言ってもただのゴロツキだと思うが。そうでないなら誰かの手の者。どちらにしても誘い込まれてくれるのならやりやすい。

数は五人。全員男。それなりの体格で武器を持っているだろう。

「この辺で良いかしら?……そこにいる貴方達、そろそろ出てきてはいかが?ここなら周りに誰もいなくってよ」
「はっ、気付いてやがったか」
「わざわざ人のいない森に入ってくれて感謝するぜ?最も、誰かいたとしても関係ないがな、皇女様?」

わたくしのことを皇女だと知っている人は大勢いる。国民に顔が割れているのだから。これでは雇われた者かそうでないか分からない。

「いつから気付いてやがった?」
「最初から、かしら」
「最初ぉ?というと皇都を出た後からかぁ?」
「違うわよ。朝、ウィーウェン城を出た後からね」

さすがに皇城やセントリーア学園、皇都の各店舗の中までは着いてこなかったが、気配を消して尾行しているのは知っていた。この程度、気配を消した内にも入らないが。

「はあ?そこから気付いてたのかよ。あんた何もんだ?」
「ただの皇女よ」
「いや、リリア。皇女はただのではないと思うが」
「あんたは黙ってな。俺達はちゃんと気配を消していたぜ?皇女が何故気付く」
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