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第一章

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「お帰りなさいませ、姫様、皇子。そちらの方は?」

話しかけて来たのは侍女長のマーサ。ウィーウェン城には普段いないため、使用人の数は必要最低限だがマーサはその数少ない使用人の一人。

「ただいま。スミス公爵よ。わたくしの旦那様とその従者」
「あらまあ。初めまして、スミス公爵様。わたくしは侍女長のマーサと申します」
「リュード·スミスだ。宜しく頼む」
「はい。姫、お先に晩餐にしますか?」
「いえ、湯浴みをしてくるからその間に準備しておいて」
「私も姉上と同じく」
「かしこまりました」

稽古で汗をかいたので、早くスッキリしたい。それに、どうせまだ晩餐の用意は出来ていないのだから今のうちに湯浴みを済ませておいた方が良いだろう。

「では姉上。私は先に失礼します」
「ええ。…旦那様のお部屋はわたくしの私室の隣になりますので、ご案内致しますわ」
「ああ」
「ルークも旦那様の隣に部屋を用意しているわ」
「ありがとう」

先程から失礼にならない程度に城を見回している。何か珍しいものでもあったのだろうか。

「ところで旦那様。わたくし達に対する緊張がなくなったようで何よりですわ」
「ああ」
「それにしてもこの城は大きいね。リュマベル城も大きいけどその倍くらいあるんじゃない?皇城もクレイス王国の王城の倍くらいあったし」
「まあそうね。皇族に影がついているのは少なくともこの大陸ではユースゼルクだけだし、影がいると訓練場も必要だから。それに序列一位の国としての威厳も」

世界有数の大国が集まる大陸の序列一位。それは世界一の大国ということになる。そんな国の城が他国より小さくては威厳も何もない。

「へぇ~」
「着きました。旦那様はこの部屋、ルークはそこの部屋よ。ではわたくしも私室に戻ります」

それだけ告げて私室に入った。今ルイは訓練中でいないため、自分で湯浴みをする。

「ふぅ…今日は疲れたわ…」

湯船に浸かって一人呟く。

「明日は七大公侯爵のみの夜会、明後日は貴族全員参加の夜会……その次は一日仕事なしだったかしら?旦那様に皇都でも案内して差し上げようかしら……」

社交はあと三回。わたくし達帰還の夜会と以前中止になったわたくし主催のお茶会の埋め合わせ。それが終わったらあとは書類仕事だけ。

「…そろそろ上がりましょ」

着替えて、肌と髪の手入れをする。面倒ではあるが、手入れをしなければ見栄えが悪くなってしまう。

まだ晩餐に呼ばれないため、書類仕事をして待つことにした。夜に書類仕事をする時は寝惚けて間違ってはいけないので、わたくしが判子を押すだけで良いものにしている。

しばらく書類に判子を押すだけの作業をしているとマーサに呼ばれた。

「姫様。晩餐の準備が出来ました」
「分かったわ」

ナイトドレスだけでは薄着すぎるのでショールを羽織って部屋を出た。

ダイニングに向かう途中、旦那様とルークに会ったのでいっしょに行くことにした。

「お待たせ、シモン」
「いえ、私も今着いたばかりですので」
「そう」
「姫様、皇子。旦那様と奥様がお帰りになられました」
「あら早いわね。晩餐は少し待ってくれる?お出迎えするから」
「かしこまりました」

ここ最近では早い帰りだ。仕事が早く片付いたのだろうか?

「私も行きます」
「リリア、俺も行っていいか?」
「ええ」

エントランスに行き、お父様とお母様を出迎える。お二人とも疲れきっている様子だ。

「お帰りなさいませ、お父様、お母様」
「うん、ただいま。騎士団のことは兄上から聞いたよ」
「それでリリア、そちらの方はスミス公爵ではなくて?」

お母様が良い笑顔でおっしゃる。何か言いたいことがあるようだ。

「リュ、リュード·スミスと申します」
「ええ。後で話したいことがありますの。宜しいかしら?」
「ローズ。シュナとシモンがすでに問い詰めたようだから私達は我慢しようね」
「でもカーティス様!」
「はいはい、リリア達は今から晩餐のようだよ?引き止めるのも可哀想だ」
「……分かりましたわ」
お母様がムスッとしている。頬を膨らませて子供のような仕草だが、若々しいお母様がやると全然違和感がない。
お父様の言うことに従ってお母様は階段を上っていった。

「さて、わたくし達もダイニングに戻りましょうか」
「ああ」

第二で旦那様とシモンが初めて言葉を交わした時は、シモンに殺気が漂っていたが男同士話が合うのか、今は比較的和やかに話している。…本心までは分からないが。

わたくしは特に会話に混ざることもなく、黙々と食事を取っていた。今日のメインは肉料理だ。薬草を使っているらしく、普段と違った味付けでとても美味しい。今度また作って貰いたい。



「姉上、今から一緒に夜空でも見ませんか?」
「いいわよ」
「スミス公爵も来るか?綺麗に見える所があるんだ」

一応、シモンにとって旦那様は義兄になり年上でもあるが敬語を使わず公爵呼びなのは認めていないからだろうか。

「宜しいのでしたら是非」
「では行きましょう。ルークも一緒にね」
「はい」

食事を終えたわたくし達は螺旋階段を上がり、二階にあるわたくしの私室へ向かった。
別にわたくしの部屋でなくても、二階ならどの部屋でも構わない。

部屋に入り、バルコニーへ出る。そしてわたくしはバルコニーにある手すりに足をかけ、ジャンプして屋根に上った。

見慣れているシモンは平然としているが、旦那様とルークはまたもやポカンとしている。今日は同じような表情を飽きるほど見た。

「姉上の皇女らしかぬお転婆は気にしなくていい。いつものことだ」
「そ、そうですか」
「シモンは余計なことを言わなくて良いの」
「はいはい、すみませんでした」

わたくしが上ると次にルークが上がってきた。かなり高さがあるが、あっさり上ってくる辺り流石と言ったところか。

「旦那様、大丈夫ですよ。落ちてもわたくしが助けますから」
「姉上、それは男として複雑だと思います。女性である姉上が上れたのに自分は助けて貰うなど」
「そういうもの?」
「そうです。でも…上れるか?公爵」
「鍛えていますのでこれくらいでしたら」

以外だった。身体能力が低いとは思っていなかったが言葉の通り軽々と上ってきた。落ちなくて良かった。

当然、シモンも上れない筈がなく、一番最後に屋根に上がってきた。

全員揃ったので屋根に座り、夜空を見上げる。今日は晴れていて空が一段と綺麗だ。月に照らされて銀色の光が輝く。……うん、輝く。

「ーーー貴方が仕掛けてくるのは久し振りじゃないの、ラン」

話し掛けつつ、降ってきたナイフを叩き切る。ラン、彼女は伯父上直属の影の一人にして、伯父上の直属を率いるリーダーだ。

武器としてナイフを扱う者は少なくなく、彼女もその一人だ。

「相変わらず、あなた様は強さの衰えを感じませんね、リリア姫。完全なる不意打ちにも関わらずこのように対応出来るのはあなた様くらいですよ」
「貴方も変わりないじゃない。いえ、以前より強くなったわね」
「本当ですか?リリア姫にそう言って頂けるのでしたら光栄の極みでございます」
「大げさよ」

真剣にそう言ってくるランに苦笑する。前回彼女と手合わせしたのはかなり前だったため、本当に強くなっているのを感じる。

「それにしても、今回はかなりバレない自信があったのですが」
「攻撃しようとしている以上、僅かにでも殺気が出るわ。これくらい誰にでも対処出来るでしょう」
「シモン皇子や他のお二方は固まっていらっしゃいますけど」
「そんなこと………」

あった。隣のシモン達を見ると本当に固まっていた。わたくしの方を見た状態で。てっきり、感じる殺気に立ち上がるくらいはしているかと思っていた。

「…姉上。当然のように言っていますけど、残念ながら訓練している私や彼らでさえこれですからね。そもそもランは気配や殺気を消すのにかなり長けています」
「…あらまあ」
「「…」」
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