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第三章 黒幕と呪い

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 ◇

 『桜井渚、誘拐事件』。世間ではそう呼ばれ、本人と犯人たち以外はその事件の真相を知らない事件。これは精霊王ナギサが別の人物として生きていた人生のとある日に起こった事件だ。世界屈指の大財閥である桜井家の跡取りともなるとそこら中に敵がいると考えた方が良い。

 容姿からして恐らく五、六歳という一般的な家庭に生まれた子供であれば毎日遊んで過ごしているであろう年齢。だが彼の場合は違った。その日も朝から晩まで習い事があり、息抜きも兼ねて護衛と共に街歩きをしていたところだった。いくら護衛が付いていると言えど薬で眠らされてはどうにもならず、背後から迫ってきた数人の男に気付いた時にはすでに戦闘力を削がれていた。渚自身も戦うことはできるが習い事で疲弊した体に加えて、体格の良い大人に囲まれては力で勝つことは不可能。抵抗する術もなく捕まり、同じように眠らされた。

「………ん、…!」
「あ?やっと起きたのか」
「桜井のご令息が、随分と緩い護りだったな。こうもあっさり捕えることが出来るとは」
「……だれ。誘拐?」

 薄暗く湿っている地下室。まるで牢屋のような空間に渚は手足を拘束されて監禁されていた。

「見ての通りだ」
「目的は?俺に恨みでもあるのか、家に恨みがあるのか。それとも身代金?」
「この状況でそれだけ冷静でいられるのは流石だな。桜井の跡取りなだけあって賢いのか」
「まあこの冷静さがいつまで保てるのか見物だな。このお綺麗な顔が歪んでいく姿を想像するだけで興奮してくるぜ」

 冷静で落ち着きを感じる男と明らかに狂った性格をしているであろう男、渚の前には二人の男が立っていた。後者はナイフを回しながらギラギラした目で渚を見ている。周囲の音からして、恐らく他にも仲間がいるだろうと予想した渚は拘束から逃れようと手を動かすが思いの外頑丈に固定されているため、全く外れる気配がない。

「………」
「そう睨むな。早く虐めたくて仕方なくなる」
「おい、好きなようにすれば良いが殺すなよ。俺は上に戻る」
「へいへい」

 リーダー的な存在なのか何なのか、冷静な男の指示を聞いたナイフを持つ男は早速とばかりに渚の着ていた服を切り裂き始めた。

「へぇ、綺麗な肌だな。丁寧に扱われているからか?傷付けがいがあって良いな」
「やめっ……!」
「安心しろ、これからもっと遊んでやる。まずは肉体的に痛めつけるか」

 嫌な笑みを浮かべてナイフを振るう男は、渚の体にナイフが触れて血が溢れるたびに楽しそうな顔をする。全身を服がボロボロになるまで切り裂かれても震えることなく、ただただ男を睨み続ける渚だったが次の瞬間、彼の顔色が変わった。

「やっ……顔は!やだっ!」
「そんなに顔が大事か?はっ、それなら尚更傷付けてやらねぇとな?」

 芸能の仕事をしている渚にとって顔は命も同然だ。必死に顔を庇い、本気で暴れ始めた渚の鳩尾に拳を入れた男は彼が一瞬意識を離した隙を見計らって頬にナイフを突きつけた。
 顔を盾にすることにしたらしく、少しでも抵抗すればその度に顔を傷付けると脅す。その言葉を聞いた渚は大人しくせざるを得なくなり、結局この男の言いなりになるしかなくなったのである。
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