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第一章 転生

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 建国記念祭当日。王侯貴族は夜会もあるけど昼間には街にたくさんの屋台が出る。そのため精霊たちは遊びに行っており、今現在水の宮は静まり返っていた。
 皆は遊びに行ったけど、俺だけは休みたいからと言って宮に残った。長時間演技し続けるのは疲れるから体力を温存しておきたいんだよ。肉体的な疲れならまだしも、この場合は精神的な疲れだからねぇ。

「なーんか、嫌な予感がしてるんだけど……」

 嫌な予感ほど良く当たるものだよね、残念ながら。建国記念祭で何か起こるのかな? ただの杞憂だと良いんだけど……

 というか、前も思ったけど俺はのんびりライフを送りたかったはずだよね? 転生してまだ一年だよー? 最初の寝てた半年を除いてずっと精霊殺しによる呪い関係のことで動き回ってたよねぇ? 精霊たちも癒しになるけど、もっと良いことないのかなぁ。なんかすごい癒しがほしいんだけど!

 自分で言っておいて『すごい癒し』ってなに? とは思うけどさー。

「……甘いものでも食べてゆっくりしてよ………ほんと、何も起こらなければ良いんだけどねぇ」

 ◇

「今日はナギサは不参加らしいな」
「ええ。面倒だからとおっしゃっていましたね。貴族だけでなくエルフや魔族でさえも重鎮は参加すると言うのに、そんな中で面倒だからという理由で不参加にできる度胸がすごいと思います」
「ただサボり魔なだけだろう」

 ティルアード王国、建国記念祭の夜会が始まった。すでに参加者は全員入場していて、精霊族からは大精霊四人が来られていた。
 ナギサはサボるとか言って本当は来るんじゃないかと思ったりもしたが、そんなことはなかったようだな。本当に自由奔放な奴だ。

「でも代わりと言っては何ですが、シーラン男爵家の分家筋で今日社交界デビューしたご令息が一人いらっしゃるようですね」
「ああ。俺たちと同い年だったが学園にはいないんじゃないか? 名前を聞いたことも見たこともない」
「たしかナイジェル・シーラン、でしたよね」
「ああ」

 シーラン家は男爵家と言えど、本来なら伯爵以上でもおかしくない発言力を持っているので、その分家筋の者となればどうしても話題になる。さらにナギサが来ない代わりに別の人間が来るとなると、実はナギサだったりするのではないかと疑ってしまいそうだったが、さっきチラッと見たらナギサとは全然違う人物だった。
 まず魔力を感じないし容姿も聞こえてきた声も雰囲気もまるで別人。さすがにナギサだとは思いようがない。

「折角ですから挨拶に行きましょう」
「そうだな」

 男爵家から公爵家に話しかけることはあまりない。主催家でこちらが招待したのなら話は別だが、天地ほどの身分差があるために何か粗相でもしたらと思われるのだろう。
 そのため、このような場で挨拶をするならこちらから行くしかなかった。

 俺とセインが近づいて行くと傍にいた貴族たちが離れていく。大方興味本位で色々と聞き出そうとしていたのだろうな。ナイジェル殿は完全な無表情を崩すことなく、自分より上の身分の貴族でさえも上手くあしらっているようだった。年齢的に遅くはあるが、今日デビューした割に手慣れているように見えるのは気のせいだろうか。

 目元が見えないので瞳の色は分からないが髪は黒。少し猫背気味で無表情なのも相まって暗めの印象だ。

「初めまして、僕はセイン・シュリー」
「俺はランスロット・リーメントだ。よろしく」
「………公爵家の方々……お目にかかれて光栄です。ナイジェル・シーランと申します。シーラン男爵家の分家の出でございます」

 綺麗に一礼をして顔を上げたナイジェル殿はやはり無表情。表情があまり顔に出ないだけなのか?

「分家筋、ですか? シーラン家は分家があまりなかったはずですし、その分家で僕たちと同年代の方の話は聞いたことがありませんが……」

 さすが筆頭公爵家の令息。相手の情報を聞き出す手段が上手く自然だ。

「はい。分家と言っても平民の方が近いほど下なので私の名を聞いたことのある人の方が少ないかと。これまで社交界に出て来なかった理由については、あまり詮索しないで頂けると幸いです」

 やっぱり無表情だな。矛盾しているが、自然すぎて逆に不自然に感じてしまうくらいに。平民の方が近いと言っておきながら、王家の血も入っている俺たち公爵家の者に少しでも怯えている感じがしない。緊張しているようにも見えない。声にも一切のブレがない。まるで作っているような───

 ……俺が考えても無駄なことだ。この男は自分でも言っていたようにあまり詮索をするべきではない気がするそのようなことをしても良い結果を招かなさそうだ。

 そんなことを考えているといつの間にかナイジェル殿と離れていたようで、黙り込んでいる俺にセインが怪訝そうな顔をしていた。慌てて取り繕ったが俺が感じた違和感に気付いたのは俺だけじゃなかったらしく、セインを含めて会場にいる数名は複雑そうな顔をしていた。

 もう一度ナイジェル殿の方を振り向くと、ようやく野次馬がいなくなったと油断したらしい。透き通るように白く、でも男らしさのある大きな手で軽く髪をかきあげて小さく息を吐いていた。手の隙間から僅かに見えた瞳はまるで夜空のように深く、奥底の見えない濃い青色だったように思う。
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