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第一章 転生

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「アルフォンスくん、ナギサだよ」
「どうぞ」
「失礼するね。……体調はどう?」

 さっきみんなと集まっていた部屋と真反対の場所にあるアルフォンスくんに貸している客間。この部屋は水の宮でもかなり奥の方にある部屋。俺が招かないと見つけることも出来ないとはいえ、万が一があってはいけないから奥の方の部屋を貸してる。

 この国の王太子様、国王陛下から預かってる子だしねぇ。

「良好です。問題ありません」
「ふぅん? 口の端に血のようなものがついてるけど」

 俺がそう言うと、アルフォンスくんはサッと口元を隠した。鎌をかけたんだけど当たってたね。だってこの部屋、微かに血の匂いがしたから。俺は生まれつき五感過敏なんだよ。それは転生しても変わってないみたいでねぇ。数百メートル先の花の匂い、生き物の呼吸音、気配を感じ取り、数キロ先の人の顔が認識出来て、楊枝の先より少ない量の調味料でも普通に味を感じる、とかね。

 最後のはどれだけ薄くしても味が分かるとか言うだけで、量を増やしてもそこは一般的な人とは変わらない。だけど他の視力とかに関しては優れ過ぎて大変なこともある。

 まあ、ある意味障害か……持病のようなものかな。良いことばっかりじゃないし。慣れてるから今更だけどね。だからその俺が同じ部屋にいて普段嗅ぐことのない匂いに気付かないわけがないんだよ。

「吐血したでしょ」
「……はい」
「嘘を吐いたら駄目だって言ったよねぇ? なんでそんなことするの?」

 誤魔化せないと分かったのか嘘をついたことを認めた。何故嘘ついたのかと聞くと、あまり迷惑ばかり掛けられない。せっかく治ってきたのにまた心配をかけたくない、だってー。

 だから俺はこう言った。

「迷惑って言うなら今更だよね? 大人である俺が子供である君を心配するのは当たり前だよ。迷惑や心配をかけたくないって言うなら嘘は吐かないで」

 だってそうでしょ? 大人が子供を心配して何が悪いの? 当たり前の事だと俺は思ってるんだけど。それにアルフォンスくんがそんな風になったのは病気とかじゃなくて呪いだからねぇ。

「はい……申し訳ありません」
「良いよ。それに今日中には完全に呪いが浄化できる予定だからねぇ。呪いで吐血なら……原因は心臓かぁ」

 血の匂いからして吐血してからそんなに時間は経っていなさそうだね。これなら浄化より治癒の方が良いかもしれない。
 動かないでね、と声をかけて彼の胸に手をかざす。治癒されて楽になったのか少し顔色が良くなった。これでしばらくは大丈夫だと思う。

「よし、また具合が悪くなったら教えて。そろそろ俺は行くよ。またあとでね」
「ありがとうございました」

 さっきの部屋までは遠いから早めに移動しないとねぇ。治癒は仕方なかったけど、出来るだけ今日は魔力を温存しておかないとだからさ。もしかすると舞を舞った後は倒れてしまうかも。魔力が枯渇寸前までいくとしばらくは魔法が使えないし、その一歩手前くらいでも危険だからね。枯渇すれば死ぬし。

 今日……だけでなく、しばらくは国中大騒ぎになるんじゃないかなぁ。今日の立食パーティーでは三代目精霊王が初めて公の場に出るのだから。でも学園に通うようになったから子息令嬢たちは俺の顔を知ってる。驚くだろうね。ランスロットくんとか、仲良くなってた人が離れて行かなかったら良いんだけどなぁ……

 特別親しい人じゃないなら別に良いけど、仲良かった人まで離れていかれると悲しい。セインくんのことは心配してないけど。だって俺の事知ってるしねー。

 さて、どんな反応されるかな。人前に立つのは慣れてる。今更緊張なんてしない。でも親しい人が俺のことを知って距離を取られるのは何度経験しても慣れない。それでも楽しみだね、どんな反応するかはさ。

 ◇

「なあセイン。ナギサの奴はいつ来るんだ? 来るって言ってたよな。見かけたか?」
「いえ、見てないですよ。ですがもう少ししたら来られると思います」
「あとは王族だけだぞ? 身分が低い者から会場入りするのに……」

 俺、ランスロット・リーメントは学園の夏休み初日、急遽開かれた立食パーティーでとある人物を探していた。あいつは頭が良く、多分身体能力も高い。世界一と言われても余裕で頷ける抜群のスタイルと容姿、声を持つあの男はさぼり魔で目上の相手にでさえ敬語を使わない。
 注意はするがあまり嫌な感じがなく、いつもうっすらと感情を読ませない笑みを浮かべた、いけ好かない奴だ。

 平民だと言う割に立ち姿も姿勢も欠伸をしている姿さえ優雅でカリスマ性を感じる。どこを取っても完璧としか言いようがない、貴族の中に放り込めば誰もが我先にと養子にでもしたがるようなハイスペック男。

 大変不本意ではあるが、最近は俺もあいつのことを友人だとおも………わなくもない。認めたくないが!

 そんな奴が、貴族以上の身分を持つ者しか集まらない場であるにも関わらず、国王陛下直々に招待されているらしい。実は王子だったとか言われても違和感ないのがあの男だ。すべてが謎でしかないが、意外に良い奴だとはもう分かっている。

 平民ならもう会場にいるだろうと思っていたが、俺がここに来てセインと合流してもあいつは見当たらなかった。つまらないことで嘘を吐くような人間ではないので招待されたのは本当だろうと思っている。貴族が全員会場に入り、次にエルフ族、魔族と来たがまだナギサはいない。

 人間以外の種族からも王やそれに近い立場の方は参加しているようだ。やっぱりナギサは王子なのか? ちょうど今、王弟殿下が入場しておられる。この国の王弟は二人いて、一人は王宮魔法師団師団長、もう一人は騎士団副団長だ。実力主義なので身分関係なく、王弟でも団長になれるとは限らない。
 王太子殿下はどこかで療養中らしく、ご欠席。ついに国王夫妻が入ってきた。どの種族でも王族に対しては全員頭を下げるように教えられている。

 最上礼だけは精霊王に対してのみとされており、その次に丁寧な礼だ。

 それはそうと……ナギサは欠席なのか? あとは精霊だけだぞ?

みな、今日は突然だったにも関わらず集まってくれたこと、心より感謝する。今日はエルフ族や魔族、そして精霊族の方々にも集まっていただいた。それは事前に伝えてある通りパーティーの後に、内々に話がしたい者がいるからだ。そのことは後に説明する」

 頭を上げるよう言われ、そこまで話されると陛下の耳元で宰相が何かを囁いた。

「精霊族のご入場だ。すべての大精霊、そして精霊王が来られた。皆の者、頭を垂れよ」

 ………精霊王? そんな話は聞いていない。現在の第三代目精霊王はまだ公の場に出たことはなかったはずだ。陛下がおっしゃられていたことが関係しているのか? 大精霊、それも全員一緒だ。大精霊だって中々お目にかかれる存在ではないのに!

 ピリッとした緊張が会場中を駆け抜け、両陛下や他の種族の王たちも一様に深く頭を下げる。それにならい、驚きで固まっていた貴族たちも急いで最上礼をした。
 ひとつ気になったのがシュリー公爵家だ。隣にいたのはセインだけだったがそこまで驚いた様子もなく、緊張は感じられるものの比較的落ち着いていた。

 いきなりの爆弾発言にナギサのことなど忘れてしまっていたが、静かに入場し、玉座の前に立った人の声で最悪の形で思い出すこととなった。

「頭を上げて」
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