【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?

山咲莉亜

文字の大きさ
上 下
32 / 241
第1章 幕開けは復讐から

閑話 桜井直人の話

しおりを挟む
 ◇

「兄さんっ! なぎさ兄さん!」
「なお、と…くん……だい……じょ、ぶ……?」
「おれは兄さんが助けてくれたから大丈夫だよ! そんなことより兄さんっ、ごめんなさいおれのせいで…! ねぇっ、兄さん! 兄さん! おねがいっ、助かるよね!?」
「あは、は……ごめ、んね……俺は………たぶん…もう、だめだよー……」

 目が虚ろだから恐らく意識が曖昧なのだと思う。自分では目を覚ましている自覚すらないだろう。ついさっきまで意識がなかったので。

 申し訳ございません、父上。跡継ぎは直人で問題ないかと。家の跡取りとして普段より丁寧な口調で時折咳き込みながらも、たどたどしく父さんに告げる。母さんには謝罪、そしておれには───

「ごめっ……んね。なおと……無事、でよかっ………た…………」
「兄さんっ!」
「「渚!」」

 兄としての言葉だった。



 夏の雲一つない快晴の日。おれの兄、桜井渚は海で溺れて亡くなった。正確に言うなら溺れた俺を助けて、だ。その日、おれたち桜井一家はプライベートビーチに遊びに来ていた。いつも通り仲良く遊んでいて、おれが兄さんにどちらが速く泳げるかという勝負を持ちかけていた。おれも兄さんも水泳を習っていて、兄さんは全国大会で優勝するような人だったので勝てるとは思ってなかったけど、ただ遊びたかっただけだ。

 途中までは普通に泳いでいた。ちょうど折り返し地点、恐らく五、六メートルほどの深さのところまで来た時、事件は起こった。唐突に足が攣ってしまったのだ。片足ならまだ浮くことが出来たかもしれない、だが両足。しっかり柔軟をしてから泳いでいたので疲れによるものだったのだろう。冷静にならなければいけなかったのにおれはパニックになった。すぐに異変に気が付いた兄さんはおれとかなり間が空いていたのにすごい速さでおれの方に来てくれたのを覚えてる。

 いつものんびりしていてマイペースで、ある意味落ち着き払っていたのにこの時ばかりは本気で焦った顔をしていた。溺れていく中で兄さんのこんな顔を見たのは初めてだなとかぼんやり考えてた。いくら兄さんでも助けるのは無理だろうと思った。おれはもう死ぬのだろうと。けど、違った。その時のおれは気付かなかったけど兄さんは自分が呼吸する暇も作らずおれを砂浜近くまで連れて行ってくれた。

 そのおかげでおれは何とか無事だった。でも問題は兄さんだった。先に言った通り、自分が息継ぎをする暇も作っていなかった。足が届くところまでは両親や護衛たちが集まっていて、そこで俺を引き渡すと力尽きたように沈んでいった。すぐに護衛が助けに入り、救急車を呼んだ。

 救急隊員の人たちはなんとか肺に酸素を送ろうと奮闘していた。だけどそれは無駄で。力尽きたときに大量の水を飲み込み、肺に水が溜まっていたららしい。結果、渚兄さんは救急車の中で息を引き取った。

 意識を失っていたが最期は少しだけ目を覚ましてくれた。おれが無事で良かったと、いつものように優しく微笑みながら。自分のことなど二の次で。疲れも苦しみも感じさせずただただ安堵したように。あまりその機会はないけど心を許した相手にだけ見せてくれる、おれが大好きな優しい笑顔でそう言った。

 息を引き取る最後の最後、左手の薬指に嵌まる指輪を顔の上にかざして他の何よりも愛おしそうに見詰め、呼吸ができなくて苦しんでいる最中だとは思えないほど穏やかな表情を浮かべていた。

 傍で見守っていた父さんや母さんも泣き崩れた。もちろんおれも。三人とも、もう息をしていない、二度と表情を変えることも言葉を発することもない冷え切った兄さんに縋って。

 ◇

 ───
 直人たちが生きている日本と、ナギサたちが生きている世界では時間の流れが異なっています。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

処理中です...