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第一章 幸せが壊れるのはあまりにも呆気なく

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 ◇

「……どうしたの?」
「ヤバい、兄さん。緊張してきた」
「今更だねぇ。俺が合格って言ったでしょ?」

 たしかに兄さんに合格を出してもらえたから安心感はある。でもそれとこれとは別なんだよ……!

「お腹痛くなってきた」
「えぇ……大丈夫?胃薬なら旭が大量に持ってるよー?」
「なんで渚様がそのことを知っているのですか」
「いや、何回も胃薬飲んでるところを見たことあるし。旭だって隠してるわけではないじゃん。でも直人くん、緊張しててもお腹痛くても少しは食べな。演技は体力使うよ」

 そう言う兄さんはよく食べるね?珍しい。………と、思ったけど聞いてみれば今日は朝食以外取る時間がないかららしい。さっきから普通に話してるけど呑気におれと話してる暇ないんじゃない?

「あーそうそう、大事なことを忘れてた。はい、これ」
「あ、おれも持ってるか聞くの忘れてたよ。ありがとう」

 桜大紋のピアス。本当に大事なものを忘れてた。ちなみに兄さんとおれ、父さんも母さんも全員色は違う。どれも代々受け継がれてるもので、兄さんが付けてるのはピンク色の桜。父さんは赤で母さんはゴールド、おれのように跡取りではないなら黒。当主であること、その配偶者であること、次期当主であること、その家に属する人間であることを証明する。
 忘れられがちだけど桜井は皇室にも属する。大分末席に近いけど、ピアスの色によっては直系並みの発言力がある。当主である父さんはもちろんなんだけど、同じくらいに兄さんも発言力があるんだよね。

 それだけ桜井の影響力はすごいってことなんだろうけど、兄さんからしたら窮屈でしかないらしい。

「俺と直人くん、跡取りを入れ替えられたら良いのにねぇ」
「……もう兄さん。それは皆が困るから無理だよ」
「あはは。だよねー」

 茶化すように軽く言ってるけど、この発言をするときの兄さんの瞳は光がない。暗い過去も、同じ場所に生まれながら環境がおれとは全く違ったこともあって闇が多い人ではあるけど、きっと俺には想像もつかないほど重いものを抱えているんだろうな……

「最近ピアスの穴が塞がりかけてるんだよねー……また開けないといけないかなぁ」
「兄さん嫌いだよね、あれ」
「うん。怖いからね。痛みには強いけど体に穴が開くと思うと普通に怖くない?」
「そうだね」

 本気で嫌そうな顔してる。でも塞がりかけてるなら父さんに見つかる前に開け直さないと、喜んで開けられるよ?そうだねと言いつつ、おれは少し痛いなーくらいしか思わないけど兄さんは嫌いだからね。兄さんの希少な心から嫌がる顔が可愛いとか、家族じゃなければ引く……家族でも引くような発言を父さんはしてたから。兄さんは感情を偽ってることが多いし、心からの感情が出てるのを見られるのは嬉しいけど……さすがに父さんのあの発言はないかな。
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