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第一章 幸せが壊れるのはあまりにも呆気なく

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「二つ目ですけど、こっちは一応報告した方が良いかなーって思っただけ。今週の土曜朝から来週の水曜夜までは映画の撮影で帰らないからいつも俺に押し付けている分の仕事、頑張って処理してくださいねって話。嬉しいでしょ?」
『ではな』

 あ、電話切れた。これは……父さん逃げたね?

「あーあ、父さんも何をやっているんだか。せっかく、「今のは冗談で家にいない間の分も終わらせてから行くよ」って言おうと思ったのに」
「あはは……」
「ねぇ直人くん、人が話しているのにそれを無視するのは良くないことだと思わないー?」
「そ、そうだね」
「だよね。俺の言葉を最後まで聞かなかった父さんが悪いんだし、早めに終わらせてから行くのはやめよ。全部父さんに押し付けてやれば良いよね!」

 自業自得、と微笑む兄さんの笑顔はそれはもうお美しかったです、はい。

 ◇

「臨場感が足りない。そこはもっと心を込めて」

 夕食を取り終え、兄さんの配信までの時間に約束通り演技の指導をしてもらうことになった。兄さんは自分の台本を読んでいて、おれが一人で演じている感じなんだけど全然見ても聞いてもいないようで、実際にはすごくよく見てくれている。

「一旦ストップ。直人くん、笑って」
「こ、こう?」
「違う。もっと自然に、自分の中の感情を限界まで引き出す。自分では出来ているつもりでもカメラ越しに見るとそれじゃあ足りない」

 おれもドラマに出たこととかはある。結構演技が得意な方だとも思っている。それでも兄さんから見ると全然ダメってことか……
 兄さんの理想が高いとかいう訳じゃなくて、客観的に見た意見をそのまま言っているだけだろうから余計にダメージを受けるね。

「んー……未来のアイドルなだけあって直人くんは表情管理が上手なんだよ。だけど緊張してる?前に直人くんのデビュー曲の練習風景を見た時の方が今より良かった気がする」
「緊張してるってわけではないんだけど……いや、ちょっとだけ緊張してるかも。兄さんに見られてるから」

 そう言うと、そりゃあ演技の指導をしているんだから見ないわけにはいかなくない?と正論で返された。

「直人くんはアイドル歌って踊るために表情管理をしている時と、役者として台本のために表情管理をしている時、どっちが楽しい?」
「それはもちろん、アイドルとしての方」
「いま俺が言ったことはどっちも演技だよねー。表情管理をしてるってことはつまり、自分の思うままの感情ではないってことでしょ。だからアイドルはアイドル、役者は役者って分けず、役者として演技をしている時も歌って踊ってる時と同じように楽しくやってみなよ。どっちも演技であることに変わりはないんだから、アイドルの仕事をしていると思ってやってみれば?」

 む、難しいこと言われてる気がする……やってみれば?って簡単に言うけど、どう考えても分野の違う二つを同じものとして考えるのは難しいと思う。

「まあ手探りにやっていけば良いよ。誰だって最初から完璧には出来ないんだからねぇ。まずは喜怒哀楽、次にその四つの感情をより細かく振り分けて演じられるようになると良いね。それと……演技するのってちょっと恥ずかしいと思わなかった?」
「うん、思ったね」
「俺も思うよ。だって自分の感情を全て曝け出しているような気分になるし。だけどその恥ずかしさを見せないようにすること、その気持ちすらも上手く利用できるようになることの二つが出来たら大きく成長するよ」

 ……兄さんも羞恥を感じるの?てっきり母さんのお腹の中に置いてきたのかと。でも現役のトップ役者の言葉は信用できるね。ただ、それが実行できるのかと言われると正直首を傾げてしまうけど。

 まあ兄さんの言っていたように、焦らず手探りで頑張るしかないかな。
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