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第一章 幸せが壊れるのはあまりにも呆気なく

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 ◇

「……ん?」

 日付が変わって少しした頃にようやく兄さんが帰って来た。俺が起きているとは思わなかったようで少しびっくりしてるね。

「兄さんお帰りなさい。父さんたちはもう寝てるよ」
「知ってる。逆になんで直人くんはこんな時間まで起きてるのー?もう日付変わってるのに」
「兄さんに報告とお願いしたいことがあって待ってたんだ。夜遅くに悪いんだけど良いかな?」

 昼食を終えたおれたちはリムジンに乗り込んで……というのは嘘で、目立つから普通の車で普段暮らしている方の家に戻った。その家は一般的には広い方だと思うけど本家に比べたら全然小さい。正体を明かしていないのもあって普段はここで暮らしている。

 父さんたちに映画についての報告をしたおれは私室に戻ってすぐにマネージャーに電話をかけた。

 内容はもちろん、映画の代役を引き受けると言う話。マネージャーはすごく喜んでたね。明日……じゃない、今日の夕方に打ち合わせがあるらしく、詳しいことはその時に話すと言っていた。

「良いよ。急いで湯浴みしてくるからリビングで待ってて」
「うん」

 兄さんを待つ間に二人分のホットチョコレートを作る。兄さんの分はかなり甘々に。

「兄さんって……よくこんなに甘いの飲めるよね………」

 兄さんは極度の甘いもの好き。もう何度も作ってるから分量とかも覚えたけど、何度作っても匂いだけで胸焼けがする。飲んだら甘すぎショックで倒れそう。新しい病名が作れたんじゃない?嬉しくないけど今度から兄さん仕様の甘さのものを嗅いだ時に胸焼けがしたらこの言葉を使おうかな……

 なんて、馬鹿なことを考えていると兄さんがリビングにやってきた。部屋着姿だというのにこんなに色気があるのはなんでなんだろうね……

「……お待たせー」
「そんなに待ってないけど。でもなんで上半身裸なの?」
「傷が痛くてねぇ。撮影が終わった辺りから服が擦れる……だけで、激痛が走るんだよー」

 あはは、とから笑いをする兄さんの額には脂汗が浮かんでいる。湯浴みをした時のお湯や水ではないのは明らか。

「大丈夫!?あまり喋らなくて良いよ。服が擦れるだけで激痛って、喋ってるとヤバいんでしょ。お願いだから楽にしてて!」
「ん……っ」

 おれの言葉に小さく笑おうとして、痛そうに顔を歪めながら蹲る。兄さんが痛がっているのはお腹にある大きな傷のせい。
 毒を盛られた時に毒が遅効性だったから処置が遅くなった。普通は手術なんてしないかもしれないけど兄さんの場合は少し違った。どこで手に入れたのか、誰にも知られていない毒だったらしく臓器に色々と問題が起きて急遽手術することに。

 たぶんうちじゃなかったら助かっていなかったと思う。父さんがお金に糸目をつけず、世界中から科学者とか薬師とか集めて調べさせた。それで初見の毒について分かったんだって。

 その手術でどうしても傷口は塞ぎきれなくて、結果的に大きな傷が残ったんだって聞いた。それが後遺症として痛みが残り、一生治ることもないそう。

「い…っ、たぁ……」
「ごめん、今日はもう良いから寝よ。兄さん辛いでしょ」

 見ていられなくなり、今日はやめておこうと思って言った。すると兄さんはほぼ呼吸してるだけのように小さな声で、「どうせ今日は痛みで眠れないから話を聞くよ。俺のことは心配しなくて良いからね。もう慣れてるし」と言った。
 痛みに慣れていると言うのなら何故苦しんでいるのか。慣れているのなら服が擦れただけで激痛が走る、とか言って服を脱いだりしない。笑おうとするだけで蹲ったりしない。それに痛みで眠れないと言ったのに矛盾している。

 それに兄さんは痛みに強い方だからこれだけ苦しんでいるなら相当のものだよ。
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