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第一部

15.人間界の現在

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私たちは庭から城へ入り、階段を使って地下へ降りた。地下はいつもの城から考えられないくらい、薄暗く、冷えていた。ローランの手も、いつもより温度が低く感じる。あれから彼は、私と手を繋いだままだ。

「ねえ、手を放してくれない?刑務所に連行される囚人じゃないんだから」
「……」

彼はずっとこの調子だ。いつもなら「『愛の監獄』と言う名の刑務所かな?」とか軽口を叩きそうなのに。

「なんか、薄気味悪い場所ね」

廊下には、調度品たちが無造作に置かれていた。飾られている、というよりは、転がっている。どれも、すごく古そうだ。まるで子供が、使わなくなったオモチャを散らかしておいたようだ。

「ローラン、どうしてさっきから黙っているの?」
「悲しいからだよ」

彼は呟いた。どんどん暗くなっていく廊下の闇に、声は飲み込まれていった。

「サラをこんなに愛しているのに、人間界に戻りたいなんて言われたからね」
「家族の様子を気にするのは、当然でしょう」
「僕も君の、将来の家族だよ」
「は?」

ローランの表情は、確認できなかった。廊下が完全な暗闇に包まれたからだ。私の手は、不意に彼から解放された。

次の瞬間、廊下が急に明るくなった。壁に掛けられていた蝋燭に、一斉に灯がともっている。廊下の突き当りにはドアがあり、そこが勢いよく開いた。

「兄貴!何の用だ?」

扉の先には、青年がいた。白衣にゴーグルを装着している。彼に向かって、ローランは言った。

「人間界の様子を見せて欲しい」
「何のために?」
「彼女《サラ》のために」
「気でも狂ったのかよ。人間界を覗けるのは、掟で決められた時だけだぜ?」

この世界に来て、やっと(比較的)まともな人に出会えました!

青年を無視して、ローランは部屋に入って行った。廊下に残された私がどうしようか迷っていると、青年は声をかけてきた。

「お姉さんも入ったら?」
「え、でも……」
「あ、もしかして『暗い廊下』に、腕試しに来たのか?」
「腕試し?」
「来る途中で見ただろ。絵から人が出て来たり、彫刻が動き出したりするんだ!」
「今すぐ入るわ」
「そう来なくちゃ。ようこそ、ニコラの工房へ!」

私はドアに体を滑り込ませた。
やっぱり魔法界《ここ》には、まともな人間はいないみたいだ。



部屋は数々の戸棚があり、そこには瓶詰めの虫や動物、薬草が並べられていた。近くでは大きな鍋が、ぐつぐつと煮えている。鍋に入ったピンク色の液体を見つめていると、肩を叩かれた。振り向くと、先程の青年が立っていた。

「俺はニコラス。弟のノアにはもう会ったんだよな?」

ゴーグルは外されていた。髪は茶色で、大きな目は少年のように輝いていた。

「女と間違えたんだって?面白いよな。センスあるよ。噂通り、かわいいし!」
「あ、ありがとう……?」

ぐい、と顔を近づけられる。目と鼻の先には、整った顔があった。
すると背後から、ローランが割って入って来た。

「彼は三男だね。いたずら好きだから気を付けて」
「好奇心旺盛と言ってくれよな」
「旺盛すぎる好奇心のせいで、こんなところに追いやられたんだろう」

ニコラスは「爆発はゲージュツなのに……」」と、ぶつぶつと文句を言いながら、戸棚へ向かって言った。次々に瓶を手に取り、真剣に眺めている。

優しく穏やかな次男のローラン、真面目で四男のノア。そして明るいマッドサイエンティストの、三男ニコラス。全く性格が異なる兄弟だけど、三人ともハンサムだ。王妃か王様も、さぞかし美男美女なんだろう。

ニコラスはマイペースに、薬草を鍋に放り込んでいる。鼻歌まで聞こえてきそうだ。その様子を見ていたローランは、痺れを切らしたようだ。

「それより、人間界を見せてくれるんだろうね」
「掟を破る以上、俺に何か良いことはあるんだよな?」
「サラが『人間界に戻りたい』なんて二度と思わないようになる」

ニコラスは私を憐れみの瞳で見つめた。「やれやれ。大変な兄貴に好かれちまったな」とでも言いたげだった。

「いつか埋め合わせするよ、ニコラス」
「約束を破ったら、土に埋めて良いのか?ま、仕方ないか。兄貴は狂ってるから」
「狂っている方が、楽しいことは多いよ」
「こんな美人も手に入れられるしな。ほら、よっと!」

ニコラスが瓶に入れられた生き物を、鍋に入れた。鍋は大きな音を立てて、そして静まり返った。

「さ、どうぞ。レディファーストだぜ」
 
私は鍋を、恐る恐るのぞき込んだ。先程までピンク色だった液体は、見覚えのある世界が映し出されている。

しばらく、それが人間界だと分からなかった。
そこに映し出されていたものは、まるで地獄だった。
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