14 / 16
第二幕 惑星アルメラードにて
└【アルフリードルート】2日目:夜
しおりを挟む
げほ、げほ、と水を吐きながらなんとか川縁に泳ぎ着くと、レイレンは体の痛みを堪えアルフリードを水際まで引き摺り上げた。
ずぶ濡れで、まだ背中の傷口は血を吐いていたが、息はある。幸いなことに水は飲んでいないようだ。自分を庇ったが為にぼろぼろになった体に、レイレンは泣きそうになった。しかし、感傷に浸っている場合ではない。
火を焚ける場所を探して辺りを見回す。少し先にかつての大水で削られたかのような洞窟を見付け、そこに退避することを決めた。
「……アルさん、しっかりしてください。ちょっと引き摺りますよ。我慢してくださいね……」
彼の大きな体を背に負ぶい、ずるずると洞窟に運び入れた。
原因は解らないが、本来作動するはずだったシールドが展開しなかった――それにより攻撃から身を守れなかったことは勿論、持ってきた探索ツールのほとんどが水濡れと落下の衝撃で作動しなくなっている。
幸いなことに緊急時用の特殊ライターは無事だった。原始的な火打石の要領で火を着けるもので、水にも衝撃にも強い。まさかこれが役にたつことがあるとは、と苦い思いを噛み締めながら、乾いた草や木切れを掻き集めて火を着ける。
「ニースがいれば魔導でなんとでもしてもらうのに……」
こんなことならもっときちんと魔導についても学んでおくのだった、と。アルフリードの体の熱を奪う濡れたスーツを脱がせながらレイレンは呟く。
改めて確認した傷口には刺さった鏃が、衝撃でシャフトが抜け落ちてしまったせいもあってか肉に深く食い込んでおり、砕けた細かい破片も棘のように肌の上に散らばって小さな傷をつけている。このままにしては傷が膿んでしまうかもしれない。
アンビシオンに帰還すれば医術の心得のあるフォルニスがいるし、治療用のポッドがある。この程度の傷なんということもないはずなのに、今ここにはそのどちらもない。レイレン個人は実に無力だ。
「何か……何か使えるものは……」
水に流されていない持ち物を地面に広げて確認する。
しかしここまでのサバイバルを想定していなかったせいもあって、ろくな道具は残っていなかった。壊れた機械など投擲くらいにしか使いようがない。バギーまで辿り着ければもう少しましなものがあるはずだが、自分たちがどこに流されてきたのかも定かではない今、血の匂いをさせて夜の闇の中を歩くのは得策ではない。夜目の利く獣に襲われても、今は身を守る手段がないのだ。
「……坊ちゃん……無事、だったか……怪我は?」
やがて掠れた声が聞こえ、レイレンははっとして顔を上げた。
「アルさん……気が付いたんだね、良かった……俺は見ての通り、アルさんのおかげで無事だよ。ここは岩の部族の集落から下流だと思う。火を起こそうと思って、安全な場所に移動して、あ、服は傷を確認するために脱がしてそれからっ、えっと……」
「……落ち着きな、坊ちゃん……大丈夫だ、意識は……はっきりしてる……」
アルフリードは苦い笑いを浮かべながら、自分の傷を確認しようと身動ぎする。だが鋭い痛みがそれを阻んだか、彼は苦し気に呼吸を荒げてそのまま地に突っ伏した。
「……悪いが、傷の具合を教えてくれないか?」
「一番酷いのは一か所、左肩の後ろ、傷の深さまでは解らないけど鏃が体の中に残ってる。あとは全身打撲と擦過傷……恐らく何か所かは骨折も」
「はっ……大盤振る舞いだな。景気がイイこった」
どこか弱弱しく吐き捨てて、彼はツールバッグを探り原始的なナイフを取り出した。チェーンが付いたそれは、こういった事態でも水に流されないよう、最初から対策されていたのだろう。
「……ナイフを炙って、肉を抉れ。火傷は止血にもなる。下手に化膿するより良い、景気よく頼む。……ちとえぐいことになるが、坊ちゃんに出来るか?」
それを受け取り、レイレンは息を飲んだ。今は誰にも頼れない。どんな血生臭いことだろうと、彼を救うためには、自分がやるしかない。
「……出来る。俺はキャプテンだよ。乗組員一人助けられないで、何がキャップだ。……アルさんこそ、舌噛まないように気を付けて」
「ン、それじゃ……頼むわ」
アルフリードの口に布を噛ませ、レイレンはナイフを火で炙った。赤く焼けた刃に緊張が高まり、嫌な汗が流れる――当然ながらレイレンには人間の肉を抉った経験などない。航海士の教養として最低限の医学知識は学んだが、授業で小動物の解剖をしたのがせいぜいだ。震える手を一度きつく握り、深呼吸ひとつ。その切っ先を、アルフリードの背に当てる。じゅ、と嫌な音がして肉が焦げる嫌な匂いが漂い、
「っ……ぐ……ぅっ……!」
「ごめん、すぐに終わるから。すぐに……」
その言葉は自分に言い聞かせるようだった。痛みに力の篭もる肉を押し開くように、刃が食い込む。鏃を掻き出してから、もう一度炙ったナイフでその肉を焼き止血した。それは処置時間としてはむしろ短い方だったが、二人にとっては永遠のように長い。
本当は乾いた包帯を巻きたいところだったが、ここにそんなものは無い。傷口は乾かした方がいいと判断し、ナイフを鞘に収めるとレイレンはその場にへたり込んだ。
「……終わったよ」
「そう、か。とんだハイキングになっちまったな……俺が付いていながら……済まん」
何か言おうと口を開いて、結局レイレンはゆっくり首を横に振った。流れる沈黙。ぱちぱちと焚火が爆ぜる音がする。
「それより……どうしてシールドが展開しなかったんだろう。搭乗前に備品の全機能はチェックしてあったはずだ。エラーも検知されなかった。俺のもアルさんのも機能しないなんて、一体いつから……」
目を閉じて伏したままアルフリードは暫し考え込む。
「……俺は、ここに着いてからはずっとこのスーツを着ていた。シャワーを浴びている間以外、寝る時もだ。ってこた、ここに到着する前から、俺達のスーツのシールドは馬鹿になってたってことになる」
「ってことは、もしかして……」
は、としてレイレンは口元押さえた。
「ここに着いた最初の日、岩の部族に今日みたいに射掛けられてたら……」
「はっ、ぞっとしねえな……俺達は正に、リビオに命を救われてたってことだ」
確かにあの時、自分たちは慢心していた。向けられる殺気に対してあまりにも無防備だった。もし本気で彼らが自分たちを排し、アンビシオンを手に入れようと考えていたら――少なくとも自分と伽乱は無事では済まなかっただろう。
「シールドの故障と通信の不具合については、戻り次第ドクターに調査を依頼しよう。今夜はここで野宿だよ」
「そうか……そう、だな……」
「……夜は寒くなるね。そばに行って良い?傷には障らないようにするから」
おいで、と薄く笑ってアルフリードは彼を隣に招いた。おずおずと躊躇いがちにそこに横になり、レイレンは男の体に腕を回す。汗に濡れた体は、しかしやけに熱く、傷のせいで発熱していることが窺えた。その熱に浮かされるようにぼんやりとアルフリードは言葉を紡ぐ。
「……こうしてると……あの日を思い出すな……坊ちゃんの親父さんに助けられた、あの日を……」
「俺の父さんに?」
洞窟の外で風が吹く。その冷たい風が彼の体を冷やしてしまわぬように守りながら、レイレンは問いかける。
「アルさんは本当に……父さんが好きなんだね」
その答えをもう、レイレンは知っていた。それでも今でなくては聞けない気もした。
アルフリードは――普段ならきっとまたはぐらかされたのだろう――まるで夢見るように、か細く掠れた声音で呟き続ける。遠い過去の記憶を手繰るように。
「そうだ……俺はずっと、あの人に憧れてたんだ……学生の頃から、ずっと。強くて聡明で、その癖可愛いところもあって……俺だけじゃない、誰もがあの人を好きにならずにいられなかった……」
「……今の父さんからは想像もつかないや」
「今だってあの人は十分……綺麗だ。俺にとっては、いつだって……ん、なんか、変なこと言ったか……熱のせいかな、畜生……何言ってんのか、自分でもよく解からなくなってきた……」
珍しく混乱した様子のアルフリードの腕にそっと触れて、滴る汗を掌で拭う。きっと父ならば、もっとうまく事を運ぶのだろうと思うと、妙に腹立たしい。そして口惜しい。
「眠りなよ、アルさん。大丈夫、俺が見てるから」
「坊ちゃん……あの人の背中を……見たことがあるか?でかい傷の付いたあの背中……あの傷を付けたのは、俺だ……」
「アルさん、もう良いから……傷に障るよ」
「……俺……ずっと、ずっと後悔して……どうしてあの時、あんたを行かせちまったのかって……あの時、止めていれば……そうしたら、あんたは……」
ぽつり、ぽつりと溢される言葉が段々と混濁していく。語られる思い出は、アルフリードにとってきっと甘く苦いものだ。そしてレイレンにとっても。
――どうしたらいい。どうしたらこの人を救える?どうしたらこの人の痛みや苦しみを少しでも紛らわせるのだろう。
レイレンは躊躇いながらその体を抱き締める。アルフリードは目を瞑ったままレイレンの胸に顔を埋めた。
「……リーゼル……行かないでくれ。リーゼル……お願い、だから……」
「……俺は……父さんじゃないよ」
彼等の間に何があったのか。知ってはいけないはずのそれが解ってしまうような気がして、レイレンは考えるのをやめた。……そう、考えてはいけないんだ。きっとこれは、彼等二人だけの秘密なんだから。
やがて彼の呼吸が静まり眠りに落ちていくのを感じながら、レイレンは朝までの短い時間を、うつらうつらとして過ごした。心細くなるような夜。時折、熱に魘されたアルフリードが父の名前を呼ぶ声が、その日はやたらと胸に刺さり――朝焼けまでの時間を遠く、遠く感じていた。
ずぶ濡れで、まだ背中の傷口は血を吐いていたが、息はある。幸いなことに水は飲んでいないようだ。自分を庇ったが為にぼろぼろになった体に、レイレンは泣きそうになった。しかし、感傷に浸っている場合ではない。
火を焚ける場所を探して辺りを見回す。少し先にかつての大水で削られたかのような洞窟を見付け、そこに退避することを決めた。
「……アルさん、しっかりしてください。ちょっと引き摺りますよ。我慢してくださいね……」
彼の大きな体を背に負ぶい、ずるずると洞窟に運び入れた。
原因は解らないが、本来作動するはずだったシールドが展開しなかった――それにより攻撃から身を守れなかったことは勿論、持ってきた探索ツールのほとんどが水濡れと落下の衝撃で作動しなくなっている。
幸いなことに緊急時用の特殊ライターは無事だった。原始的な火打石の要領で火を着けるもので、水にも衝撃にも強い。まさかこれが役にたつことがあるとは、と苦い思いを噛み締めながら、乾いた草や木切れを掻き集めて火を着ける。
「ニースがいれば魔導でなんとでもしてもらうのに……」
こんなことならもっときちんと魔導についても学んでおくのだった、と。アルフリードの体の熱を奪う濡れたスーツを脱がせながらレイレンは呟く。
改めて確認した傷口には刺さった鏃が、衝撃でシャフトが抜け落ちてしまったせいもあってか肉に深く食い込んでおり、砕けた細かい破片も棘のように肌の上に散らばって小さな傷をつけている。このままにしては傷が膿んでしまうかもしれない。
アンビシオンに帰還すれば医術の心得のあるフォルニスがいるし、治療用のポッドがある。この程度の傷なんということもないはずなのに、今ここにはそのどちらもない。レイレン個人は実に無力だ。
「何か……何か使えるものは……」
水に流されていない持ち物を地面に広げて確認する。
しかしここまでのサバイバルを想定していなかったせいもあって、ろくな道具は残っていなかった。壊れた機械など投擲くらいにしか使いようがない。バギーまで辿り着ければもう少しましなものがあるはずだが、自分たちがどこに流されてきたのかも定かではない今、血の匂いをさせて夜の闇の中を歩くのは得策ではない。夜目の利く獣に襲われても、今は身を守る手段がないのだ。
「……坊ちゃん……無事、だったか……怪我は?」
やがて掠れた声が聞こえ、レイレンははっとして顔を上げた。
「アルさん……気が付いたんだね、良かった……俺は見ての通り、アルさんのおかげで無事だよ。ここは岩の部族の集落から下流だと思う。火を起こそうと思って、安全な場所に移動して、あ、服は傷を確認するために脱がしてそれからっ、えっと……」
「……落ち着きな、坊ちゃん……大丈夫だ、意識は……はっきりしてる……」
アルフリードは苦い笑いを浮かべながら、自分の傷を確認しようと身動ぎする。だが鋭い痛みがそれを阻んだか、彼は苦し気に呼吸を荒げてそのまま地に突っ伏した。
「……悪いが、傷の具合を教えてくれないか?」
「一番酷いのは一か所、左肩の後ろ、傷の深さまでは解らないけど鏃が体の中に残ってる。あとは全身打撲と擦過傷……恐らく何か所かは骨折も」
「はっ……大盤振る舞いだな。景気がイイこった」
どこか弱弱しく吐き捨てて、彼はツールバッグを探り原始的なナイフを取り出した。チェーンが付いたそれは、こういった事態でも水に流されないよう、最初から対策されていたのだろう。
「……ナイフを炙って、肉を抉れ。火傷は止血にもなる。下手に化膿するより良い、景気よく頼む。……ちとえぐいことになるが、坊ちゃんに出来るか?」
それを受け取り、レイレンは息を飲んだ。今は誰にも頼れない。どんな血生臭いことだろうと、彼を救うためには、自分がやるしかない。
「……出来る。俺はキャプテンだよ。乗組員一人助けられないで、何がキャップだ。……アルさんこそ、舌噛まないように気を付けて」
「ン、それじゃ……頼むわ」
アルフリードの口に布を噛ませ、レイレンはナイフを火で炙った。赤く焼けた刃に緊張が高まり、嫌な汗が流れる――当然ながらレイレンには人間の肉を抉った経験などない。航海士の教養として最低限の医学知識は学んだが、授業で小動物の解剖をしたのがせいぜいだ。震える手を一度きつく握り、深呼吸ひとつ。その切っ先を、アルフリードの背に当てる。じゅ、と嫌な音がして肉が焦げる嫌な匂いが漂い、
「っ……ぐ……ぅっ……!」
「ごめん、すぐに終わるから。すぐに……」
その言葉は自分に言い聞かせるようだった。痛みに力の篭もる肉を押し開くように、刃が食い込む。鏃を掻き出してから、もう一度炙ったナイフでその肉を焼き止血した。それは処置時間としてはむしろ短い方だったが、二人にとっては永遠のように長い。
本当は乾いた包帯を巻きたいところだったが、ここにそんなものは無い。傷口は乾かした方がいいと判断し、ナイフを鞘に収めるとレイレンはその場にへたり込んだ。
「……終わったよ」
「そう、か。とんだハイキングになっちまったな……俺が付いていながら……済まん」
何か言おうと口を開いて、結局レイレンはゆっくり首を横に振った。流れる沈黙。ぱちぱちと焚火が爆ぜる音がする。
「それより……どうしてシールドが展開しなかったんだろう。搭乗前に備品の全機能はチェックしてあったはずだ。エラーも検知されなかった。俺のもアルさんのも機能しないなんて、一体いつから……」
目を閉じて伏したままアルフリードは暫し考え込む。
「……俺は、ここに着いてからはずっとこのスーツを着ていた。シャワーを浴びている間以外、寝る時もだ。ってこた、ここに到着する前から、俺達のスーツのシールドは馬鹿になってたってことになる」
「ってことは、もしかして……」
は、としてレイレンは口元押さえた。
「ここに着いた最初の日、岩の部族に今日みたいに射掛けられてたら……」
「はっ、ぞっとしねえな……俺達は正に、リビオに命を救われてたってことだ」
確かにあの時、自分たちは慢心していた。向けられる殺気に対してあまりにも無防備だった。もし本気で彼らが自分たちを排し、アンビシオンを手に入れようと考えていたら――少なくとも自分と伽乱は無事では済まなかっただろう。
「シールドの故障と通信の不具合については、戻り次第ドクターに調査を依頼しよう。今夜はここで野宿だよ」
「そうか……そう、だな……」
「……夜は寒くなるね。そばに行って良い?傷には障らないようにするから」
おいで、と薄く笑ってアルフリードは彼を隣に招いた。おずおずと躊躇いがちにそこに横になり、レイレンは男の体に腕を回す。汗に濡れた体は、しかしやけに熱く、傷のせいで発熱していることが窺えた。その熱に浮かされるようにぼんやりとアルフリードは言葉を紡ぐ。
「……こうしてると……あの日を思い出すな……坊ちゃんの親父さんに助けられた、あの日を……」
「俺の父さんに?」
洞窟の外で風が吹く。その冷たい風が彼の体を冷やしてしまわぬように守りながら、レイレンは問いかける。
「アルさんは本当に……父さんが好きなんだね」
その答えをもう、レイレンは知っていた。それでも今でなくては聞けない気もした。
アルフリードは――普段ならきっとまたはぐらかされたのだろう――まるで夢見るように、か細く掠れた声音で呟き続ける。遠い過去の記憶を手繰るように。
「そうだ……俺はずっと、あの人に憧れてたんだ……学生の頃から、ずっと。強くて聡明で、その癖可愛いところもあって……俺だけじゃない、誰もがあの人を好きにならずにいられなかった……」
「……今の父さんからは想像もつかないや」
「今だってあの人は十分……綺麗だ。俺にとっては、いつだって……ん、なんか、変なこと言ったか……熱のせいかな、畜生……何言ってんのか、自分でもよく解からなくなってきた……」
珍しく混乱した様子のアルフリードの腕にそっと触れて、滴る汗を掌で拭う。きっと父ならば、もっとうまく事を運ぶのだろうと思うと、妙に腹立たしい。そして口惜しい。
「眠りなよ、アルさん。大丈夫、俺が見てるから」
「坊ちゃん……あの人の背中を……見たことがあるか?でかい傷の付いたあの背中……あの傷を付けたのは、俺だ……」
「アルさん、もう良いから……傷に障るよ」
「……俺……ずっと、ずっと後悔して……どうしてあの時、あんたを行かせちまったのかって……あの時、止めていれば……そうしたら、あんたは……」
ぽつり、ぽつりと溢される言葉が段々と混濁していく。語られる思い出は、アルフリードにとってきっと甘く苦いものだ。そしてレイレンにとっても。
――どうしたらいい。どうしたらこの人を救える?どうしたらこの人の痛みや苦しみを少しでも紛らわせるのだろう。
レイレンは躊躇いながらその体を抱き締める。アルフリードは目を瞑ったままレイレンの胸に顔を埋めた。
「……リーゼル……行かないでくれ。リーゼル……お願い、だから……」
「……俺は……父さんじゃないよ」
彼等の間に何があったのか。知ってはいけないはずのそれが解ってしまうような気がして、レイレンは考えるのをやめた。……そう、考えてはいけないんだ。きっとこれは、彼等二人だけの秘密なんだから。
やがて彼の呼吸が静まり眠りに落ちていくのを感じながら、レイレンは朝までの短い時間を、うつらうつらとして過ごした。心細くなるような夜。時折、熱に魘されたアルフリードが父の名前を呼ぶ声が、その日はやたらと胸に刺さり――朝焼けまでの時間を遠く、遠く感じていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。


囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる