3つの惑星を旅する俺が巡り合う11の恋の話

雑多のべる子

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第二幕 惑星アルメラードにて

└11-1【アルフリードルート】2日目:自由行動

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「俺はアルさんに付いて行くよ。岩の部族のことは俺も気になっていたし」

 そう口にすると、アルフリードは渋い顔をして振り返った。

「やめとけ、足手纏いになるだけだ。大事な坊ちゃんに傷でも付けたら、親父さんに顔向けも出来ねえ」
「また子供扱いですか、アルさん。俺はキャップとしてここに来ているんです。俺が必要だと思うから行く。あなたはそれを補佐する義務があるはずだ」
「……減らず口ばっかり上手くなりやがって」

 それでもレイレンを同行させることには反対するアルフリードだったが、レイレンにとっては思わぬところから援護射撃が届いた。

「アルフリード、観念なさい。我々のキャプテンはレイレンです」
「しかし、伽乱……そうは言ってもだな」
「馬鹿面下げてはいますがこれはこれで考えることは考えている生物ですから、連れて行ってまったくの無駄にはならないでしょう」

 言い方に棘はあるが、言っていることはレイレンの意を汲んでいる。ぐう、と呻いた後、アルフリードは諦めたようにばりばりと頭を掻いて二人に背を向けた。

「解った解かった。その代わり、俺から絶対に離れるんじゃねえぞ。イイな、坊ちゃん?」
了解I copy、ありがとうアルさん!」


 ***


 フォルニスの調査によると、岩の部族の縄張りは草原の部族の集落から北方に広がっている。集落間は距離にして100km程度しか離れていない。バギーならば安全運転で3時間もかからない距離だ。
 しかし、豊かな緑が広がり開墾に適した平原に位置する草原の部族の領土と比べ、深い森と山河に囲まれた岩の部族の土地は、狩猟はともかく農耕に適しているとは言い難い。安定した食料の供給を求めて、彼等が平野の土地を欲しがるのは至極当然のことなのかもしれない。

 それはともかくとして、岩の部族の拠点にあたる集落の立地条件は、忍び込む側にとってみればこれ以上無いほど面倒なものだった。手前には鬱蒼と生い茂る森、凶暴な獣の侵入を遮る為の数々の罠、裏手には絶壁の崖。まるで自然の要塞といっていい。

 悩んだ末、レイレンとアルフリードは集落の裏手にある崖から侵入を試みることにした。

「坊ちゃん、そこは駄目だ。ほら、危ないからこっち来い」
「だ、大丈夫ですって! これくらい俺一人で……っと、うわっ……」

 足を踏み外しかけて慌てるレイレンの腰を咄嗟にアルフリードが捕らえる。

「ちっ……ほら、言わんこっちゃねえ。楽しくハイキングに来てるわけじゃねえんだから、意地張らず人の忠告を聞くんだ」
「……わ、わかりました。ごめんなさい」
「足場に気をつけてな。そこは崩れ易くなってる、危ないと思ったら迷わず命綱を掴め。イイな?」

 粗野ながらどことなく優しい言葉をかけられて、レイレンは素直に頷く。ここで彼に逆らってもいいことは何もない。谷底から吹き上がってくる冷たい風につい下を見て、ごくり、息を飲む。

「それにしてもすごい崖ですね。落ちたら痛そうだな」
「スーツのシールドと重力制御が効いてりゃ死ぬこたねえだろうけど、まあ痛いだろうな。とはいえ最悪、岩の部族の奴等に見付かったらここから身投げだ。覚悟はしとけよ」
「うっ……了解Copy……」

 あまりにぞっとしない想像にレイレンは祈るように十字を切る。イルジニアにいた頃はスポーツとしてボルダリングを楽しんだこともあるが、まさか自分がこんなスパイ染みたことをするとは想像だにしなかった。こんなことならもっとダブルオー映画を見ておくべきだったかもしれないと独り言ちる。
 じりじりと進んだ先、ほぼ集落の最奥に当たる崖の裏手まで入り込むと、アルフリードはツールバッグからシューターを取り出すと崖上に向けてストリングを射出した。グイ、とそれを引いて強度を確認してからレイレンを振り返る。

「よし、俺は先に出て様子を見てくるから、ちょっと待ってな」

 神妙に頷くレイレンに目配せを返して、彼はするするとストリングを辿り崖を登っていく。安全を確認した後、軽くストリングを引いてレイレンにも同じように登攀を促した。
 落ちても大丈夫、落ちても大丈夫、と自分に言い聞かせながらレイレンはおっかなびっくり、彼を真似て崖を上がる。アルフリードの姿は野生の獣のようだったのに、自分のあまりのへっぴり腰が情けない。それでもようよう安全な広場に辿り着くと、レイレンはその場にへたりこんだ。

「……ふう」
「こらこら、何一息ついてんだ」

 こっからが本番だろうが、と呆れ顔を見せつつアルフリードはレイレンの呼吸が整うのを待つ。その間に周辺のマップを手元のデジタルスクリーンに映し出すと、現在地を確認した。

「見たところ、そこのでかい建物が集会所になってるようだな。中にカメラを仕込んでくる。坊ちゃんはいい子でお留守番だ」
「わ、わかりました」

 幼稚園児のような返事に彼は少し笑って、夕闇の濃い影に身を隠しながら大きな建物の方に歩き出した。
 レイレンもデジタルスクリーンを開き、アルフリードの持つカメラにチャンネルを合わせる。ジジ、ジジジ、と鈍い音と砂嵐が続いた後、そこにはクリアな映像が映し出された。
 そこでは初日に出会った虎面の男――ガーマが岩の玉座に不遜に座している。

『……では、使者はもう出たということだな。会合場所の周辺には手練を控えさせておけ。奴等も丸腰では来んだろうが、囲い込んでしまえばこちらのもの。後は煮るなり焼くなりだ。楽しみなことだな』

 ガーマの周りには戦装束を纏った男達が並んでいた。その内、テナガザルのような風貌の男がにやにやと厭らしく笑いながら己の顎を撫でる。

『流石ですな、ガーマ様。あのリビオも年貢の納め時。そろそろ一泡吹いてもらいましょう』
『あの”仲間思い”の小童のこと、まさか自分の集落の中に俺の手のものが入り込んでるとは思うまいよ。密偵どもには、草原の部族の集落に火を掛けた後は、女子供は捕らえ老人は殺せと伝えておけ』

「……聞こえたか?」

 いつの間にか戻っていたアルフリードが囁く。

「聞こえた」
「さて、我らが大将はどうするね?」

 これを聞いてレイレンが黙っていられないことは百も承知の上、アルフリードは問いかけてきた。
 ――ここで草原の部族に肩入れしてしまえば、もう引き下がれない。他の部族との交渉の余地もなくなってしまう。今ここで自分がそれを決めてしまって、いいのか?本当にそれでいいのか?
 レイレンは深呼吸ひとつ、はっきりと頷く。

「このことを草原の部族に伝えます」
「仕方ねえな、坊ちゃんのお節介は親父さん似だ。……だが、そういうところは嫌いじゃねえよ」

 すぐに<アンビシオン>通信回線を開く。だが何が悪いのか、コールはすぐに繋がらなかった。ビープ音ばかりが続き、それを受信する気配がない。やがてそれにジジ、ジジ、と怪しい音が混ざるようになり、やがて通信は切断された。
 予想しなかった挙動に、二人は顔を見合わせる。

「……なんだ?通信が妨害されてる?」
「まさか。この星にそんな技術はないよ」
「じゃなかったらこの辺りに電波を阻害する未確認の鉱石でもあるのかもしらん。参ったな……とにかく一旦バギーに戻ろう」

 バギーを飛ばせば2時間もかからないだろう。回線の不具合には不安が残るが、少なくとも騎馬か徒歩進軍を基本とする岩の部族の動きには先んじることができる。
 急いで戻ろうと踵を返す。それほど時間は経過していないというのに、薄暗さが増して足元が見辛い。大きなもの音を立てないよう慎重に進む。
 だがその時、切り忘れていた通信機に届く声があった。先ほど仕掛けたカメラからの音声だ。

『ガーマ様!崖の方に侵入者の形跡があります!』
『何?あの崖から侵入者だと?馬鹿を言え、そんな無謀な真似をする奴がいるか?まぁいい……念の為、崖の方に警備兵を出せ。ちゃちなネズミなら崖下に追い落としてしまえ』

「ヤバいな。急げよ、坊ちゃん。奴等が来る。
「そう……急かされると、足元がっ……」

 足場の悪い崖の上、慌てれば慌てるほど足が竦む。しかしぐずぐずとしていられる暇はなかった。

「おい、あそこに人がいるぞ!侵入者だ!」

 警笛と共に荒々しい足音が近付いてくる。風を切った矢が、ひゅん、と近くに落ちた。

「見付かったッ……くそ、坊ちゃんシールド入れろ!重力制御もだ!崖に飛び込むぞ!」
「えっ……?っあ、うわああああああああああ!?」

 腕を引かれ、容赦なく体が宙に踊る。スーツに搭載された重力制御装置のおかげで、それは斜面をパラシュートで緩やかに滑り落ちる程度のスピードで、シールドがあれば多少の衝撃には耐えられると解ってはいたものの、断崖絶壁を降下していくには多大な勇気を必要とした。
 そんな中で不意にアルフリードの腕が伸ばされ、レイレンを守るように抱き締める。同時に二人の顔の真横を鋭い矢尻が通り過ぎた。上から射掛けられているのだと気付く。
 しかしこんな原始的な武器、彼等にとっては恐れるものではない。何も問題はない、はずなのに――

「なっ、んで……血が出てるんだよ、アルさん……?なんで……!?」
「大丈夫だ、坊ちゃん。良い子だから黙ってろ」

 腕を回した彼の背に触れる。そこには深々と刺さったシャフトがあった。アルフリードの腕は驚きと困惑に震えるレイレンを抑え込むように、抱き締めたまま離さない。

 そして二人は、暗い川の濁流の中に飲み込まれていった。
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