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第二幕 惑星アルメラードにて

└9-3【リビオルート】1日目:夜

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 その夜、眠れずにいたレイレンはひとり、外に出た。
 満天の星空の下、涼しい風にあたって歩けばこの興奮も冷めて眠気も訪れるに違いない、そう考えたからだ。少し一人になって考え事がしたい気分だったのもある。
 丘の下に広がる住居の灯りがぽつりぽつりと消えていくのを眺めていると、馬を連れたリビオがこちらに歩いてくるのが見えた。彼はレイレンに気付くと人懐こく手を振り寄ってくる。

「どうした、お客人。慣れない床で寝苦しかったか?もう少し柔らかいイグサを用意させようか。俺はあんまり柔らか過ぎるより、アレくらいの方が好きだがな」
「お気遣いいただきありがとうございます。寝床は問題ありません。お酒が美味しくて少し飲み過ぎたようで、酔いを醒ましてしまいたくて」
「そうか、それならば安心した」

 快活に笑って、少年はふといいことを思いついたというように馬の背を叩いた。

「お客人、どうせ眠れないのなら少し俺に付き合わないか。いいものを見せてやろう」
「いいもの、ですか?」
「ああ、俺のとっておきだ」

 来い、と差し伸べられた手をレイレンは躊躇いがちに取った。実のところ生きた馬になど触ったこともなかったが、リビオの助けを得ておっかなびっくり背中に乗る。

「しっかり捕まっていてくれよ、お客人――ああ、いや、名前は何といったのだったか」
「レイレンです。レイレン・ファーラ」
「ああ、そうだ、レイレン。おまえ、俺とそれほど歳離れていないだろう。良かったら気を楽にしてくれ。俺のこともリビオで構わない」

 長年の親しき友のように、と。促されてレイレンは少し笑った。こんな得体のしれない異星人に対しても分け隔てなく、無邪気に友好を示す彼には好感を抱かずにいられない。

「それじゃ……遠慮なく、リビオ、と呼ばせてもらうよ」
「そうこなくてはな。よし、飛ばすぞ!」

 馬の背に揺られ、肌寒いほどの風を切って走る。二人が辿り着いたのは丸い天体が綺麗に浮かび上がる丘の上。一面に広がる赤い花。それは薄っすらと発光し、静かに夜を照らす。
 レイレンはその自然の美しさに息を呑んだ。それは多分、イルジニアではもう失われた景色だったから。

「どうだ、素晴らしいだろう。この季節、この時期にしか見られない花だ。カーナリングスといってな、俺の部族では人の和を齎すといわれている」
「カーナリングス……カーナ?君の妹の名前だね」

 よくぞ気付いたと言わんばかりに、リビオは大仰に頷く。

「そう。そして俺の名の由来はリビオーサ。カーナリングスが枯れた後、同じ大地に花が開く。守護する者を意味する花だ。満開になると、まるで世界が真っ白に染まったように見える。……亡き父と母が愛した景色だ」

 その言葉にレイレンははっとして彼を見た。踏み込んでいいものか否か、束の間逡巡した後、問いかける。彼がここで口にしたということは、きっと今、聞いて欲しかったのだろう。

「君のお父さんとお母さんは?」
「……父は、和をもってこの周辺の18の部族を纏め、大地の王と呼ばれた偉大な人だった。だが、岩の部族の裏切りに遭い、毒の矢で貫かれて死んだ。父の死後も母は部族の中心となり働いたが、女に長を務めさせることを良しとしない一派に、毒の水を飲まされ殺された。俺はその年、成人の議を迎えたばかりだったが、母の跡を継ぎ長となった」

 思い出を噛み締めるように、リビオはそれを語った。あまりに淡々としたその声が、彼の心の傷の深さを物語る。
 レイレンは少しだけ、それを問いかけたことを悔やんだ。

「……ごめん、辛いことを思い出させた」
「辛い?」

 だが、リビオは妙に明るい笑顔を見せて、不自然に快活な笑い声を立てる。無理をしているというよりは、覚悟を決めたような、その横顔はどこか痛々しい。

「俺は辛くはない。2人とも、誇りを持って生き、誇りの為に死んだ。きっと俺も、近い未来そうなるだろう。俺は男だが、部族の中には俺のような小僧が一族を率いることを快く思わないものもまだいるからな」
「そんなこと……そんな、寂しいことを言うなよ」
「ふ。大丈夫だ、そう簡単に死の風に命をくれてやるつもりはない。俺はこの景色を命の限り守り抜く。亡き父と母の愛したこの大地を……そして、大切な……妹を。その為にも、俺は強く、賢くあらねばならない。たった一つでも、ほんの些細なことでも、間違いを犯すわけにはいかんのだ」

 だから、といってリビオはレイレンを見た。野性味のある瞳の中で、決意が赤く燃えている。

「だからこそ、おまえ達をそう易々と受け入れることができない。だが最善は尽くす。許せ、レイレン」
「解っているよ。ありがとう、君の友情に感謝を」

 それから長い時間、2人は真っ赤な花の海を眺めて過ごした。
 この夜、レイレンはリビオとの心の距離が、ほんの少し縮まった気がした。
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