3つの惑星を旅する俺が巡り合う11の恋の話

雑多のべる子

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第二幕 惑星アルメラードにて

└9-2【カーナルート】1日目:夜

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 その夜、レイレンはひとり寝床を抜け出した。
 強かに酒を飲んだ仲間たちは慣れない干し草に布を被せたベッドでもぐっすり眠り込んでいるが、アルコールを摂取したのが久しぶりのせいか妙に神経が高ぶってしまって落ち着かない。
 水を一杯もらえないかと辺りを見回したが、蛇口を捻ればそのまま飲める水がいくらでも出てくる船内と違い、どこに飲料水があるのか解らない。もしかして煮沸消毒からしなくてはいけないのだろうか、今から火を起こすのは流石に面倒だなと考え込んでいると、カタリとと小さな音が聞こえてきた。

「レイレン様……?どうかなさいましたか?」
「あ、カーナさん、すみません。起こしてしまいましたか?」

 小声で問いかけられて、同じように声を潜める。薄い寝間着を纏った少女は警戒もなくレイレンに近付くと、にこりと柔らかく微笑みかけた。

「私も眠れずにいたので、お気になさらないでください。……酔い覚ましに何かあたたかいものをお出ししましょうか?」
「それじゃあ、お言葉に甘えていただきます」

 こちらへどうぞと促され、外に出る。
 カーナは夕食の時に使った焚火の跡にもう一度薪をくべ、種火から手際よく火を着けた。オレンジ色の炎が鮮やかに立ち上り、透き通るような少女のかんばせを照らし出す。
 兄であるリビオと違いあまり体が強くないという彼女には、どこか儚げで匂い立つような色香があった。日中、チェリッシュが事あるごとに「可愛い」「持って帰りたい」と繰り返していたが、正直なところレイレンにもその気持ちは少し、わかる。イルジニアでもこれほどの美少女にはなかなかお目にかかれない。華やかな衣装も化粧品もない今ですらこれほど愛らしいのだ。イルジニアの技術を尽くして磨き上げたらどれほどの輝きを見せるだろう。

「あの……そんなに見詰められると……照れてしまいます」
「え……あ、ああっ、ご、ごめんなさいっ、つい……!」

 ぼんやりと随分長い間その顔に見惚れていたことに気付いて、レイレンは慌てて視線を逸らした。年頃の少女にあまりにも不躾だったと反省し、思い切り顔を背けるようにして座り直す。
 その大仰な反応が面白かったのか、カーナは楽し気に体を揺らして笑った。

「ふふ、そこまでしていただかなくても。どうか、普通になさっていてくださいな」
「いやあ、面目ない……」

 どうぞ、と手渡されたカップを受け取り口に運ぶ。口当たりの柔らかなミルクにスパイスを入れて煮立てたもののようだ。体が芯からじわりとあたたまり、これならばよく眠れそうな気がする。
 レイレンの向かいに腰を下ろし、カーナも同じ飲み物を口に運んだ。そうして、ほ、と息を吐く。

「それにしても不思議な心地です……私がこんな風に空から来たお客様とお話しするだなんて」
「ああ、そうだよね。君達にとっては、空から人が来るなんて、思ってもみないことだったろうし……」

 するとカーナはゆっくりと首を振った。

「いいえ。そうではないのです。いつかこんな日が来ることはわかっていました。けれど、私……ずっと、空の向こうから来る方は、もっと怖い方なのかと思っていましたから」
「怖い?どういうこと?」

 意味が解らず困惑を浮かべるレイレン。
 その彼に言い聞かせるように、カーナは薄紅の唇を開くと歌うように言葉を紡いだ。

「8の年、8の月
 天より翼なき鳥来たれり
 其は破壊の御使いにして
 新しき調和の導き手なり
 満ちたる月が欠ける時
 紅き血に穢れし大地は
 欠けたる月が満ちる時
 白き涙で清められるであろう」

「……それは?」
「部族に伝わる古い予言の歌です。今年は私達の暦で獅子の8の年。そして、今は8の月……今宵は満月」

 思いがけない符合にレイレンは眉根を寄せた。
 破壊の御使い――自分たちがこれから行おうとしていることは確かに、争いを助長し彼らに血を流させるに違いなかった。それが予言だとしたら、この星の予言者はあまりにも有能だと言わざるを得ない。
 その自覚があるからこそ、レイレンはぎこちなく笑い、すぐにそれを消した。きっとこれは自分が笑っていいことではない。

「カーナさんは、予言が成就してしまうのが怖いんだね?」

 少女はカップの水面を見詰めたまま頷く。

「ええ……この予言が示すのは、新たな戦が起きるということ。その先にどんな調和が訪れようとも、争えば血が流れる。それだけは確かです。私のことは……どうなっても構いません。ただ、お兄様が……お兄様さえ無事でいてくださるなら、それだけで」

 絞り出すような、祈るような、その切実な声音にレイレンはまるで責められているような気持ちになる。きっと彼女はそんなつもりは微塵もないのだろうけれど。

「私達は父も母も、愚かな争いによって失いました。今戦が起こればきっと、お兄様も……私がもっと健康で強ければ、お兄様を守って差し上げられるのに……私はこの体が恨めしい」
「そんな、自分を責めるようなことを言わないで。大丈夫、もしもこれから戦が起ったとしても、俺達がここにいる限りは、きっとリビオは俺達が守るよ」

 彼女の手が震えているのに気付いて、レイレンは思わず手を伸ばした。その手に自分の手を重ね、握る。
 カーナはそれを振り払うことはせず、ただ困ったように微笑んでレイレンを見た。

「……ありがとうございます。その優しさに感謝いたします。けれど、レイレン様も決して無理はなさらないでくださいね」

 その夜のことは、それ以上でもそれ以下でもなく、ただそれだけの話。
 けれどレイレンはカーナとの心の距離が、ほんの少し縮まった気がした。
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