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序幕 それは旅立ちの物語
2 アルフリード・ナーギス
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どこへ行くにもカードキーの認証を求められる船内の中でも殊更厳重に守られた扉の先は、この船の心臓部だ。そこでは整備士兼護衛役であるアルフリード・ナーギスが最終点検をおこなっていた。
「よぉ、坊ちゃん。表で伽乱坊に拳骨食らわされなかったかい?」
「おはようございます、アルさん。拳骨より苦いものは食わされたよ」
「はは、そいつはご愁傷様。大航海前に予定外の事態はつきものさ、最終的に出航出来りゃ御の字よ」
そう言って快活に笑う男は、真っ赤な髪に浅黒い肌。レイレンや伽乱より幾分年嵩だが、未だ衰えぬ筋骨隆々とした体躯を具えている。
それもそのはず、彼は一流のメカニックでありながら百戦錬磨の戦士であり、手練れの冒険家でもあった。
ここ数年は一線を退き後進の育成に励んでいたが、かつてはレイレンの父であるリーゼルと未開の惑星に幾度となく降り立ち、危険な任務をこなしてきた宇宙開拓の第一人者だ。
彼は慣れた仕草でツールバッグにメンテナンス・キットを収納すると、滴る汗をタオルで拭いながら壁のパネルに指を滑らせた。
「エンジン周りは問題なし、今朝届いた追加物資は済みだ。俺は念のためもう一度外装チェックしてからブリッジに向かうが、それで構わないな?」
「了解。ドクターは?」
「さあな。……あの三月うさぎならコンピュータルームかサーバルームじゃねえのか?」
そう言うアルフリードが顔を顰めるのには理由がある。
質実剛健を絵に描いたような彼と、この船のシステムエンジニアであるDr.チェリッシュ・マイヤーはどうやら決定的に相性が悪い。チェリッシュの方がそれに意を介していないところもまた、アルフリードにとって気に障るところである。
「……アルさん、これから長旅になるけど、大丈夫?」
「ん? あー……ああ、まあ、俺も大人だしな。あれはボケ老人かクソガキだと思ってやり過ごすさ」
「それ全然大丈夫じゃなさそうだけど」
「大丈夫だというクルーの言葉を信用することも、時には必要だろ」
親父さんならきっとそう言うはずだ――言外に含まれた言葉に、レイレンは曖昧に笑う。
「誰もが父みたいに完璧なキャップになれるわけじゃありませんよ」
「あの人だって完璧ではなかったさ」
「そういう割に、俺にはよく父を目指せって言いますよね?」
「ひとまずおまえさんが目標とするに悪くない対象だって言ってんだよ。……なんだ、そんな顔して。拗ねんな坊主」
大きな手にくしゃっと頭を撫でられ、レイレンは自分が五つ六つの子供に戻ったような錯覚を覚える。完全な子供扱いだ。ここでさらに不貞腐れて見せたところで相手にはなんの影響もないと知っていて、レイレンは努めて冷静に肩を竦めるだけに留めた。
「あなたが大丈夫だというなら、信じることにします。それじゃ、俺はコンピュータルームの確認に行くので、またあとで」
「おう、またブリッジで」
エンジンルームを出て小さくため息を吐く。
だがそれも束の間、すぐに気を取り直すとレイレンは船首方面に向かって歩き出した。気持ちの切り替えが早いのは母親譲りの美徳だ、と彼は知っているからだ。
「よぉ、坊ちゃん。表で伽乱坊に拳骨食らわされなかったかい?」
「おはようございます、アルさん。拳骨より苦いものは食わされたよ」
「はは、そいつはご愁傷様。大航海前に予定外の事態はつきものさ、最終的に出航出来りゃ御の字よ」
そう言って快活に笑う男は、真っ赤な髪に浅黒い肌。レイレンや伽乱より幾分年嵩だが、未だ衰えぬ筋骨隆々とした体躯を具えている。
それもそのはず、彼は一流のメカニックでありながら百戦錬磨の戦士であり、手練れの冒険家でもあった。
ここ数年は一線を退き後進の育成に励んでいたが、かつてはレイレンの父であるリーゼルと未開の惑星に幾度となく降り立ち、危険な任務をこなしてきた宇宙開拓の第一人者だ。
彼は慣れた仕草でツールバッグにメンテナンス・キットを収納すると、滴る汗をタオルで拭いながら壁のパネルに指を滑らせた。
「エンジン周りは問題なし、今朝届いた追加物資は済みだ。俺は念のためもう一度外装チェックしてからブリッジに向かうが、それで構わないな?」
「了解。ドクターは?」
「さあな。……あの三月うさぎならコンピュータルームかサーバルームじゃねえのか?」
そう言うアルフリードが顔を顰めるのには理由がある。
質実剛健を絵に描いたような彼と、この船のシステムエンジニアであるDr.チェリッシュ・マイヤーはどうやら決定的に相性が悪い。チェリッシュの方がそれに意を介していないところもまた、アルフリードにとって気に障るところである。
「……アルさん、これから長旅になるけど、大丈夫?」
「ん? あー……ああ、まあ、俺も大人だしな。あれはボケ老人かクソガキだと思ってやり過ごすさ」
「それ全然大丈夫じゃなさそうだけど」
「大丈夫だというクルーの言葉を信用することも、時には必要だろ」
親父さんならきっとそう言うはずだ――言外に含まれた言葉に、レイレンは曖昧に笑う。
「誰もが父みたいに完璧なキャップになれるわけじゃありませんよ」
「あの人だって完璧ではなかったさ」
「そういう割に、俺にはよく父を目指せって言いますよね?」
「ひとまずおまえさんが目標とするに悪くない対象だって言ってんだよ。……なんだ、そんな顔して。拗ねんな坊主」
大きな手にくしゃっと頭を撫でられ、レイレンは自分が五つ六つの子供に戻ったような錯覚を覚える。完全な子供扱いだ。ここでさらに不貞腐れて見せたところで相手にはなんの影響もないと知っていて、レイレンは努めて冷静に肩を竦めるだけに留めた。
「あなたが大丈夫だというなら、信じることにします。それじゃ、俺はコンピュータルームの確認に行くので、またあとで」
「おう、またブリッジで」
エンジンルームを出て小さくため息を吐く。
だがそれも束の間、すぐに気を取り直すとレイレンは船首方面に向かって歩き出した。気持ちの切り替えが早いのは母親譲りの美徳だ、と彼は知っているからだ。
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